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2010年11月30日 (火)

大人計画「母を逃がす」下北沢本多劇場

<2010年11月28日(日)昼>

日本の東北地方と思しき地域で酪農を営む10名強の小集落。他の集落から距離が離れており、頭目と呼ばれる代表の元、いわくありげな構成員が、閉鎖的な雰囲気の中で生活している。具合の悪い頭目に代わって息子が代行として集落を取仕切るなか、他の集落から逃げてきた男たちが助けを求めて集落に合流する。それと時期を同じくして、かつて集落にいた別の人間が戻ってきて・・・。

とても久しぶりの大人計画は、ほぼフルメンバーによる再演。ひっぱりだこの役者に、再演するだけの価値がある脚本が揃ったのですが、詰めの甘い仕上がりが惜しまれる出来。

前半のデタラメで強引な設定を笑いと一緒に成立させて、後半(頭目の容態悪化)からのしびれるような台詞の嵐と、終盤の急展開。今の松尾スズキにこういう脚本が書けるかというと、たぶん怪しい、と思えるくらいに勢いと力強さの詰まった脚本でした。こんな芝居を連発していたらそりゃ人気劇団にもなる。ならないわけがない。

ただ、この脚本を芝居として成立させるためにはある種のアングラさというか、怪しさが必要で、それが欠けていた。舞台美術が丁寧だったり、音響や照明が行届いているのもあるけど、何より役者が重要。登場人物は閉鎖的な中でぎりぎりなラインを保ったり保てなかったりしているはずなんだけど、妙にオープンな雰囲気。みんな昔よりも上手になって売れっ子になって洗練されて余裕が出てきたせいじゃないかと疑ってしまう。こういうときこそ演出の出番なんだけど、そういうところはあまり気にしなかったみたい。それとも単に外れの回を引いただけかな。

そんな中で文句なしの出来で目を引いたのが、一番売れっ子になったはずの宮藤官九郎というのが、またどういうわけなのか。宮藤官九郎はもっと役者として舞台に出てほしいですほんと。他によかったのは池津祥子、近藤公園、あと台詞はなくても動きがたまらない松尾スズキでしょうか。贔屓の役者が多いのにこの結果は残念。

じゃあ観なければよかったかというと、観てよかった。そういう出来の脚本です。少なくとも個人的には。この脚本は、若い劇団で観てみたい。あるいは蜷川幸雄演出で観てみたい。そして次に再演モノをやるなら、ヘブンズサインが観てみたい。

帰りに渋谷のタワーレコードに寄ったら、なんかグループ魂のイベントが予定されていたようで、あんだけ芝居やった直後にタワーレコードで別のイベントって、なんか芸能人だな。いや芸能人なんですけど。こうやって劇団員が成長して、むしろ劇団としてはもって瞑すべきなんでしょう。

2010年11月14日 (日)

こまつ座「水の手紙/少年口伝隊一九四五」紀伊国屋サザンシアター

<2010年11月13日(土)夜>

水に困る世界各国の実情を手紙として紹介する「水の手紙」 / ゲストによる井上ひさしへの手紙の朗読「井上ひさしさんへ」 / 広島に原爆が落とされた後、宿と食事と引換えに、印刷できない新聞を口頭で伝え歩く仕事をまかされた少年3人「少年口伝隊一九四五」

ひと言でいうと「はずれ、さすが、当たり」の3本。

「水の手紙」は、内容が政治的なのも、全体に「生命体の中で人間が一番偉い」という思想が見え隠れするのも嫌。温暖化のテーマも今となっては、とも思う。で、脚本はさておき、朗読が下手(たくさん動いていたから朗読というよりは演技といったほうが正確)。同時にしゃべったり、歌ったりは上手だけど、「群読のために」と銘打っているならもう少し聞かせてほしかった。チャドの母ちゃんとコロラドのおっちゃん、あとぎりぎりヴェネツィアの学生の計3人くらいしか及第点はやれん(チャドの母ちゃん役をやった人の名前がわからんので誰か名前を教えてください)。

