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2008年11月27日 (木)

再掲載:適切な年間観劇本数を考える

あらためて読返すと何様な調子が文章の端々に漂っていますが(今でもそうだという突っ込みは禁止です)、最近自分のための仕事の投資をしていないな、とふと考えたら、昔のこのエントリーが思い出されたので再掲載します(このころはblogと書いていましたが、今ならブログです。ずいぶんブログも一般化されました)。現在は見る本数も減っているのですが、現在の決算はこのようになっています。一部リンク切れのところはリンクを省略してありますのでそこはご容赦を。

以下再掲載。

「適切な年間観劇本数を考える」

本当は年が明けてから書こうと思っていたのですが、立続けに同じようなblogを読んだもので、こんな話題で書いてみます。この場合の「適切」とは、創る側の人にとって、です。

fringe blog「デジャ・ヴュ
LIVESTOCK DAYS「風琴工房の劇団員規約」
telop-plot blog「ギブ&テイクでしょ?

fringeは制作者支援サイトで、本人も制作を務めていた荻野さんのblog。LIVESTOCK DAYSは風琴工房という劇団の主宰、脚本、演出を担当している詩森ろばさんのblog。telop-plot blogは京都で制作を行なっている掛川弘一さんのblogです。みなさん創る側の人ですね。

この3つのblogに共通しているのは「創る側の人間なのに芝居を観ない人が多い」というものです。telop-plot blogに「演劇をしている人は他の芝居を観ない/受付を手伝ったりしていると役者で観に来る人ってのは本当に決まった人だけだ」と書いてあるのはよくわかります。以前少し書きましたが、私が学生時代に演劇サークルに所属していたときも、しょっちゅう観に行く人と、全然観に行かない人と、両極端に分かれていました。

この点についてLIVESTOCK DAYSでは「風琴工房の劇団員規約には『演劇をたくさん見ること』と『俳優としての教養を身につけることに労を惜しまないこと』という2点が実は明文化されている。というか、劇団員の条件はほかにないとも言っていい。『お金がないから』という理由で演劇をまるで見に行かない若い俳優たちにに憤りを感じ、話し合いの上、2年前から規約化したのだ。」と一刀両断です。以前どこかで目にした「芸術は一定量を消費しないと理解できるようにならない」という文章を思い出してしまいました。幼いときから叩きこまれて芝居漬けの歌舞伎役者ならいざ知らず、芸術についてはOJTだけでは限界があるのですよね。

またfringe blogの「どんなに素晴らしい物語を生み出したとしても、偶然同じ内容が先に発表されていたとすれば、その価値は半減してしまうでしょう。推理小説で、先に発表されたトリックが使えないのと同じです。それを防ぐためにも、つくり手は世の中でどんな作品が発表されているかに、絶えず気を配ってほしいと思います。」という点からも、できるだけ数多く観ることが望ましいですね。

では、一体どのくらいの芝居を観ればいいのかということを考えます。私はblogを始めて半年になりますが、そのときの目標が週に1本。それまでの年間観劇本数は20本強ですから、ほぼ倍ですね。で、今年のここまでの観劇本数は40本(プラスアルファ)。年の前半はblogも書かずに前年までと同じペースで観ていましたが、後半挽回しています。これだけの本数を観ての感想は

 「足りねぇ」

ですね。年間50本だと、評判作を観るだけで終わってしまいます。評判作と言うのは私の主観で、有名な劇団や役者、脚本家、演出家による芝居とほぼ同義ですが、このblogの「観劇録」のラインナップを見ていただいて、そこから足し引きしていただければ、ここでいう評判作が2桁後半に収まることは大体納得していただけるのではないでしょうか(歌舞伎や宝塚や伝統芸能は除く)。

