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2008年7月 3日 (木)

2008年上半期決算

ついこの間が正月だったはずなのに、あっという間に2008年も半年を過ぎました。恒例の上半期の決算です。

(1)PARCO PRESENTS「志の輔らくご in PARCO 2008」PARCO劇場

(2)劇団新感線「IZO」青山劇場

(3)世田谷パブリックシアター + コンプリシテ共同制作「春琴」世田谷パブリックシアター

(4)赤坂RED/REVOLUTION「東京」赤坂RED/THEATER

(5)二兎社「歌わせたい男たち」紀伊国屋ホール

(6)世田谷パブリックシアター企画製作「狂言劇場その四(Aプロ)」世田谷パブリックシアター

(7)the company「バーム・イン・ギリヤド」シアターモリエール

(8)Bunkamura企画製作「どん底」Bunkamuraシアターコクーン

(9)東宝製作「ラ・マンチャの男」帝国劇場

(10)Bunkamura企画・製作「わが魂は輝く水なり-源平北越流誌-」Bunkamuraシアターコクーン

(11)阿佐ヶ谷スパイダース「失われた時間を求めて」ベニサン・ピット

(12)THE SHAMPOO HAT「立川ドライブ」シアタートラム

(13)乞局「杭抗(コックリ)」こまばアゴラ劇場

(14)松竹製作「夏祭浪花鑑」Bunkamuraシアターコクーン

上記14本、隠し観劇はなし、チケットはすべて公式ルートで購入した結果、

  • チケット総額は96200円
  • 1本あたりの単価は6871円

となりました。一部値引きはあったものの、単価の高い芝居が多かったことと、選べる場合は良い席を積極的に選んだ結果です。公演単価は上昇の一途です。

下半期の見通しですが、上半期が大体去年と同じペースなので、おそらく年末にスパートがかかって、下半期は20本弱で収まると想像しています。

自称ロングラン公演推進派の私ですが、この半期はロングランの芝居なのに公演期間の最初のほうに観ることが多かったです。これは時間が急に取られたり、体調をくずしたりすることに備えて、公演期間よりも期待度で優先的に観る芝居を選ぶようになったからです。「ロングラン公演の期待度が高い芝居」と「公演期間短期のまあまあ期待できる芝居」があった場合、前者を選ぶということです。

新規開拓がほとんどできないのがつらいのですが、すでに観たい芝居を切っている現在、これ以上観たい芝居が増えるのも困りものです。下期20本が妥当なペースかと思っています。

そんなペースではありますが、引続きお付合いくださいませ。

2008年6月30日 (月)

松竹製作「夏祭浪花鑑」Bunkamuraシアターコクーン

<2008年6月29日(日)夜>

腕は強いが喧嘩も早い団七九郎兵衛。夏祭りで刃傷沙汰を起こして投獄されていたが、御赦免がかなって釈放される。ところが恩ある殿様の息子である磯之丞が人を殺めてしまい、団七九郎兵衛とその仲間は、何とかして磯之丞とその恋人である遊女琴浦を逃がそうとする。先に磯之丞を逃がしはしたが、琴浦に思いを寄せる殿様の家臣が、団七九郎兵衛の舅をそそのかし、琴浦を連れ去ろうとする。返せ返さぬとの揉みあいのうちに、団七九郎兵衛は舅を手にかけてしまう。

コクーン歌舞伎で再々演、ニューヨークでも上演された人気演目。あまりにも評判がいいので千秋楽に挑戦して無事に良席で観劇。立回りあり、人情あり、通路や照明や美術を工夫した派手な演出あり、生演奏も十分、歌舞伎の楽しさをたっぷりと味わわせてくれる芝居でした。なるほど評判がよいだけのことはある。

しかも千秋楽だから後半の立回りで客席が盛上がる盛上がる。見せ場ごとに掛声に拍手喝采がひっきりなし。蜷川芝居ではおなじみの劇場背後の搬入口を出てみたら、それを知って待構えているファンが大勢。「御用」って幕が掲げられていたけど、用意がよすぎる(笑)。

カーテンコールはもうスタンディングオベーション。紙テープが降ってきて、紙吹雪が舞って、風船が飛んで、役者が練歩いて、それはそれは熱気にあふれたものだった。この作品、こんどはベルリンにも行くらしい。

