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2021年7月24日 (土)

さいたまゴールド・シアター解散決定

さいたまネクスト・シアターの解散はすでに発表されていましたが、さいたまゴールド・シアターも解散が決定しました。ステージナタリー経由で発表コメントを引用。

蜷川幸雄さんが亡くなられて5年が経ちました。

2006年、彩の国さいたま芸術劇場の芸術監督に就任した蜷川さんは、「演劇経験のない高齢者を集めてプロの劇団を作り、世界へ打って出る」という構想のもと、55歳以上の高齢者による“さいたまゴールド・シアター”を結成しました。折しも日本が高齢化社会に突入する時と重なり、その活動は大きな注目を集めました。公演を重ねるたびに芸術的評価が高まり、国内ばかりでなくパリ、香港、ルーマニアなどの海外から招聘を受けるまでに成長を遂げ、まさに “世界的”な劇団になりました。そして、この活動から「一万人のゴールド・シアター2016」公演やゴールド・アーツ・クラブが結成されたり(昨年解散)、国内の高齢者による演劇活動がより盛んになるなどその影響の大きさを改めて感じる昨今です。

しかし結成から15年経ち、劇団員の平均年齢は81歳を超え、48名で出発したメンバーは現在34名となりました。在籍しながらも様々な理由から活動への参加が困難なメンバーも増えて、劇団のあり方を見直そうと思っていた矢先に、コロナ禍となりました。本年2月に予定していました松井周さんの作・演出の「聖地2030」が公演中止を余儀なくされ、劇団としての活動継続は困難を極めております。こうした状況を踏まえ、苦渋の決断ではありますが、劇団を解散することといたしました。

最後となる作品は、1981年に劇団転形劇場で初演されて以来、国内外で高い評価を得て上演されてきた太田省吾さんの沈黙劇「水の駅」を杉原邦生さんの演出で上演いたします。

やっぱりよほどの条件がそろわないとこの手の活動は続けていけないのでしょうね。

2021年7月23日 (金)

小林賢太郎がオリンピックのショーディレクターを解任されたことについてうまく説明できない感情

日テレNEWS24「菅首相『言語道断だ』 小林賢太郎さん解任」より。

東京オリンピックの開会式の演出の調整役だった元お笑いタレントの小林賢太郎さんが過去にユダヤ人大量虐殺をネタにしていたことがわかり、組織委員会の橋本会長が小林さんの解任を発表し謝罪しました。

これを受けて菅首相が22日午後、記者団の取材に応じ、「言語道断だ」などと述べました。

記者団とのやりとりは以下の通りです。

Q.解任の受け止め。

菅首相
「ご指摘の件については言語道断。全く受け入れることは出来ない」

Q.総理としてどの部分を問題にして組織委員会にどう対応したのか。

菅首相
「このことはあってはならないことですから、そこについては秘書官を通じてこれは受け入れられないということで対応した」

Q.開会式は予定通り行うべきか

菅首相
「そこは予定通り行うべきだと思う」

Q関係者の辞任相次ぐ。大会成功への自信は。

菅首相
「組織委員会においては重く受け止めていると思う。それと同時に、これから準備すべき点はしっかり準備する中で、やはり今まで準備してきたことについて、だめなものは事実のなかでしっかりやってほしいと思っている」

小林賢太郎はコメントを残して解任を受入れました。ハフィントンポスト「小林賢太郎さん解任。コメント全文『自分の愚かな言葉選びが間違いだった』」より。

小林賢太郎と申します。私は元コメディアンで、引退後の今はエンターテイメントに裏方として携わっております。

かつて私が書いたコントのセリフの中に、不適切な表現があったというご指摘をいただきました。

確かにご指摘の通り、1998年に発売された若手芸人を紹介するビデオソフトの中で、私が書いたコントのセリフに極めて不謹慎な表現が含まれていました。

ご指摘を受け、当時のことを思い返しました。思うように人を笑わせられなくて、浅はかに人の気を引こうとしていた頃だと思います。その後自分でも良くないと思い、考えを改め、人を傷つけない笑いを目指すようになっていきました。

人を楽しませる仕事の自分が、人に不快な思いをさせることはあってはならないことです。当時の自分の愚かな言葉選びが間違いだったということを理解し、反省しています。

不快に思われた方々にお詫びを申し上げます。申し訳ありませんでした。

先ほど、組織委員会からショーディレクター解任のご連絡をいただきました。

ここまで、この式典に携わらせていただいたことに感謝いたします。

小林賢太郎

合せて片桐仁もコメントを発表しています。所属事務所「報道に関する片桐仁からのコメント」より。

この度は、23年前のラーメンズのコント内での極めて不適切なセリフにより、多くの方々に不快な思いをさせてしまい、深くお詫び申し上げます。

当時、差別的な表現や不謹慎な言い回しに対する意識が低く、それによって不快な思いをする相手の方がいることを、想像出来ていませんでした。
若気の至りとは言えない、非常識な人間だったと思います。