だから、それに加えて開拓精神を発揮することになると、最低でも年間100本の計算になってしまいます。私は一介の客ですからそれだけの数の芝居を観る義務はありません。お金をもらってレビューを書くようになればまた別ですが、今のところそのつもりはないので、観たいときに観たい芝居を観るだけです。もちろん、創る側ともなればそうもいきません。

fringeのトップページにミニアンケートがあって、その中に「あなたは年間何本観劇していますか?(自分が制作に関わる作品を除く)」という質問があります。これによると、年間100本以上観ている人は1割弱。50本以上で数えても3割に満たないです。また、11本以下でほぼ同じ割合を占めています。ここで回答しているのはサイトの性質上、制作者が中心と思われますから、役者よりは時間の自由が利く人たちだと想像します。役者に対して同じアンケートを取ったら回答はもっと下に寄ったでしょう。

創る側の人たち固有の事情としては
・自分たちが公演しているときは観られない。なのに、週末公演という形態はどこも同じなので、絶対に観に行けない期間が発生する。
・いっちゃ悪いが、「お付合い」で観る芝居で本数が実質水増しになる(まったくためにならない)ことが多い。
ですね。ただ、仕事が忙しくて観に行けない期間が発生するのはサラリーマンでも同じです。お付合い(ノルマの貸し借りともいう)でもいい芝居に当たることがあるかもしれませんが、やはり一般の観客でも観に行くような芝居を観てこそ、ですよね。料理人で「村中の料理を食べた」という人と「世界中の料理を食べた」という人がいたら、後者のほうが味覚が鍛えられており、その味覚が納得するように腕も鍛えたと連想するのが、正直なところです。

仮に芝居1本平均5000円で計算すると、100本観たら50万円。この金額になるとちょっと厳しいですけど、50本で25万円なら、月収20万円の1割ですから、出せない金額ではないですね(金額については、年が明けてから年間の利用金額を計算してみようと思います。前半分の金額とラインナップは2004年上半期決算報告書にまとめてあります)。フリーターしながらだとそれでも厳しい金額かもしれませんが、創る側でそう考える人は、上記の詩森ろばさんのコメントに戻りましょう。

自分の仕事を省みて、自分の仕事のために投資していない気がするので、あまり人のことを言える立場ではないのですが、そういう自戒も込めて。

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2008年11月24日 (月)

五反田団「すてるたび」アトリエヘリコプター

<2008年11月23日(日)夜>

長女、長男、次男、次男の妻のいろいろを、次男の視点で描く。

同じ話題で生とか死について見た夢をそのまま何本か舞台にあげました、みたいな芝居なのであらすじを説明しづらい。ネタばれOKならアレーシャ日記のエントリーを参考にしてください。でもここまではっきり説明すると、曖昧さに潜む面白さとか不気味さが失われてもったいない気もする。4つの椅子だけで場面転換を進めていく素早さは、最近こういう見事な展開を観ていなかったので新鮮。

当日パンフによれば思いついた内容を、思いついた段階の未分化なままに近い形で作った脚本らしいですが、(えんげきぶっくの記事によれば)やはり思いつきに近い宮藤官九郎の「七人は僕の恋人」とはまったく違うことに、個性とは何ぞやとかいろいろ考えたりします。笑いを取る合間に深い台詞を混ぜたり、余裕度が高いです。こちらのほうが展開がとっぴでマニア度は高いですが、かといって何を言っているのかわからないということもない、すれすれのバランスは保たれているのが脚本演出の腕なんでしょう。

次男役の黒田大輔が全力で優柔不断に振舞ってじたばたするのも見ごたえありですが、それを長男役の前田司郎がいなす間が絶妙。前田司郎はもっと役者としても活躍してよいのではないでしょうか。長女役の後藤飛鳥と妻役の安藤聖にMな仕打ちもある意味エロい。

苦情をひとつ。客席がぎっしりだったため入口付近も混雑していたのですが、それにしても終わってすぐに元気な声で「順番に退席していただくのでお待ちください」と案内するのは余韻が台無しです。あそこはもう少し大人な声で案内するか、あるいは事前に案内しておくか、工夫がほしいところです。

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2008年11月23日 (日)

