パルコ企画製作「ビューティー・クイーン・オブ・リナーン」PARCO劇場(ネタばれありあり)
<2007年12月16日(日)昼>
アイルランドの田舎であるリナーン地域。そのさらに外れの丘の上に住む老母と中年の娘。身体を悪くして外出もままならない母はささいな世話も娘にさせ、娘は母を無視したり詰ったりする毎日。ある日、村の近所の家で送別会が催されることになり、縁あって娘も招待されるが、留守だった娘の代わりに母が伝言を受ける。母は送別会の伝言を娘に伝えないようにするが・・・。
マーティン・マクドナー作品を長塚圭史が演出する3作品目は、黒田勇樹の降板による長塚圭史本人の役者出演になった4人芝居。悪いことが立続けにおこるのではなく、真綿で首を絞めるように悪意が襲ってくる後味の悪さ全開の物語を、白石加代子と大竹しのぶが演じきって、もっと後味が悪くなる仕上がり。
登場人物の住民ですら何もないというアイルランドの片田舎で展開されるのは、介護の問題であったり、都市と地方との格差であったり、精神病であったり、ほとんど現代に置換えられる内容ばかり。他の観客が最初から結構笑っていたのに驚いた。
恋人らしい恋人もなく40才を超えた大竹しのぶ演じる娘は、かつてはロンドンに働きに出ていたが、アイルランド出身ゆえの差別にあって気を病んでしまい、今では他人と挨拶もしない内向きな性格になってしまった。娘に嫌がらせばかりしている白石加代子演じる母親は、実は独りの場合はテレビを観るかラジオを聴くかしかない身体の弱った老人で、他の娘が結婚して家を出た今となってはこの娘が唯一の頼り。争ってはいても、依存しあっていることには変わりない。
娘にこの境遇から脱出する希望を見せる兄を真摯に演じる田中哲司。対して、長塚圭史演じるまったく悪意のない弟は絶望を突きつけます。その行為のひとつひとつが、ことごとく母娘の関係を乱す。開演前の幕に書かれている「May you be half hour in heaven afore the devil knows you're dead(調べたらアイルランドのことわざだそうです)」のThe devilはこの弟ですね。ちょっと大げさに演じることで無邪気さ(とその行動が引起す悲劇)を強調した長塚圭史はさすがです。
最後の場面で(自粛)、心中の移り変わりはいかばかりかと想像がとまりません。これがマクドナーの処女作って、やはり天才はいるもんです。
広めのパルコ劇場の舞台を、中央に家を配置することで狭く使う美術がよく出来ていて、終盤の大竹しのぶの怖すぎる独白場面は照明の勝利。
役者も上手でしたけど、演出も脚本の核をきっちりつかんでいて、非常にすばらしい座組でした。ただ、後味が悪すぎて私がまいってしまいました。衝撃の大きさだけなら「ピローマン」のほうが大きかったのですけど、こちらのほうが現実味がありすぎて、受止めるのに体力を要します。
芝居の関係者なら絶対抑えておかないといけない1本ですけど、そして営業妨害するつもりはないですけど、ちょっと普通の人に勧めるにはきつい内容です。観る前には体調を万全にして臨んでいただければ、と。
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