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2007年12月30日 (日)

NODA・MAP「キル」Bunkamuraシアターコクーン

<2007年12月30日(日)昼>

モンゴルの草原でファッションを生業とする遊牧民の息子として生まれたテムジン。ファッション戦争に敗れさった父の後を継いで勢力を拡大していく。やがて敵を討った彼は、シルクという名の美しい娘を手に入れる。

以下略。あらすじが無くても別に構わないでしょう。野田秀樹が留学から帰国して作った最初の芝居。再々演するだけのことはあって前期野田秀樹のエッセンスがすべて詰まった名作。テレビで初演は観ていました。

事前予想では妻夫木聡と広末涼子の主役2人が駄目でぶち壊しなんじゃなかろうか、特に広末涼子は「スジナシ」の収録を実際に観たので(画面で観るのと舞台で観るのとで全然違う)、起用に不安だらけだったのですが、観始めたら杞憂に終わりました。出だしこそいまいちでしたが、段々温まってきて、後半からは安心して観ていられました。堤真一と羽野晶紀のクローンっぽい演技と思わないでもなかったですけど、この芝居はそういう演技を要求するものだと考えれば、そんなに気になりません。見直したというか、悪い予想を立てて正直すまなかったと。

結髪役の勝村政信、人形役の高田聖子は実力全開で、硬軟両面で舞台を支えます。この2人がしっかりしていたおかげで、前半は安心して、後半は盛上がって観られました。あと市川しんぺーが予想以上にはまっていました。ちょっと残念だったのは小林勝也と中山祐一朗で、野田秀樹のリズムに乗れていませんでした。

そうはいっても、前半最後から客席点灯までの音楽と照明のタイミングとか、芝居全体のスピード感とか、無茶な設定なのにつじつまが合ってしまうところとか、ちょっといいことを言う最後の長台詞(笑)とか、最近こういう芝居を観ていなかったせいで新鮮な気分で観てしまった。今回は立見だったのですが、これなら来年もう一回指定席で観たいな、と素直に思いました。

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2007年12月27日 (木)

1800円は高い

映画の1800円を高いと思う人が7割。では芝居は如何。

一部かもしれませんけどいろんな意見が読めるので、上のリンクにしてみました。後で読み返します。

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2007年12月26日 (水)

新宿の地盤沈下

最近ほとんど新宿で芝居を観なくなった。渋谷や下北沢がほとんど。新宿の芝居はつまらなくなったなと思う。理由を考えたのだけど、たぶん制作に積極的に関わっているかどうかの違いではないかと思う。

腹が立ったら、まあ与太話だと思って読みとばしてください。

下北沢は本多劇場グループだけで6箇所。全部貸し劇場だと思うけど、どの劇場も駅から近い。ごちゃごちゃした駅前の雰囲気や、多数の庶民的飲食店や、よくわからない雑貨屋などが集まっていていかにも芝居が似合いそうな雰囲気。芝居の街と言われるくらい芝居が売りになっている。本多劇場とスズナリが圧倒的に人気劇場で、いろんな団体が繰返し上演している。駅前劇場も若い劇団に人気が高い。若い劇団が入ってきて、育っても本多劇場で上演して、健全なサイクルが回っている。これらが下北沢ブランドを形成している。でもこれは例外。むしろ本多劇場グループは本多劇場とスズナリと駅前劇場が中心で、他の劇場はこれらの劇場のためのブランドを維持するための捨駒なんじゃないかとたまに疑ったりする。

渋谷にはパルコ劇場とシアターコクーン、青山は青山劇場と青山円形劇場、三軒茶屋だと世田谷パブリックシアターにシアタートラム。これをとりあえず渋谷地域と呼ぶ。

渋谷地区の劇場は芝居の制作に深く関わっている。たまに貸し劇場もやっているけど、基本的には自分の劇場で上演する芝居は自分で作る。青山の2劇場は詳しくないけど、円形劇場ではフェスティバルを開催していたはず。で、これらの劇場で上演する人たちをどこからつれてくるかというと、他の地域から連れてくる。