青年団「冒険王」こまばアゴラ劇場

<2008年11月22日(土)夜>

1980年のイスタンブール。もともと西欧人が居つかない国のため、外国人向けの安宿に日本人だけが泊まっている部屋のひとつ。泊まりに来る者、旅立つ者、泊まり続ける者たちのいろいろな話。

7割が実話と当日パンフに書かれた、平田オリザ17歳の旅行時の体験談。初演は1996年らしいけど、今観ても全然古くない。笑える場面も多数あるし、前作「眠れない夜なんてない」よりもいろいろな情報がストレートに表現されていて、誰にでも勧められる、面白いと素直に言える作品です。

音響なしでも大丈夫という、あいかわらず層の厚い役者陣です。青年団の役者は個性を消すのが上手い人が多いのですが、大竹直はいい意味で妙な存在感を放っています。目立つ役だからということもないと思うのですが、青年団にしては珍しい。

以下当日パンフを読まないとわからないので申し訳ないです。

当日パンフによれば、もともとは「怠惰、退廃」を描写したが、前作の後で見直してみるととても真摯な若者たちに見えたため、今回は明るく積極的に演出してみたとのことで、実際そういう仕上がりです。何で作者がそう思ったかというと、推測ですけど、ここ10年くらいの間に

  • 日本のしがらみというかシステムが世界の先進国と比べると特殊である
  • 日本のシステムから脱出して暮らしている人も大勢いる
  • 日本でも従来のパターン以外で成功する人が増えてきたこと

などの情報が、インターネットの普及で若者を中心に共有されてきたことが大きいと思います。逆に言えば、12年前の平田オリザは日本を脱出する若者に冷たかったけれど、今は日本以外で生活する他人への抵抗がなくなったのでしょう。ヨーロッパで仕事をして10年経って、「The World Is Flat」を実感しているのかもしれません。

ちなみに私の意見として、日本の将来は悲観的でも、日本人が国にお付合いすることはないし、実際に個人レベルで観察すると十分生きていける人たちが多いと思います(自分の事は棚に上げます)。なのでこの芝居、前作と違って、非常にポジティブに受止めました。

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2008年11月22日 (土)

許可をもらったのかわからないデザインのチラシ

上演するのとは別の劇場の座席表をデザインに使ったチラシを見つけました。許可をもらっていなければ単純に登用ですし、許可をもらっていたとしても劇場に詳しくないお客さんに誤解を与えることもあるので、こういうのはやめたほうがいいです。担当者も、それを許可した制作者も、感覚が問われます。

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2008年11月17日 (月)

Bunkamura企画製作「表裏源内蛙合戦」Bunkamuraシアターコクーン

<2008年11月15日(土)夜>

江戸時代、高松に生まれ長崎に学び江戸で活躍した平賀源内の一代記。

源内の心のうちを語る役として裏源内を配置し、活躍したとばかりは言えない源内の一生を見せつつ、江戸の風俗を描いてみせる芝居。4時間10分の大作でしたが、私はダメでした。

最初からずっと出る役は源内(表源内と裏源内)くらいですけど、それすら飛び飛びで、あとは様々な人物が次から次へと出てきます。一代記だから様々な人物が出てくるのはしょうがないにしても、落着いて役を追うことはできませんし、正直、主役の2人以外は群集扱いです。「月光のつつしみ」で上手だった篠原ともえに期待していたんですけど。

で、源内とは直接関係ない、江戸の風俗にまつわる人たちもたくさん登場するのですが、そのうちの大半がワンポイントで、源内に絡むわけでも、そちらで話を作るわけでもありません。役や物語を観たい私には、水増しエピソードになっただけです。さらに一部は(今の感覚では)グロい風俗に関係する人たちで、おそらく実際にあった内容を調べて登場させているのだと思いますが、猥雑を通り過ぎて、さらし物感覚です。

舞台の背面には鏡があって、セットの裏側や客席が写る美術になっているので、不遇な評判だったころの源内の扱いも含めて「観客のお前らが一番残虐なんだからすました顔をしているんじゃないよ」という演出だと思います。が、自分が嫌になることなんてしょっちゅうな私からすると「まったくその通りだけど、それがどうした」ってなもんです。

