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2021年5月 9日 (日)

中途半端な海老蔵歌舞伎座公演

七月歌舞伎の演目が発表されました。三部制で、第二部に白鸚の「身替座禅」と、吉右衛門の「御存 鈴ヶ森」が組まれています。吉右衛門の復帰に合せて、できるうちに兄弟出演を組んでおこうとの意図だと思います。無事に上演できたらめでたいことです。

ところで第三部の海老蔵の「雷神不動北山櫻」です。第一部と第二部が7月4日から7月29日まで、通常通りの1か月公演のところ、7月16日までの半月公演になっています。せめて18日の日曜日まで組めばよいものを、なんとも中途半端です。

ありそうな話として、海老蔵がオリンピックの開幕に何か絡んでいるため、直前1週間の予定を空けているということです。ただ、中途半端です。それなら出演を前後の月にずらせばよいでしょうに、これみよがしに7月に組むのが解せません。

それに絡んで妄想です。海老蔵は休演日その他で松竹と喧嘩していたとどこかで読みました。週刊新潮の記事だったかな。それがあってかどうか、新型コロナウィルスで流れた襲名披露公演以降、ここまで一度も歌舞伎座に出ていません。梨園で受けが悪いというゴシップ記事も何度か出ています。襲名披露の演目や出演者もギリギリまで決まらなかったと記憶しています。ありていに言えば干されています。

そこで松竹が、七月だったら空いているけどオリンピックに出るから無理だよねー、と吹っ掛けて、途中まででいいのでお願いしますと海老蔵が頭を下げた。あるいは、オリンピックの開幕に起用する歌舞伎役者が歌舞伎座に出ていないのは格好がつかないと電通あたりが奔走して、七月だったら譲ったる、と松竹が渋々譲歩した。

妄想ですよ妄想。でも、今の歌舞伎座は座席半数の公演で、収支ぎりぎりのはずです。公演期間が長いほうが美術や衣装の費用もステージ単価を下げられるでしょうに、こんな中途半端な公演を組む余裕はないはずです。妄想しないとこんな中途半端な公演にした理由が思いつきません。

そこからさらに妄想です。オリンピックの開幕演出が、もともとMIKIKO演出だったのにいろいろあって、演出家交代になった騒動は記憶に新しいです。その時の演出案が「AKIRA」を元にした演出だったことはすでにばらされています。なので同じ案を手直しして使うわけにはいきません。

七月歌舞伎で上演予定の「雷神不動北山櫻」は、海老蔵が一人複数役をこなす演目のようです。なのでもし海老蔵がオリンピックの開幕で何かを務めるとしたら、早替わりで何かをこなす役割だと妄想します。

オリンピックが開催されないと答え合せはできませんが、妄想するだけならどこにも実害はありませんので、書くだけ書いておきます。

2021年5月 5日 (水)

文化庁のホームページから文化の定義を考える

新型コロナウィルス以降、このブログでは文化や芸術を批判的に取上げてきました。何とかこの言葉を使わないで済むようにしたい。ところであらためて、文化や芸術とは何だろうかと考えたら、これは範囲が広くて手に負えるものではありません。Wikipediaの「文化」には以下のようにありました。

文化(ぶんか、ラテン語: cultura)にはいくつかの定義が存在するが、総じていうと人間が社会の構成員として獲得する多数の振る舞いの全体のことである。社会組織(年齢別グループ、地域社会、血縁組織などを含む)ごとに固有の文化があるとされ、組織の成員になるということは、その文化を身につける(身体化)ということでもある。人は同時に複数の組織に所属することが可能であり、異なる組織に共通する文化が存在することもある。もっとも文化は、次の意味で使われることも多い。

ハイカルチャーのように洗練された生活様式
ポップカルチャーのような大衆的な生活様式
伝統的な行為

なお、日本語の「文化」という語は坪内逍遥によるものとされている。

こんなところに坪内逍遥が出てくるとは思いませんでした。シェイクスピア以外にもいろいろ翻訳している。

それはさておき、もう少し具体的に定義されている情報が何かないかと考えて、文化庁のホームページを見てみました。それらしいページを探して「1.文化芸術振興の意義」を見つけました。

文化芸術は,最も広義の「文化」と捉えれば,人間の自然との関わりや風土の中で生まれ,育ち,身に付けていく立ち居振る舞いや,衣食住をはじめとする暮らし,生活様式,価値観など,およそ人間と人間の生活に関わる総体を意味する。他方で,「人間が理想を実現していくための精神活動及びその成果」という視点で捉えると,その意義については,次のように整理できる。
(略)

意義ではなく、このページで呼ぶところの文化芸術を定義してほしいのですが、なかなか上手くいきません。そこで思いついて、文化庁の組織図を見てみました。食文化や文化観光も文化庁の対象なんだ、という発見もありますが、寄道してはいけません。これによると今は9課4参事官で以下の構成です。カバーする分野に対して定員294人は少ないですね。3倍くらいいると思っていました。契約社員などもそれなりにいるのでしょう。

・政策課(会計室、文化政策調査研究室)
・企画調整課
・文化経済・国際課(国際文化交流室)
・国語課(地域日本語教育推進室)
・著作権課(国際著作権室、著作物流通推進室)
・文化資源活用課(文化遺産国際協力室)
・文化財第一課
・文化財第二課
・宗務課
・参事官(文化創造担当)
・参事官(芸術文化担当)
・参事官(食文化担当)
・参事官(文化観光担当)

今回の目的だと「参事官(芸術文化担当)」あたりが対象になりそうです。そこで芸術文化のページを調べると、このような記載が見つかりました。

 音楽,演劇,舞踊,映画,アニメーション,マンガ等の芸術文化は,人々に感動や生きる喜びをもたらして人生を豊かにするものであると同時に,社会全体を活性化する上で大きな力となるものであり,その果たす役割は極めて重要です。
 文化庁では,我が国の芸術文化を振興するため,音楽,映画,舞踊等の舞台芸術創造活動への支援,若手をはじめとする芸術家の育成,子供の文化芸術体験の充実,地域の芸術文化活動への支援,文化庁メディア芸術祭の開催をはじめとした映画やアニメーション,マンガ等のメディア芸術の振興等に取り組んでいます。

なるほど、と思いつつ、絵画や彫刻などはどこに含まれるのだろうと調べたら、文化財の紹介ページがあり、「有形文化財(建造物)」「有形文化財(美術工芸品)」「無形文化財」「民俗文化財記念物」「文化的景観」「伝統的建造物群保存地区」が挙げられていました。そこから有形文化財(美術工芸品)のページに飛ぶと、以下の記述があります。

 建造物,絵画,彫刻,工芸品,書跡,典籍,古文書,考古資料,歴史資料などの有形の文化的所産で,我が国にとって歴史上,芸術上,学術上価値の高いものを総称して有形文化財と呼んでいます。このうち,建造物以外のものを総称して「美術工芸品」と呼んでいます。

つまり、我々が何となく狭義に芸術と呼んでいる範囲から、有形文化財となる建造物と美術工芸品を除いたものが、芸術文化とみなされます。具体例は先に引用した通り「音楽,演劇,舞踊,映画,アニメーション,マンガ等の芸術文化」です。

ただ、これは具体例であって、定義と呼ぶには微妙です。もう一度引用します。

 音楽,演劇,舞踊,映画,アニメーション,マンガ等の芸術文化は,人々に感動や生きる喜びをもたらして人生を豊かにするものであると同時に,社会全体を活性化する上で大きな力となるものであり,その果たす役割は極めて重要です。

役割は書いてありますが、定義としては曖昧です。最初は美術工芸品を作品系、芸術文化を表現系と区分できるかと考えました。でも、美術工芸品で表現する作家もいれば、映画やアニメやマンガは作品と呼べます。ならは表現系に代わって上演系はどうかと思いましたが、記録されて購入や配信されるものを上演系も違和感があります。なによりマンガを含めにくい。実演系とメディア系で分けられないかとも思いましたが、音楽と映画が場合によってどちらの区分にも含まれうるので、それも難しいです。