たぶん、1回100人規模で自力で上演する人気劇団なら
・下北沢で駅前劇場や
・新宿でTHEATER/TOPS
・王子で王子小劇場
・芸術系ならこまばアゴラ劇場
を目指す。何でこの劇場かと訊かれても困りますけど、使い勝手とか、費用とか、立地(に基づく動員のしやすさとか便利さ)の総合でそうなったんでしょう。

200人規模の劇場はあまりないけど、
・下北沢でスズナリ
・吉祥寺で吉祥寺シアター
になると思う。

で400人規模に動員が増えたら、本多劇場とか、紀伊国屋で上演する。ここで渋谷周辺の芝居制作チームのチェックが入る。それまでもチェックはしているだろうけど、規模が大きくても上演に耐えうるかどうかをここで調べる。団体のチェックというより、脚本、演出、役者一人一人の確認だと思う。で、お眼鏡にかなったら個別に話を持ちかけて、渋谷地域の上演に参加してもらう。

渋谷地域での上演回数が増えると、他の地域での出演が減る。渋谷地域での上演が増えると人気とか知名度が上がって200人規模以上の劇場が増える。だけど紀伊国屋ホールは使い勝手が悪いのか、リピーター劇団を見かけない劇場でもある。そうすると、新宿以外の地域での上演が増える。この傾向が繰返されて、人気実力のある個人は新宿から離れていくことになる。

以前はその分若手の流入もあったと思うけど、本当の若手劇団はここ数年で王子小劇場やこまばアゴラ劇場がさらってしまった。中堅劇団についても三鷹とか吉祥寺とか、最近だと赤坂あたりの劇場ががんばって選択肢が増えた分だけ新宿での上演回数が減った。そうなると新宿はなまじ劇場の数が多いだけに、地域全体での期待度や魅力が薄まって、その結果として実力劇団には嫌われて、悪循環が始まる。

700人規模の動員が出来るようになるころには渋谷地域が放っておかない。その規模の劇団向けの劇場であるシアターアプルは、その前に育つために必要な人材が一本釣りされるため、上演候補の団体がいない。完全にシアターコクーンに負けてしまった。

全体に芝居がつまらなくなったわけではない。王子小劇場は青田買いに専念しているし、赤坂RED THEATERは魅力的なラインナップを揃えるように努力している。経営努力している特定の劇場に人材が集まって、劇場が選別されているだけ。渋谷地区の劇場は人攫いではなく、経営努力を行動に移しているだけ。

劇場は商売ではなくて趣味で経営されていると昔のブログに書いたことがあるけど、これからは企画力、制作力、ブランド化など様々な経営戦略が問われることになる。
・観客が観たい芝居を作る
・無名のものを発掘する
・フェスティバルその他で上演団体を支援する
・客層を絞る
とにかく劇場の特色を積極的に出すところから始まる。単なる貸し劇場だけやっているところは廃れていく。

観ていない芝居をつまらないと決め付けるな、という反論もあるかと思いますが、そもそも観たいと思わせる芝居がほとんどない、観たいと思わせるのも実力のうちではないかととりあえず答えておきます。

あともうひとつの見立てとして、これからは自力で一定以上の動員を増やす劇団は育たないと思う。だから上演する側の人たちはプロでやっていきたいなら、劇団を大きくするよりも、どこで観ているかわからないプロデュース公演の関係者を念頭において、上演に関わる優先順位を考えたほうがいい。どうしても劇団を育てたいなら、動員数は規模でなくてロングランで獲得するほうがいい。

なんてことを考えてみたりもするのです。

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2007年12月25日 (火)

