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2026年6月 7日 (日)

青年劇場公演「Sの顛末」紀伊國屋サザンシアターTAKASHIMAYA

<2026年6月6日(土)夜>

女学生同士の心中事件の記事をきっかけに青鞜に文章を送った女学生S。青鞜の編集部を訪ねたその日に出会ったスズを下宿先の親戚の家に招きつつ、青鞜の雑誌編集活動を手伝い、彼女らの活動と関係、そして問題をつぶさに見ることになる。

史実を基にしたフィクションとは言い条、ざっとWikipediaを読んだだけでもまずまずの史実が盛込まれていて、たとえば紅吉の話はほぼ史実。Sとスズに喫茶店店員の男性といった架空の登場人物を導入して、史実を拡張するようにLGBTやトランスジェンダーといった補助線を入れることで、現代でも問題になっているその方面の人たちの息苦しさと、当時の青鞜の崩壊につながった主要女性陣の心変わりや狭量やその致し方なさを対比して両方を描く鮮やかさ。役者もよくそれに応えて存分に力を発揮。衣装を着物にする以外は明治大正風に囚われないことで新旧両方をつないだスタッフワークも見事。劇団、スタッフ、脚本演出の高羽彩の力作と評したい仕上がり。

平塚らいてうではなく保持研(当日パンフのクレジットは研子ではなく研)にはっきり言わせたクライマックスはおそらく脚本家の筆力の賜物と想像しながら、少ない出番で手厳しい与謝野晶子の発言がどのくらい史実なのかに興味が湧きつつ、女が女を描くことの何と辛辣なことよとも思う。それも含めて力作。

関西テレビ放送企画制作「曲がれ! スプーン」IMM THEATER

<2026年6月6日(土)昼>

クリスマスイブ。超能力への興味が高じて店名に念力を名乗るくらい熱心なマスターが経営する喫茶店で、一般営業を止めて常連の本物の超能力者だけが集まるパーティーが企画される。互いに能力を披露する中で遅れてやって来た男に力を披露するも、実は待合せ場所にたまたまここを選んだ一般人だった。能力を言いふらされては適わないと足止め口止めの最中にやって来た男の待合せ相手は、テレビ局の超能力番組のADだった。

普通にやってこれだけ面白い脚本に感心しつつ、これだけ面白い脚本を普通止まりにしか上演できなかった出来に文句あり。見守る立場の多いマスターの相島一之と、問詰められる側の男のひょうろくに緊張はあっても、男に言いふらされないように、ADに自分たちの能力がばれないようにとふるまうべき超能力者の主要5人で緊張が表現できていないため緩和が作れず笑いが起きない。岡田義徳の役がただの不機嫌に見えては駄目。大勢の前であれだけ普通に振舞えるのも大したことではあるが、このチケット代なら役者の実力不足と演出家の怠慢の誹りは甘んじて受けてほしい。

2026年5月31日 (日)

1950年代で楽しんだ2026年の1日

昨日の昼に観た「エンドゲーム」は初演が1957年、夜に観た「十二人の怒れる男」は舞台版初演が1955年(オリジナルテレビドラマは1954年)。この2本重なったのは予定と体調と相談しての偶然ですが、両方とも初演が1950年代です。どちらも古典と呼ばれて今に残る傑作ですが、それが現代でも楽しめました。

ギリシャ悲劇だって今でも上演されるのだから、1950年代なんて芝居の世界ではついこの前だと言われればその通りです。ただ「十二人の怒れる男」を上演したCEDARは主宰が演出家で、脚本は名作の上演が方針らしいです。そういうことが出来るくらい優れた芝居の脚本も世の中にはたくさんあります。観る方はありがたいですが、脚本を書く方は大変ですね。過去の名作を押しのけて上演を勝ち取らないといけませんから。

似たような話は音楽でも聞いたことがあります。レコードやCDなど物理メディアとその購入(レンタル)費用に縛られている間は新作優勢だったのが、サブスクが解禁されるとその縛りがなくなって、過去の名作、名演奏と真っ向勝負して聴き手の時間を勝ち取らないといけない。

個人的にはサブスク全盛になったおかげでむしろ音楽からは縁遠くなりました。膨大すぎるので、丹精込めて作られたパッケージを少数選んで、繰返し聞く方が性に合っていました。映画もそうですね。結果、サブスクやっていません。

芝居は生身の人間がやるものですから、まずこれが完全にネットワークで配信できるようになるためにどのくらいの技術の進歩が必要か。それに役者と観客の、その日その日の具合で笑い所も泣き所も変わって、そのセッションが芝居の拠り所というか最後の砦というか。NTLiveとかよくできていますけど、あれは客席の反応も入っているのが良し悪しです。ないと困るのはわかりましたが、あったらあったで反応も生ものですから、初見のときはいいとして繰返し観る時に同じ反応というのも困ります。