皆様のご指摘により、そのことに改めて気付かされ、事の重大さに気付かず、自分自身が演じてしまったことを反省しております。

今後、二度とこのようなことがないように、表現をする際には、一度立ち止まって考えることを心がけたいと思います。

大変、申し訳ありませんでした。

片桐仁

非難の対象となったコントは(いつまで残っているのかわかりませんけど)ニコニコ動画のこれです。「できるかな」のノッポさんとゴン太くんを元ネタに、2人が好きあっているという構成です。対象となったのは、唐突に出てきたネタとはいえ、1か所だけです。ネタというより台詞に近い。直後にフォロー台詞も入っています。これが最近のネタだったら言語道断と言われてもしょうがないなと思いましたけど、23年前です。仮に最近のネタだったとしても、それで小林賢太郎や片桐仁が嫌いになったとは思いません。

でも小山田圭吾やのぶみが責められて辞任や辞退したのは当然だと思っています。ここの違いが上手く説明できません。

ひとつには、過去の歴史をネタで扱ったということと、実際に本人が行なった犯罪相当の行為なり絵本なりというのがあります。ただ、これで線引きするのも違うと思います。

小林賢太郎と片桐仁は実際に舞台で観たことがあり、小山田圭吾やのぶみは本人を観たことも、それと意識して創作物を観たこともありません。小山田圭吾の音楽は知らない間に耳にしていたことはあるかもしれませんが、のぶみの絵本の内容は今回初めて知りました。だからといって、それで左右されるものでもないと思います。まして、創作物のよしあしと創作者の人格のよしあしは比例しませんから。

ただ、小山田圭吾の過去が問題になったときに「過去にまったく間違いがない人間がどのくらいいるのか」という擁護のコメントが上がったのには、不快感を覚えました。他人にウンコを食わせたような人間が、昔も今も世の中に何人いるんだよ、という点です。小林賢太郎の今回の件に対して適用されるべき擁護が、小山田圭吾の件で使われたことで、この擁護自体の説得力を失わせてしまいました。

それでも何とか説明を試みようとすると、まったく曖昧な物言いしかできないのですが、小山田圭吾の過去の犯罪相当の行為が発覚してから、辞任まで揉めた件と、そのあとでのぶみの起用がきまるまでの一連の流れに、嫌なものを感じたのですね。

現場の担当者が、いま辞任されて曲が差替えになると開会式に間に合わないことを恐れたのはあったと思います、というか、思っていました。自分のしがない仕事ですら締切に追いこまれると間に合わるためにあれこれごまかそうとするのだから、ましてオリンピックの担当者のプレッシャーはいかばかりか。小山田圭吾はクビになるべきという自分の思いとは別に、言いたいことはわかるけど間に合わないから勘弁してくれと締切間近の現場が抵抗するのはしょうがないだろうと考えていました。

でもそのあとにのぶみの起用が出てきて、それで絵本の内容を見たら、どうも違うっぽい。時間がない中でまともな人は誰も引受けなかったとは思いますが、だとしても小山田圭吾の後にこういう人間を起用する話が出てくる時点でおかしい。

推測ですが、関係者、特に起用解任の人事関係者は、小山田圭吾と同じ価値観を持っている。なおかつ、世の中の他の価値観は自分たちの価値観より下だと思っている、ひょっとすると他の価値観が存在しているという認識も持っていないかもしれない。そしてその価値観で捉えている範囲が、ものすごく狭い。いわゆる仲間内だけにとどまっていて、それを疑っていない。

それを小林賢太郎のコントのネタと一緒にするのはどうかと思います。国際的なイベントで、会長がドイツ人だから、たとえコントの中の1か所の台詞だったとしても機微に触れる問題となって、解任はしかたがないかもしれません。でも変な話ですが、トラブル続きの後とはいえ今回あっさり解任されたことで、本人が仲間内の価値観に含まれていない可能性を示して見せたとも言えます。同じ解任でも、同列に並べてはいけない。

上手く説明できませんが、少なくとも今回の件だけでは、自分は小林賢太郎や片桐仁を嫌うことにはなりません。「過去にまったく間違いがない人間がどのくらいいるのか」という話を、他人への説得ではなく、自分の感情に適用します。