しかも来年のコクーン歌舞伎は1ヶ月公演を2演目の2ヶ月公演とのこと。いろんな歌舞伎役者が出たがっているとのことなので、出番の機会を増やすつもりかな。

ただ、これだけ盛上がっていたし楽しめたけれど、やっぱり歌舞伎の台詞回しは聞き取れないんですよ。釣船三婦役の坂東彌十郎くらいならまだなんとかなるんですけど。中村勘三郎もいわゆる歌舞伎調。わからなくはないけど、台詞を解読するのに気を取られて、芝居への集中が途切れる。

あと台詞回しにも絡むけど、やっぱりテンポが遅い。あのテンポがなぜ許容されているのかわからない。

野田版鼠小僧に出ていたときの中村勘三郎や、三谷幸喜のPARCO歌舞伎ではみんな聞きやすかったし、スピード感もあったから、演出の趣味になると思います。そもそも演出家がいない歌舞伎に比べれば、演出家がいる分だけ今回は観やすくなっているとは思いますが、外部演出家による上記2本を観た身としては、なぜあのスピード感や台詞回しが歌舞伎標準にならないのか、わかりません。

芝居の内容以外では、当日券の客捌きをもう少し早くしてもらえると、休憩時間用の軽食を近所に買出しに行きやすくて助かります。事前に座席の説明をしていましたが、希望の席まで訊いて、その席の引換券を並んでいるうちに渡して、窓口では支払のみにしてしまえば、もっと早く列が進むと思います。

2008年6月 7日 (土)

乞局「杭抗(コックリ)」こまばアゴラ劇場(ネタばれあり追記注意)

<2008年6月6日(金)夜>

ゴミの埋立で作られ、戦争直後は戦犯の収容所が建ち、その後で工場とマンションが並び、でもどこかスラムの雰囲気が漂う、同名にして現実とは別物の平和島を舞台に描かれる4世代の物語。

乞局といえば不気味な設定、難しい漢字を当てた不吉な役名、喪服、土下座のカーテンコールと後味の悪さで徹底してきた劇団。相変わらずその後味の悪さは継続中、かと思いきや、今回のラストは何か違う。いや後味悪いんですけど、必ずしもそうとはいえないところがある。これはレベルが高い。

3部構成でだいたい60年分90年分を描いて、しかも4世代のうちの1人は外国人なのですが、それぞれの世代の変遷を通して、日本人の変化してしまった部分と、60年90年たっても変化できなかった部分とが執拗に描かれます。笑いは皆無に近いですが、引込む力の強さとラストの場面の構成力は半端じゃないです。これはぜひ観て確かめてほしい。

以前観たときは役者のレベルが揃っていなかったのですが、今回は2役をこなして、しかもどちらも素晴らしい演技を観せてくれる役者ばかりで実力十分です。美術と照明の上手さも芝居を盛上げます。松村翔子が降板していますが、もったいなかったですね。

こまばアゴラ劇場のいつも通りの自由席なのですが、
下手だと一部見切れができますので、観に行く人はできれば上手に陣取りましょう。席選びの失敗だけが無念です。

後味の悪さなんて気にしない、むしろ臨むところという人たちにはぜひ観てもらいたい。

8日までは終演後に「グレムリンの行程」という短編も上演しています。これは悪意に満ちた寓話というでも言えばいいのかな。日本を落着いて外から見るとこんな感じという短編で、こちらはなんかエロかったり笑えたり、でも後味悪くて拍手もし損なう(笑)芝居です。これはこれで一見の価値あり。

2008年6月7日(土) 60年分 -> 90年分に変更。現実とは別物といいつつ、現実の近未来まで想定している舞台でした。

2008年6月8日(日)ネタばれになるけど個人用に内容メモを追記。これから観に行く人は読まないで。

・構成:3つのネタ。セックスと出産。差別と格差。おかしい人の基準。時代は戦後、バブル期、近未来(予想2035年)。

・昔はセックス(それが強姦でも)して子供が出来て出産するけどそれは命がけ。子供ができないとそれは何か気まずい雰囲気。今は結婚して子供ができる。将来はセックスではなく人工授精。それって変じゃね。

・戦争したとはいえ昔のほうがむしろ外国人をあまり差別してない。権力を持つものが持たないものを差別した。あと男尊女卑。今は女性が働くようになって男尊女卑が解消されたけど、仕事と稼ぎによる格差があり、外国人差別があり、外国人や貧しい人が底辺に追いやられる。それを見て見ぬ振りをする。格差が相対的に上の人が下の人を差別する。将来は外国人の血が混じっていることは何とも思われない。でも日本人の中で二極化。仕事をしている人と仕事がない人。仕事がない人は生活も性格もすさんでいる。そうなっちゃうよ。