何が言いたいのかよくわかりませんが、久しぶりの暇ネタでした。

エイジポップ/CEDAR主催企画製作「十二人の怒れる男」博品館劇場

<2026年5月30日(土)夜>

ニューヨークの裁判所。少年が父親を殺したと告発された裁判。3日間の裁判が終わり、有罪になれば死刑とわかっている。評決を下すために部屋に集められた12人の陪審員も大半が有罪を信じていたが、1人だけ無罪を主張する。それも少年の無罪を確信してのことではなく、もっと議論するべきだという主張だった。早く帰りたい者も多いが、有罪か無罪かを出す評決は全員一致が決まりのため、仕方なしに裁判の証拠を振り返る議論が始まる。

映画は観たことがあってオチは知っていたものの、改めて観るとこれぞ脚本の力と思い知らされる1本。若手とベテランを上手に混ぜた配役はベテランが圧巻の域。有罪強硬派である陪審員3番の中村梅雀と、陪審員10番のモロ師岡の、あれだけ怒鳴るのに観ていて不快にならない演技はお手本にされるべき。陪審員9番の佐藤B作はあの短い手番に笑いを突っ込んでくるアクの強さは3番か10番でもいいくらい。陪審員長の大鶴義丹は抑えた役どころを確実以上に。若手はそれぞれ大健闘で、代表してセールスマンの陪審員7番の今江大地を挙げておく。違和感皆無の小田島恒志と小田島則子のこなれた翻訳、実測2時間40分、生の人間がぶつかり合うやり取り。チケット代が高いのが難点も観れば確実に楽しめる。まだ間に合うのでお勧めしておく。

今回調べたところ、自分の観た映画は1957年製作だが、今回上演された舞台版は1955年初演、さらにオリジナルは1954年のテレビドラマ(生放送)と知って驚く。半世紀を優に超えても全然古くない。

新国立劇場主催「エンドゲーム」新国立劇場小劇場(若干ネタバレあり)

<2026年5月30日(土)昼>

2つの窓と1つの扉がある、空っぽの部屋。目が見えず終日椅子に座って過ごす男ハムは、足の悪い年下の男クロヴを召使のように使って暮らす。部屋の隅に置かれた2つの樽には年老いた男女が入って過ごしている。どうやら2人とも両足がないらしい。片方の窓の外に広がるのは何もない海、もう片方の窓の外には何もない大地。変化のない、希望もない暮らしが続いたある日の話。

ほとんど何もない芝居であることは同じベケットの「ゴドーを待ちながら」に似ているが、そんな芝居に厚みを持たせる演出はさすが。役者4人はそれぞれよい出来だが、個人的にはハムを演じた近江谷太朗が出色の出来で、キャラメルボックス時代しか知らない自分にはこんなふてぶてしい芝居もできたのかと驚き。少し内に丸まった部屋で、やや高いところに2つの窓を設けた美術は頭蓋骨の内側を思わせ、4人の登場人物を1人の人物の脳内に見立てて絶望と希望を揺れ動かしたのかもと推測。

何も起きない日常、倦んだハムと不機嫌なクロヴ、幸せな過去を持つ2人の老人、と来れば同じベケットの「ゴドーを待ちながら」を彷彿とさせる構成。そちらはエストラゴンとウラジミールの2人とも終始退屈していた。「エンドゲーム」は4年後の1957年初演だが、何もできることがない中で物語を語って過ごすハムに対し、それを聴くことにもうんざりして、最後にわずかな希望が見えてハムより希望を優先したクロヴが、4年間の作者と時代の心境の変化か。そして外に出ていく物語は今期で芸術監督が終わる演出家が自身をなぞらえて選んだか。

2026年5月17日 (日)

松竹/梅田芸術劇場主催「ハムレット」日生劇場

<2026年5月17日(日)夜>

王である父を亡くして悲しみに暮れるデンマークのハムレット王子。それから二か月しか経っていないのに母が叔父と再婚を決めてさらに悲嘆していた。だが父王の亡霊を見たと夜警の兵士から教えられて見張っていると、はたして父王の亡霊と出会う。叔父に毒殺されたのだと伝えられたハムレットは、叔父に復讐を果たすために狂人を装って機会をうかがう。

美術や衣装で多少の工夫はあるも直球演出のハムレット。国王の石黒賢、王妃の柚香光、大臣ポローニアスの梶原善の3人がまずまずで頑張るが、タイトルロールの染五郎がパワフルではあるものの主人公の奥行きを出せずに合格点未達、他は年齢が点数くらいか。個々によい場面はあったものの、シェイクスピアの中でも主人公に掛かる比重が高いので上演後半の染五郎の進化に期待する一方、一筋縄ではいかない重い古典に臨むのであれば若手はせめて声を腹から出せる役者を揃えられたし。

