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2026年8月 4日 (火)

脚本の執筆遅延という王道の公演中止理由と上演形態を変更しての上演

王道もへったくれもないのですが、そんな話を見かけました。「終のすみか」という団体の上演ですが、タイトルが「it's too late.」という演目なのがまた狙った訳でもあるまいに、というぴったり具合です。

前提知識として、2026年7月18日から7月31日まで、2度の休演日(22日と28日)を挟んでの公演予定でした。ステージナタリー「終のすみか『it's too late.』脚本遅延のため、本日7月19日から23日まで公演中止」より。

終のすみか「it's too late.」の本日7月19日から23日までの公演が、脚本の執筆遅延のため中止されることが発表された。

本作は当初、昨日18日に初日を迎える予定だったが、脚本の執筆遅延のため、初日公演の中止が発表されていた。制作部より本日新たに発表された書面によると、協議の結果、本日19日から23日までの5公演についても中止が決定した。なお、24日以降の公演については実施される予定。中止となった公演の予約者には、振替などの案内が個別に届く。

初日の時点では初日のみ中止、その後で23日まで中止決定となっており、割とドタバタしていた様子が伺われます。

ここからは公式サイトの引用です。発表日が入っていませんので発表時期は不明です。URLがあとで変更になりそうですので注意。

説明は2段階に分かれていて、まず初めのお詫びから。

【7月18日(土)~7月23日(木)の公演中止のお知らせとお詫び】

平素より終のすみかを応援いただき、誠にありがとうございます。

7月18日(土)より上演を予定しておりました『it's too late.』につきまして、脚本の執筆遅延により、7月18日(土)~7月23日(木)の5公演を中止とさせていただくことを決定いたしました。

公演を心待ちにしてくださっていた皆さま、公演に関わってくださった皆さまには、再度このような判断をお伝えすることとなりましたこと、心より深くお詫び申し上げます。
7月24日(金)以降の公演は、実施予定でございます。ご予約の振替等については個別にご連絡を差し上げます。また、7月24日(金)以降の公演をご予約のお客様につきまして、キャンセルをご希望の場合は、下記お問い合わせ先までご連絡ください。

重ねまして、このたびは7月18日(土)から7月23日(木)までの公演中止につきまして、心より深くお詫び申し上げます。
再度このような判断をお伝えする結果となってしまい、誠に申し訳ございません。何卒ご理解賜りますよう、お願い申し上げます。

終のすみか 制作部

この時点で脚本遅延は公表しています。終わった後で読んでみれば、1週間で幕を開ける見込みを立てて延期したというよりは、とりあえず見通しを立てるために1週間確保したということだったのでしょう。

そして2回目のお詫びです。

【7月24日(金)~7月31日(金)公演についてのお知らせとお詫び】

平素より終のすみかを応援してくださり、誠にありがとうございます。

7月18日(土)より上演を予定しておりました『it's too late.』につきまして、脚本の執筆遅延により、7月18日(土)から7月23日(木)までの公演を中止とさせていただくことを決定し、皆さまにお知らせいたしました。
このたびの判断により、公演を心待ちにしてくださっていた皆さま、公演に関わってくださった皆さまには、ご心配とご迷惑をおかけしましたことを、心より深くお詫び申し上げます。

延期後も作品の完成を目指して創作を続けてまいりましたが、先日よりお知らせしておりますとおり、脚本の執筆は現在も完了しておりません。
そのため、当初予定していた内容で作品をお届けすることは困難であると判断し、上演形態を変更して実施することといたしました。これに伴い、上演内容の再構成および最終調整の期間とするため、誠に勝手ながら7月24日(金)~27日(月)の公演は中止とし、7月29日(水)~31日(金)の3公演を実施いたします。
また、7月29日(水)~31日(金)の上演につきましては、上演内容の変更を踏まえ、チケット料金は無料とし、恐れ入りますがドリンク代のみご負担いただきます。

創作に参加する全員が健康で創作を続けられることを第一に考えながら、団体内での協議を重ねるとともに、関係者の皆さまへのご説明や話し合いを続けてまいりました。また、公演を支えてくださった出演者・スタッフ・関係者の皆さまには、最後まで多大なるご尽力をいただきました。

その結果、現在の『it's too late.』を、現時点でお届けできるかたちで上演するという判断に至りました。

ご予約いただいていたお客様には、上演内容の変更について個別にご案内申し上げます。内容をご確認いただいたうえで、ご来場をご判断ください。当公演は当日精算のみでの販売のため、キャンセル料等は一切発生いたしません。