・昔はおかしい人間とはわかりやすい犯罪を犯す人のこと。強姦とか詐欺とか。今は精神的に病んでいる人のこと。将来は何も問題のない普通の人がブラジャーを着けたり。おかしさが分散している。これはTHE SHAMPOO HAT「木更津」でも描かれていた。

・3つの時代で最初の2つははっきりつながっている。戦争時代に直接つながっている人が生残っている。近未来ではつながっている人がいないのは当然だが、その時代の話が何も語り継がれていない。祖母の国に出かけることを旅行の一種として捉える。それは悲劇?むしろ歴史との和解?個人的には後者と見て大感動したが。でもそんな曾孫の危機を助ける曾祖父。血はつながって、今までずっとつながって。

・最後の娘が訛っているところに意図は何かあるか。いくつか想像できるが、確信するだけの材料はない。

・「今」という言葉を使ってメモを書いたけど、「今」の話はない。少し前か少し後。

2008年6月 1日 (日)

THE SHAMPOO HAT「立川ドライブ」シアタートラム

<2008年5月31日(土)夜>

立川の交番に勤務する松田はまもなく40歳。仕事に苦情を漏らす後輩と、近所の住人による苦情に困りつつ勤務をこなす日々。そんな松田がキャバレーではたらくさやかに惚れて、後輩からはからかわれているのだが・・・。

冒頭で大体の話はわかるけど、それを丁寧に追いかけていく芝居。どうってことのない、でも実際にありがちな会話が積み重なって、登場人物たちの希望のない日常が描かれる。台詞の選び方が適切すぎて、観ているこちらが痛くなる。

ただ脚本は素晴らしいが仕上がりがあと一歩で、主人公を演じた赤堀雅秋、美術、照明が劇場に負けていた。脚本演出を兼ねた役者としては体調次第という面もあると思うが、スタッフワークはスズナリ(の前回公演)と似たモノを持ってきてもつらい。いろんなスタッフと仕事を試したほうがいいのではないかと愚考。

役者では変な役が相変わらず上手い児玉貴志と、声の圧力が素晴らしい梨木智香がよい。

2008年5月19日 (月)

阿佐ヶ谷スパイダース「失われた時間を求めて」ベニサン・ピット(ネタばれありあり)

<2008年5月18日(日)昼>

名前もわからない3人とひとりが、何かを探すものがたり。

これ以上あらすじを書きようのない芝居。不条理劇の定義がわからないけど、不条理劇というらしい。個人的には興味を持って最後まで観られたけど、いつもの阿佐ヶ谷スパイダースを期待すると空振りします。壁の使い方も含めて美しい舞台が、らしくなさをいっそう強調します。ただし、中山祐一朗や伊達暁はいつもと違う路線の役が結構板についていたし、あの役はたしかに奥菜恵が演じることで魅力的になっていました。

当日券は補助席+キャンセル待ちのみ。キャンセル待ち後半はきついかも。座席案内がもたついて開演が遅れたので改善希望。

シアターガイドによれば、長塚圭史は今年の後半から1年間海外に行くそうで、それが脚本に影響をおよぼしている気配があります。後で当日パンフを読んで気がついたけど、ひょっとして有料パンフレットに何か種明かしが書いてありそう。でも読んでいないので以下推測混じりで全力でネタばらしまくり。観る前に読むな。






長塚圭史の葛藤を舞台化したもので、登場人物はそれぞれ芸術家としての長塚圭史(中山祐一朗)と、男女関係の男としての長塚圭史(本人)と、思索する長塚圭史(伊達暁)と、現実世界で他人に巻きこまれがちな長塚圭史(奥菜恵)。

芸術家は自意識と商業的成功とのギャップに、男は女に対する弱気に、現実世界の本人は退屈さにそれぞれ死にそうなほど苦しんでいるが、思索家と現実世界の本人とが出会ったのを期に、それぞれの苦しみの理由を発見する。

悩んでいる3人は今を夜だと思い、悩んでいない1人は夜ではないという。だれも正確な時間がわからないが、現実世界ではあっという間に進んでいる時間も、思索家にとってはほんのちょっとの時間。

芸術家は、過去は過ぎさったもので、現在はまっさらだと考えていたが、現在とは過去の延長で構成されているものだという認識を得てしまい、混乱する。そこへ、必要な過去はそのまま、いらない過去は忘れてしまえばいいという解決策が提示される。やがて全員が合流して、過去(落葉)の片づけが始まる。失われた時間と思っていたが、別に失ったわけではない。