前半に比べて後半のほうがまとまっていて、カーテンコールの拍手はそれなりに熱のこもったものでしたから、他のお客さんには満足している人もいたのかもしれませんが、私には豪快な空振りでした。

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2008年11月 9日 (日)

無駄と思われる折込チラシの話

ウーマンリブ「七人は僕の恋人」は宮藤官九郎の人気もあって折込チラシの数も多かったのですが、その中に、翌日千秋楽の芝居のチラシが入っていました。

ウーマンリブの公演が中盤だったらまだしも、私が観たのは初日で、つまりその公演を観た人が翌日の昼の1回に来てくれることに賭けていることになります。でもウーマンリブを観に来る客層とその劇団とはいかにも客層が違うようで、賭けるには分が悪そうです。

チラシの束を挟んでいる形から察するに、どこかの折込代行に依頼して折りこんでもらっていると思われます。だとするとそれは有料で、それって無駄ではないですか。

それとも折りこむ芝居を選べないで、バルクで依頼しないといけないんでしょうか。それはそれで効率の悪い折込代行だから、値段の交渉をしていたりするんでしょうか。

よくわかりませんが、限りなく無駄に近いチラシが可哀想だなと思いました。

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下北沢の洋食屋マックが閉店

本当にどうでもいい話ですが、下北沢で芝居を観るときに、2回に1回は飯を食べていた洋食屋マックが閉店していました。って実は「シャープさんフラットさん」の時に気がついていたのですが、「七人は僕の恋人」のときにそれを忘れて店のあったビルに入って、また気がつきました。本当に突然だったので、また店を開拓しないといけません。

というだけの話です。

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年末公演のメモ

個人的なメモ。日付は東京公演。

・青年団「冒険王」11/14-12/08こまばアゴラ劇場:青年団の再演
・三谷幸喜「グッドナイト スリイプタイト」11/18-12/28(プレビュー込)PARCO劇場:三谷幸喜の2人芝居
・こまつ「座太鼓たたいて笛ふいて」11/21-12/20紀伊国屋サザンシアター:大竹しのぶと実力役者陣で名作(観劇経験あり)
・青山円形劇場プロデュース「ア・ラ・カルト」11/21-12/26青山円形劇場:毎年の定番シリーズ
・プロペラ犬「ジャージマン」11/27-12/04赤坂RED/THEATER:水野美紀のユニット第2弾
・ギンギラ太陽's「BORN TO RUN」11/28-12/07東池袋あうるすぽっと:かぶり物で有名な福岡の劇団
・TBS主催「黒猫」12/03-12/08新国立劇場小劇場:映像分野の人が実力役者と
・新国立劇場製作「舞台は夢」12/03-12/23新国立劇場中劇場:豪華役者
・梅田芸術劇場+キョードー東京「箱の中の女」12/10-12/25Bunkamuraシアターコクーン:岩松了+一青窈
・俳優座劇場プロデュース「空の定義」12/11-12/21俳優座劇場:青木豪脚本に松永玲子主演
・青年団「サンタクロース会議」12/13-12/23:平田オリザ新作
・KERA・MAP「あれから」12/13-12/28世田谷パブリックシアター:KERA新作を豪華役者で

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ウーマンリブ「七人は僕の恋人」下北沢本多劇場

<2008年11月8日(土)夜>

8本のコント集。とある場所での生についての激論「生きる」 / 某中学校での思春期な生徒のあれこれ「バトルロワイヤル」 / 試合の当日に身体に異常をきたしたビーチバレーの選手「惑星からの物体X」 / なぜかキャラクターに採用された役者の話「夢」 / 歌舞伎町で働く保母の仕事とプライベート「サウンドオブミュージック」 / 映画の宣伝で全国ツアーを行なう主演役者「ブラックレイン」 / 友達の作文を間違えて持ってきてしまった小学生が「友だちのうちはどこ?」 / 箱根の旅館に来た父娘の目的は「ゾンビ」。