ナイロン100℃「わが闇」下北沢本多劇場

<2007年12月24日(月)昼>

叔母からの遺産相続に伴って田舎に移り住んだ一家。小説家である父は執筆に専念できる環境に喜ぶが、環境になじめない母は精神を病み、それが原因で夫婦は別居する。その後も続く複雑な家庭環境で3姉妹が育っていろいろあって、移り住んでから30年後、映画の撮影スタッフが父親の取材に訪れる。

開演前の音楽からしてなんかいつもと違う久しぶりの新作は、いつも通りの笑いもありつつ、3人姉妹に焦点を当てて、タイトルが示すような陰を伴ったウェルメイド芝居。

個々のイベントはありがちと言えばありがちだけど、それをつなげてみると、何がどう違うのかわからないけど他では観ないような、ナイロン100℃の過去の公演でもあまり観た事がない(観た事がある中で強いて言えば「フローズン・ビーチ」が近い)ような仕上がり。最後に「山を(自粛)」という台詞が出るのも、いつもと違う終わり方。これは面白いです。

開演した直後は舞台美術の構造のせいもあって本谷有希子の「偏路」に似ているなと思いましたけど、描き方の深さ、広さともこちらのほうが断然上です。映像の使い方も、序盤でべったりと映すああいう方法をさらっと使うあたり、こちらのほうがこなれています。目指すところが違うし、あちらはあちらで面白いんですけど。

すでにKERA演出経験済の岡田義徳、長谷川朝晴と、舞台経験もあまりないはずの坂井真紀のゲスト3人を含めて、役者は当たりばかり。犬山イヌコと峯村り えはその中でもやっぱりすごく上手。嫌な女を演じることがものすごく上手な松永玲子とか、お前誰だ的に変身する永田奈麻とか、全体にいつもと違う感じの役 が多い。いつもみたいな役回りになってしまった大倉孝二がちょっと残念。

犬山イヌコ、峯村りえ、坂井真紀の3姉妹の性格の違いが非常に上手に描かれているのを観ながら、今まで自分が芝居を観るときは、展開は観てきたけど登場人物はきちんと観たことはなかったなと気がつきました。終盤で坂井真紀が「たまにはね(以下自粛)」という台詞を言ったときに、何かそんな感想が頭の中をぐるぐると。

カーテンコールが終わったら3時間半が経過していて、すでに夜の回の当日券目当ての人たちが並んでいて、そんな長時間の芝居でも観られる時間と体力のある人には絶対お勧めの1本。この後ツアーもあるので、ツアー地近辺の皆さんもぜひどうぞ。

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2007年12月19日 (水)

何をひどいと思うかによる

たまたま検索していて見つけた内容。まずはこちらのブログを読んでくださいな。

読みおわりましたか?

新国立劇場はチケットのばらまきをしているらしい。記事の趣旨からするとここが一番反応するところに思える。ただ、まあ、それが本当かどうかはどうでもいいです。私がこのブログでたまに「下手」とか「つまらない」とかなんの工夫もなく書けるのも、正当な対価を払っているという裏づけによるものなので。だいたい、一般の観客が他の人が無料招待かどうかなんて区別つきません。チケット束なんて気にしたこともなかった。

私がもっと気になったのが、このまえ上演していたギリシャ物語(がベースらしい)の三部作で、客席を削っているのに、観客が半分位しか埋まらなかったという部分。招待を入れてもこの集客って、企画か営業のどちらか(あるいは両方)が間違っている。役者はそれなりにそろっていたはずなんだけど。

それにしても地味な統一チラシに地味な演目が続いています。それがはまることもあるんでしょうけど、そもそも観に行く気を起こさせないことにはいかんともしがたい。運営面でも、たしか新感線の貸し劇場公演では、劇場の手配に融通が利かなくて、そのせいでびわ湖ホールをゲネプロも兼ねて借りたと制作の人が怒っている記事を読んだ記憶が。