2026年5月12日 (火)

2026年5月6月のメモ

まとめるのが遅くなって始まってしまったものもあります。そしてシェイクスピアが5本とか多すぎです。しかも観たくてもチケット買えません。

・MMJ/Dis GOONie企画製作「OLD WATERCOLOR FISH」2026/05/07-05/17@紀伊國屋ホール:ゴッホが亡くなったあとの画家たちの話、らしいのでピックアップ

・公益財団法人埼玉県芸術文化振興財団/ホリプロ制作「リア王」2026/05/05-05/24@彩の国さいたま芸術劇場大ホール:こちらは吉田鋼太郎のリア王で長塚圭史演出

・松竹/梅田芸術劇場主催「ハムレット」2026/05/09-05/30@日生劇場:こちらは染五郎ハムレットをデヴィッド・ルヴォー演出

・パルコ・プロデュース「リチャード三世」2026/05/10-05/31@PARCO劇場:こちらは吉田羊のリチャード三世を森新太郎演出

・新国立劇場主催「エンドゲーム」2026/05/20-05/31@新国立劇場小劇場(2026/05/15-05/16プレビュー):小川絵梨子の芸術監督実質最終演出作品はベケットで

・フジテレビジョン/ニッポン放送/サンライズプロモーション大阪主催「四畳半神話大系」2026/05/17-05/31@新国立劇場中劇場:原作小説をヨーロッパ企画の上田誠で脚本演出

・爍綽と「裏緑特技悲喜話」2026/05/20-05/24@浅草九劇:村角太洋を脚本演出に迎えて

・玉田企画「光る」2026/05/22-05/31@シアタートラム:名前を聞くのでピックアップ

・art unit ai+企画制作主催「平家物語」2026/05/26-05/28@座・高円寺2:琵琶とコントラバスによる一人語りで面白そうだけど平日のみ

・エイジポップ/CEDAR主催企画製作「十二人の怒れる男」2026/05/30-06/07@博品館劇場:映画は観たことがあっても舞台は観たことがないのでピックアップ

・青年劇場公演「Sの顛末」2026/06/03-06/08@紀伊國屋サザンシアター TAKASHIMAYA:高羽彩の脚本演出で描く青鞜時代

・松竹主催「六月大歌舞伎」2026/06/03-06/25@歌舞伎座:夜の部に勘九郎七之助で「盟三五大切」の通しあり

・関西テレビ放送企画制作「曲がれ! スプーン」2026/06/04-06/14@IMM THEATER:こちらはヨーロッパ企画の過去作をヨーロッパ企画の大歳倫弘に演出を任せて

・TBS/ワタナベエンターテインメント製作「神経衰弱ぎりぎりの女たち」2026/06/07-06/21@日本青年館ホール:元は映画らしいですがそこをミュージカルで

・PARCO PRODUCE「カッコーの巣の上で」2026/06/07-06/29@PARCO劇場:元は映画らしいですがそこを松尾スズキ演出で

・フライングシアター自由劇場「豪華客船タイクツニック号沈没」2026/06/14-06/21@吉祥寺シアター:串田和美がノゾエ征爾と共同で脚本演出

・劇団俳優座「ファーム・ホール」2026/06/15-06/30@俳優座スタジオ:なんとなくひっかかるのでピックアップ

・シーエイティプロデュース制作「虹のかけら」2026/06/19-07/05@博品館劇場:観たことはありますが観られるものならもう一度観たっていい戸田恵子

・KERA CROSS「シャープさんフラットさん」2026/06/19-07/05@紀伊國屋サザンシアター TAKASHIMAYA:初演はホワイトチームブラックチームも観てKERA芝居の中ではかなり好みの1本を今回はマギー演出で

・風姿花伝プロデュース「ハムレット」2026/06/22-07/12@シアター風姿花伝:こちらは成河のハムレットでニシサトシ演出

・ミックスゾーン企画製作「コテンペスト」2026/06/27-07/07@本多劇場:こちらは小手伸也テンペストで村上大樹演出

主催にテレビ局が絡む芝居も近頃目立ちますね。あとパルコ・プロデュースとかPARCO PRODUCEとか表記が変わる理由がいまだにわかりません。

2026年5月 5日 (火)

KOKAMI@network「トランス」本多劇場

<2026年5月5日(火)昼>

高校の同級生で友人だった男女3人。精神科医になった女性の元に、患者として男性がやって来る。自分が自分でないように感じる、その間の意識がないという。友人を診察できないという医師のルールに従って他の医師が見つかり次第引継ぐことになったが、2回目の診察にやって来ないのを心配して自宅を訪ねたら、もう1人の友人の男性がいた。ぼったくりのおかまバーで働いていたが、財布ごと巻上げられた友人を助けて自宅まで連れてきたという。久しぶりの再会を祝って3人は飲むが、患者の男性の様子がおかしくなる。