そのくらいがっかりしたので「少年口伝隊一九四五」は期待しなかったんだけど、逆に相当の迫力でやってくれたのでびっくりした。脚本もすごいけど、読む側も負けていない。しっかり芝居が立上がった。朗読物は今後あまり一般上演されないと思うので、多少でも興味のある人は一度聞いておいたほうがいいです。たしか12人だったと思うけど、役者は全員「水の手紙」に出ていたのか? だとしたら、なんで「水の手紙」があんなにへなちょこだったのかがわからない。配役表を配らないこまつ座だったのが惜しまれる。

加えるとどちらもソロの生演奏(ヴィオラとギター)で、よい演奏でした。弦楽器に弱いんだ自分は。

で、「少年口伝隊一九四五」で役者を見直したんだが、それでも白石加代子の朗読にはかなわない。どこがどういいのかを言語化するだけの知識はないし、大ベテランと比べるのは酷とはいえ、聴いていてはっきりわかってしまうんだなこれが。多少つっかえたってご愛嬌です。こういう趣向なら木場勝己と大竹しのぶの回も聴きたかったがスケジュールが無理。

うろ覚えですけどメモ代わりに。

・最初の縁は「天保十二年のシェイクスピア」だけど、そのときは他の出演者がスターばかりなので静かにしていてあまり話していない。
・身毒丸もグリークスもやったからまだまだラブシーン大丈夫です、と「ムサシ」初演の記者会見で言って会場爆笑(笑)、それを聞いていた井上ひさしの反応は「ほう」(笑)。
・初演の稽古では毎日数ページずつ脚本が届く。そんな状況を楽しめるカンパニーだったのがよかった。台詞が少しずつ届く稽古もたまにはいいもんだと吉田鋼太郎「ちゃん」は言っていた(笑)。それで油断していたらラストシーンで自分に大量の台詞が割振られた。台詞覚えが悪いのに(笑)。
・「ムサシ」再演は初日から脚本があったのでたっぷり稽古できた(笑)。
・(再演は海外公演も行なって)ロンドンで通じるか、初日は心配していたが、杞憂だった。
・さらにニューヨーク公演。9・11があったあの都市で、怨みの連鎖はやめるべきという主題が誤解されないか心配したが、絶賛された。その興奮した観客の様子を井上ひさしに見てもらえないのが残念だった。取材に来ていた記者も同じ事を悔しがってくれた。
・井上ひさしが駆抜けた最後に、少しだけしがみつかせてもらった自分です。

2010年11月13日 (土)

東京芸術劇場「ブルードラゴン」東京芸術劇場中ホール

今の中国で画廊を営むカナダ人の男。才能ある若い中国人の画家の女を売込みつつ、付き合っている。その画家の個展も間近にせまったある日、カナダ人の知り合いの女性が中国にやってくる。中国人の養子を迎える途中で男に合いに来た。ここを境に動く、男女3人の物語。

ロベール・ルパージュは「アンデルセン・プロジェクト」のインパクトが強かったのでぜひ観たかった。リアルな脚本と演出はさすがで、達者な役者も含めて面白いのは確かなんだけど、観ていて先読み以外の想像力を働かせる余地があまりなかった。

途中、個展会場で女2人が初めて話して、そこからバーに流れて以降の一連の流れはすばらしい。男の観客としては「自分でなくてよかった」とひやひやしながら観てました(何にひやひやしたかは実際に舞台で確かめてくれ)。あと、中国って日本は近いだけに迷惑で規格外なのもわかって慣れているんだけど、欧米の人たちはよくわからなくて怖がっているのかな。そういう印象を受けた。

あと、照明映像舞台美術効果音はよくて、特に効果音の繊細さは日本の劇場ではついぞお目にかかれないもの。それはよかったんだけど、いかにも中国っていう選曲と、一昔前の小劇場(とまでは言わないけど)で見かけた、途中で突然ダンスが入るのは集中力が切れて個人的に不満。

リアルな分、テンポはよくてもスピードがやや遅めだったな。こういう芝居を観ると、野田秀樹の「省略と誇張」に代表される日本の舞台のスピード感は、あれはあれですばらしいと思わずにはいられない。

だらだら書いたけど結論は、ガキの芝居に飽きているなら観ろ、芝居にリアルなんて求めねーよって人なら見送れ、って感じですね。次回作はぜひ「アンデルセン・プロジェクト」を文句なしのぶっちぎりで超えてほしい。

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