恒例の決算、下半期分です。
(1)R Plays Company「海と日傘」すみだパークシアター倉
(2)ホリプロ主催企画制作「ピーター・パン」東京国際フォーラムホールC
(3)松竹主催「八月納涼歌舞伎 第3部」歌舞伎座
(4)はぶ談戯「JULIO」駅前劇場
(5)パルコ企画製作主催「人形ぎらい」PARCO劇場
(6)(7)松竹主催「菅原伝授手習鑑 昼の部、夜の部(Aプロ)」歌舞伎座
(8)神奈川芸術劇場プロデュース「最後のドン・キホーテ」神奈川芸術劇場ホール
(9)パルコ企画製作「ヴォイツェック」東京芸術劇場プレイハウス
(10)ネルケ×悪童会議プロジェクト「絢爛とか爛漫とか(絢爛チーム)」新宿シアタートップス
(11)東京舞台芸術祭実行委員会主催「Mary Said What She Said」東京芸術劇場プレイハウス
(12)新国立劇場主催「焼肉ドラゴン」新国立劇場小劇場
(13)(14)(15)松竹主催「義経千本桜 第一部、第二部、第三部(Bプロ)」歌舞伎座
(16)文学座「華岡青洲の妻」紀伊國屋サザンシアターTAKASHIMAYA
(17)EPOCH MAN「我ら宇宙の塵」新宿シアタートップス
(18)ほろびて「光るまで」浅草九劇
(19)二兎社「狩場の悲劇」紀伊國屋サザンシアターTAKASHIMAYA
(20)松竹主催「吉例顔見世大歌舞伎(夜の部)」歌舞伎座
(21)劇団☆新感線「爆烈忠臣蔵」新橋演舞場
(22)阿佐ヶ谷スパイダース「さらば黄昏」小劇場楽園
(23)KAAT×城山羊の会「勝手に唾が出てくる甘さ」神奈川芸術劇場中スタジオ
(24)新国立劇場海外招聘公演「鼻血」新国立劇場小劇場
(25)劇団四季「恋におちたシェイクスピア」自由劇場
(26)松竹主催「十二月大歌舞伎 第三部」歌舞伎座
(27)TBS/ホリプロ/ATG Entertainment主催「ハリー・ポッターと呪いの子」赤坂ACTシアター
(28)ゆうめい「養生」神奈川芸術劇場大スタジオ
以上28本、隠し観劇はなし、すべて公式ルートで購入した結果、
チケット総額は 306600円
1本あたり(チケットあたり)の単価は 10950円
となりました。上半期の18本と合せると46本で
- チケット総額は 477500円
- 1本あたりの単価は 10382円
です。なお各種手数料は含まれていません。また、下半期も映画館での芝居映像見物はありません。
上半期はぎりぎり超えていなくて、下半期はチケット単価が10000円を超えて、通年でも超えました。歌舞伎をまともな席で観たのが大きいです。初めは通年ではぎりぎり超えていないと思っていたのですが計算間違いをしていて、計算しなおしたら超えていました。上半期と下半期の両方で超えることも近いでしょう。
なお「チケットの手数料について2題」と題したエントリーを書いたばかりなので、せっかくだからチケット手数料も集計してみました。
でした。手数料のない当日券芝居もあれば、キャンセル流れを抑えて通常よりも手数料がかかったものもあるので、1件あたりの手数料には幅がありますが、ざっくりと3%上乗せと見てよいでしょう。単価の高い芝居が多かったので3%で済んでいます。件数も総額も多いので、この手数料がなければあと1本か2本は芝居を観る金を捻出できる額が手数料に消えたとも言えます。慣れていくしかありません。
上半期に続いて下半期も演目なり団体なりを「一度は観たい」と「もう一度観ておきたい」がテーマでした。(1)(2)(3)(6)(7)(10)(12)(13)(14)(15)(16)(17)(18)(21)(23)(26)(27)(28)です。加えて「まだ行ったことのない劇場にも行っておきたい」という裏テーマもありました。ほぼ重なりますが(1)(2)(18)(22)です。これだけ観てもなお、見逃して先送りになった芝居が何本かありますが、いろいろ観られてすっきりしました。歌舞伎とかシェイクスピアのような古典は、有名どころはこれからもなるべく一度は、できれば通しで、観るようにしたいです。
寸評ですが、さすが野田秀樹の再演の(3)、文楽の可能性を広げる三谷幸喜の(5)、自身のキャリアとこれからの決意をドン・キホーテに託したKERAの(8)、評判に偽りなしの四演目だった(12)、周年公演で全力を尽くした新感線コンビの(21)、怪しい雰囲気を振りまく(23)とベテラン脚本演出家勢が大活躍する中に、若い染五郎に刮目した(26)、脚本の力を見せてくれた何度上演されているかわからない(10)、脚本演出役者に加えて美術にも力を入れて圧倒的な完成度を見せてくれた(17)(28)でした。
ここからひと搾りすると(3)(8)(12)(17)(23)(28)になります。さらに搾って(8)(28)となりますが、下半期の1本には(28)を挙げます。これを観る前は(8)が今年の1本のつもりでいましたが、(28)を観たらああ今年の芝居はこれで締めていいと思える、それだけの完成度がありました。あれが駄目な出来ならもう1本挑戦、またはNTLiveを観に行っていたことでしょう。