ちなみに同じブログの他のエントリーでは世界の三本の指に入るという現理事長の発言を紹介しているけど、それは嘘だろう。私がオペラ劇場で観たときはサイドの席だったけど、上のサイド席に音が反射して変な聞こえ方だった。中劇場については山崎努がこの本に杮落としの際の騒ぎを記録している。だいたい、1000人規模の劇場なんて誰が使うんだ。使いこなせるのは野田秀樹くらいじゃないのか。その野田秀樹も最近ではシアターコクーンと世田谷パブリックシアターとイギリスが忙しくて寄付きません。

だから新国立劇場の劇場としての価値は、小劇場が一番大きいと思う。舞台の組み方の自由度とか、適度な大きさとか。

同じ時期に建てた世田谷パブリックシアターとシアタートラムは、土地の制約があったからかもしれないけれど、劇場の設計については見識があったと思う。

なのですけど、演劇研修生の事業には実は期待しています。ちなみにオペラとかバレエはもっと前から研修事業をやっているみたいだけど、どのくらいの成果が出ているんでしょうか。何をもって成果というのかわかりづらいですけど、その筋で有名な歌手やダンサーが輩出されているのか、誰かご存知でしたら教えてくださいな。

ちなみに研修成果のお披露目はこちら。ちらっと宣伝なんかもしてみたり。

ここで東京芸術劇場の話が全く出てきていないけど、まあ(略)。

この手の話題で切口を変えて、後でもう1本エントリーを書きます。国公立劇場の話ではありません。

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2007年12月17日 (月)

パルコ企画製作「ビューティー・クイーン・オブ・リナーン」PARCO劇場(ネタばれありあり)

<2007年12月16日(日)昼>

アイルランドの田舎であるリナーン地域。そのさらに外れの丘の上に住む老母と中年の娘。身体を悪くして外出もままならない母はささいな世話も娘にさせ、娘は母を無視したり詰ったりする毎日。ある日、村の近所の家で送別会が催されることになり、縁あって娘も招待されるが、留守だった娘の代わりに母が伝言を受ける。母は送別会の伝言を娘に伝えないようにするが・・・。

マーティン・マクドナー作品を長塚圭史が演出する3作品目は、黒田勇樹の降板による長塚圭史本人の役者出演になった4人芝居。悪いことが立続けにおこるのではなく、真綿で首を絞めるように悪意が襲ってくる後味の悪さ全開の物語を、白石加代子と大竹しのぶが演じきって、もっと後味が悪くなる仕上がり。

登場人物の住民ですら何もないというアイルランドの片田舎で展開されるのは、介護の問題であったり、都市と地方との格差であったり、精神病であったり、ほとんど現代に置換えられる内容ばかり。他の観客が最初から結構笑っていたのに驚いた。

恋人らしい恋人もなく40才を超えた大竹しのぶ演じる娘は、かつてはロンドンに働きに出ていたが、アイルランド出身ゆえの差別にあって気を病んでしまい、今では他人と挨拶もしない内向きな性格になってしまった。娘に嫌がらせばかりしている白石加代子演じる母親は、実は独りの場合はテレビを観るかラジオを聴くかしかない身体の弱った老人で、他の娘が結婚して家を出た今となってはこの娘が唯一の頼り。争ってはいても、依存しあっていることには変わりない。

娘にこの境遇から脱出する希望を見せる兄を真摯に演じる田中哲司。対して、長塚圭史演じるまったく悪意のない弟は絶望を突きつけます。その行為のひとつひとつが、ことごとく母娘の関係を乱す。開演前の幕に書かれている「May you be half hour in heaven afore the devil knows you're dead(調べたらアイルランドのことわざだそうです)」のThe devilはこの弟ですね。ちょっと大げさに演じることで無邪気さ(とその行動が引起す悲劇)を強調した長塚圭史はさすがです。

最後の場面で(自粛)、心中の移り変わりはいかばかりかと想像がとまりません。これがマクドナーの処女作って、やはり天才はいるもんです。

広めのパルコ劇場の舞台を、中央に家を配置することで狭く使う美術がよく出来ていて、終盤の大竹しのぶの怖すぎる独白場面は照明の勝利。

役者も上手でしたけど、演出も脚本の核をきっちりつかんでいて、非常にすばらしい座組でした。ただ、後味が悪すぎて私がまいってしまいました。衝撃の大きさだけなら「ピローマン」のほうが大きかったのですけど、こちらのほうが現実味がありすぎて、受止めるのに体力を要します。

