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2007年5月31日 (木)

奥菜恵が引退

私が舞台で観たのはシアターコクーンでの松尾スズキ「キレイ」初演と、パルコ劇場での大王「シャッフル」の2回だけか。前者で思いっきりサイコロの踏みあいをしていた場面と、後者のツンデレぶりが印象に残っています。上手い役者に囲まれても、主演女優がつとまっていました。演出家の力量もあったかもしれない。

報道の中に気になった記事がひとつあって(URL忘れた)、「舞台では声量が不足していて厳しいとの指摘もあった」みたいな内容でした。私はそうは感じなかった。帝国劇場や新橋演舞場ならきついかもしれないけど、芸能人の最近の舞台主戦場はグローブ座、シアターコクーン、パルコ劇場、天王州銀河劇場、せいぜい青山劇場あたりなので、別に大丈夫なんじゃないですか。

舞台中心に活躍してくれればいいと思うんですけど、それじゃやっぱりダメですか。もったいないけどお疲れ様、ですね。

つらつらと思ったことを書いてみました。

2007年5月24日 (木)

やる気の感じられないスケジュール

たまたま見つけた新国立劇場のオペラ「ファルスタッフ」。
http://www.nntt.jac.go.jp/season/updata/10000061.html

名前をよく聞く数少ないオペラだから、一度観てみたいな、とかねがね思っているもの。
だけど日程がこんな感じ。
6/13(水)18:30
6/16(土)14:00
6/19(火)19:00
6/21(木)14:00

生活が多様化して、土日以外が休みの人も以前より増えていると思うけど、さすがにこれはひどい。「サラリーマン? オペラ観に来るお金あるの? 俺たちのターゲットは暇と金をたっぷり持ったセレブだぜ」と考えている、と取られても仕方が無い。

オペラは咽を休ませるために、飛石日程になるものらしいけど、同じ日程間隔でこうやってみたらどうなるか。
6/16(土)18:30
6/22(火)14:00
6/25(金)19:00
6/27(日)14:00

4ステージのうち2ステージが土日。金曜日の夜にも1ステージ用意。上演時間2時間30分らしいから、金曜日夜は19:30からにするということも考えられる。火曜日は平日昼間だけど、セレブなお方たちに開放するのにちょうどいい。幸い劇場の日程には余裕があるみたいだし。

まあ真面目にマーケティングした結果、こういう日程がベストと判断した可能性もあるけど、税金劇場であるならば、一番の納税集団にお上品なオペラについて啓蒙してくれてもいいんじゃないの、と殿様商売に噛みついてみる。まずは外国人芸術監督に、日本のサラリーマンの働きっぷりを知ってもらわないと。

2007年5月21日 (月)

世田谷パブリックシアター企画制作「死のバリエーション」シアタートラム(ネタばれあり)

<2007年5月20日(日)昼>

すでに分かれた夫婦。夫だった男の元に、妻だった女が娘の訃報を知らせに来る。記憶の中で昔を思い出す2人だが、幸福な時間はほとんどなかった。亡くなった娘も、小さいころから独りを好む、さびしい娘だった。

全編を貫く陰鬱な雰囲気。回想場面はできちゃった婚の2人が新居に住み始めるところから始まるけど、最初から先が思いやられる展開。そんな環境で育った娘に友人はなく、親とも距離感がつかめない。そんな娘は「虚無」を友人とするようになる。

夫婦の現在と若い頃と、両方に役者が用意されているけど、主人公は娘ですね。娘を軸に、夫婦の軽率さと、人生が生きるに値しない人間の絶望を描いていて。最後で絶望している夫婦に、若い頃の夫婦の回想場面「なんとかなるよ、大丈夫だよ」という台詞をかぶせるあたり、もうこてんぱんですよ。

なんでこんな暗い話をわざわざ芝居にするんだか、と言いたい所だけど、いかにも昨今の時代の雰囲気にぴったり。というか、他人事じゃないぞ、紙一重だ俺、みたいな。単調な台詞の繰返しが、絶望を深めていく。抽象的な構成のようだけど、周りとのつながりの無さを考えるとむしろ具体的とも。そんな難しい芝居の中で、一人だけ明るく振舞える「虚無」の笠木誠がアクセントに。何といってもあの身体の切れは、観ていて楽しい。