なので、鑑賞時間という区分を考えてみました。「最初から最後まで鑑賞するのに、鑑賞側に一定の時間を要する作品分野」を文化庁流の芸術文化と呼ぶ、ですね。文化庁の記述で色付けするならこうです。

「鑑賞に一定の時間を要する分野の作品のうち、人々に感動や生きる喜びをもたらして人生を豊かにするものであると同時に、社会全体を活性化する上で大きな力となる価値の高いものを総称して、芸術文化と呼ぶ」

書いてみて、まだ違和感があります。「芸術文化」という大括りな言葉に対してです。なぜかと考えるに、美術工芸品なら「品」が対象なのに、こちらは「文化」が対象となっています。大きさが合いません。

これは芝居を考えると想像がつきます。上演されるまで仕上がりがわからないものを文化庁が支援するときに、「品」が対象では支援ができません。なので「文化」を支援するという建付けをそこはかとなく表した言葉になっているのでしょう。文化庁の組織では、大まかに「育成と振興」が目的の部署と、「保護と継承」が目的の部署とがあり、「育成と振興」が目的の部署なら、それはもう組織の都合なのでしょうがないですね

でもここでは定義を問題にしていますので「品」を付けましょう。ただ、メディアで定着するものと、上演したら一過性のものとがありますので、「作品」と呼ぶほうが良さそうです。あと、芸術という言葉は一般的には美術工芸品などを含みますから、使わないほうが無難です。

あと、作品と関係者や業界を混同しないように定義しておきたいです。単に文化と呼ぶと、俺が文化だとか言い出す人が出てきてややこしくなります。

それで直すとこうなります。やや強引ですがしょうがないです。

「鑑賞に一定の時間を要する分野の作品を総称して、鑑賞作品と呼ぶ。そのうち、人々に感動や生きる喜びをもたらして人生を豊かにするものであると同時に、社会全体を活性化する上で大きな力となる価値の高いものを総称して、文化作品と呼ぶ。鑑賞作品の製作から鑑賞可能な状態を提供するまでの一連の作業に携わる関係者の仕事を総称して、鑑賞業界と呼ぶ」

価値は誰が判断するんだって話ですが、何事も上中下があらあな、としかいえません。美術工芸品だって上中下があるので。私は、文化や芸術という言葉が濫用されることを制限したいので、ひとまずこの定義でよいと考えます。自分の中で整理がついたのですっきりしました。

補足です。文化庁のホームページを読んでいて、「芸術文化」の一区分にメディア芸術のページがあり、ゲームがここに含まれていました。将来、独立した扱いになると予想します。

そして文化庁のホームページを読んでいて見つからなかったのが小説です。今回の私の定義に従えば鑑賞作品に含まれます。「芸術文化」の具体例にマンガはあっても小説の記述がありません。「著作権課」があり、著作権のページがあるので書籍出版関係はそちらと縁が深いのかなと想像しますが、文化庁内の区分がどうなっているのか、気になります。

2021年5月 4日 (火)

昔も今もわからないものは面白くない

庵野秀明の言葉として「謎に包まれたものを喜ぶ人が少なくなってきてる」を見かけました。NHKの「プロフェッショナルの流儀」での発言らしいです。NHKもシン・エヴァンゲリオンも観ていませんが、気になったので検索したら、考察している人のTwitterがひっかかりました。リンクは一連のスレッドに張ります。

多英子
@0000taeko
庵野監督の「謎に包まれたものを喜ぶ人が少なくなってきてる」って言葉にめちゃくちゃ同意してしまった。
エヴァはそういうものとして定着してるから世界観の説明不足込みで歓迎されて受け入れられたけど、一般的にはもう「解らないもの=面白くないもの」として切り捨てられる時代が来てる。
午前8:37 ・ 2021年3月23日

*

twitterでは考察文化が健在だけど、普通の人は解らないものをいちいち考えたりしないし読み解こうとしないし寄り添おうとしない。
シン・エヴァ見て一番明確に違いを感じた部分がそこ。謎を謎のまま終わらせず開示する。特にキャラクターの内面が詳細に語られ、明確な回答を得られた。

*

シン・エヴァ、設定や展開は相変わらずぼんやり察するしかないんだけど、これまで語られなかった『キャラクター達が何を考えてどう動いていたか』って部分が(Qを含め)明確に言語化されてて… 今までより親切というか、視聴者に物語を伝える気がある映画だったし、ちゃんと商業作品だった。

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鬼滅と比べると面白い。

TV版エヴァが社会現象になった時代と、鬼滅が社会現象になってる今では、視聴者の質や大衆が求めるものが違う。

「解らないのを読み解く」ことが魅力だったエヴァと、難解さが排除され丁寧に言語化されてるから何も考えなくても理解でき誤読ができない鬼滅。

*

少し前まで、最終話付近で唐突に世界観大きくして超スピードで振り落とすオリジナルアニメ作品って多かったけど、今はすごく減ってるというか、流行ってない。
『理解できない→理解できるまで考える→面白い!』って時代から、『理解できない=面白くない』って時代になっちゃった。

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個人的に自分が「シン・エヴァすごいな」と思ったのは、宮崎さんや高畑さんみたいに「言わなくても伝わる」(と思い込んで)視聴者に丸投げするスタイルを通すんじゃなく、時代に寄せてある程度しっかり言語化し、理解までの筋道を引いて、視聴者と対話しようとしたこと。

*

庵野監督の世代やエヴァ古参勢と、今の若いオタク層(自分含む)では、難しい作品を読解しようとする熱量も、そもそもの知識量も全く違う。
「あんまり説明しすぎても…」じゃないんだよな。
伝えたいことがあるなら、伝わるように表現しないと、マジで伝わらない。

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私自身は考察するにも見るのも好きだし、考えて楽しむタイプのアニメは好きだけど…
今の世の中、何も考えずに楽しめるエンタメが溢れてるから、「理解できない=面白くない」と思うのも仕方ない。

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シン・エヴァは、なにを求めて見たかによって満足度が違いそう。

エヴァのことを知りたくて、解答や理解や結末を求めた人は楽しめるだろうけど、「エヴァらしいもの(わけが解らないのに魅力的なもの)」を求めた人は「こんなのエヴァじゃない!」って思うかもしれない。

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若年層の貧困も関係あるのかな。
ずっと不景気で夢も希望も無く生きるのに必死だと、そもそも1作品にどっぷり浸る心の余裕は無い。
そういう人達がエンタメに求めるのは、手っ取り早く日常生活の鬱憤を晴らす、解りやすい「爽快感」や「癒し」だろうし。

*

エヴァが時代に合わないという話ではない。むしろエヴァはどんな時代でも絶対刺さる層がいる強い作品だと思う。
ただ、シン・エヴァのアプローチがこれまでと少し違ったのは確かで、25年の歴史を背負いながらも、現代のエンタメとして成立させようとしてたのが印象的だったという、個人の感想です。

元ネタを観ていなくてもわかる、明晰な考察です。だからこそコメントしたい。

「一般的にはもう『解らないもの=面白くないもの』として切り捨てられる時代が来てる」とありますが、昔も今も同じだと考えます。面白そうと思えばこそ、客は店まで足を運んで自腹で金を払います。客は面白いものを見つける嗅覚より先に、わからないものをスルーする能力を身に付けています。わからないけど面白そうなんて例外ですし、わからないけど面白かったなんて例外中の例外です。

だから、わからないと判断する人の数が、一時期増えていたけど旧に戻ったと理解したほうがおそらく正しいです。前提として、昔は暇な若者が多かったから絶対数があるていど多かったのが、少子化で人数が減って、分母が減ったのは抑えておく必要があります。

そしてその中で、多少の増減はあっても「わからなさそうだから手を出さない」人と「最後まで観たけどわからないし面白くなかった」人の割合は、そんなに変わらないのではないでしょうか。