<2021年7月23日(金)追記>

オリンピックの開会式、全部観たわけではありませんが、各競技のピクトグラムをパントマイムで表現するあたりが小林賢太郎っぽかったですね。どのパートが誰の演出とか情報は知りませんが、あそこは自分でやってたんじゃないでしょうか。

<2021年7月24日(土)追記>

小山田圭吾を起用したのは小林賢太郎という朝日新聞の記事が出ました。また、今回の件で日本の在各国大使館がユダヤ人団体に謝罪したそうです。背景には、ミュンヘン大会でイスラエル人の選手やコーチが犠牲になったという事件があり、今回の開会式でそれを追悼する個所があったそうです(自分は該当箇所は未見)。

いろいろ自分の理解できる範囲を超えているので、この件についてはこれ以上書かないようにします。

2021年7月21日 (水)

朗読劇で雑に運営して客まで巻きこんだクラスター発生

噂にはなっていたようですが、出演者の1人が経緯をまとめたことで確定です。公式Twitterも認めている、客まで巻きこんだクラスターです。まとめた内容に嘘がないという前提ですが、関係者が直接まとめたことはよいことだと考えます。ただ、お腹いっぱいの内容すぎてすぐに目に入らない。今回はリンクだけにしておきます。

目に入ったところだけで取りあげると、雑な運営もやばいし、PCR検査の陽性者がでたら中止と事前に宣言していたのに隠して公演したのもやばいし、この状況下で客出し実行したのもやばいし、主催が保健所への連絡で嘘をついたのが一番やばい。この時期にここまでやらかしたという点で、去年の同時期のクラスターよりもっとやばい。芝居関係のクラスターの話題を追うのに疲れましたが、まだこんなレベルの話が出てくるのかと。

これに比べたら出演者が濃厚接触者の疑いがあると午後に届いた時点で夜公演と残りの日程の中止を決めた劇団の対応なんて神です神。あなたたちは公演機会を失ったが、それは適切で勇気ある行動でした。7か月経ちましたが改めて称えます。

同じ公演期間に別の芝居を観に行っていた自分としては、緩んだ心を引締めないといけません。

2021年7月18日 (日)

発音で世代がわかるという話

何かと気が滅入る話題が多いので、Twitterで見かけた内容を紹介。

すきえんてぃあ@書け
@cicada3301_kig
歳をとった女性声優が若作りして出す声、独特のダミ声のような老化の特徴もあるんだけど、それ以上に言語の変化として音素の世代差が隠しきれていない。若者はマジでガ行が全然鼻に抜けないし、サ行が過剰に無声化して独特のシャリシャリした響きが入る。年寄り声優にはそれがない。言語が違う。
午後6:44 ・ 2021年7月13日

たま、絵仕事
@hantutama
40年程前に言語学の先生が「今の若者は『アワビ』と発音出来ない。『アービ』になる。言葉は変わって行く...」と言っていた。
個人的には20年くらい前から語尾が「i」から「e」に変わっているのが気になる。
「かわええ」「おいしぇえ」「うれしぇえ」...
時代物のドラマでこれが出るとつらい
午後7:18 ・ 2021年7月13日

川井いぜ
@nekw0
これじつは VOT とかも違うんですよね。わたしは声を聞いた男性の年齢層を無意識にこれで判定している
午後10:26 ・ 2021年7月13日

同じ人でもうひとつ。

すきえんてぃあ@書け
@cicada3301_kig
アニメ「探偵はもう死んでいる」の主人公とヒロインを演じる若手声優が、日本語史における新しい世代の最先端の発音になってることを先日から指摘しているんだけど、ガ行鼻濁音が生じないばかりか、確かに先行研究で指摘されているように語頭の濁音が有声化しない。まるでアイヌ訛りのように聞こえる!
午前7:23 ・ 2021年7月15日

第一話では同じ世代同士で会話していたからギャップが目立たなかったが、第二話では「老いた」発音の従来的な美少女が登場するから、注意して聞いていると会話シーンでギャップがめちゃくちゃ目立つ

いやまあ有声化しないはノリで言い過ぎたけどちょっと弱い、なんだろなピッチか帯気か別の情報による弁別に少し寄っているけどまだよくわからない直感的に評価してるだけなので

アメリカなんかでは、役の出身国ごとの訛りを演じ分けられるように専門の訓練があると聞いたことがあります。日本語でも、単語のアクセントが地域だけでなく時代によっても変わると聞いたこともあります。けど、発音によって、聞く人が聞けば「言語が違う」ほど変わるものだとは思わなかった。昔、宮田慶子が「最近の若者はサ行をスァと発音する」と言っていましたけど、詳しい説明を出すとこうなるわけですね。