というほどの話(多分)。早稲田の劇研関係の劇団がたまに多重人格者の内面をネタに上演しているけど、その手の教科書に書かれているような典型パターンではなく、ずっと誠実に自分の内面を脚本にしている。

以前KERAが「晩年に突入した」と当日パンフに書いていた。これだけ自分で自分の内面を抽象化できた長塚圭史は、今回と次の芝居とで青年を卒業して、壮年に入るんだろうな。壮年を卒業することになるころには「失われた時間」という認識も消えているだろうし、「今の自分」を扱った今回の芝居はもう再演しないだろうから、「積重ねた時間を求めて」とか別の芝居を作ってほしい。

2008年5月12日 (月)

Bunkamura企画・製作「わが魂は輝く水なり-源平北越流誌-」Bunkamuraシアターコクーン(ネタばれあり)

<2008年5月10日(土)夜>

平安末期の源平合戦。木曽義仲軍と戦って敗れた平家の武将である斎藤実盛は、息子の五郎も失ってしまう。が、五郎は父にのみ見える幽霊として父に付添う。そんな状態で故郷に逃延びた実盛だが、そこでは出兵を避けていた息子の六郎が、義仲軍に出奔してしまう。かつて縁あって実盛と五郎が過ごした木曽の軍勢にあこがれての行動だったが、出奔先で六郎が見た現実は、想像とはまったく違ったものだった。

狂気が正気を支配する戦国時代劇に名を借りた硬派な脚本を、予想に反して格好いい仕上がりで。

強いように見える実盛が、弱音を吐く代わりに五郎を呼び文句をつけるという設定が、終盤の実盛と巴の会話の基になる。この場面の会話がしびれさせる。「私たちの間にはなんと大勢の若者が立ちふさがるのか」「そう言うべきではない、その若者たちこそ私たちの未来ではないか」(大意)。このご時世にこの台詞が持つ意味の重さったらないです。狂気だらけの進行を一度にひっくり返す最高の場面です。

一番すごかったのは巴を演じる秋山奈津子で、強い女と弱い女の切換があざやか。それに回想場面で素直な巴を見せるのが、とても新鮮だった。観るたびに期待を上回るものを観せてくれる女優です。

珍しく笑いもそこそこ投入しつつ、前にも見かけた例の馬も出てきますが、全体としては野蛮さよりも素直さを優先させた蜷川演出が、何か遺言のように感じられます(失礼)。父と息子の確執、老いと若さの関係で、何か考えるところでもあったんでしょうか。

当日券でもコクーンシートが残っていましたので、お金を気にする人はそちらを検討しては如何。

2008年4月30日 (水)

東宝製作「ラ・マンチャの男」帝国劇場

<2008年4月29日(火)夜>

宗教裁判が横行する16世紀のスペイン。教会を侮辱した容疑で投獄された詩人のセルバンテスとその従者。牢名主に品定めの牢内裁判を開かれたセルバンテスは、自分の抗弁の代わりに即興劇「ラ・マンチャの男」を、囚人たちも巻きこんで上演する。年老いてなお読書が過ぎたため、ついには自分を騎士ドン・キホーテと思い込み旅を続ける男と従者の運命や如何に。

これも名前は聞いたことがあっても詳細は全く知らない芝居。ドン・キホーテは劇中劇だったことを初めて知った。見所が点在して途中は眠たくなったけど、最後は泣きそうになった。いい脚本です。ただし公式ページのストーリー解説は詳しすぎるので事前には見ないほうが無難。

朗々としゃべるけど音(おん)を重視しすぎて不自然な松本幸四郎は、正直いまいちでした。本編?である牢獄内の場面や、風車に向かう有名な場面などをあっさり終わらせすぎて、演出の強弱も不満。

その分を補って余りあるくらい松たか子がとてもよい出来で、あばずれ女と呼ぶほどではないのですが、強気で正直な女がはまっておりました。喧嘩の場面もきれいな立回りで、新感線の「メタル・マクベス」以来のできです。松たか子は暗い要素のある役だと魅力が出てくるようです。

夢は稔り難く
敵は数多なりとも
胸に悲しみを秘めて
我は勇みて行かん

よい歌詞です。それだけに「仕上がりがもったいない」という感想になってしまいます。2階席だったのですが、劇場が広すぎたのも物足りなさを助長していました。松尾スズキの演出、主演で、松たか子が大人計画に客演して、シアターコクーンで上演したらさぞかし面白いと思うのですが。

