笑の内閣「12人の生まない日本人」インディペンデントシアターOji
<2026年10月11日(日)夜>
とある山間部の田舎町。人口減少が進み、町内に5つある小学校はすべて生徒の数が2桁となる。このため学校を統廃合してひとつの小中一貫校にする案が役所で挙がり、子育て世代の住民の意見を聴くための意見収集会議が行なわれた。世代以外はなるべく条件が異なるようにと集められた10人を相手に役所の職員2人が意見を聴いていくが、参加者の1人が反対意見の根拠として、そもそも人間は子供を産むべきではないからだという「反出生主義」を主張したところから、会の様子がだんだんとおかしくなっていく。
初見の劇団。脚本演出役者すべての面で突っ込み所が多くて褒めるところが数えるほどしかない。いわゆる「12人の怒れる男」のフォーマットで最低限の枠組みで扱ったため、まるっきりわからない芝居ではない。まったく関係ないネタを放り込んだり正面で決めポーズを取らせたりする場面も多数で観ているこちらが恥ずかしい反面、少子化というテーマの本丸をネタ扱いしなかったこともよかった。
ただし、手に負えないこの話題を扱うのに「反出生主義」頼みになり過ぎて脚本演出に準備が足りていないのは明らか。10人の参加者のうち半分くらいは集めた事例の説明役になってしまっていたが、その事例も広く代表例を網羅したというよりは、検索でとりあえず見つかった事例のように思える。どこまでも個人の言い分に沿った作り方もあるだろうけど、この設定で少子化に取組む側の視点を欠いていたために議論が地べたを這って跳ばない。空気になっていた男性職員がもっと早いうちから話を戻したり突っ込んだりして、それでもなお議論が逸れるように脚本を組立てられれば、取っ散らかったことも納得できたのに。「反出生主義」でも産まれた子供はしょうがないと言い出すに及んでは、10年後とは言え小中一貫校ならすでに産まれている子供も含まれる議題なんだから男性職員が突っ込めよと思わずにはいられなかった。
役者も自分の発声だけに注力しすぎ。台詞を言った、よし終わったから次が話そう、というテンポの悪い芝居が2026年の日本でまだ生き残っているとは思わなかった。意見収集会というフォーマットでもあれは違う。まともに見られたのは9番のもてない男性役の合田団地と、2番のマイルドヤンキー役のガトータケヒロくらい。あれでよしとした演出も含めて、近頃の芝居を全然観ていないのか、観られる環境にないのか、どちらなのか。10年前の高校生の方がよほど上手。
たまたま自分の抱える事情にぴったり合う登場人物がいれば何がしかの納得感を得られるかもしれないが、だとしてもまったく他人には勧められないし、再演なのにこの質なら助成金落とされても文句言えないだろうという出来。
ただし、この出来にも関わらず、観終わってそこまで嫌とは感じなかった。そこが不思議で考えて、とりあえず理由を2つ思いついた。
1つは脚本。頭から終盤までグダグダだったけれども、最終盤の禁じ手、やり直し、最後のささやかな突っ込み、までの流れが割ときれいに嵌まったこと。予想できたオチに着地したとは言え、2番の言い分だけに頼らず、最終盤の禁じ手を最後のささやかな突っ込みに活かすところが演劇的に成功していた。終わり良ければすべて良しとまでは言わないものの、あれで印象がだいぶよくなった。
あともう1つ。役者全員、真摯に臨んでいたように見えた。ネタ場面でなくとも芝居舐めんなといいたくなる場面多数だったにも関わらず、本丸のテーマを舐めたような印象は受けなかった。
この2つの理由からさらに考えるに、無関係な人間はいない、それでいて個人では手も足も出ない、この少子化という身近な社会問題に対して、何ら取れる手段を持たない個人が集まって拙いながらも形にしてみせたという行動そのものが、芝居の持つ原初の機能というか、演者と観客とのコミュニケーションに触れたところがあったのかなと推測する。なかなか貴重な経験だった。
この日はアフタートークがあったものの都合により聴かずに帰ったのでそちらは不明。