それでもなお「謎に包まれたものを喜ぶ人が少なくなってきてる」としたら、それはなぜか。たぶん、この喜ぶ人は「謎を知ることに楽しみを覚える人」と「謎の解を知っていることに価値を見出す人」の2種類の人種が混ざっているのだと思います。

このうち、特に後者の人数は減ったのではないでしょうか。謎の解を知っていることの価値が暴落して、自慢にならなくなったからだと考えます。インターネットが発達したので、検索してすぐにわかる解は自慢になりません。

いやいや、やっぱり「謎を知ることに楽しみを覚える人」が人口減以上に減ったんだよと反論されたらどうするか。趣味が分散されたと私は仮定します。

謎を知る楽しみには時間が必要です。そこに時間を費やせる人は、昔も今も少数派ではないでしょうか。昔は万人に手が届く趣味として小説やアニメに比較的集中していたそれらの人が、趣味の多様化に伴って別の分野に移った。結果、娯楽として純粋に鑑賞する人が増えた。

誤解のないように書きますが、小説やアニメを娯楽として楽しむ人も、別の分野では知るスタイルで楽しんでいる人も多いでしょう。スポーツに打ちこんでトレーニング方法や道具や作戦について調べる人もいれば、旅行した先が気に入って名所や歴史を調べる人もいれば、食べ歩きが高じて自分で料理を研究する人もいるでしょう。

小説やアニメは不要不急です。なんならスポーツも旅行も食べ歩きも不要不急です。不要不急を娯楽として過ごすなんて王道中の王道の楽しみ方です。そこに謎は求めないのが普通です。

話は変わって。

エヴァンゲリオンは、初代のテレビ放送だけ、話題になっていたので再放送だかなんだかで観たことがあります。ほとんど覚えていませんが、最後に「僕はここにいていいんだ」と主人公が気が付いて終わるのを観て、演劇っぽいラストだな、と納得してそれっきりになってしまいました。それを見た後に、キャラ推しとは別に、あの場面は何それが引用元で、というのを見かけたときに、そんなこと気にするんだと思ったことを覚えています。

エヴァンゲリオンは、少なくとも初代テレビの範囲で、主人公の心情には一応の結末をつけていました。登場人物たちに(当時の感覚で)共感できる要素も散りばめられていたと記憶しています。なんだかんだいって、エヴァンゲリオンが流行った理由の一つはキャラ描写がよくできていたからだと私は考えます。謎しかなかったら、駄作扱いされていたはずです。謎を喜べるものには、謎ではない要素も用意されてバランスが取られているのが普通です。

以前「文芸性とエンタメ性とわかりやすさに心を砕くことについて」というエントリーで、こんなことを書きました。

で、何でも芝居にひきつけて書くこのブログとしては、芝居ってわかりづらさを売りにしているなと思いました。いや慣れてくるとある程度隠されている情報を自分でつなげることができて、そのときの感動は目の前で直接説明されることよりもっと大きい感動につながることは知っています。それは芝居でも小説でも変わりません。

でもそれは他にもっとわかりやすいものがたくさんある中に混ざってこそ輝くというか、わかりにくいものがメインになって間口が狭く敷居が高くなるのは業界にとって不幸だと思うのですよ。
(略)
もうひとつ、ここで困るのは、単なるバカ騒ぎを求めているのではないということです。そこを伝えられるような表現がないかというのはたまに考えるのですが、なかなか思いつきません。理想は、誰が観ても面白く、わかる人がみるとニヤニヤできるものです。

今回の話題に沿って「そこを伝えられるような表現」を思いつきました。求めているのは、謎ではなく、わかりづらさでもなく、奥深さです。そしてわかりやすさと奥深さとは両立し得るものです。両立のキーワードは情報の「選択」「密度」「順序」だと思いますが、それはまだ説明できないので省略します。

謎に包まれたものやわかりづらいものが売りになったのであれば、周りがわかりやすさを売りにしてくれていたおかげだと思います。周りに関係なく本当に売りになっていたのだとしたら、その時代のほうが特殊です。小説でもマンガでもアニメでも映画でも芝居でも、昔も今も、わかりやすさと奥深さの両立が求められるのだと考えます。芝居の役割だと、脚本と同じくらい、演出に力量が求められるようになってきたというか。

最後に。「伝えたいことがあるなら、伝わるように表現しないと、マジで伝わらない。」については、これはNHKの元番組やシン・エヴァンゲリオンを観ていないとわからない感覚がありそうです。ただ、「リアリティーより説得力」という本谷有希子の言葉を載せておきます。伝わるように表現することと伝えたことに説得力を持たせることとは別ですよね、というコメントです。

2021年5月 3日 (月)

新型コロナウィルスの感染者数を睨みながら芝居を観に行こうか迷う

実際に緊急事態宣言が出てみると、観たい芝居が絞られます。中止になったものもありますけど、とりあえず最初に挙げた芝居が半分以下になりました。

変異株は感染力が強いと言われてどうなるか。様子を見ていたらチケットの購入もできないし、さりとて購入ボタンを押す勇気もないし、困ったものです。

2021年4月30日 (金)

泣けも笑えもしない落語協会の寄席休業対応

取りあげる前に一息入れようとしたら対応が一転してしまった話題です。まずは情報整理。寄席はどこが正式サイトなのかわからないのですが、発端はここだと思われる上野鈴本演芸場公式のTwitterから始めます。

【4月25日以降の寄席営業について】東京寄席組合(鈴本演芸場・新宿末廣亭・浅草演芸ホール・池袋演芸場)及び一般社団法人落語協会・公益社団法人落語芸術協会にて協議の結果『寄席は社会生活の維持に必要なもの』と判断し『4月25日以降の公演についても予定通り有観客開催』と決定いたしました。
午後4:03 ・ 2021年4月24日

東京都の緊急事態宣言に「(社会生活の維持に必要なものを除く)」と書いてありますけど、これはいわゆるエッセンシャル・ワーカーを指すものでしょう。それが日本できちんと定義されていないのは問題ですが、落語を含めるのはさすがに屁理屈です。

何かもうちょっと理由があるのだろうと調べたら、スポニチAnnexの取材「都内の4つの寄席 感染防止策行い公演継続『社会生活の維持に必要なもの』」が見つかったので載せます。全文引用ですいません。

[2021年4月26日 05:30]

 演芸の灯火は決して消さない。東京都に緊急事態宣言が出された25日、東京寄席組合と落語協会、落語芸術協会は「寄席は社会生活の維持に必要なもの」として、台東区の鈴本演芸場など、都内に4つある寄席での公演を感染防止策を行った上で通常通り継続した。

 人出の抑制を図る宣言の趣旨から批判が上がる一方で「勇気ある決定だ」「娯楽は生活に間違いなく必要」など好意的な意見も多数上がった。この日午前10時半ごろ、台東区の浅草演芸ホールでは、開場を待つファンが入り口前に列をつくった。

 落語関係者によると、最初の緊急事態宣言が発令された昨年4月以降、客足は遠のき「落語ブームの時と比べると天と地。観客はひどい時で9割くらい減った」という。

 寄席興行は、収益を寄席側と出演者で割ってギャラを払うため、客入りが悪いと赤字続きは免れない。それでも寄席を開けるのは、若手を育成し、文化を守るためだ。寄席組合は「寄席は戦争も乗り越えて現代まで続いてきた。それは生きるために必要だからではないか」と、24日午前に公演続行を決めた。

 新宿区の新宿末広亭では、真山由光代表取締役社長が取材に応じ「(寄席の)文化を守ろうという気概はある。おごりかもしれないけど」と使命感から決断。「経営も本当にぎりぎりの状態。やればやるだけ赤字で、やらなくても収入は0。それでも支援はいまだにない。このまま支援がないと、近いうちに日本から寄席はなくなる」と行政への怒りも口にした。

 演芸場は都の「無観客開催」の要請対象に含まれたが「無観客でやったとして(プロ野球のように)放映料をもらえることもない。要請はあり得ないし、理不尽」と憤った。毎日楽屋で顔を合わせる芸人に思いをはせ「この人たちのためにも粘らなきゃと、気持ちを立て直してやっている」と語った。