2008年4月21日 (月)

Bunkamura企画製作「どん底」Bunkamuraシアターコクーン(ネタばれあり)

<2008年4月19日(土)夜>

ロシアの地方のある村にある安宿。光も差さない不衛生な地下室にはその家賃にも苦労するような人々が相部屋で、大家からの取立ておびえながら暮らしている。ある日この宿に巡礼の途中であるという老人が宿泊する。ささいなことで諍いが絶えない住人を諌めたり慰めたりする老人に触発され、少しずつ皆の心が前向きになっていくのだが・・・。

読んだことはなくても題名だけなら誰もが知っている「どん底」を、ネタのためなら時代考証も無視するKERAの演出で上演。もはや驚かない3時間15分の長丁場ですが、長さが気にならない面白さです。

地下室の住人は貧困にあえいで、それでもそれなりに楽しく過ごし、時には助け合う人たちです。演技で観ているとものすごく魅力的なのですが、住人たちを取巻く環境がそれ以上よくなるような希望はまったくありません。大家の一家は貧しさこそ逃れているのですが、不信と諍いが絶えません。お金だけでは幸せになれないという典型です。彼ら彼女らに足りないのは「明日は今日よりもよくなる」という希望と、それを信じる心です。

そして希望を語る老人はすばらしいのですが、その希望が却って状況を悪化させる原因になってしまいます。ほんの数日立寄っただけの人による親切は、結果を見れば不親切に終わります。それで環境が改善されたのは、老人から何も励まされなかった饅頭屋だけです。

ひとりだけ、原作に新たに追加されたという正体不明の男は実は記者で、これは容赦なく人間のくずとして描かれています(笑)。他人を踏みつけて生きてきた人間の嫌らしさを短い台詞であらわしています。いくら生活に困らないとはいえまったく羨ましくない人物です。

人間に対する信頼と、そんなものを蹴散らすような冷徹さが混ざって、なんというか、現実主義なんでしょうか。どこまでが原作でどこまでが脚色演出なのかはわかりませんが、100年前の芝居とは思えません。幸せや希望や現実はいったい何なのか、選択肢の限られる人間がいったいどうやって過ごすべきなのか、考えさせるけど主張は提示されません。真面目に考えようとするなら、これほどきつい芝居もない。その混沌を、混沌のまま、上手に舞台化するKERAの腕前が発揮された芝居です。

そんな芝居を明るくしてくれるのは華も実もある豪華キャスト。KERA演出に役者の外れはないし、というか今回大当たりだし、段田安則や江口洋介や荻野目慶子や緒川たまきを褒めてもいいんですけど、それよりも目を引いたマギーと松永玲子をべた褒めしておきます。演技を演技と思わせないくらい伸び伸びとして住人のたくましさを全身で体現したマギーと、売春婦の強さと弱さを交互に出して魅力を十二分に振りまいた松永玲子の2人が、今回のキャストの中でも拳ひとつくらい目立っていました。

ひとつだけ残念だとすれば、これだけはどん底とはいかないチケット代です(苦笑)。私はとてもいい席で観られて満足しましたし、ぜひお勧めしたい芝居なのでが。立見も出ていますから、お金に余裕はないけど体力に自信のある人は立見を狙ってはいかがでしょうか。ちなみに見切対策で上手を優先的に発行しています。そういう細かさがありがたいシアターコクーンです。

ただ、先日観た「バーム・イン・ギリヤド」もそうですけど、本当にここのところ、きつい現実を描いた芝居が多いですね。人間が現実にそれだけ追いつめられているということでしょうか。

2008年4月 7日 (月)

the company「バーム・イン・ギリヤド」シアターモリエール

<2008年4月6日(日)昼>

ギャングや娼婦がたむろするニューヨークのあるダイナー(食堂)。かつて姉が常連だったこの店を訪ねてきたガーリーンは、やはりこの店の常連であるジョーと出会い、引かれあう。そんな2人の周りで起きるある秋の物語。

tptから発足したthe companyの実質旗揚公演。オフ・ブロードウェイと銘打ってシアターモリエールに30人の役者を詰込んでの上演。最前列の席が取れたのですけど、とにかくエネルギーがすごい。数は力なり(笑)。決して遅刻してはいけません。