演出が面白くて、背景の一部だけ明るい舞台。まだ希望がある人は明るい部分から出入りするけど、絶望しているひとは暗い部分から出入りする。全員絶望すると舞台全体が暗くなる(笑)。あと、前衛的なダンスみたいな振付で、役者がお互いに触りそうで触らない仕草を多用して、理解しあえない距離感を表現。いくら脚本が海外物でも、日本人っぽくない仕上がりだな、と思ったらフランス人演出だった。ひょっとして、婚外子が多かったり、暴動が起きたり、何かと目立つフランスの社会現象が演出に反映されたのかも。

あんまりにも深刻な舞台だったから、ちょっと一服するためのリンクを貼っておきますね。

最後に、あの不思議な舞台美術の構造がわかる人がいたら教えてください。暗いところと明るいところを、どうやって仕切って出入りしていたんだろう。

2007年5月13日 (日)

ナイロン100℃「犬は鎖につなぐべからず~岸田國士一幕劇コレクション~」青山円形劇場

<2007年5月12日(土)夜>

岸田國士の脚本から、結婚と夫婦を扱った場面を抜出して1本に再構成した芝居。成長の遅い子供と飼っている犬が近所との騒動の種になる「犬は鎖につなぐべからず」。音楽学校の学生が実家に内緒で結婚していたら、兄が突然尋ねてきて「ここの弟あり」。隣同士で住み互いに違う気性のパートナーと結婚している夫婦が、それぞれ相手のパートナーを想う「隣の花」。不和のため新婚旅行から急遽帰宅した妻が姉夫婦を相手に愚痴をこぼす「驟雨」。百貨店の屋上で昔の友人と再会した男だが、現在の境遇の違いからなかなか素直になれない「屋上庭園」。少女時代の恋人と夢の中で出会う「ぶらんこ」。今度出かける旅行の予定を夫婦で話すうちに、旅行に出かけている気分になっていく「紙風船」。

こんなものか。なんかこちらのエントリみたいな文体になってしまった。

現代風にアレンジされた戦前の衣装と、時代不明のカラフルな美術。そこで展開される芝居は(言葉遣い以外は)現代の話と言われても違和感なし。どのくらいが岸田脚本の手柄で、どのくらいがKERAの手柄なのかは不明。結構胸に染みる芝居を、距離の近い青山円形劇場で、というのは大成功。

複数の芝居を平行して走らせるための場面転換を、踊りで振付けたり、ネタにしたりして、堅い話をほぐすあたりは演出の手腕。それぞれの話を微妙につなげるあたり(事故と新聞とか)は、きっと楽しんで考えたんだろうな、と。

ナイロン100℃の達者な役者に、昔言葉が苦手という弱点があるとは思わなかった。その点で役者ごとの差がはっきり。客演の役者はその点しっかり。

屋上庭園だけが他よりもシリアスな話だけど、メインの2人が共に客演でさらにナイロンらしくない展開。そんな中での植本潤の出来が突出していて、ナイロンの役者が霞んでみえるくらいの迫力。今まで(たぶん)観たことなかった人だけど、覚えておかないと。

他には順不同で驟雨の松永玲子、ここに弟ありの廣川三憲と安澤千草、犬は鎖に~の大河内浩、屋上庭園の植木夏十、紙風船の緒川たまきがすばらしかった。

不思議な美術は加藤ちか。円形の舞台をさらに回転させるあたりは「バージニア・ウルフなんて怖くない」の四面舞台でKERAが会得したのであろう作戦で、観る人に親切。ダンスじゃなくて踊りといいたくなる振付が新鮮。「踊れない人を踊れないなりに踊らせる名手、イデビアン・クルーの井手茂太」という紹介は笑ってしまった。なんだか着物が着たくなるような、えらい斬新な衣装は豆千代。

全体に、着物の裾捌きがもっときれいだとよかったんだけど、それよりはスピード感を優先したんだろうな、と自己解決してみる。

2007年5月11日 (金)

更新通知を開始

出さないようにしていたブログの更新通知を開始。

もう少しエントリが増えるのを待って、格好がついてから開始するつもりだったけど、あまり急にエントリを増やせないのはこの5ヶ月でよくわかった。だったらもう開始してしまえ、という結論。