 豊島区の池袋演芸場の河村謙支配人は「最初の緊急事態宣言の時に3カ月ほど閉めたが意味があったのか」と提起。「たくさん取材も来るし、本当にいいのかなという気持ちも強い」としつつ「あとは来るか来ないかはお客さんの判断」と覚悟の表情。出演者の一人は帰り際「出られることだけでありがたい」と感謝を語った。

やればやるだけ赤字だから、木戸銭が目的ではない。なのに継続する。取材から読取れる理由は以下の3点です。

・若手を育成し、文化を守る
・無観客でやったとして放映料をもらえることもない
・最初の緊急事態宣言の時に3カ月ほど閉めたが意味があったのか

この3点については後でまた触れます。ただしこれだけの理由を挙げたにも関わらず、対応が一転します。上野鈴本演芸場公式のTwitterより。

【5月1日以降の寄席休業について】東京都から演芸場(寄席)に対する『無観客開催要請』は我々の性質上受け入れ困難として有観客開催を継続して参りました。本日改めて都より『休業要請』への打診があり東京寄席組合・両協会で協議の結果『5月1日~11日の営業をやむなく休止』させて頂きます。
午後3:44 ・ 2021年4月28日

この件は落語協会にも「寄席公演休止のお知らせ」が掲載されました。命令に改められたわけではなく、要請のままです。

2021年04月28日

 緊急事態宣言の発出を受け、東京都より演芸場に対して『無観客開催要請』がありました。『休業要請』ではなく『無観客開催要請』のため、演芸場の性質上無観客開催を受け入れることはできず、25日以降有観客開催を継続してまいりました。

 本日改めて東京都より落語協会・落語芸術協会に対し演芸場の『休業要請』があり、両協会及び東京寄席組合との協議の結果、本件受諾し、5月1日~11日まで寄席定席公演を休止させて頂きます。

【公演休止】
5月上席:鈴本演芸場、浅草演芸ホール
5月11日:鈴本演芸場、末廣亭、池袋演芸場

皆様には、ご不便、ご迷惑をおかけいたしますが、どうぞよろしくお願いいたします。

こちらはスポーツ報知「東京都内の4寄席が5月1日からついに休業『お金が欲しいから休むんじゃない』協力金は拒否」から引用します。

2021年4月29日 6時0分スポーツ報知

 25日に発令された緊急事態宣言後も興行を行ってきた東京都内の4寄席(上野・鈴本演芸場、新宿末広亭、浅草演芸ホール、池袋演芸場)が5月1日から11日まで休業することを決断した。28日に落語協会(落協)、落語芸術協会(芸協)と4寄席が発表した。

 この日、東京都の関係者が新宿の芸協事務局を訪れ、感染拡大抑制のため“休業要請”を行った。両協会が協議し、寄席の席亭に打診し休業が決まった。

 当初「演芸場」への要請は「無観客開催(社会生活の維持に必要なものを除く)」だった。寄席は大衆娯楽と伝統芸能を担い、かつ芸人の修業の場で「社会生活に必要なもの」と判断。無観客開催は不可能のため、感染防止対策を徹底して“有観客”興行を行っていた。

 寄席の決断を支持する声が上がるなど反響を呼び注目を集めた。この日、都関係者が「無観客開催」が出来ない場合は休業を要請すると説明し、混乱を招いたことを謝罪。

 今までの一方的な通告に態度を硬化させていた両協会と4寄席は「本日改めて東京都より『休業要請』としての打診があり、東京寄席組合及び両協会で協議の結果、5月1~11日の営業をやむなく休止させていただくことといたしました」などとコメントした。休業要請を受けると都から1日2万円の協力金を支給されるが「お金が欲しいから休むんじゃない」(関係者)と“拒否”したという。

5月1日から休業なのは、たしか寄席は上席、中席、下席で出演者が変わるから、混乱を避けて切りのいいところから、でしょう。

ここまで「コロナ」と一言も出てきていません。後で触れます。まずは3つの理由に戻って私の意見です。

「若手を育成し、文化を守る」について。3点挙がった理由のうち、これが一番理解できました。落語には「つ離れ」という言葉があります。春風亭昇太のときに聞いたのかな。1つ、2つ・・・で9つまでは「つ」が付くから客入りが一桁、10以上で「つ」が付かないから客入り10人以上、を指します。こんな言葉があるくらい閑古鳥が鳴いていたのがちょっと前の落語界です。それでも続けてきた人が今日の人気者に育ちました。たとえ観客が一桁でも人前で話すことに意義がある、これが理由で上演続行を主張するなら、筋が通っていました。

次の「無観客でやったとして放映料をもらえることもない」について。これは異議ありです。いまどきは自分たちでオンライン配信する、少なくとも組むパートナーを探して自分たちが主導するべきです。試してみたものの効果がなかったなら話は別ですが、試したのでしょうか。

オンライン配信に興味がない私ですが、検索したら「」というサイトが見つかりました。ここに載っているだけでもいろいろあります。寄席がオンライン配信をして何悪かろうというものです。その準備が間に合っていない、協力してほしいと訴えるなら、落語はファンも多いでしょうから、今回の休業には間に合わなくともパートナーは見つかるはずです。こういう商売の展開はいま全世界で求められていて、寄席だって同じです。

ちなみに上記の「噺」に載っていた中に文春落語オンラインがありました。5月1日に「 柳家喬太郎独演会Vol.15 怪談牡丹灯籠 連続口演第2話」が予定されています。チケットは税込1100円ですが、こんな説明がされています。

皆さまのおかげで「文春落語オンライン」が この5月で1周年を迎えます。
のべ15,000人の方にご視聴いただきました、本当にありがとうございます。

税別にしても、単純計算で1年で1億5千万円の売上です。これはチケット会社だったり配信パートナーだったり、通常と違う関係者への支払も発生します。ただし寄席が行なえば会場費は不要です。すでに実績があるのだから、いろいろ試してみるべきです。

毎日配信するとネタに困るとか、育成にはむしろ不向きだから前座は避けてみるとか、寄席ごとに喧嘩しないように配信日をずらすとか、チケットの単位を1日にするのか演者ごとにするのか決めるとか、配信のあがりを演者とどうやって分配するかとか、開演時間が厳密であってほしい配信固有の事情と合せられるかとか、オンライン配信の技術的な事情以外に考えることは山積みですが、せめて検討してほしいです。だから無観客でも放映料は入らない、を理由に挙げるのは悪手です。

最後に「最初の緊急事態宣言の時に3カ月ほど閉めたが意味があったのか」について。寄席個別の貢献までは調べようもありませんが、少なくとも緊急事態宣言で増加は抑えられました。緊急事態宣言と解除の日付が入っているNHKのサイト、全国東京のリンクを載せておきます。人の接触が減れば、拡大は防げます。

ちなみに寄席でも、今年の1月に陽性発覚による中止がありました。落語協会の「新型コロナウイルス感染について(第2報)」です。この時期は感染が広がっていたので、クラスターではないかもしれません。一方で東京の保健所は詳細な追跡はあきらめていたはずなので、通り一遍の対応で済ませたかもしれません。詳細不明です。

2021年01月18日

2021年1月18日、定席(鈴本演芸場)公演関係者である当協会所属の前座3名が新型コロナウイルスPCR検査の結果、陽性であることが判明しました。

当協会では昨日1月17日に1名の新型コロナウイルス感染が確認されたことを受け、管轄保健所より濃厚接触には該当しない旨の指示を受けておりましたが、鈴本演芸場楽屋内での前座業務にて協働する前座及びお囃子については当協会の判断にて即時PCR検査の実施を指示しており、本日新たに3名の前座が陽性であったとの連絡を受けました。

当協会は、当該関係者3名がPCR検査の結果、陽性であるとの連絡を受け、管轄保健所に報告の上、鈴本演芸場内の当該関係者業務場所等の消毒を実施しており、引き続き協会員の感染状況の把握に努め、随時公表してまいります。