諸事情あって初日観劇に。深いところのまったくない、おバカ+若干のお色気+勢いによるコント集。ところどころアドリブの余地を残しているみたい。いろいろできる女優陣をそろえつつ、池田成志と荒川良々の力技を使いすぎなのがもったいなかったり。女優では平岩紙がよかったです。宮藤官九郎が生演奏で参加しているコントのときに、観ながら普通に楽しんで笑っていたのを観て笑ったり。

本当におバカなコントですが、この御時世にこれだけやって笑わせるのはさすがです。それを承知で観に行けば楽しめる舞台です。

当日券には前日/当日の電話予約が必要なので公式サイトでご確認を。初日の補助席は客席前方に全力展開で50席くらい? 後方通路も出るかは不明。

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2008年11月 7日 (金)

芝居の食べ過ぎに注意

個人的なつぶやきを読んでの感想。心情を忖度しないまったくの嫌がらせエントリーになるんですが、そうとわかっていて書いてしまうんですが。

年間300本観て、観れば観るほど面白い芝居ばかりで、だけど感想をアップして自己表現というのは、無理な相談ではないかと。

小劇場を観る回数が激減して久しいのでなんですけど、それでも、今の東京の演劇界で年間300本も「本当に面白い芝居」があるとは思えません。ましてや「自分の感性にあった芝居」でフィルタリングしたら桁は2桁に届くかどうかではないでしょうか。何かを表現することは何かを捨てて浮かび上がらせることでもあるから、フィルタリングした後に残る数が増えるほど、表現が甘いことになります。微妙な細部に面白さをみつけて、全体としてはつまらない芝居でもむりやり楽しんでしまっているのではないかと推測しますが、それでは表現になりません。「劇評ブログはもっと厳しくていい」で書かれている通り、厳しく書いても別に問題はありません。

特効薬としては観る量を半分から三分の一くらいまで絞って、「あの芝居を諦めてきたんだからその分も楽しませろよ」と自分の中のハードルを上げることでしょうか。そうすればつまらない芝居を観たときの怒りも自然とかき立てられるはずです。引越で観られる芝居の数が強引に減らされた私の体験談ですが。

いや、年に300本も観てメールマガジンも書いているのに手ごたえも少ないしそれで観劇人口が増えたとも聴かないし何やってんだ自分いままでの時間と金と手間は全部無駄か空しいぞ、というがっかり感があるのは読取っています。ただ、人にいい芝居を紹介する(ことで演劇界を活性化させる)のが第一目的なら、コンテンツへのアクセスを減らして、そのぶん新しいエンドユーザへのアクセス(エンドユーザ「からの」ではない)を増やすことに注力したほうがいいと思います。仕入には熱心だけど営業は昔とあまり変わっていない、みたいな。これまでコンスタントに年間300本も観てきた経験があるなら、観劇本数を100本まで減らしても、想定するエンドユーザに応じたお勧め芝居を選ぶくらいのことは簡単にできるはず。読書に慣れるために乱読する期間が必要なように、芝居に慣れるために数をこなす期間は必要だと思いますけど、すでに数で勝負する時期は卒業してもいいのではないでしょうか。少なくとも2、3年は大丈夫だと思います。

単に誰が読んでいるのかわからないというだけなら、RSSですけど私は全エントリをチェックしています。

ということで迷ったけど久しぶりにトラックバック。

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2008年11月 6日 (木)

自信たっぷりなパルコ劇場の制作者

今月のシアターガイドにパルコ劇場の制作者へのインタビューが掲載されていた。表現者と一緒に育っていく劇場、とか、一般の演劇ファンと感覚が近い劇場、とか、何かもう、良い意味で自信たっぷりです。最近の私はパルコ劇場率が高いもんで、そのくらい自信たっぷりなことにも納得できます。