何となく、舞台修行だとある種のはっきりした発音ができるように訓練されるイメージがありますけど、どうなんでしょう。時代劇でふにゃっとした発音は困るから、大河ドラマくらいだと発音指導も入りそうですけど。

それよりもっと近代、ここ数十年の違いを適切に表現するために、こういう発音の違いを意識して演出するような需要が舞台、映像を問わず日本であるんでしょうか。逆に、その年代の違いを意識して発音を使い分けている役者、声優っているんでしょうか。

2021年7月10日 (土)

7月は芝居を観ない宣言

当初予定では今週末まで芝居を観てから、しばらく我慢する予定だったけど、緊急事態宣言がまた出てくるくらいに新型コロナウィルスが広がっています。観に行きたかったけど、残念ながら諦めます。

って書かないと思い切れない。何度か東京に出かけて、もう1回くらい大丈夫じゃないのと油断が出てきている。大丈夫じゃないのという賭けの向こうに自分の健康を張るわけにはいかない。3か月間、恵まれたラインナップを堪能したのだから、またしばらく様子見です。

オリンピックの後と、パラリンピックの後と、それぞれどうなっているんだろう。オリンピックのころに感染者のピークが来そうですけど、妙に強烈な変異株とかが出てこないことを祈っています。

2021年7月 7日 (水)

東京都に次の緊急事態宣言が来るかどうか(追記:来ました)

ほぼ確定みたいですけど。今の東京都の蔓延防止等重点措置(「まん延」ってひらがなを混ぜて書きたくないですね)は7月11日までなので、感染者数が一気に増えて前倒しとか言わない限り、宣言を出すとしたら7月12日からの公算が強いです。ちなみに大阪は蔓延防止等重点措置が延長の見込みだそうです。

ちなみに前回の宣言時にはこんな但し書きが付いていました。

 ただし、無観客化・延期等を実施すると多大な混乱が生じてしまう場合も想定されることから、このような事態と主催者が判断する場合には、例外的に、25日から直ちに無観客化・延期等を実施しないこととして差し支えないこともあること。ただし、この場合、催物の主催者は、該当の特定都道府県及び国の双方に相談の上、進めることとすること。

これをどこまで読んだかわかりませんが、前回は宝塚が1日余分に、東宝が3日余分に、他より遅れて中止しました。

個人的に、東京7週間公演の野田地図が逃げ切って大阪の2週間公演に滑り込めるか、注目しています。今のご時世、運も実力のうちなので。

<2021年7月9日(金)追記>

内閣官房が設けた新型コロナウィルス対策ページ内の、「令和3年7月8日【事務連絡】基本的対処方針に基づく催物の開催制限、施設の使用制限等に係る留意事項等について」が発表されました。内容はざっと読んだ限り、前回と同じです。末尾に別紙で表があるので、そちらを読むのがよさそうです。チケット販売の扱いは、必要な人が本文を読んでください。

第4号 劇場、観覧場、映画館、など

人数上限5000人かつ収容率50%以内の要請21時までの営業時間短縮要請
※1:上記に加え、入場整理等の働きかけを行うこと
※2:オンライン配信の場合は時間短縮の働きかけ不要
※3:イベント開催以外の場合は、1000平米超:20時までの営業時間短縮要請1000平米以下:20時までの営業時間短縮働きかけ
※4:映画館については、1000平米超:21時までの営業時間短縮要請1000平米以下:21時までの営業時間短縮働きかけ

東京は7月12日から8月22日までなので、野田地図が逃げ切りました。強運です。

それとは別に、飲食店相手の対策が要請を超えて命令になるかと思ったら、卸業者への取引停止要請と、金融機関への情報提供というすごい技を政府が繰りだしてきました。法律を整備しないで首を絞めに来たっぽい。いろいろ調べる必要がありそう。とりあえず産経と日経への記事を張っときます。

産経はこちら。

政府、酒類提供店との取引停止を要請 販売事業者に

西村康稔経済再生担当相は8日午前、新型コロナウイルスの基本的対処方針分科会で、酒類提供を続ける飲食店と取引を行わないよう酒類販売事業者に要請する意向を明らかにした。「酒類提供停止を徹底するため」と説明した。

また、飲食店への自粛要請の長期化を受け、休業要請などに応じた飲食店に支払う協力金を先渡しする仕組みも導入するとした。「支給の迅速化に向けて必要な取り組みを進めたい」と述べた。