芝居の関係者なら絶対抑えておかないといけない1本ですけど、そして営業妨害するつもりはないですけど、ちょっと普通の人に勧めるにはきつい内容です。観る前には体調を万全にして臨んでいただければ、と。

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2007年12月15日 (土)

劇団、本谷有希子「偏路」紀伊国屋ホール

<2007年12月14日(金)夜>

女優を目指すために、娘が親の反対を押切って強引に上京して9年、劇団の仲間が売れていく中で自分の才能の無さに気がつき、しかも所属している劇団が解散することに。女優になることを断念して実家に戻ることを決めているが、親の反対に逆らった手前と、田舎の親切な空気に馴染めないため、踏ん切りがつかない。そんな状態で年末年始を過ごすために、お遍路参りの途中にある親戚の家にやって来た娘とその父。娘はこの機会に親に謝るのと、田舎の雰囲気に馴染むことを狙うが・・・。

ずいぶん久しぶりな気がする本谷有希子の芝居は、お得意の(?)自意識過剰な若い女性を軸にした騒動。なかなか面白かったけど、初日だったからか一部固い部分も。

自意識過剰な主人公に拮抗する登場人物として、突然切れる父親を配置して、二人の偏よった思い込みを中心に話は進行。父親役の近藤芳正が全開なのに対して、主人公役の馬渕英俚可がどうにも固い。固くなるのが役どころとはいえ、もう少し馴染んでくれば芝居が一段上がった出来になりそう。他にはすでに劇団員の感がある吉本菜穂子を筆頭に、加藤啓、池谷のぶえが緩急つけて盛上げる。江口のりこもまだ少し固かったけど、初日ならこんなものか。

脚本は楽しめたけど、途中なくても大丈夫そうな場面があったのと、最後に使われる伏線が出てきた瞬間にわかってしまったのがもったいない。

空間を上手に埋めた意味ありげな美術とそれを生かす照明、芝居の流れに沿って着替えられる衣装が非常に自然で、劇場の規模に見合ったスタッフワークの充実を感じさせる。ただし高い天井を生かした映像はオープニングこそ格好良かったが、そのあとはあまり上手に活用しきれていない感あり。あと残念なのが選曲で、これで終わりではないかと勘違いさせられる曲が3回くらい流れて、拍手のタイミングをはぐらかされた感じが残った。あの曲は確かナイロン100℃の「消失」でも使われていたような記憶があってデジャブ。

ちなみに終演後のロビーは何となく関係者だくさんな空気で、初日のためか認知度が上がったためか。

自分の自意識過剰とか偏見を突いてくれる本谷有希子の話が好きな私は満足。でも当日券狙いなら、日程後半をお勧め。

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東宝製作「恐れを知らぬ川上音二郎一座」シアタークリエ

<2007年12月11日(火)夜>

紆余曲折を経て役者になり一座を旗揚した川上音二郎。日本で興行を失敗して一座が解散となった彼は、新しい座員を募集してアメリカ公演を強行する。最初に公演を行なったサンフランシスコでこそ人気を博したが、売上を持逃げされてから苦難の連続。ようやくボストンで劇場を確保したが、今度は座員がストライキを起こす。起死回生の策として隣の劇場で人気の「ベニスの商人」を、ストライキに加わらなかった座員と、役者の素人だけで上演しようとする。