お客様ならびに関係者の皆さまにはご心配おかけいたしますことを心よりお詫び申し上げます。

詳細については以下の通りです。

1.対象者

一般社団法人落語協会所属 前座3名

2.症状

3名とも無症状。1月17日の公演後、当協会の指示によって最寄りの医療機関を受診。寄席楽屋内では常時手指消毒の実施、マスクを着用して業務に従事しておりましたが、PCR検査を実施した結果、本日陽性であることが判明いたしました。

3.PCR検査実施状況 ※1月21日現在

全検査数⇒18件(うち陽性4件、陰性14件)※1/18結果待ち3名は陰性

4.今後の公演対応について

当協会所属前座の感染・陽性者は合計4名となっております(全員楽屋内での前座業務のみに従事、現在は自宅待機中)。複数名の感染・陽性者が発生している事態を重く受け止め、鈴本演芸場との協議の結果、お客様・出演者・公演関係者全員の安全を最優先し、鈴本演芸場で開催中の正月二之席(昨日より一時中止)・1月下席公演については全面中止いたします。

なお管轄保健所とは適宜連絡を取り合っており、今後保健所からの調査要請等があった場合には全面的に協力し、協会員の感染状況を把握した上で、感染症対策の更なる強化を行い、感染被害拡大の抑止に全力で取り組んでまいります。

なので3つ挙がっていた理由のうち、私が賛成できるのは最初の1つだけ、あとの2つは不賛成です。

そしてそれとは別に私が書こうとしていた最初の意見、「『寄席は社会生活の維持に必要なもの』と判断し『4月25日以降の公演についても予定通り有観客開催』と決定」についてです。

私はこの発表を読んで、ふざけているのか、駆引きの場に東京都を引張りだすための作戦か、判断に迷いました。何でも洒落のめすのもひとつの振舞ですし、不謹慎な笑いは面白いのも事実です。ただし、笑いのプロなら「ここは笑いにしたほうがいい場面か」の判断が正確に読めないといけません。新型コロナウィルスの感染拡大、しかも感染力が強くて大阪では感染者の年齢層も下がっている変異株の流行は、笑いにできるものではありません。今回は、反対するなら理由を挙げて真面目に反対するべき場面です。

だから都の関係者が来た時点で、何か駆引きをするのではないか、あるいは、休業命令を出してみろと真っ向勝負するつもりではないか、と推測していました。

私は、駆引きや勝負の意識なしに政府や自治体を刺激する形で反抗するのは反対です。今回は都の担当者が謝罪しましたが、下手をすると命令どころか強引に休業に持っていかれる可能性があります。「社会生活の維持に必要なもの」について、私はきちんと法律で定義したほうがいいと思いますが、その定義で困る人たちのほうがより多いでしょう。曖昧な表現で通しているのは、悪く言えば怠慢ですが、よく言えば日本風の知恵です。これを逆手に取った政治側から「寄席から問題提起されたのでエッセンシャルワーカーの定義をします、迷惑をこうむって困る人は寄席に文句を言ってください」くらいは出てきてもおかしくありません。そこまで広い範囲のことを気にしていられないというなら、命令が出たら従いますので正式に命令をお願いしますと、一経営者として真っ向勝負です。

そう考えていたら急転直下、直接謝罪してもらってあっさり矛を収めています。謝罪と見せかけての脅迫でもされたのでしょうか。協力金の拒否なんて比較にならない格好悪さです。文化を守るとまで大上段に振りかぶった大義名分はどこにいったのでしょうか。横町の隠居がつむじを曲げていただけにしか見えなくなってしまいました。

私の見るところでは、「文化」関係者が「文化」と使うときは、大半が「自分たちの生活、生計」と言い換えられます。文化の担い手はあくまでも人間なので、その関係者の生活が立ち行かなくなるのは一大事、とはひとつの見方です。ただしそれは、関係者以外が言うことで説得力が出てくるものです。関係者本人が言うのは、たとえは悪いですが、ヒモが金銭をたかっているように聞こえます。その場合は「生活」と言い換えたほうがいいです。新型コロナウィルスで生活に困っているのはお互い様なので、そのほうが、聞き手によほど近いです。

生活が目的なら、オンライン配信もあるでしょうし、落語の知識や能力を生かしたカルチャースクールも考えられますし、選択肢は広がります。寄席は文化だと宣言すると、その瞬間に選択肢が減って、身動きが取れなくなります。そういえば、落語は補助金の対象になっていないのでしょうか。寄席が席を主催するなら、寄席自身が補助金を申請できそうなものですが。あるいはそれを入れても赤字なのでしょうか。

それはさておき、今回の新型コロナウィルス騒動で、「文化」は、少なくとも「文化」という言葉への印象は、「文化」関係者が自分たちで何度も何度も貶めています。もう「文化」は禁句にしたほうがいいです。「文化」を持ちだした瞬間に、みんな発言がおかしくなります

さらに話は戻って前半の経緯引用部分、「コロナ」と一言も出てきませんでした。これは結局、新型コロナウィルスへの対応が当人たちにとっては本筋ではないことを表します。推測ですが、目先の経営のやりくりに忙殺されて、新型コロナウィルスの感染拡大防止協力は2番目以降なのでしょう。民間経営者の優先度としては正しいです。でも新型コロナウィルスは人の接触で広まるものなので、人が集まる機会を減らす、そしてやるなら全部一斉に減らすのは、政治側の対策としてはあり得ます。一番極端なのはロックダウンですが、そこまでいかなくてもNHKのグラフにもある通り、緊急事態宣言で実際に減っています。ならばそこに協力するのは、経営者ではなく一個人としてはあり得る判断です。

結局、国民の大半が共有して合意している新型コロナウィルスの対策と方針がないんですよね。今の私の理解では、ワクチンを一定以上の国民が接種して感染が一定以上広まらなくなるところがゴールです。それまでは人の接触を締めたり緩めたりして時間を稼ぐ。時間稼ぎに失敗したら医療崩壊して、新型コロナウィルスで死ぬ人と後遺症に悩む人が大勢でてくるのと、新型コロナウィルス対応に忙しすぎて他の病気の人が治療を受けられなくて病状を悪化させるのと、両方が出てくる。結果、日常の社会生活全般に悪影響が出る。ワクチンは最近ようやく話が見えてきていますが、なお数か月は必要です。

問題は2つあります。やることなすことチグハグで、どんどん信頼を失っている政治側の言うことを、みんな聞かなくなってきていることがひとつです。新型コロナウィルスによる被害を減らすためには自分たちの行動が一番効いてくる、というのがとにかく厳しい。偉そうに書いている私も3週末連続で東京に行きました。だからゴールデンウィークは東京に遊びに行かないでも耐えられます。

もうひとつは、時間稼ぎで締めている間の生活に耐えられない人と、時間が貴重だから時間稼ぎの方法自体に耐えられない若年層の両者がいて、耐えられない人が想像以上に多いことです。耐えられない人が悲鳴を上げるのは当然で、今回の寄席の話はこちらが理由と私はみなします。ただ、噺でも悲鳴でも、上手下手はあって、今回の悲鳴は下手で泣けも笑えもしませんでした。そして今回、このような中途半端な対応を取ったことで、次からの悲鳴の上げ方はもっと難しくなるでしょう。

2021年4月27日 (火)

野次馬するにも体力と見識がいる

とある過去のエントリー閲覧数が伸びていたのでなんだろうと思ったら、あれがこれでそれして云々ということでした。ざっと検索しましたが、今は野次馬する体力がないので取上げるのは見送りたいと思います。

ただ、検索中に有名人が大上段なことをつぶやいているのを見つけました。上から目線とはこういうことか、気を付けないといけないな、と自戒するためだけにこのエントリーを書いておきます。自腹でチケットを買って観た芝居をけなすのと、まったく関係ない分野を遠くからけなすのとは違うのだなと今更気が付きました。体力も必要ですが、見識も必要です。