日経はこちら。

休業要請拒否店、金融機関に情報提供 経財相

西村康稔経済財政・再生相は8日夜の記者会見で、休業要請に応じない飲食店の情報を金融機関に提供する考えを明らかにした。「金融機関からも順守の働き掛けをしてほしい」と述べた。関係省庁と調整中という。店舗への協力呼びかけの強化につなげる。

政府は緊急事態宣言を発令した地域で、酒類を提供する飲食店に休業を要請する。西村氏は酒類を販売する事業者にも要請に応じない飲食店と取引しないよう求めた。

いろいろ悪い想像をしてしまいましたけど、芝居ならまだしも、実社会について変なことを書いて真に受けられても困るのでうっかり書けない。

<2021年7月27日(火)追記>

そういえば野田地図が大阪で大千秋楽まで到達していました。改めて、運も実力のうち。

2021年7月 3日 (土)

台風ではないのに長引く大雨で交通影響が出る珍しいケース

台風の時は事前に気象庁がアナウンスを出して、電車各社が運行予定をアナウンスして、それを元に上演するか中止するか上演するけど払戻しや振替を受付けるかの対応を決めましょう、ってのはこのブログでも見てきた対応です。大手を中心に何となく定着してきた流れです。

ところが本日は、台風ではないものの線状降水帯による記録的な大雨で、朝からの交通が遅延、場所によっては運休になっています。さっき見たら、JRは京浜東北線と埼京線と東海道線と横須賀線と総武線と常磐線と他多数、私鉄は小田急と京急と相鉄の影響が大です。

なのだけど、東京中心はそこまで影響を受けていないみたいで、山手線と中央線が通常運転になっています。私鉄も東急や京王は通常運転です。神奈川の西と千葉が影響大ですね。

しかもこの後は雨が落着く方向です。新型コロナウィルスできつい折、これで中止払戻しを行なうこと団体は少ないと思いますが、観客としては気をもむところです。さっき大きいところのホームページを眺めましたけど、上演するしないの情報は載っていませんでした。遠方の客もいるでしょうから、11時を過ぎたら載せたほうがいいと思いましたけどね。

そして客。影響大の地域に住んでいる場合は、芝居よりは自宅の心配をしましょう。買ったのに観に行けず払戻しもされなかったチケットは、3年くらいすると話のネタにできるので、捨てずにとっておくと手持ちのネタが増えます。もし関係者で当日引取予約をしている人だったら、観に行かない場合は速やかにキャンセル連絡をして、近隣客の当日券確保を助けてあげてください。

制作側は、これで売れたのに観に来られなかった客がどのくらいいたか、概算でもいいから数えておくと、今後の役に立つかもしれません。チケットの半券はちゃんと調べましょう。たぶん、今後もこういう天気が増えます。

2021年6月29日 (火)

2021年上半期決算

恒例の決算です。

(1)世田谷パブリックシアター企画制作「子午線の祀り」世田谷パブリックシアター

(2)シス・カンパニー企画製作「ほんとうのハウンド警部」Bunkamuraシアターコクーン

(3)劇団☆新感線「月影花之丞大逆転」東京建物BrilliaHALL

(4)松竹製作「四月大歌舞伎 第一部」歌舞伎座

(5)松竹製作「四月大歌舞伎 第三部 桜姫東文章 上の巻」歌舞伎座

(6)野田地図「フェイクスピア」東京芸術劇場プレイハウス

(7)松竹製作「六月大歌舞伎 第二部 桜姫東文章 下の巻」歌舞伎座

(8)世田谷パブリックシアター企画制作「狂言劇場 『武悪』『法螺侍』」世田谷パブリックシアター

(9)新国立劇場主催「キネマの天地」新国立劇場小劇場

以上9本、隠し観劇はなし、すべて公式ルートで購入した結果、

  • チケット総額は107700円
  • 1本当たりの単価は11967円

となりました。高え。歌舞伎を一等席で3本観て、新感線に野田地図にあれやこれや。高くなるに決まっている。

言い訳をしますと、新型コロナウィルスの流行で観たい芝居を絞って、さらに感染推移をにらみながら行けそうな時期をぎりぎりまで見極めると席種を選ぶ余裕もなく、なんなら貴重な機会だから張り込んでもいいよねという気分にもなって、こうなりました。

芝居の絞り方ですが、(A)今のうちに観ておかないと今後観ることがかなわないかもしれない役者の出演作を中心に、(B)過去の経験で観たい芝居と、(C)何とか観ておきたい演出家とを並べたらこうなりました。

(A)は今回だと木野花、白鸚、仁左衛門、白石加代子、橋爪功、万作です。結果、ほとんどみんな元気でした。白鸚だけ、弁慶がきつすぎて危うかったですが、他の役なら多分大丈夫でしょう。(B)は(1)、(C)は野田秀樹と小川絵梨子です。本当は(B)にもう一本、薔薇を添えたかったのだけど、あそこだけ日程を合せられなかった。