複雑なお約束が存在するアクティングエリアを駆使して、同時に会話を進めたり、役者をそのまま転がしておいたりすることで、荒んだ日常が段々と明らかになってきます。そこで描かれるのは、エネルギーはあっても明日への希望を持てない若者で、それを閉塞感が強まっている今の日本で上演するあたり、脚本選びのセンスがいいです。一応主人公らしき2人はいるのですが、基本的にはそれぞれの登場人物が、それぞれの絶望を背負っており、その点ではどの登場人物の間にも上下はありません。エンディングの台詞にどんな感想を抱くか、そこは観た人それぞれのお楽しみ。

演出は客とのコミュニケーションをとりつつ、大勢の役者がいる迫力を利用しており、蜷川幸雄を想像できなくもない。ただこちらのほうが、どことなく洗練されているというか(笑)、荒んだ日常といいつつ熱い志のようなものが感じられるのは、役者が若くて真面目なせいでしょうか。名前も知らない人のほうが多かったですけど、みな上手でした。携帯電話の注意その他、客とのコミュニケーションを一番とっていた役者が気になったんですが、配役表を読んでも誰だかわかりません(苦笑)。どなたか御教授を。ただ、主人公の2人(パク・ソヒと宮光真理子)はいただけない。他がよい分だけよけいに目立つ。これから楽日までにどれだけ化けるかで芝居の質が変わる。

スタッフはtpt譲りの贅沢な布陣。この規模でこのスタッフってすごいことですよ。安心して観られます。

できれば引いた席からもう一度観たいのですが、それは無理なので諦めます。次回はグリングの青木豪が書下ろす脚本を世田谷パブリックシアターで上演です。楽しみすぎます。

その他細かい点。
・当日パンフに挟まっているあらすじ説明が、あらすじでなくネタばれになっています。事前に読まないほうが吉。私はこちらで事前に確認していたので助かりました。
・舞台上で煙草をたくさん吸っているのですが、客席に煙がこないようにエアコンの向きを調整していました。最前列でも臭いはほぼゼロ。この気配りは煙草が出てくる他の芝居でも見習ってほしい(* ひょっとして特別な煙草なのかもしれない)。
・公式ページで客席の空き具合を掲載していますのでこれから観に行く人は参考にしてください。しかも終わった公演は速やかに印を変更しています。さすがゴーチブラザーズの制作。これはもっといろんな劇団が実践してもいいと思うんですけど。
・ホームページではいきなりTシャツを売っています。観に行けなかった人も、買いそびれた人も買えます。これをがめついと言うなかれ。絶対に黒字にしてやるという執念を感じます。ここらへんの商売上手もさすがゴーチブラザーズ。

2008年4月 3日 (木)

世田谷パブリックシアター企画製作「狂言劇場その四(Aプロ)」世田谷パブリックシアター

<2008年3月30日(日)昼>

文無しになった博打打ちが屋敷に盗みに入ったものの、子供の寝ている部屋を開けてしまい、目が覚めてしまった子供が騒がないようにあやしているうちに「子盗人」。鼓3人に笛一人の構成で能楽囃子。大陸に渡って皇帝に召抱えられるも故郷懐かしさに暇乞いを願う力士に、最後の御前相撲の披露が言い渡される「唐人相撲」。

芸術監督の野村萬斎が所属する万作の会による狂言2編と能楽囃子。前半は実質35分で休憩入りと前代未聞の体験(笑)。

面白そうな設定の割りに地味に終始してしまった子盗人はすこし残念。能楽囃子は聴かせてくれるも終了のタイミングがわかりづらく拍手のタイミングがずれる。笛の音はホワイトノイズも味わうものだと突然気がついて、なんか引込まれてしまった。

唐人相撲は古典狂言では最も多い人数が登場するものらしい。力士と通訳以外はみな中国語で能を演じる、とおもったら、あれは唐音というもっともらしいけどデタラメな能独自の言葉らしい。ニーメンハオとか言っていたから「中国語も覚えるんだ」とか勘違いして損した(笑)。部分的に適当な日本語も混じっていましたが(笑)。いろいろな方法で攻めてくる相手を力士がやっつけるだけの話なんですが、方法がいろいろすぎて、楽しませてくれます。

楽しかったのですが、少なめな動きと全体にゆったりとした進行とが、地味な印象につながってしまうのがもったいない。これを改善する方法が何かないものか。

解説イヤホンを無料貸出していたのですが、数が足りないため私が入場したときにはもう借りられませんでした。協賛貸出のブルームバーグにおかれましてはもう少し台数を用意していただけると助かります。

いつも工夫を効かせた劇場内展示のポスターは、狂言関係のポスターでした。野村萬斎ってやっぱりいろいろやっているんですね。