過去のエントリーを直したりはしませんが、これからはなるべく自分の直接かかわった範囲に話題を絞るように努めます。

2021年4月25日 (日)

新型コロナウィルスで2021年4月の緊急事態宣言直後の対応メモ

もうコピペ大変なのでメモのみで。国公立劇場から。

新国立劇場

4月25日から5月11日まで主催公演中止。貸劇場は相手次第だったけど同日から中止

国立劇場

4月25日から5月11日まで主催公演中止。図書室などは閉鎖。

東京芸術劇場

4月25日から5月9日まで劇場自体を休館。

世田谷パブリックシアター

4月26日から5月11日まで劇場自体を休館。4月25日は周知期間扱い。

・座・公演時

これを書いている時点で発表見つからず。

吉祥寺シアター

4月26日までの公演と4月29日の公演は上演予定。5月分は協議中

三鷹市芸術文化センター

4月26日から5月11日まで劇場自体を休館。

神奈川芸術劇場とさいたま芸術劇場は東京都ではないので動きなし。

次、民間大手。

松竹

4月25日から5月11日まで主催公演中止。なおコクーン歌舞伎も同様

東宝

4月28日から5月11日まで公演中止。4月25日から4月27日は周知期間扱い。KERA CROSSがこれで4月26日千秋楽まで救われた。

宝塚

4月26日から5月11日まで主催公演中止。4月25日は周知期間扱い。なお東京だけでなく本家も同様。

劇団四季

4月28日から5月11日まで公演中止。なお緊急事態宣言以外の地域は公演続行。

・ホリプロ

この期間に上演していたのが東京芸術劇場の「スリル・ミー」で、劇場閉館に伴って中止。

ジャニーズ

個別の舞台情報を見た感じ、4月25日からの主催公演は中止に、それで地域によっては5月11日以降の公演の中止も決めている。

Bunkamura

4月25日から5月11日まで主催公演中止。店舗も休業。

・PARCO劇場

これを書いている時点で発表見つからず。そもそも初日延期になっていた

あと小劇場で本多劇場グループ。公演によって続行したり中止/延期にしたり無観客配信にしたり、対応はいろいろだけど、中止/延期が一番多くて、無観客配信と続行が少しだけ。

ここまでが団体の対応。気になったのは、いくつかの団体で中止期間が先延ばしになっていたこと。代表して宝塚より。

その中で劇場施設は無観客開催を要請されておりますが、政府より「無観客化・延期等を実施すると多大な混乱が生じてしまう場合も想定されることから、例外的に25日から直ちに無観客化・延期等を実施しないこととして差し支えないこともあること」と示されております。

これの元ネタを探したら、内閣官房の中の、緊急事態宣言でなく、基本対処方針でもなく、「関連した事務連絡等」に掲載されているPDFが元ネタだった。

②留意事項
(I)本目安の取扱い
 本目安は、感染拡大を速やかに抑える観点から、5月11日までの緊急事態宣言期間中、原則全ての催物・集会について適用すること。
 ただし、無観客化・延期等を実施すると多大な混乱が生じてしまう場合も想定されることから、このような事態と主催者が判断する場合には、例外的に、25日から直ちに無観客化・延期等を実施しないこととして差し支えないこともあること。ただし、この場合、催物の主催者は、該当の特定都道府県及び国の双方に相談の上、進めることとすること。

よく読んだら、このPDFこそが緊急事態宣言で「要請」される具体項目の大元なのだけど、何であんなに書類が分かれているのか。

もちろん対応する現場にとっては、猶予は長いほどありがたいにきまっている。でもこれまでの緊急事態宣言で、告知の猶予に何日くらいが適当か、宣言を出すなら何曜日を避けたほうがいいか、だいたいわかっていそうなものではないか。緊急って何なんだ。25日から直ちに云々なら、いつまでいいのか。

2021年4月24日 (土)

2021年5月6月のメモ

東京都は明日から緊急事態宣言が出る、明日からどうしようと各劇場各団体が頭を悩ませている最中でしょうが、いろいろ決まる前に拾っておきます。ぱっと見、とりあえず今日は予定通り上演しているところばかりでした。

・演劇集団円「ピローマン」2021/05/02-05/09@俳優座劇場:寺十吾演出ということでピックアップ

・新国立劇場主催「東京ゴッドファーザーズ」2021/05/02-05/03プレビュー、2021/05/06-05/30@新国立劇場小劇場:アニメから舞台化だけど2.5次元ではなさそうな藤田俊太郎演出

・松竹/Bunkamura製作「夏祭浪花鑑」2021/05/06-05/30@Bunkamuraシアターコクーン:勘九郎、七之助でのコクーン歌舞伎

・公益財団法人埼玉県芸術文化振興財団/ホリプロ制作「終わりよければすべてよし」2021/05/12-05/29@彩の国さいたま芸術劇場大ホール:中止がなければこれで全作品上演完了のはずだった

・オフィスコットーネプロデュース「母」2021/05/13-05/20@吉祥寺シアター:海外脚本だけど座組に惹かれたのでピックアップ

・新ロイヤル大衆舎/神奈川芸術劇場企画制作「王将」2021/05/15-06/06@神奈川芸術劇場アトリウム:長塚圭史の芸術監督就任でロビーに舞台をこしらえての上演

・パルコ企画製作「ピサロ」2021/05/15-06/06@PARCO劇場:公演途中で打切りになったオープニング演目の再演

・シアターキューブリック「幸せな孤独な薔薇」2021/05/20-05/26@浅草九劇:中止になっていた1本

・劇団青年座「アルビオン」2021/05/21-05/30@俳優座劇場:海外現代戯曲ものだけどタイトルとチラシでピックアップ

・smash!!「海を歩く 君をみる」2021/05/22-05/23@小劇場楽園:本当に上演できるのかよくわからない旗揚公演だけどチラシでピックアップ

・野田地図「フェイクスピア」2021/05/24-07/11@東京芸術劇場プレイハウス:高橋一生を主演に据えての新作

・イキウメ「外の道」2021/05/28-06/20@シアタートラム:イキウメっぽい雰囲気のある新作

・松竹製作「六月大歌舞伎 第二部 桜姫東文章 下の巻」2021/06/03-06/28@歌舞伎座:上の巻を観たので続きを観たい

・新国立劇場主催「キネマの天地」2021/06/05-06/06プレビュー、2021/06/10-06/27@新国立劇場小劇場:井上ひさしを小川絵梨子が演出できるか気になるけど何とでもしてくれる腕利きを出演者に揃えて

・Bunkamura企画製作「夜への長い旅路」2021/06/07-07/04@Bunkamuraシアターコクーン:海外演出家シリーズで大竹しのぶ主演の1本

・パルコ企画製作「首切り王子と愚かな女」2021/06/15-07/04@PARCO劇場:蓬莱竜太脚本演出のなんとなくライトノベルっぽい話

・世田谷パブリックシアター企画制作「狂言劇場 『武悪』『法螺侍』」2021/06/18-06/27@世田谷パブリックシアター:A/BプログラムのうちAプログラムなので日程注意、法螺侍やってくれるんだと思ったら万作は演出のみで出演は武悪に回っていた

どうせこれは絶対観に行かないのにな、と考えながらピックアップするのも、変な作業ですね。習慣のなせる業と呼ぶか、惰性と言うか、勘を鈍らせないためのトレーニングとみなすか、微妙です。

とりあえず東京都の緊急事態宣言

2021年4月23日発表です。期間は4月25日0時から5月11日24時までだそうです。そもそも期間を決めたからと言ってその間に収まるとは限らないのですが、そうは言っても宣言のためには最初は期間を決めないといけない。

芝居が関係するのはここらへんですかね。

「無観客開催」を要請する施設
劇場等(第4号)劇場、観覧場、演芸場 等
●無観客開催を要請(法第24条第9項)(社会生活の維持に必要なものを除く)

載っている法律の番号は「新型インフルエンザ等対策特別措置法」で、今回は「命令」で来るかと思いましたけど「要請」で止めてきました。命令は45条3項です。

関係者が対応に頭を悩ませている最中でしょうけど、とりあえずメモです。

2021年4月17日 (土)