これだけ厳選したら面白い芝居ばっかりに決まっています。さらに絞るなら、思いっきり笑わせてくれた(3)(9)、色気ってのはこういうものだと見せてくれた(5)(7)です。多少ひっかかることもありましたが、このご時世でストレートプレイでこれだけのコメディを見せてくれた総合力から、(9)を上半期の1本に選びたいと思います。個人賞だと孝玉のどっちだとなりますが、それは通年勝負で。

この新型コロナウィルス感染のさなか、わざわざ東京に出かけてまで芝居を観るに至った心境は「1年経つとさすがに厳しい」と「新型コロナウィルスの最中に芝居を観るにいたった雑感」に書きました。

新型コロナウィルスの話題は追いきれないのと疲れていたのとで、減らしていきました。それ以外でこのブログらしいエントリーは「昔も今もわからないものは面白くない」です。元Twitterに半分以上寄りかかったエントリーですが、この話題はもう少しまとめられるようになりたいです。

あとは久しぶりにマンガに手を出したら面白くて、それで思わず芝居を思い出した「芝居を観てマンガを読んでパロディあるいは文化の関連性と炭鉱のカナリアに関する雑感」を書きました。今読み返すと誰にもわかりませんねこれ。完全に自分用のエントリーです。書いたときは疲れていたことを思い出しました。

全体に、疲れていた半年でした。本を中心に、芝居と、音楽少々で生き延びたような気がします。だから文化は必要だ、とは言いません。「不要不急で無駄だからこそ芝居は文化たりうる」の立場は変わりません。不要不急だから役立つんです。必要ぶった文化はいりません。「西洋は芸術、東洋は芸能」というタイトルも思いついたのですが、タイトル止まりで書けませんでした。まとめられたらそのうち書きます。

新型コロナウィルスのワクチンが、年初だといつになるかと気をもんでいたのに、接種が加速して、このまま突っ走るかとおもったら供給不足がアナウンスされて、浮き沈みが激しいです。そしてワクチン接種が中途半端な状況でオリンピックパラリンピックは開催されそうで、ここに海外から大勢来たら感染拡大ついでにもっとすごい変異株が産まれるんじゃないのかなんて冗談がまんざら冗談でもないかもとなって、大変です。私は早くワクチンを打って気を楽にしたいので、待っています。そしてもっと気軽に出かけたい。

こんな状況なので、いろいろな立場で観に行きたくとも芝居見物を控えている人も大勢いるかと思います。ワクチン接種がほぼ全員に行きわたるまで、あと少し、と言えないのがつらいところですが、お互い気を長く持ちましょう。

引続き細く長くのお付合いをよろしくお願いします。

2021年6月28日 (月)

2021年7月8月のメモ

ざっくり、オリンピック期間ですね。感染力の強い新型コロナウィルスが広まってきているので、じっとしている時期が増える見込みです。

・世田谷パブリックシアター企画制作「森」2021/07/06-2021/07/24@世田谷パブリックシアター:ワジディ・ムワワドシリーズの三作目

・東京夜光「奇跡を待つ人々」2021/07/24-08/04@こまばアゴラ劇場:前回公演が評判よかった記憶があるのでピックアップ

・劇団普通「病室」2021/07/30-08/08@三鷹市芸術文化センター星のホール:今年のMITAKA "Next" Selectionの2本中1本目

・さいたまネクスト・シアター「雨花のけもの」2021/08/05-08/15@さいたま芸術劇場小ホール:これで解散公演は細川洋平脚本の岩松了演出

・ティーファクトリー「4」2021/08/18-08/24@あうるすぽっと:観れば面白そうだとは思う男5人芝居

・東京芸術劇場企画制作「カノン」2021/08/19-09/05@シアターイースト:中止かと思ったら延期で救済

・ホリプロ企画制作「ムサシ」2021/08/25-08/29@さいたま芸術劇場大ホール、2021/09/02-09/26@Bumkamuarシアターコクーン:2回観たけど今のうちにもう1回観ておくかどうか

・シーエイティプロデュース企画製作「検察側の証人」2021/08/28-09/12@世田谷パブリックシアタ―:小川絵梨子演出でアガサ・クリスティなんて面白いに決まっているしキャストも期待できる

新型コロナウィルスとにらめっこしつつ、にらめっこしすぎるとチケットが買えなくて苦労するのですけど。

2021年6月27日 (日)