派手なキャスティングと万全のスタッフで臨んだシアタークリエの柿落とし。でも結果は、面白いけど値段に見合わない仕上がりとなりました。

何しろ実力派の揃った舞台なので、三谷幸喜は全員に見せ場を作るのですが、それがかえって冗長になってしまいます。

脇が達者なのは三谷作品の特徴ですが、今回も戸田恵子、今井朋彦、堺雅人は舞台を締めます。さらに飛び道具を最大限活用した瀬戸カトリーヌと堀内敬子には笑わせていただきました。残念だったのは主役の3人で、ユースケ・サンタマリアは上手いけれど地味で疲れ気味、常盤貴子は残念ながら下手、堺正章は上手いけれど声が枯れていてしかも一人だけ遅いリズムでの演技でした。

それにしても柿落としに合わせてそれにふさわしい、劇場を舞台にした作品を出してくるところは、三谷幸喜の制作面でのサービス精神は抜群であります。劇中劇やその練習の場面が特にいいです。

役者のファンならお勧め、そうでなければお金と時間次第、といったところでしょうか。

最後に新劇場のメモを2つ。一つ目は当日券。キャンセル待ちで30枚ほど出ていたが、最後の数名はおそらく買えていない。電話予約はぴあだが、購入時に身分証明証の提示が必要。窓口は2箇所で捌くも、チケット予約はコンピュータで順番に処理するので結局は並ぶ。2つ目は劇場。客席はまったく新しさを感じ「させない」シンプルな設計だが見易さは後ろの席でも容易。パルコ劇場を横に広げたイメージ。収容人数の割にロビーが狭い。廊下に段差が多数あったり、ボックス席の一部は客席を横切らないとたどり着けない。客席にスペースを割いてロビーや廊下を犠牲にした模様。その代わり休憩時間中なら客席内で飲食可能(ロビーにいたスタッフに確認)。

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2007年12月 9日 (日)

<メモ>演劇研修所1期生修了公演

「リハーサルルーム」
新国立劇場小劇場
2008年2月8日から10日
リンク http://www.nntt.jac.go.jp/season/updata/20000051.html

かねてから気になっていた研修。途中で何度か練習公演?も行なっているみたいだけど、事前に存在を察知できなかった。かねてから営業と宣伝の下手な新国立劇場なので、メモしておく。

値段が安いのは結構なんだけど、日程が短い上に、土日も1回公演というあたりがネック。どうせ研修公演をやるなら、長期公演時の体調の整え方の実地研修、みたいな口実で1ヶ月公演とかやってくれればいいのに。以前見かけた評判が本当なら、少なくとも役者の実力は1ヶ月公演に値するような印象をもったけど。

ちなみにこの公演情報はしのぶの演劇レビューで見つけました。最近こちらではワークショップの情報も多数取上げているので(見学報告もいくつかあります)、そういうものに参加したいと思っている人はチェックしておいたほうがいいですよ。観客な私としては普通の芝居のレビューのほうに反応するわけですけど。

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2007年12月 8日 (土)

代打オレby長塚圭史

「ビューティー・クイーン・オブ・リナーン」で体調不良にて黒田勇樹が降板して、その代わりに長塚圭史が登場。

自分演出の海外作品に出演するのはじめてじゃないの、とか、ますます観たいぞ、とか、事前に他の役者を検討したりしたのかな、とか、演出の上手い人は演技も上手な人が多い、とか、そんなことは置いておいて。

何かあったとき自分で出動できる人は強いと思います。

そのうちこんなネタでエントリを書ければ。

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2007年12月 4日 (火)

脚本五七五説

なんというか、たとえば「これをやっておいて」と仕事を依頼された場合に、そこには無数のお約束があって、それらを守った仕上がりが要求されるわけです。

契約書があったとして、そこにはやらないといけないこと、やってはいけないこと、約束を破った場合の罰則などいろいろ書かれているので、基本的にはその通りのことを行なう訳です。判断に迷うケースの場合は、一般的には責任者に確認すればよいわけです。