以前書いた「新宿の地盤沈下」の裏返し、自分の劇場の位置づけを明確にしたうえで積極的に企画している成果なんでしょう。面白いので一読を。

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2008年11月 3日 (月)

the company「1945」世田谷パブリックシアター

<2008年11月1日(土)夜>

終戦から数週間たった日本。闇市に程近い教会の地下室で男が殺されているのが見つかった。占領軍は容疑者や関係者を尋問するのだが、皆が皆、自分が殺したのだという。果たして真相は。

the companyの第2弾は芥川龍之介の「藪の中」を下敷きに、終戦直後の日本人の心の揺れを、青木豪の書下ろしに賭けた一作。結論からいうと、脚本は面白いけれど、劇場選びから失敗している。残念。

いや、一応「終戦直後が舞台だが、戦争を描いているわけではない。第二次大戦のドキュメンタリーではなく、どちらかというと
ロマンティックスリラー、といった趣だ」と演出家のブログに書かれていたのは知っていた。が、これはもっと小さい劇場で、少人数で演じたほうがいい脚本。それを世田谷パブリックシアターのサイズで、闇市の再現と称して多数のエキストラを出したら、脚本のデリケートな部分を大味にしないといけなくなる。シアタートラムか俳優座劇場でやればまた違っていたと思うけど。

役者はパク・ソヒと松浦佐知子と山本亨が頑張っていたけど、全体に力不足が目立つ。あと選曲のジャズが、おしゃれにならずに緊迫感を削ぐ原因になっている場面があったのも残念。

演出家におかれましては、ぜひ少人数で、力のある役者と一緒に、世界の実力を見せていただきたく。PARCO劇場に期待しております。

以下余談。

その1。客席が空いていると客席の空気の密度が上がらないので観ていて乗るのが難しい。

その2。2階席で観ていたのだけど、映像撮影スタッフの脚本を乱暴にめくる音とそのための手元灯が非常にうっとおしかったうっとうしかった。休憩時間中に招待客と思しき人がたしなめてくれたので後半は助かったけど、あれは夜だけ撮影だったのか、昼の公演で誰か注意しておいてくれなかったのか。客席が空いていたから、別の席に代えてほしいと申し出ても失礼ではなかったはず。

追記:あれはNHKのスタッフとのこと。昼の公演にも入っていたとのことで、誰も注意しなかったのかな。音や光にはもっと注意しろよNHK。

2008年11月6日追記:よく考えたらあれはNHKの責任というより制作者の責任ですね。コメント欄も合わせて御覧ください。

2008年11月10日追記:つづり間違いを修正。

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2008年11月 1日 (土)

パルコ企画製作「幸せ最高ありがとうマジで!」PARCO劇場

<2008年10月31日(金)夜>

家族4人に住込1人の新聞集配所。仕事の合間に女がやってきて主人の愛人と名乗る。集金に出かけていて主人が留守の家族は、とりあえず女を追払うが、住込の女性が彼女を匿って話を聴く。実は愛人というのはまったくのでたらめだが、一家を困らせるために様々な仕掛けを試みたところ・・・。

迷惑女が主人公であることは譲らない?本谷有希子のパルコ劇場初登場は、ヒロインに永作博美を迎えて。こんな世相にぴったりあった佳作です。

かき回す側とかき回される側が時に入替わってどんどん酷いことになっていくテンポは非常に小気味よいです。が、広岡由里子が地味に見えて実は濃い役作りで攻めているのに比べて、永作博美が役の設定の割におとなしいのがもったいないです。というか、全員上手なのに一体感に欠けていた気がする。単にこっちが疲れていただけかな。

あと脚本は面白いんですけど、「主人公が迷惑女(永作博美)」「対抗する女(広岡由里子)」「かき回される女(吉本菜穂子)」「観察する女(前田亜季)」「ガキっぽい男(前田公園)」「ダメ男(梶原善)」という構成が、以前の作品でも観たような感じがして、デジャ・ヴでしょうか。もっと面白くなったはずなのに佳作止まりでもったいない、という印象です。

ひとつだけネタのメモを。お前の失った物の大きさだけでなく、俺の得たものの小ささも考えてくれ、という台詞は、笑ってしまいました。

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