ちなみに、ひと搾りしたあとの6本中では(8)と(23)だけが新作で残り4本が再演以上のものですが、小劇場の利点を生かして初演から極力早く再演に持ってきた(17)(28)の制作手腕は褒められてしかるべきです。またこの6本中半分が神奈川芸術劇場の上演で、集客はいまいちなようですが近頃気になる芝居が多いのです、長塚圭史が芸術監督をやっている間は関東の人たちは気にしておく方がよいです。
2025年振返りです。先に芝居の中身についてですが、ここ数年感じることとして、上手い。一度は観たい芝居を優先したので何が何でも上手とは言いませんが、現代口語演劇の洗礼を受けた世代の中に「おっ」と言える水準の役者が何人もいましたし、それを見て影響を受けた人もいるのでしょう。脚本の台詞や構成、演出の目標、その他いろいろ、商業演劇とタメを張るか下手な商業演劇以上という芝居を見かけました。上半期もありましたが、下半期だと(17)(18)(28)です。できる人たちの水準が昔よりも明らかに上がっています。
一方で、古典の上演については肩透かしが多かったです。着物髷物と言わず、明治の築地小劇場以来の西洋古典以来、積重ねられたはずの技術を観る機会が足りなかった。そういう芝居をあまり観ていませんし、その手の技術もしっかり身に着けたのだろうなと思わされる役者もいましたが、全員が全員そうではない。そもそも現代口語演劇自体が、現代口語で書かれた脚本を元にしています。古典には古典として残るだけのことはある台詞の重さがあって、それは現代口語演劇でさらっと言えばいいわけではなく、かみ砕いて肚に響く声に乗せないといけない。
両方あるのがいいと思うのですよね。平田オリザが現代口語演劇を目指したときは不自然な翻訳語に、唐十郎や野田秀樹が出てきて小劇場ブームが始まるころですが、唐十郎や野田秀樹は詩的な脚本と台詞なので、不自然さでは翻訳語とどっこいどっこいです。そこに現代口語演劇が出てきて、しかも本を書けるほど方法論がはっきりしていたので、そちらに向かう人が増えた。その人たちが堂々たる古典に臨む機会があればまた違うのかもしれません。新国立劇場のシェイクスピアシリーズ、新劇系と現代口語演劇の申し子たちを半々くらいでやってもらえないものでしょうか。
それにしても小劇場に何が驚くといって、脚本家兼演出家、たまに役者もやる人が、この時代になってもまだまだ出てくることです。新劇系だと文学座は演出家が湧いてくると言われているそうですが、何なんでしょうねこの生命力は。「日本文化はフィルタリングシステムという話」という引用ばかりのエントリーを思い出しました。佐々木俊尚の文章を再引用すると以下です。そういうことなんでしょう。
しかし日本文化はそういうノイズに塗れた中から、秀逸なひとにぎりのクリエイターを生み出してきた。そういうフィリタリングシステムを作り上げてきたのである。全員が力をそろえてひとつの構造を作り上げるのではなく、バカや暇人が好き勝手なことをやってただコンテンツ消費をしているだけの中から、フィルタリングしてわずかひとにぎりの天才クリエイターを生み出すというただそれだけのことを、日本文化は綿々とやってきたのだ。
その一方で、誰が見ても古典の分野である文楽は三谷幸喜に脚本演出を頼み、歌舞伎は次世代への代替わりに備えて急ぐ。その中でも大看板を引受けているなと考える筆頭が勘九郎七之助ですが、これはご存じ勘三郎と野田秀樹との間で現代的な演出に応えることを求められたり、宮藤官九郎を呼んだりと、現代的な要素をたくさん吸収した上で古典にも臨んで、成功している。もっと若手だと染五郎でしょう。
当たり外れは芝居の常ですが、とにかく演目だけを見れば、いい芝居の予感を手にする目と耳と鼻を持っていれば、今の日本の芝居業界は百花繚乱です。古典と現代の融合も、あと10年くらいしたらもっと進んでいるかもしれません。
とは言え、業界事情はいろいろです。
まずはパワハラの話。去年は「2024年の公演中止のいろいろ」というエントリーを書きましたが、今年は演出家が関わる2件がありました。上半期の「主宰に愛想を尽かして演出家が逃げて公演が中止になるという珍しいケース」では演出家が現場のパワハラを見て自分から降りたケース、下半期の「佐藤信が演出降板」では演出家自身がパワハラ認定されて降りざるを得なかったケースです。こういう話が今後も出てくるか、あるいはこれが広まってパワハラが減ってくるか、あるいはセクハラその他のハラスメントも対応が進むか、どうなるでしょう。
ただしハラスメント反対という話とは別に、そもそも面白い舞台を創れてなんぼというのが芸能界です。清く正しく美しくても、出来上がった芝居がつまらなかったら意味がありません。それは2024年に「人格より前に能力と魅力が求められる業界の話」と書きました。ハラスメントの駆逐と創造性の維持向上が芸能界で両立可能なのか、引続き追える範囲で気にしたいと思います。