だけどいわゆる芸術系の仕事の場合、こうではないわけですね。芝居なら脚本とか、音楽なら楽譜とか、一般の仕事の契約書みたいなものはあるわけですけど、これは契約書とは違ってスタートラインなわけです。これさえ守っていれば「あとは何をやってもいい」というのが基本スタンスで、あとは表現したいことを表現する。言ってみれば脚本や楽譜は俳句の五七五なわけで、その17文字に何を入れるかは人それぞれの感性や経験によります。

もちろんその結果として出来上がった芝居なり音楽なりの出来がよくないといけないわけで、特にチームワークの芸術だと演出家とか指揮者とかが全体を考えて指示を出すのですけど、その指示にだって隙間はあるので、役者や演奏者が複数の表現手段や抜群の腕前を持っていれば、あの手この手で妥協点の探りあいに持込めます。

それは一面では常に自分と向合いつつ新しいことや深いことを求められるしんどい仕事ではありますけど、自分の技量で自分の要求を通していく人たちはやはりかっこういいなと思います。

仕事で疲れているとコウイウ考エガ浮カンダリスルノデス。

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2007年12月 3日 (月)

グリング「Get Back!」ザ・スズナリ(若干ネタばれあり)

<2007年12月2日(日)昼>

原作と作画にわかれて漫画を描いている女性コンビと、男性アシスタントの3人組。次の連載に向けた構想を練るため原作者の親類が経営する田舎の民宿に宿泊に来た。原作者の能力に心酔する作画家は原作者の提案を待つが、売れっ子の原作者は複数の仕事を抱えているため、このコンビ向けに提供できるアイディアが思いつかない。険悪な雰囲気の中、民宿の関係者が作画家に一目惚れする。

当然それだけでは終わらないグリングで、今回も期待を裏切らない出来でした。善悪とかを持込まず、たぶん折込パンフレットの通り「誠実」を描きたかったんだろうなと思わせる芝居です。いろいろな展開の割には全体ではあっさり目で、お涙頂戴に安易に持っていかないのがまた誠実といえば誠実なんでしょうけど、役者に要求するレベルが高そうな演出でした。

民宿経営夫婦(杉山文雄、高橋理恵子)の名前だけ登場する息子の、本編に絡むような絡まないような話題が何気なくてよいです。

以下、全体の出来がよいだけに気になった点が2点。

原作者役の片桐はいりが難しい表現をものすごくあっさりこなして格好よくて、格好よすぎて、中野英樹とか萩原利映とか遠藤留奈がたまに霞んでみえました。いままでグリングでそんなこと感じたことなかったんですけど。そんな中で高橋理恵子の声を聞くたびに和んでいた私は疲れていますかそうですか。

スクリーンを使った映像もあったのですが、当日券の自由席では観づらかったこともあって、場面転換のためとしか思えなかったです。それは残念。

これらは細かい話で、週明けからは席が余っているそうなので、まだグリングを観たことのない人は、この機会に挑戦してはいかがでしょうか。スズナリのサイズだと俄然はまります。

で、おまけとして、今回の芝居とは直接関係ない点で3つの注文。

その1。席が余っているのはお気の毒なのですが、芝居が終わって余韻が残るカーテンコールでの宣伝はそろそろ止めた方がいいと思います。お笑い系の芝居ならいいのですが、この手の芝居だと冷めてしまいます。

その2。スズナリのサイトには当日券は1時間前から発売と明記されているのですが、グリングのサイトだと「受付は開演の1時間前から」としか書かれていません。自由席も用意しているのだから「全公演とも当日券は開演1時間前から発売」「X日は余裕あり」と明記してもらえると、当日券派としてはありがたいです。カーテンコールで宣伝するよりそのほうが先ではないかと。

その3。今回の芝居でも占いの場面が出てくるのですが、「カリフォルニア」の占い、「虹」の交霊に続いてオカルト(悪い意味ではなく、その手のネタ全般の意)3回目です。作者におかれましては、しばらくはオカルトネタを封印してはいかがでしょうか。単発で観れば面白い場面でも、ちょっとだけ長く観ている客としては「またか」の気分になってしまいます。

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