新国立劇場主催「キネマの天地」新国立劇場小劇場

<2021年6月26日(土)夜>

昭和初期。大作映画の打合せと称して監督から劇場に呼ばれた4人の映画スター女優。キャリアの長短はあれど売れっ子の4人はそれぞれ自分が一番であることを主張しあう。ところが劇場に着いた監督は、1年前に監督の妻が同じ劇場で亡くなたった演目の稽古を伝える。不審に思った女優たちを引きとめたのは、監督の妻を殺した犯人を探すという言葉だった。

面白かった。誰が観ても面白いし、芝居を観たことがないひとに最初の1本としても勧められます。でもそれ以上に、解像度の高い演出が隅ずみまで行き届いていることが伝わってくる1本でした。新型コロナウィルス下なのと、あと1日の千秋楽に感想が間に合わないのとで控えますけど、そうでなければ緊急口コミプッシュを出していました。こじらせた観客の感想もありますけど、それは後半で。

井上ひさしは構成に凝った脚本家だったけど、加えて時期によって作風が変わる脚本家でもあります。初期はぶっとんだ作風、中期は設定のうまさで笑わせる作風、後期は政治色強めに訴える作風で、これは中期の1本。上演するだけである程度伝えられるものがある初期や後期と違って、面白さをきっちり伝えられないといけない。そこを、実力十分、しかも小川絵梨子と仕事をしたことがあって実力保証付きの役者を集められたことで、脚本に求められるハードルをクリアして芝居に臨めたのは、まず勝因のひとつです。

今回の設定は女優の嫌らしい面をコメディで描くことが一番に求められますが、稽古という劇中劇でそれぞれの立場を劇中劇でも表現していくことも必要とされます。さらに劇中劇にかこつけた演技論や役者論や芸術論が展開されますし、相手の演技のへたくそさを詰る場面もあります。本当にへたくそな役者を当てると笑うに笑えなく脚本上の設定ですが、今回起用された高橋惠子、那須佐代子、鈴木杏、趣里の4人が文句なしにいい出来です。

それは監督、助監督、助っ人役者の3人の役にも及んでいて、女優を相手に、一同を集めた理由を隠しながら話を進める立場です。やはりへたくそはキャスティングできない。千葉哲也、章平、佐藤誓の3人は適役で、特に助っ人役者は複数役を器用にこなすことができる設定で役中役(?)まで求められますが、佐藤誓が大活躍でした。

そして演出。脚本構成の読解ならまかせておけの小川絵梨子ですけど、この脚本は中学生の時に演劇部で上演して自分も出たことがあるというアドバンテージがあります。コメディだからわかりやすいと言われればそうかもしれませんが、だとしても場面のひとつひとつ、役それぞれの立場、役と役との関係性、本当にどれひとつとっても迷いのない演出がされています。

スタッフワークも芝居に集中できる仕上がりです。ただ、特に今回は、最初に劇場に入って、具体的で場面転換不要に作りこまれた美術を観てびっくりしました。最近観ていた芝居が、抽象的だったりひとつの場面を複数に使ったりする美術が多かったので。ストレートプレイらしいストレートプレイは1年以上観ていなかったかもしれません。女優陣の衣装も時代がかっていて見目がよかったです。

観ていてひとつだけひっかかたのは、照明機材を全員素手で触っていたところ。私の学生時代はまだ素手で触るのが危ないのが普通だったので、今はLEDだから熱くないのか、小道具として火傷しないように見た目だけの照明機材だったのか、いらぬ想像をしてしまいました。いちおう助手役は手袋を持っていたけどはめていませんでした、というのはまあ、荒探しですね。

面白い脚本を面白く立上げるのは難しいところ、大成功でした。劇中でも言及されていたアンサンブルを体現した仕上がりです。「井上ひさしを小川絵梨子が演出できるか気になる」なんて上から目線で書いてすいませんでした。

ここまでは、ですます調で一般的な感想。この後はこじらせた感想。ちょっとネタバレを含みます。

劇中に「優れた芸術は人間賛歌」という台詞があって、それはそうかもしれないけど、それを作り出す側の人間に、実に性格の曲がった役を取りそろえたところが井上ひさしの意地悪なところ。

新型コロナウィルスの騒動でいろいろ考えたことに、専門家は専門外の分野については素人だし、専門性は人間性を保証しないというのがある。芸術分野について具体的に言い換えると、人気や実力がすべてであり、人気や実力があれば人間性は目をつぶる。人間性がよくても人気も実力もない人の立場は低い。人間賛歌となるような優れた芸術があったとして、それを創り出した人間の人間性はまったく別の話。

