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2010年8月24日 (火)

創作とスケールと時代と

まったくなんの脈絡もなしに思ったけど、最近の小劇場の若い劇団でスケールの大きい芝居ってあるのかな。まだ観ていないけどままごとくらいかな。惑星ピスタチオみたいなデタラメなんだけど器はでかい、というのは流行らないのか。漫画やアニメではそれなりに大作感のあるものは見かけるけど。

やっぱり苦しい時代の反映なんだろうか。そういうときにこそ、と思っても、舞台と客席の間にあるのが芝居だから、客席がつらいときは舞台もそれに合わせないと、それこそ単なるままごとに見えてしまうんだろうな。

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2010年8月 7日 (土)

ブス会「女の罪」リトルモア地下

<2010年8月6日(金)夜>

場末のスナック。客は常連の女性と飛込みの女性。店を閉めたいがなかなか出て行かない。女性だけの間で交わされるトークが、お互いのよくない秘密にまでつながり・・・。

つい観にいった。小劇場で女が女を書くとなんでこういう殺伐とした芝居になるのかよくわからないけど、面白いのは間違いない。キーワードはギャップでしょうか。みんな上手な70分勝負。でも開演押し。

客席が満員過ぎたので疲れた。詳細は省略。

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劇団M.O.P.「さらば八月のうた」紀伊国屋ホール

<2010年8月5日(木)夜>

深夜ラジオの長寿番組。リスナーから届いたメールには、介護中の老人が歌っていた歌について教えてほしいとのリクエストと歌詞の一部が載っているが、番組のパーソナリティを勤める女性以外には誰も聴いたことがない。その歌は、今は横浜の港につながれている船に深い由来を持っていた。

ラジオ番組の放送期間を劇団の存続期間に合わせて、しかも歌の内容が意味深な企画。役者オールスターの熱演とあわせて、新作にして劇団の解散公演にふさわしい仕上がりになっています。危うく泣くところでした。

船の名前は寒川丸とか言っているように聞こえましたけど、氷川丸の設定を借りて、ある種の歴史ドラマのようになっています。あちこちの年代を行き来するなか、人物関係を上手に絡めて、蒔いた設定はきれいに刈り取って、最後に終わると「おお」と驚いてしまいます。マキノノゾミはこんなに芸達者な脚本演出ができるのかと今更知りました。

この大作(2時間45分)に息を吹き込んだのは、間違いなく中心人物を2役演じたキムラ緑子で、彼女が喋って怒って歌って泣くのを観ているだけで幸せになってきます。いいところを抑える美声の小市慢太郎もよかった。それ以外も全員よかった。

ハーフプライスチケットが手に入るならもう一度観たい出来で、あえて口コミプッシュは出しませんけど、解散公演であることも含めて、ぜひひとりでも多くの人に、ストレートプレイのよさを味わっていただければと。このクオリティでこの値段でこの規模の劇場で上演する団体はどんどん減っていくのが悲しい。

開演前に、日替わりゲストとのラジオ対談もしているので、早めに到着して席につくといいかもしれません。ちなみにこの日のゲストは片岡正二郎でした。

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2010年8月 1日 (日)

NODA・MAP「ザ・キャラクター」東京芸術劇場中ホール(ネタばれありあり)

<2010年7月31日(土)昼>

とある町の書道教室。生徒にランクをつけて、高ランクの生徒は住込みで学びながら別の生徒に教えるシステム。ある日、海外旅行から帰ってきた家元はギリシャ神話に感動したので古代ギリシャ式に改めると言い出す。そんなところにやってきたのが、人探しの女性2人。

2ヶ月公演の終盤ぎりぎりになってようやく観られた野田地図。小劇場垂涎のキャスティングで臨んだ初の中ホール公演でしたが、これは駄目だったと言いたい。理由は以下全力のネタばれで。

住込みのシステムは生徒に財産を拠出させているのが理由の悪徳教室。これに「書道」から「紙」から「神」の連想で、家元が段々神のように振舞うようになっていく。そうなる前振りとして行方不明になった家族を探す2人が絡んで、時間を前後にずらしながら、団体がエスカレートしていく様子を描きます。

ということで、察しのいい人は気がついたと思いますが、後半3分の2はオウム真理教の事件そのままです。この「そのまま」というところが私が一番引っかかったところで、あの世界に残るテロ事件とそれを引起した人間たちが嵌るまでの経緯が浅すぎる。もちろん家元=松本智津夫の詳細を想像で描くのは控えたほうがいいし、主要メンバーで今も逃亡中の犯人もいるのですが、それならそれで、被害者とか、下っ端の生徒=信者とか、もっと違う視点を中心に描いたほうがよかった(2人の女性は家族を拉致された立場ですが、それも片方は潜入捜査っぽくなって微妙)。もっと言えば、中途半端にギリシャ神話でまぜないで、ストレートプレイにしたほうがよかった。

表現の自由と言っても、こんな内容を上演すると何が起きるかわからないとタブー扱いになるところ、これは野田秀樹の実績と実力に加えて、芸術監督をやっている劇場での上演、そして引かなかった役者スタッフがいてこそ実現できた企画だと思います。これを千秋楽まで無事に行なうことができれば(何も起こらないと信じたいですが)ひとつのタブーが消えるので目出度いのですが、でも芝居が現実に負けていた。野田秀樹をもってしても負けた。

付加えるのであれば、2ヶ月公演の終盤のための疲労蓄積と、ゆったりしすぎて芝居に向かない劇場のつくりという二重のハンディはあるのですが、じゃあこれをシアターコクーンでやって、どこまで芝居のまとまりが出たかは「もし」の話になるのでやめておきます。

ただ、そんなハンディを全力で跳ね返して勢い余って舞台から落っこちてあっというまに盛返したチョウソンハには惜しみない拍手を送りたい。あと、声に疲労を感じたけど緊張感は途切れさせなかった宮沢りえと美波の2人にも。

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