また、新たにご観劇をご希望の方につきましては、末尾記載のメールアドレスまでお問い合わせください。上演内容の変更についてご説明したうえで、ご予約をご検討いただければ幸いです。恐れ入りますが、ご予約につきましては現時点でのご予約者様や振替希望者様を優先させていただきます。

初日延期という判断をしながら、結果として当初予定していた作品を完全な形でお届けすることができず、ご来場を予定し、お時間を空けてくださっていた皆さまのご期待に沿うことができませんでしたことを、深くお詫び申し上げます。

今回上演する『it's too late.』は、多くの関係者の皆さまのご協力によって実現するものですが、作品に関する責任は終のすみかが負い、最後まで創作に向き合ってまいります。

皆さまには重ねて心よりお詫び申し上げます。ご理解を賜りますよう、何卒よろしくお願い申し上げます。

終のすみか 制作部

ここで「創作に参加する全員が健康で創作を続けられることを第一に考えながら、団体内での協議を重ねるとともに、関係者の皆さまへのご説明や話し合いを続けてまいりました」という説明が出てきました。スランプで脚本未完になった結果追詰められたのか、健康その他の理由で脚本未完になったのかは不明ですが、脚本家兼演出家が割とテンパっていたのでしょう。

それでも上演は目指しています。座組を見ると役者4人が全員客演なので、さすがに全ステージ中止は勘弁してほしいと考えてもおかしくありません。

こうして当初より縮小されましたが、3日間3ステージの上演に漕ぎつけたようです。公式Xにポストがありました

最終日を迎えました。

ご来場いただいたみなさま、ご予約いただいた皆さま、関係者の皆さま、誠にありがとうございました。
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tsui no sumika
12:46 ・ 2026年7月31日

公演本番を何とか中止させない作り話なら「ショウ・マスト・ゴー・オン」がありますし、主催の不調を基にした半自伝の物語「シャープさんフラットさん」もありますが、具体的に何があったかは外野からは想像するだけです。

舞台は上演しないことには始まらないので、関係各位のトラブル対応スキルと人間の器は育ったことでしょう。何はともあれ上演出来てよかったですね、という話でした。

2026年8月 2日 (日)

新国立劇場主催「タバコの害について / 煙草のハイ(High)について」新国立劇場小劇場

<2026年8月1日(土)夜>

タバコの害について講演するように妻に命じられた男だが、話はひたすら脱線して自分の暮らしぶりを訴えるようになり「タバコの害について」。煙草の害について講演するために招かれた女性だが、自身は喫煙者で、友人とその家族、娘、喫煙体験、社会の話など取りとめのない話が続く「煙草のハイ(High)について」。

どちらも1人芝居。オリジナルとなるチェーホフの「タバコの害について」は動きもつけてのリーディング。男のみじめな暮らしぶりを訴える様子を好演する下総源太朗に素直に笑いつつ、少し前の時代の翻訳だろうにまったくそれを感じさせずに生き生きとした言葉で発する腕前に感心。

それを基にしての「煙草のハイ(High)について」も、取りとめのないところは同じ。合間に台湾問題が少し見え隠れするも、それを埋もれさせるためというか、全体には取りとめのない笑い話であるところは脚本の構成として流すところ。色っぽい煙草銘柄遍歴のくだりの脚本と、それをほどほどの色気に抑えて笑わせる役者演出の品の良さの組合せは記録しておきたい。どうか皆さんハッピーに、のラストは小川絵梨子の芸術監督ラストとしてのメッセージで、それを体現するためにかんのひとみが召喚されたのだろうと想像。そこそこの本数を観てきた観客の1人として素直に受取りたい。

新国立劇場主催「ラスト・ヤンキー」新国立劇場小劇場

<2026年8月1日(土)夕>

アメリカの州立精神病院の待合室。それぞれ妻が入院していて見舞いに来ている夫2人。妻が入院しているもの同士、待たされている間に雑談が始まるが・・・。

20分の超短編2人芝居。話しているうちにお互いの立場が明らかになるのは「不毛ドライブ」と同じ。演出は蓬莱竜太だが、これがあったから「不毛ドライブ」を書いたのではないかという展開。ただしこちらの方が大人の設定で、逃げ場のない感じがアメリカっぽい。両方上手だが、一方的に話してしかも話が変わる年上の男性の、ああこういう人いたなあ、となる石母田史朗の演技は味わい深い。