3人芝居として有名な1本。ギャグに多少アレンジを入れてもおそらく原作ほぼそのままと思われる。ゲイの参三役を務めた伊礼彼方が初めから終わりまで飛ばして文句なし、患者役の風間俊介は様子がおかしくなってからの押しの強さが抜群。精神科医役の岡本玲はあと少々のテンションと腹から声を出してくれれば不満の大半は解消されるのにという惜しいところ。ただし登場人物が推定30歳前後のところ、この脚本自体が80年代から90年代の小劇場らしい若さに溢れているので、まだ芸能界で安定したポジションを確立していないような20歳前後の役者が似合いそう。またそれだからこそ伊礼彼方の出来に惜しみない拍手を。

2026年4月19日 (日)

野田地図「華氏マイナス320°」東京芸術劇場プレイハウス

<2026年4月18日(土)夜>

掘れば掘るだけ化石が見つかる発掘現場のはずがまったく見つからないため主任教授が交代になる。新教授が着任早々多数の骨が見つかるが、「骨伝導理論」を掲げる新教授が探しているのは太古の記憶を持つ天使の骨なので見向きもしない。それが現場助手の右腕の骨であるとわかり、新教授は現場助手の記憶を遡ろうとする。だがそれが不完全なうちに発掘スポンサーのお家騒動に巻き込まれ、師の研究を盗んだ泥棒扱いされて現場助手を攫われてしまう。

発掘から古代に遡ると言われると「パンドラの鐘」っぽいところ、今回はもっと個人に寄せてしんどいテーマを扱って休憩なしの2時間20分。終盤から最後は近頃の野田地図らしい形になるものの、海外公演知らんと言わんばかりの言葉遊びは割と野田地図を観ている自分でも置いていかれそうな勢いで、現代中世古代の3時代を扱うものの中世はただの役説明。途中の筋書きが整理不足、あるいは昔ながらのとりあえず流れに乗っておけで観るには本筋がみっちりし過ぎておふざけ要素を差込むのに時間が足りていない印象。

役者寸評。この日は1日2公演の夜だったせいか出だしがいまいちで後半に乗ってきた回なので前半は若干文句あり。それでも途中からとりあえず声張って身軽に駆け回った広瀬すずが野田地図ヒロインの流れを作って二重丸。阿部サダヲと深津絵里がまずまず。川上友里が真面目に観れば二重丸に近い出来もそのポジションには本筋を保ちつつ笑いも取るウワサスキー夫人の要素を求めたいのでもっと遊びもほしい、絶対できると信じたい。大倉孝二も同じ。野田秀樹は出番少な目だからいいとして、高田聖子、橋本さとしのベテラン勢が省エネモードに見えて残念、橋爪功はフラなのか台詞を思い出しながらやっているのか見極めがつかないのが困る。

野田地図は年々扱うテーマがしんどくなってベテラン領域の演技が必要になるのに、小劇場らしいノリがないとそもそも付いていけず、しかも身軽に走れる若い身体がないと立上げにも苦労する。若い役者の一層の発掘を野田秀樹には求めたい。探せば名手はいるはずなので。

2026年4月 5日 (日)

ゴーチ・ブラザーズ主催「ポルノ」本多劇場

<2026年4月4日(土)夜>

坂の多い町で弱者に優しい生活を訴えて立候補する男は、家では子供が欲しいと女から望まれるも、選挙でそれどころではない。選挙で有利になるために女に頼んで自分で足を折ると、ある日その女は若者の足を折って攫ってきて自分たちの子供だと言い出し男が慌てるが、選挙を考えてそのまま自宅での監禁を続けることを決める。その町で活動する着ぐるみ劇団では、団員が減って仕事が少なく、男のビラ配りをアルバイトで手伝う若者と、元劇団員の女性とが付合っている。また別の元劇団員の女性はテレビに出始めて運が向いてきたが立候補の男に坂から突落されて足を怪我して自宅療養していたが、ある日見知らぬ男性が入り込んで仰天する。早いファンかと思いきや家事全般をこなして妖精を自称する男を怪我した足では追出せずにそのまま日が過ぎるが。

同じ町を舞台に中編3本からなる長塚圭司の初期阿佐ヶ谷スパイダース時代の1本を、今回は松居大悟が演出。藤谷理子が見せつけて小野寺ずるとうぇるとん東がいい感じも、メインの1本で前田敦子が野田地図で何を学んだのかという映像向け演技で大ブレーキ、玉置玲央がそれに付合ってデチューンの演技でどっちつかずに終わる。筋だけ追っても犯罪交じりの歪な愛の話だし、初期阿佐ヶ谷スパイダースはエロありグロもっとありの脚本ばかりだから、役者のテンションが大前提。今からでも巻返してほしい。

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