以前のブログでは毎週更新の「期待の舞台」というメモ記事でエントリ数を稼いでいたけど、あまり芝居を観に行けない今の状態でそれをやると、観劇録よりも紹介メモほうが多くなりそうで、ブログのバランスがよくない。毎月更新だと1回の文章量が長くなる。昔は長文を書きたかったけど、今は好みの変化からも、費やす時間の観点からも、できるだけ短文でまとめたい。

更新をサボらない、という点からも「期待の舞台」はいい企画だったので、何か企画を考えないと。ひとつだけ考えているけど、少し準備が必要なので、もう少し後で始めることにする。

2007年5月10日 (木)

5月の注目作品と上演時間とあと何か

ゴールデンウィークが終わって、いろいろと注目の芝居が。シアターガイドで上演時間をチェック。

松尾スズキ作品だとだいたい2時間で終わる大人計画は、宮藤官九郎との2本立てに井口昇の映像を加えて休憩なしの2時間20分。まあまあの範囲。

ナイス・エイジ初演以来、上演時間をまったく気にしなくなったKERAによるナイロン100℃は、休憩込で3時間。相変わらず。これが今月の最長上演時間かな。

と思ったら、歳をとるほど元気になるサイボーグ蜷川幸雄が井上ひさしの脚本の上演で、休憩込で3時間20分。役者がよいから立見も辞さず、のつもりだったけど、ちょっとためらう。

なんてことを考えていたら、松尾スズキが初日を控えて過労で降板で自宅療養のニュースを今頃発見。SPA!の連載でいつも忙しい忙しいって書いていたけど、本当に倒れるとは。10月PARCOの「キャバレー」の稽古には復帰するらしいけど、その稽古開始が6月末ってずいぶん長丁場な稽古。

2本立てと映像、という構成が幸いして降板の影響は一部に限定、といっても影響はあるだろう。そこで災い転じて福となしたのが今回の大人計画。代役に持ってくるのが池田成志って、何だこのキャスティング。ものすごく観たいじゃないか。よく予定が空いていたな。

だけど当日券が電話予約限定なのも大人計画。はたして観られるものやら。

2007年5月 3日 (木)

こまつ座「紙屋町さくらホテル」俳優座劇場(ネタばれあり)

<2007年5月2日(水)夜>

戦争中、観光客の減少に伴って、軍の慰問劇団兼稽古場に衣替えしたホテルでは、東京から有名俳優と有名女優を招いて入団審査中。ホテルの女主人はアメリカ帰りの日系人であるため、特高から監視されている。そこへやってきた薬の行商人は、宿泊と引換に入団することになる。実はこの行商人は、天皇陛下からの密命を受けて全国の陸軍施設の現状を隠密調査している海軍大将だった。その大将を尾行していた陸軍の密偵も、行きがかりで入団することになる。全員で3日後の芝居上演を目指すためにいろいろな騒動が起きる、昭和20年5月の広島。

劇中稽古に歌を絡めて、本当の演技指導まで取入れつつ、戦争へのメッセージを織交ぜるという面倒くさい構成をすっきり見せる、非常に良く出来た脚本。3ヵ月後はチラ見せだけで観客の想像に任せているのがよい。

戦争で苦労するのはいつも下っ端で(*)、戦争なんてやるもんじゃないし、戦時中の国家も勝手なことばっかり、守る国民を犠牲にしてとはどういう了見だ、だいたいどこにそんな物資を隠し持っているんだ、というメッセージはまあその通り。

私が食いついたのは「国民の被害が拡がったのは、終戦の決断を陛下に促さなかった私にも上層部の一員として責任がある(大意)」という海軍大将(辻萬長)の台詞。国を会社に、天皇陛下を社長に見立てれば、完敗(倒産)したのはトップの責任だろう、という翻訳をすると、井上ひさしの政治的意見も理解しやすいのではないかと。天皇機関説というか、天皇陛下社長(会長?)説、ですね(**)。なんでこんな見立てを行なったかというと、サラリーマンをそこそこやっていると、組織の長の責任というものにいろいろ言いたいことが(略)。

それよりも注目なのが、いろいろな演技指導や新劇初期の話。なんか残しておきたいと脚本家が思ったんでしょうか。前半終盤の稽古場面は相当面白い。名前を呼びかける場面は、役者の実力を試されているみたい。いろいろ説明される舞台関係者も実名ばかりで、特に築地小劇場の3人については、今回の会場である俳優座劇場に写真が飾ってあるという縁も。