何となくミスリードっぽいので内容を読んでみたい日経の文化芸術支援金記事(読んでみたらノーリードだった)

日経の有料記事ですが「不要不急とよばれて コロナ時代の芸術」という5回シリーズの記事がありました。

不要不急とよばれて(1) コロナ禍 崖っぷちの芸術界 資金繰り悪化 活動に制限
不要不急とよばれて コロナ時代の芸術(2)ライブで配信、表現革新 演劇「生中継」がひらく未来
不要不急とよばれて コロナ時代の芸術(3)演奏会、手拍子するのは分身ロボット 時空を超えて
不要不急とよばれて コロナ時代の芸術(4)紙の公演チラシ、どこまで必要? 舞台裏のデジタル改革
不要不急とよばれて コロナ時代の芸術(5)文化は単なる娯楽か 見取り図なき支援策からの脱却を

その中の5回目が、ブログのタイトルに取上げたミスリードっぽい記事です。

「要するに6000件、一気に切り捨てたってことですよね?」

3月15日の参院予算委員会、共産党議員の吉良佳子が文部科学相の萩生田光一に詰め寄った。新型コロナウイルスの感染拡大を受けて文化庁が文化・芸術関係者向けに用意した支援金を巡り、5日時点で約8000件あった審議中の案件のうち、1週間で約6000件が不採択になっていたことが判明したためだ。

公開されている冒頭だけ読むと穏やかではありませんが、有料なので全文読めない。うっかり誰かが全文公開していないかと思いましたが見つからなかったので、国会の議事録を探してみたら、ちゃんとテキストで公開されているのですね。日付と衆参と委員会まで特定できると検索早かったです。

この中の発言番号435から下の話ですね。飛び飛びで引用します。(略)記載も省略しますので気になった人は原文にあたってください。

443 吉良よし子
 昨年十二月の締切りまでの間に、申請件数は延べ九万六千三百四件、これまでに交付決定した累計件数は七万九千七百七十一件と伺っていますが、こうして、様々問題はあるものの、多くの文化芸術に携わる人たちの支援につながっていることは大事だと思うんです。ただ、中には、申請しても交付を受けることができなかった、若しくはもう諦めてしまった方がいると聞いています。
 確認したいと思います。文化芸術活動の継続支援事業に申請した人のうち不交付になった件数、そして取下げが行われた件数、両方併せてお答えください。

444 萩生田光一

○国務大臣(萩生田光一君) 文科省としては、文化芸術活動の継続支援事業を実施し、これまで四回にわたり公募を行い、活動をされている実演家や技術スタッフの方々や文化芸術団体に対し、その活動継続や技能向上に向けた積極的な取組への支援を行ってまいりました。
 文化芸術活動の継続支援事業にはこれまで延べ九万六千三百件の件数の申請があって、そのうち、審査に必要な情報について数回の御連絡をさせていただいたところ御回答が得られなかったものなど、不交付決定となった件数は約一万二千件、申請要件に適用しないことなどを御理解され取り下げられた件数は約四千六百件となっております。

445 吉良よし子

○吉良よし子君 不交付が一万二千件、そして取下げが四千六百件なんですけれども、二万件近くが支援が届いていないわけですけど、これ取り下げたのは、制度の対象にならないからではなくて、諦めたからなんですよ。一番の問題は、交付までに時間が掛かり過ぎるからなんです。

447 吉良よし子

○吉良よし子君 十七件。これ、おかしな話なんです。先週の、一週間前の三月五日時点では八千件、不交付、まだ審査案件があったんです。それが一週間でゼロに近くなった、十七件になった。どういうことですか。

448 萩生田光一

○国務大臣(萩生田光一君) 文化庁においては、これまで、毎週金曜日の十四時頃に実施事務局から交付決定の情報をメールで受けて、十七時頃にホームページを更新しています。実施事務局で、これまでは十四時の時点で各個人等への通知基準が、通知準備が整った状態であったため十四時以降の報告を受けていましたが、今回は件数が多く、その後に不交付決定の通知準備が整ったため各個人等に通知することとしましたが、文化庁への報告が遅れたことが原因と承知しております。

449 吉良よし子

○吉良よし子君 いや、そうじゃないです。八千件あったのが一週間で十七件になった。七千件近く一気に、何、交付決定したということですか。どうなったんですか。

452 萩生田光一

○国務大臣(萩生田光一君) 全て交付に決定したんじゃなくて、八千件のうち約六千件が交付決定をしていて、二千件は……(発言する者あり)逆。二千件が交付決定しておりまして、六千件が対象外ということになると思います。

453 吉良よし子

○吉良よし子君 要するに、六千件、この一週間で一気に切り捨てたということですよね。これ、余りにひどい話だと思うんですよ。連絡待ちながら一生懸命慣れない申請作業をしていた文化芸術関係者の皆さんが心を折れながらも頑張っていたのに、六千件一気に不交付決定。
 もうそもそもね、この二月末までに何かやれと、そういうやり方が問題なんですよ。この期間内に新しい公演行うのがどれだけ大変か。持ち出す資金のない若手のアーティストの皆さんは、もうすごい高いハードルで、それでも頑張って申請してみたけど、交付決定がなかなか来ないから諦めると、そういう悪循環になっているんですよ。申請すること自体できなかったという話も聞いています。

455 吉良よし子

○吉良よし子君 違うんです。感染対策なども工夫して様々やっていらっしゃるんですけど、今言っているのは、公演すること自体が大変だ、そういう話なんです。モチベーションの問題もあるし、何より手元に資金がない、もう貯金崩して生活されているというんですよ。やっぱり今を支える給付が必要じゃないか、現場の声なんです。
 使途を問わない給付制度つくってほしい、菅総理、いかがですか。

456 萩生田光一

○国務大臣(萩生田光一君) 先生の熱いお気持ちは分かりますし、我々もその文化を守っていこうという思いはあるんですけれど、その職業だけは給付をするということにやっぱりできないと思います。その一定のルールの中で、国民の皆さんの税金ですから、その特別な文化活動で、我々が会社に勤めている人たちとは違う働き方があるということが分かって、例えばフリーターの人たちへの支援策は昨年講じることができました。
 もちろん文化には様々な形態があること分かっておりますけど、使い勝手のいい給付で、現金渡してくれと言われても、それはなかなか、その人を特定して、なぜその人なのかということを証明するのがすごく難しいと思うからこそ、先ほど申し上げたような一定の条件の中で活動している人に給付をしていきたいと、こう思っているところです。

457 吉良よし子

○吉良よし子君 それでは文化の灯は消えてしまうんです。質の高いパフォーマンスを支えるためには、日々の暮らし、生活を支えることがどうしたって不可欠なんです。

「昨年十二月の締切りまでの間に、申請件数は延べ九万六千三百四件、これまでに交付決定した累計件数は七万九千七百七十一件」と質問した本人が発言していますので、82%に交付されています。支援自体はまずまず機能しているほうだと思います。

そして「先週の、一週間前の三月五日時点では八千件、不交付、まだ審査案件があったんです。それが一週間でゼロに近くなった、十七件になった。どういうことですか。」に対しては「実施事務局で、これまでは十四時の時点で各個人等への通知基準が、通知準備が整った状態であったため十四時以降の報告を受けていましたが、今回は件数が多く、その後に不交付決定の通知準備が整ったため各個人等に通知することとしましたが、文化庁への報告が遅れたことが原因と承知しております。」とあります。なので申請者からはまとめて切捨てのように見えてしまいますが、実際は内部の報告と集計の遅れですね。

記事を読めていませんが、交付済の数字を取上げずに不交付の数字だけを取りあげたのであれば、煽り気味かなと思います。

そのうえで、Twitterで記事説明ないかと思ったので探しました。以下2件が興味深かったです。

KZ78@kz78_b
"混乱の原因は支援が損失補償ではなく、これから実施する事業への「補助金」だったからだ。どんな事業で、どんな経費がいくらかかるのか、事細かに内訳を出す必要がある。" / “新型コロナ: 文化は単なる娯楽か 見取り図なき支援策からの脱却を: 日本経済新聞”

