青年団「東京ノート」こまばアゴラ劇場(ネタばれありあり)
<2007年4月30日(日)昼>
近未来、ヨーロッパで戦争が行なわれている時世。芸術品を疎開させるという目的でフェルメールの絵画が勢ぞろいした、その割に来館者の少ない都内の某美術館。そんな美術館のロビーで繰広げられる来館者の人間模様。
登場人物またはその関係者のほとんどが戦争の影響を受けているという、近未来の日本。戦争に直接間接に関わって、順調な人たちと悲愴な人たち。そんなご時世に、結婚とか離婚とか介護とか相続とか不倫とかとにかく家族の問題を抱えた人たちがいて。いろいろな問題が密に絡まって、その割に会話はすれ違ってばかり。
で、キーワードとして「観ること」が出てくる。
- 「絵を観るのは難しい。対象と、画家が観た対象と、どっちを観ているのかわからなくなる」
- 「本物の風景や人物より、絵に描かれた風景や人物のほうがきれいに思えるのはなんででしょう」
- 顕微鏡と望遠鏡の話。
- 長女がカメラを多用する。
- 「絵を描いてください。ちゃんと私を観て」
こういうことを、絵画の美術館という場所で、フェルメールという画家を持ってくる(「彼の絵は窓を向いたものばかり。光の当たるところがはっきり見えて、他が真っ暗になる」だそうです)、というお膳立てが凝っている。
遠くの戦争も近くの家族問題も、いろいろな現実を、フィルターを通すのではなくて、自分の眼で観るようにしろ、ということですかね。いや、非常にうなずくところがあったのですけど、終盤でずいぶん直截的な台詞が目立ったので、平田オリザってこんな作風なんだ、と(過去には「S高原から」しか観たことがないもので)。
学芸員が弁護士に突然絡む場面だけ、いまいち腑に落ちず。「いつも別の事を考えているように思える」「うちの館長はいい絵を手に入れるためなら金に糸目はつけないからね」という台詞はあっても、いきなりあんな話をするのはいかがなものか。何か台詞を聞き逃したのかな。こちらの方はずいぶんいろいろ感じ取っていたみたいだけど。
そして今公演の一番の見所は、戦時の日本の振舞が描かれた世界観ではなく、2階も上手に使った非常に美しい舞台美術でもなく、登場人物のほとんどが男女問わず異常に脚の細いところではないかと愚考する次第であります。
最後は難癖。その1。当日パンフの配役表では、カップル3組は誰が誰だかわかりません。ネタばれとの兼合いも難しいところですけど、もう少し頑張ってほしかった。
難癖その2。開演前にロビーの様子を観にきていたのは平田オリザご本人だったと思いますが、すでに当日券キャンセル待ち組への発売が開始している中、ぎりぎりにやってきた関係者予約の人へチケット発売->挨拶というありがちな光景を拝見しました。パルコ劇場あたりではよく見る光景ではありますが、チケットが手に入るかどうかやきもきしている人たちの前でそういうことはできれば控えていただければ、と。10分前になったら予約解除していただけるとすっきりしてありがたい。
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