新国立劇場主催「ロング・クリスマス・ディナー」新国立劇場小劇場(ネタバレあり)

<2026年8月1日(土)昼>

アメリカのとある一家が構えた家の食堂で巡る、クリスマスの晩餐の様子。

家族で暮らすのを喜ぶ初めのころから後の代で戦争で子供を亡くして一転していく様子は、脚本家は違えど「セールスマンの死」に通じるような胸を突く展開。産まれたことがあれだけ喜ばれた子供も、家を出て親が残されるのは日本でもある話として、そこからさらに一転して最後に残るのが遠縁の叔母となるこの展開はアメリカっぽいというかなんというか、厳しい。今回の「20の物語」は6本観たけど、演出のシャープさではこれが際立っている。脚本の求めるところが厳しい以上に、演出家として役者スタッフに求めたところがクリアなのだろうなと察せられる。

その宮田慶子も慣例に従うならば今年度限りで演劇研修所の所長を交代するはずで、それになぞらえて脚本と大勢の研修所出身者を選んだように見えなくもない。いろいろ重ねられるものがある人ほど想像力が動かされる1本。

新国立劇場主催「チョコレート・アンダーグラウンド」新国立劇場小劇場

<2026年8月1日(土)昼>

イギリスの選挙で政権を取った政党「健全健康党」が打出した政策は、チョコレート禁止。砂糖を使った菓子を持ったり売買したりすると再教育と称する刑務所に送られる。政党のチョコレート警察捜査官が没収と逮捕を繰広げる中で、中学生の男の子2人は、菓子を没収されて売るものがなくなった店主と組んでチョコレートの密造密売に手を出す。

イギリスらしい皮肉と風刺の物語を、王道のアップダウンで展開する様子は、子供向けと銘打ちつつも大真面目に作りこんだことが随所に伺われる1本。密売の合図に日本の菓子会社の名前を入れたくだりは笑う。主人公の中学生2人以外は1人複数役を演じるが、店主のバビおばさん他を演じた佐乃美千子と、密売から中学の同級生まで幅広く演じた斉藤悠とが、演じ分けが見事で初め気が付かなかった。探せば名手はいるものだ。

ただし昼の公演なのに、客席の子供の数が少なかったのが残念だと、おっさん観客の1人として考えます。

2026年7月27日 (月)

新国立劇場主催「マクベス」新国立劇場小劇場

<2026年7月26日(日)夜>

いわゆるマクベスを65分のリーディングにまとめた1本。

リーディングと言いつつ動きもたくさん付けての上演。縮めた分だけ粗筋を追うようなところがあったのは致し方ない。ところどころ挟まれたところは仕込みありのネタと思われるが判別しきれぬ部分もあり。4人それぞれが複数役を行なうも、ダンカン王やバンクォーなどを演じた木下浩之が聴き惚れるような抜群の声の演技で芝居を支える。一柳みるもまずまず。中嶋朋子は声だけよりも動いているときのほうが明らかによくて動作と声が一体化した演技メソッドの持主と思われる。岡本健一はマクベスも場面次第だがラストはおそらく稽古が間に合っていない。演技は声派の自分としては、やはり上手下手は声に出るものだと再確認。

新国立劇場主催「不毛ドライブ」新国立劇場小劇場

<2026年7月26日(日)夕>

バイト先の先輩に呼出されて早朝から車で送迎する後輩。自宅を教えずに進むように言われて運転する社内で繰広げられる不毛な会話。

椅子2つ(とハンドル)だけで行なう30分の超短編2人芝居。不毛な会話が進むにつれてお互いの関係だったり背景だったりが明らかになるまでの過程が非常に上手。どちらも上手だったけれど、不愉快に振舞う先輩役を不愉快を感じさせないぎりぎりで演じ通した関口アナンは覚えておきたい。

ラッパ屋「特別な情熱」紀伊國屋ホール

<2026年7月26日(日)昼>

1975年のとある高校の実験部。実験であれば何をしても活動と見做す部活の方針で発表会の案を募っていたところ、自分の人生がどうなるか実験しようという案が出てくる。そこから各々の人生を歩みだす部員たちの2025年までの様子。