次に制作側の話。「劇場休演日を初日に指定する大ポカで公演日再設定」や「抽選販売でほぼすべてのチケットが当選して抽選のやり直し」といったミスがありました。前者はパルコがやらかして、後者はチケットぴあがやらかしました。大手にしてこれですから、人手が足りないか、この手の失敗をカバーしていたベテランが退職してノウハウが一時的に足りなくなっているか、そのような話が連想されます。
一方で上半期には「輸送中の事故からのショーマストゴーオンその2」という事故もありました。人が無事なのは何よりですが、いろいろ大丈夫かと心配になります。
それとチケット代。去年に引続き値上がりしています。業界側から見た表現なら値上げ転嫁が順調とでも呼ばれるところでしょうか、私が考えていたよりも値上がりのペースが早いです。物価高が続いていて背に腹は変えられないところでしょうか。日本の芝居は短ければ3日、長くても数か月で次に移るので、値上げしやすいのでしょう。代わりに昼と夜、平日と土日祝日、子供や学生向け、など1つの公演に複数のチケット価格帯を導入しています。そのあたりは座席の違いと合せて「座席と上演時間帯によるチケット代の値段差の実例」、あとは「チケット代から予想する舞台の出来について(2025年末版)」をまとめました。後者を書きながら、近頃チケット代が出来の指標として役に立たなくなってきているなと気が付きました。
パワハラの件、制作のミスや事故、チケット代の値上がり。この3件は奇しくもそれぞれハラスメント防止、ベテラン退職と人口減による人手不足(推測ですけど)、物価高といった社会の大きな動きを反映した出来事でした。芸能界といえどもこのレベルの社会の変化とは無縁ではいられないということがわかります。だから2026年も似たような出来事が起きると予想します。
2026年にもうひとつ何かあるかもしれないとしたら、戦争ですね。起きるなら2027年ではないかと言われていましたが、最近騒がしいですからね。全力で回避してほしいです、世界が。
最後に個人的な話です。夏から後に体調を崩して、年末2か月は完全に駄目でした。なのにここに観たい芝居が固まっていたので、慣れた趣味に逃げて体調が駄目でも精神的には何とか保とうと自分で自分に言い訳しながら観ていたのですが、これがまた体力を使うことに跳ね返ってあまり上手くいきませんでした。チケットを前売で買った芝居がなかったら観る芝居はもっと減っていたでしょう。
これが20年前なら週末の疲れを平日で癒してみせるとうそぶいていられたのですが、さすがに無理で12月は芝居を減らして対応することになりました。ブログを書くのもなるべく短くまとめようとしたのですがこのエントリーを書くために見返していたら記載ミスがたくさん見つかりましたし、短く書くために考える時間を余計に使ってしかもあまり短くならないという散々な結果でした。暇ネタは書く気力がなくて、でもここで書かないと忘れるからと年末に掃除をしながらまとめて書いたら、結局掃除が疎かになりました。
昔と同じようにはいきません。いろいろ変わるんです。それに対応することが求められます。大は社会の変化から、小は自分の体力低下まで。1年前にも書いたことですが、それを思い知らされた年末でした。
観る本数をもっと減らすはずで、上半期は少し抑えられましたし、下半期も夏までは抑えられたんですが、年末のラッシュを上手く乗りこなせませんでした。ここは反省です。ただ、だからこそ(28)を観られた面もあります。数をこなさないと出会えないんですよね、いい芝居は。そういうことがあると反省が足りなくなるところを反省しないといけません。
昔なら上演が始まってから評判がよさそうなら観に行っていたのですが、今時は面白い芝居は土日祝日どころか平日も前売完売、そんな芝居の当日券は行列先着順ではなく前日電話予約が必須、だから見込みでチケットを押さえる必要があると思ったらリセール禁止。これで買ったチケットのおかげで芝居を観に行く元気を搾り出せたのか、長い目で見ると体調を悪化させた呪いなのかはわかりません。
そんな昔の当日券派時代は小劇場ばかり追ってきたので、それは今になって役者や脚本家や演出家から芝居の出来を見極める役に立っています。ですが演目を考えると、定番名作や古典の観劇経験が足りていないので、体力が少しでもあるうちに観ておきたい。
ただ、体調悪化と芝居ラッシュで、芝居以外に今年やりたいと考えていたことが夏以降に止まってしまったので、そちらを復活させるために芝居の本数の折合をつけないといけなくて、これが未だにまとまっていません。来年の課題です。
ブログはどうするかと言えば、雑でも短くても、暇ネタが減っても、観た芝居の寸評を書くことは続けたい。金のためでもない、誰のためでもない、何のためだかわからない、ここはそういうブログです。ああでも、芝居の寸評は木戸銭を払った一観客の立場から誠実に、そして内容は雑でも文章は丁寧でありたいです。目標ですけど。
引続き細く長くのお付合いをよろしくお願いします。