役者(「俳優だ!」)は有名俳優役の木場勝己がいち押し。辻萬長、栗田桃子が続く。陸軍密偵役の河野洋一郎は現在場面がいまいち。有名女優役の森奈みはるは歌声が出ていない。言語学者役の久保酎吉は、手帳の長台詞が迫ってこなかったのが残念(他はよかったのに)。軍の現状を劇団に例えて説明する場面は会場の反応はいまいちだったけど、私は内心爆笑。

何度も上演されるだけの出来です。全員の紹介が終わる前半の前半までは遅いけど、残り4分の3はお勧め。今回は当日券は補助席のみ。多分最大でも15席くらいのはず。

チラシには前回公演のこちら方の感想が載っていました。こちらの方は今回も観たようです(ひょっとして同じ回だったのかも)。ブログからの引用とは最近の事情を反映しているな、掲載許可の連絡はあったのかな、と内容とは無関係なところに発想がすぐ飛ぶ今日この頃。

*:下っ端というのは見下した意味では使っているわけではない。為念。

**:芝居に政治が持込まれるのが私は嫌い。ここは芝居サイトなので、政治については論じない。純粋に、私が会社で(略)な連想が働いて、その副産物として拒否反応が少なく済んだ、ということ。為念。

2007年5月 1日 (火)

青年団「東京ノート」こまばアゴラ劇場(ネタばれありあり)

<2007年4月30日(日)昼>

近未来、ヨーロッパで戦争が行なわれている時世。芸術品を疎開させるという目的でフェルメールの絵画が勢ぞろいした、その割に来館者の少ない都内の某美術館。そんな美術館のロビーで繰広げられる来館者の人間模様。

登場人物またはその関係者のほとんどが戦争の影響を受けているという、近未来の日本。戦争に直接間接に関わって、順調な人たちと悲愴な人たち。そんなご時世に、結婚とか離婚とか介護とか相続とか不倫とかとにかく家族の問題を抱えた人たちがいて。いろいろな問題が密に絡まって、その割に会話はすれ違ってばかり。

で、キーワードとして「観ること」が出てくる。

  • 「絵を観るのは難しい。対象と、画家が観た対象と、どっちを観ているのかわからなくなる」
  • 「本物の風景や人物より、絵に描かれた風景や人物のほうがきれいに思えるのはなんででしょう」
  • 顕微鏡と望遠鏡の話。
  • 長女がカメラを多用する。
  • 「絵を描いてください。ちゃんと私を観て」

こういうことを、絵画の美術館という場所で、フェルメールという画家を持ってくる(「彼の絵は窓を向いたものばかり。光の当たるところがはっきり見えて、他が真っ暗になる」だそうです)、というお膳立てが凝っている。

遠くの戦争も近くの家族問題も、いろいろな現実を、フィルターを通すのではなくて、自分の眼で観るようにしろ、ということですかね。いや、非常にうなずくところがあったのですけど、終盤でずいぶん直截的な台詞が目立ったので、平田オリザってこんな作風なんだ、と(過去には「S高原から」しか観たことがないもので)。

学芸員が弁護士に突然絡む場面だけ、いまいち腑に落ちず。「いつも別の事を考えているように思える」「うちの館長はいい絵を手に入れるためなら金に糸目はつけないからね」という台詞はあっても、いきなりあんな話をするのはいかがなものか。何か台詞を聞き逃したのかな。こちらの方はずいぶんいろいろ感じ取っていたみたいだけど。

そして今公演の一番の見所は、戦時の日本の振舞が描かれた世界観ではなく、2階も上手に使った非常に美しい舞台美術でもなく、登場人物のほとんどが男女問わず異常に脚の細いところではないかと愚考する次第であります。

最後は難癖。その1。当日パンフの配役表では、カップル3組は誰が誰だかわかりません。ネタばれとの兼合いも難しいところですけど、もう少し頑張ってほしかった。

難癖その2。開演前にロビーの様子を観にきていたのは平田オリザご本人だったと思いますが、すでに当日券キャンセル待ち組への発売が開始している中、ぎりぎりにやってきた関係者予約の人へチケット発売->挨拶というありがちな光景を拝見しました。パルコ劇場あたりではよく見る光景ではありますが、チケットが手に入るかどうかやきもきしている人たちの前でそういうことはできれば控えていただければ、と。10分前になったら予約解除していただけるとすっきりしてありがたい。

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