50年のうちたしか5年を抜き出しての話。それぞれの時代を知らない人もそれなりに、知っていればより楽しめる作りで描く部員たちの人生は、やや水っ気の多い職業に偏りがちではあるものの、それなりに色々。結論はある意味「平凡」なところに落着かせたものの、そこそこ歳を食っていると納得できる。これを書いている時点で残すところ千秋楽のみだが8月に配信もあるので、若い人が観たなら将来思い出して答え合せをしてほしい。

2026年7月12日 (日)

世田谷シルク「野火」サンモールスタジオ

<2026年7月11日(土)夜>

太平洋戦争末期のレイテ島、肺病が再発した主人公は野戦病院に送られる。食糧不足の折、なんとか病院に止まろうとするものの、アメリカ軍の空襲で病院がやられて辛くも逃れる。畑を見つけて一休みしたものの、現地の村に忍び込んだところで教会にやって来た住人を殺してしまい、また逃げる。山奥で日本兵と合流し、港に日本軍の船が迎えに来て別の場所で合流する指令を聞かされた主人公は皆と一緒に港を目指すが、アメリカ軍に阻まれて1人また山奥に逃げる。食糧のないまま彷徨う主人公が生延びるために残された手段は亡くなった日本兵の肉を喰らうことだが・・・。

大岡昇平の同名原作を1人芝居化も原作未見。脚本も演出も役者も真摯にやっていたことは疑いもないが、だからこそ原作が持つ深いところにまったく届いていないことが伝わる。固いものに跳ね返されるのではなく、霧の中で手足を動かしても何にも当たらないような掴めていないような印象。兵士として出かけた人もほぼ亡くなったであろう太平洋戦争、人肉食が最後の選択肢となるほどの飢え、そして日本人には馴染みの薄いキリスト教、いずれも今の日本では遠い。未見と言えど原作そのまますぎる印象だったので、観る側を巻き込んでいく工夫、ひいては創る側が原作を引き寄せる工夫がほしかった。

「人間らしい」の反対語が、現代だと「機械みたい」だが、一昔前は「動物みたい」だった、という文章を見かけたことがある。そういう「獣性」と、神の「神性」との対話を描くのは、野蛮な何かがないと届かないのだろうと考えさせてくれた1本。

松竹主催「御浜御殿綱豊卿」歌舞伎座(Aプロ)

<2026年7月11日(土)昼>

浅野内匠頭が吉良上野介に切りかかり切腹してから1年後。将軍の甥である徳川綱豊の屋敷では無礼講で奉公人たちが遊ぶ日である。奉公人の1人で綱豊の覚え目出度いお喜世に、兄の富森助右衛門が手紙を届けにやって来る。またそのついでに皆が遊ぶ様子を見て帰りたいと頼む。お喜世は上司にあたる江島に許しを得るが、そこに酔った綱豊がやって来て次第を聞く。今日の月見の客として吉良上野介がやって来ることになっており、助右衛門が赤穂浪人であることも知ってなお、見学を許し、なおかつ酒をふるまって自分の座敷に連れてくるよう江島に命ずる。立場として浅野内匠頭の切腹の沙汰を認めないわけにはいかないものの、浅野家再興はすでに幕府上層部の間でひそかに有力な意見となっていた。だが実は主君に対する忠義が見たいと密かに考える綱豊。恐れ多くも綱豊相手に酒はいただけないと隣の部屋から近寄らない助右衛門を相手に、ならばその敷居をまたがせてみせると、綱豊は赤穂の話を滔々と繰広げる。

通常チケットが手に入らず幕見で見物。酔って喜世に絡む仁左衛門、忠義が見たいと惜しむ仁左衛門、吉良の狸親父に浅野がかなうわけがないと笑う仁左衛門、大石蔵之助の茶屋遊びに欠けるところがあると諭す仁左衛門、激高した助右衛門相手に刀を握って構える仁左衛門、とにかく仁左衛門の芝居だった。中村莟玉お喜世と、孝太郎の江島が脇を固めて安定。助右衛門演じる幸四郎の軽さが恨めしいも、今回は仁左衛門の重厚さを引立てる形と言えなくもない。

元禄忠臣蔵の1幕とは後で調べてわかったこと。背景の説明からすべて台詞のため、仁左衛門だから保たせた芝居。他の役者がやったらどうなるかとは気になるも、Bプロを観に行く余裕が。

«KERA CROSS「シャープさんフラットさん」紀伊國屋サザンシアターTAKASHIMAYA(2回目)