印度洋一郎 Yoichiro Indo@ven12665
この記事の中でほぉと思ったのは、

「日本では文化芸術が産業として分析されていないので、国も業界のどこに金を出せば回るのかがわかっていない」

という指摘。

文化芸術関係の人たちに損失補償を出すとしたら、他の仕事をしている人達への損失補償とどうやって区別するかはとても難しい問題です。だから損失補償ではなく補助金という形にせざるを得ない。それが「我々もその文化を守っていこうという思いはあるんですけれど、その職業だけは給付をするということにやっぱりできないと思います。(略)もちろん文化には様々な形態があること分かっておりますけど、使い勝手のいい給付で、現金渡してくれと言われても、それはなかなか、その人を特定して、なぜその人なのかということを証明するのがすごく難しいと思うからこそ、先ほど申し上げたような一定の条件の中で活動している人に給付をしていきたいと、こう思っているところです。」という答弁になる。野次馬としてよくわかる理屈です。

そのうえで、芝居の世界については以前「新型コロナウィルス騒動で日本の芸術団体は団結していないし演劇業界はぶっちぎりで団結していないことがわかったという話」を書きましたが、そもそも業界が存在していない、という認識です。分析しても頭を抱えてしまうと思います。観光業界のGoToキャンペーンにはいろいろ批判がありましたが、今になって考えてみると、観光地と宿泊施設だけでなく交通や食事や土産その他もろもろ裾野が広いからとにかく客に来てもらう必要がある、そのため客側に来たくなるようなインセンティブを出すことで観光業界全体に金が回る、という分析が済んでいるのでしょうね。

そしてもうひとつ、Twitterで興味深い意見を見かけたので引用します。

あらかわ(荒川)@bay@39dayzero
返信先: @fukuikensakuさん
これに関しては「事業だから助ける、事業として助ける」が単独で成り立ち得るにも関わらず、文化・芸術という質を強く含めたために複雑化させてしまったように感じます。文化・芸術活動は事業で無く、一般人、普段、多数の人、多分野で関われるのに、支援の主張が一部の人の選民意識で目立った。

あらかわ(荒川)@bay@39dayzero
返信先: @39dayzeroさん, @fukuikensakuさん
多様性を掲げながら他分野多分野との関係性を外し単独で優位性が存在するような主張となる「文化・芸術だから助けろ」というのはもはや選民意識、差別意識とも言えるかもしれない、というのは念頭におくべきだと感じます。

私が「不要不急で無駄だからこそ芝居は文化たりうる」で書ききれなかったところがはっきりまとまっています。事業という言葉を使えば、業界の存在しない業界でも扱いようがある。その国からの答えが文化芸術支援金による事業の補助金ですよね。ついでに書くと、損失補償型でも生活費には使えないのがドイツ式であることは「新型コロナウィルスの補償問題で本当にドイツがよかったのか疑問になる記事から転じて文化芸術復興基金の話まで」に書きました。この時期に日本でも「業界」で代表者を立てて陳情した結果、500億円で79771件が補償されたのだから、まずまずの成果ではないですか。

共産党の吉良佳子議員が「使途を問わない給付制度つくってほしい」と求めるのは、議員だから今まだない立法をするのが仕事ですし、発想は共産党だからと言ったらそれまでですが、まあちょっと、他の一般人との兼合いを無視しすぎです。答弁を引出すための駆引きではなく、絶対わざとでしょう。

加えて日経の「不要不急とよばれて」という連載タイトル自体、経済新聞のくせに事業分析の視点も産業分析の視点も足りなくないか、自分たちで一度分析してみたらいいのに、と記事も読まずに放言しておきます。

<2021年5月2日(日)追記>

登録すれば無料で読めるとコメントをもらったので最終回を読んでみました。全文引用するのははばかられるので最後の段落は全文、それ以外は段落ごとに引用を交えて要約してみます。

・申請書類の不備が多発、また応募してもなかなか支援金は支給されなかった、「でも、一番必要なときにお金は届かなかった」(映画制作を手掛ける個人事業主)
・原因は、損失補償でなく、これから実施する事業への補助金という建付けだったためで、「損失を補償しないのは政府方針」(文化庁参事官、梶山正司)
・ドイツは一部遅れもあったが早い場合は2-3日で振込まれた
・1年後の今は「支援金を何に使ったかなどの申告作業に追われていて、大変そう」(ベルリン在住の美術家、塩田千春)
・欧米は手厚い支援策を掲げる
・「文化芸術は主要な産業として認められている」(ニューヨークの演劇ライター、高橋友紀子)
・翻って日本。芸術コーディネーターの米屋尚子は「産業として分析されてこなかったため、国はどこを支援すれば業界が回り出すか全く把握していない」と指摘する。文化庁が用意した21年度の支援策は通称「ARTS for the future!」。何か新しいことを企画すれば補助金を出すという。見取り図のないまま、未来へ向けて金をばらまく。

先にTwitterで引用していた「産業として分析されてこなかったため、国はどこを支援すれば業界が回り出すか全く把握していない」は米屋尚子のコメントでした。この人は「演劇は仕事になるのか?」を書いている人ですね。通して読んでもこれが一番重要な指摘だと私は考えます。

それ以外は、読んでも「バーカ」としか感想が湧いてきませんでした。肝心なところで自社責任の主張がないからです。

一般に、最後の記載が主張になるので、そこから察すれば「見取り図のないまま、未来へ向けて金をばらまく」という文化庁および政府の方針への批判が趣旨です。それでは単に取材対象だった「文化芸術分野」関係者の不満の代弁で終わっています。紙面の都合があってカットされたのかもしれませんが、だったらWebだけでもいいから連載を追加して「ぼくのかんがえたさいきょうのみとりず」を追記すればいいのに。

今回の記事の内容なら、日経の、あるいは記者の文責で以下まで主張や提案を書いてほしいです。

・他の産業を差置いてでも文化芸術分野に損失補償するべきという主張、あるいは他の産業との兼合による適切な文化芸術の損失補償額算出提示、その主張の根拠意見
・文化芸術分野の定義、少なくとも今回損失補填される対象となる人たちの定義
・素早い振込を実現するための納税者番号と銀行口座との紐づけの全国民普及の肯定
・日本でも主要な産業と主張するだけの文化芸術分野の金額、雇用人数の業界規模

この中でも最初の項目、文化芸術分野に損失補償するべきと考えているのかどうか、損失補償するべきならどういう理由でそう主張するのか。ここがはっきりしていないのは駄目です。海外ではそうしている、が理由なら出羽守です。

あと、できれば財源も書いてほしい。元の支援金は「文化庁の年間予算の約半分に相当する509億円を確保した支援金」と書かれているので、これを補助金として要らないから損失補償に回してほしかったのか、別途確保してほしかったのか。

踏込んだ主張や提案が書けないならせめて、米屋尚子のコメントから始めて、それゆえの混乱として各種事例を紹介して、最後に文化庁や政府向けには申請書類や手続きの簡便化や標準化を、文化芸術分野には産業として認めさせるために関係者が業界団体をつくって産業と認めさせるための情報を整備することを、直近の課題提言として締めるほうが建設的です。

そして大元の話。82%の申請は交付されていることにまったく触れていない。18%却下されるのが異常と主張するならそう書けばいい。最初はタイトルに「何となくミスリードっぽい」と書きましたが、読んだ結論は「肝心の主張が欠けてノーリード」です。

産業として認められるために何が必要なのかは私も知りたいです。最低限、このような情報が求められて、このくらいの頻度で更新されて、このような媒体に掲載されて、このような問合せに対応できる団体が必要である、という条件があるはずです。日経らしさで貢献するならそこだと思います。たぶん天下りの問題を避けて通れないと思いますけど、そこも含めて。

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