その点、今回の脚本は実に良くできていた。監督の、亡くなった妻に対する想いがどれだけあったとしても、自分が監督する映画のために活用して疑問を抱かない態度。スター女優や監督の、無名の役者に対する無理解や、意地悪を超えた深刻な嫌がらせや態度の数々。大事と思った人への惜しまない説得と、大事と思わない人への残酷な仕打ちが共存している。「クローズアップで見れば悲劇、ロングショットで見れば喜劇という」言葉そのまま。

ラスト場面なんて、最後までコメディで通したけど、あれは内容だけ見たらひどい場面で、ちょっと演出を変えるだけで悲劇の幕切れになる。むしろ書いたときには井上ひさしはそれを狙っていたんじゃないかとさえ疑っている。

あれだけ解像度の高い演出をやってのけた小川絵梨子がそこに気が付いていなかったとは思えない。今回は新国立劇場の「人を思うちから」というテーマに沿って選ばれた脚本で、もちろん上演準備のために新型コロナウィルスより前から決まっていたはず。だけど演出方針は稽古前まで、何なら稽古中でも、変えられる。明るい芝居を提供するためにコメディに徹したのか、どうなのか。ひょっとしたら、「人を思わないと人はどこまでも残酷になれる」みたいな裏テーマをこっそり課して、この脚本を選んだのではないか。

なんでそんなことまで疑うかというと、解像度の高い演出をされた芝居だったのは間違いないけど、だからというか、何となく、観終わって違和感が残ったのですよね。「タージマハルの衛兵」も解像度が高い演出の芝居だったけど、あのときはこういう違和感はなかった。それと井上ひさしの芝居にしては、女優同士の嫌味なやり取りがふんだんにあるにもかかわらず、すっきりとしたコメディに見えてしまった。井上ひさしは、こう、人間の悪い面を「人間のたくましさ」「庶民のしたたかさ」みたいな扱いで丸めてしまうところがあるけど、悪いものは悪い。本当にいい面だけの登場人物が目立ってくるのは後期です。

芸達者な役者と解像度の高い演出で完璧なコメディを立上げた結果、脚本に含まれているけど掬いとれていない何かも一緒に立上った、と仮定して考えた妄想です。穿ちすぎかもしれませんが、こじらせた観客は、そんなことも妄想してしまいました。

そういう妄想まで含めて、観られてよかった1本です。

<2021年6月28日(月)追記>

新型コロナウィルスの対策を書くのを忘れていた。小劇場は入口を地下(初台駅の改札を出てから最初に見えるところ)に限定して、中劇場やオペラの客と混ざって建物内が混雑するのを防いでいた(正面入口を入って右側の階段は封鎖)。開場は開演45分前から。外から中に入った時点で検温とアルコール消毒。ここで一旦入場前ロビースペースになってクロークだった個所に来場者カード記載スペースがあるので記載。チケットは通常の階段横カウンターとは別に、いつもだともぎり横にある関係者向けの引取カウンターを階段正面に配置してもぎり周辺で人が滞留しないよう調整。入場は、もぎり手前で来場者カードを回収してからチケットを見せて自分でもぎり。チラシ束はロビーに置いてありほしい人が自分で手に取る。物販はパンフレットのみ。スタッフは会話禁止のボードで案内、マスクはしていたけどフェイスガードはしていなかったか(失念)。場内アナウンスは、接触確認アプリを使うなら音が鳴らないように、使っていないなら電源オフにするようにアナウンス。

入場後ロビースペースに、いつもならポスターや解説文章の拡大コピーが貼ってあったり舞台美術模型が置いてあったりするけど、今回はその手のものは全部外して人が集まらないようにしていた。飲食は最低限にするよう案内。椅子は、個別の椅子は一方向きになるように間を空けて配置、ベンチは1人置きの間隔になるように座面貼紙で調整。トイレは小便器は1個飛ばしになるよう貼紙。荷物を預けるスペースがない代わりに、座席下に荷物を置くための使い捨てカバー? のようなものをロビーで提供。休憩時間は正面ガラス口を開けて外に出られるけど一方通行で、再入場時は検温とアルコールの入口側からに回す。この公演のチラシと配役表はいつも通りパンフレット物販の横で提供されていたのが個人的には非常に喜ばしい。

これまで考え出された対策を、広いスペースと多めに配置できるスタッフを十二分に生かして実践していた。慣れてきたのもあるけど、新型コロナウィルスの(少なくともこれまでの)対策と観客の快適さの、変な表現だけど妥協点の頂点という印象。ただし「広いスペースと多めに配置できるスタッフ」があってこそだよな、とも思う。

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