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2011年8月14日 (日)

(ワークショップ)新国立劇場演劇研修所「NNTドラマスタジオ オープンスクール(1日目)」新国立劇場内稽古場

読む際の注意事項は目次をご覧ください。

<1限目「語ること、聴くこと」栗山民也>

  • 日本で演出をするときは4、5日で一度最後まで通す。そのほうが役者の肉体を通じた何かがわかりやすいから。ドイツで「マリー・アントワネット」の演出をしたとき、ドイツ人は何をやるにも質問をして、最初に通すまで1ヶ月かかった。でも1ヶ月前に質問をした内容を覚えて、克服している。日本人は忘れる。そのときの肉体的共通点を見つけることで、1ヶ月前のことでも覚えている。
  • (プロデュース制のように)いろいろなところから役者が集まって、稽古開始直後はお互いに共通点が少ないのは日本もドイツも同じ。ドイツの場合は「なぜ」という質問を共通語にすることでつながる。
  • 研修所の目標は「(役者が)自立すること」。自立についてどの程度の期間が必要かは人それぞれ。
  • 森光子は放浪記を2000回やっても飽きないという。「毎回新しい人、新しい言葉と出会うために舞台に出て行く」とのこと。
  • 声を出して話す、歩く、相手と向合う。優れた俳優がひとり歩いてきて「ここは海です」といえば観客は信じる。
  • 鶴見俊輔の言葉「教育はセーターをほぐす仕事」。教師がセーターを編む、それを生徒がほぐす、自分に合うように編みなおす。
  • 最近の世の中はコンフリクトフリー(衝突を避ける)のが主流。舞台はいろいろな衝突や失敗を試せる最後の実験場所。
  • 研修所の公演で少年口伝隊を来週上演する。ゲネプロを見たい人はどうぞ。
  • 参加者同士の自己紹介「なぜ私はここにいるのか」。

結局自己紹介で時間の大半を使ってしまったのですが、後で考えると、4日間を充実して過ごすためにこの自己紹介が非常に重要になっていました。ゲネプロ招待というサプライズも飛出して、とても興味があったのですが、そこは仕事を優先して、涙を呑んで不参加にしました(観たことあるので内容は知らないわけではない)。しかし研修所公演とは毎回スケジュールが合わなくて縁がない。

<2限目「日本の演劇」大笹吉雄>

  • 小劇場という呼称に絡めた日本の演劇の歴史について。
  • 日本の国立劇場は1966年の国立劇場が歌舞伎用に最初。演芸場は落語など、能楽堂は能狂言、文楽劇場は文楽(大阪)、沖縄に組踊、そして新国立劇場がオペラ、ダンス、近代演劇。ただしパフォーマーはいない。先進国で国立劇場のない国は少ないが、国立劇場があって劇場付のパフォーマーがいない国はない。これは日本の演劇の歴史に絡む。
  • 日本の芸能はもともと民間ががんばってきた。能なら5流派、狂言なら2流派、そこから特定の団体を選んだらえこひいき呼ばわりされるのでできない。歌舞伎は松竹。歌舞伎はスター主義。これもスターを引き抜いたら民業圧迫になる。文楽も松竹ががんばって支えていたが、経営上支えきれなくなり、各種団体出資の文楽協会に移管した。宝塚は今でも阪急。阪急の創立者の小林一三は東宝の創立者でもある。ちなみに約500人を抱えるのは世界的にも最大規模。
  • 日本で国が芸術作品のサポートを開始したのは1990年。前述の国立の劇場はすべて日本文化芸術振興会の管轄。日本文化芸術振興会は文化庁の管轄。文化庁は文部科学省の管轄。もともと補助金+興行収入でまかなう予定だったが、年々補助金は減っているので、興行収入を増やさないといけない。
  • ヨーロッパだと王様がパトロンだったので、「王立」と名のつく劇場に「王立」と名のつく劇団をかかえていた。そういう伝統。
  • 明治以降、近代化=西洋化を目指して、大きな変化があった。劇場の地位向上と女優の誕生。
  • 劇場は西洋のオペラ座を模して作られるようになった。その第1号が帝国劇場。それまでの劇場の形は「能狂言」「歌舞伎」「文楽」それぞれの形だったのが、プロセニアムアーチで舞台と客席に幕を挟んで二分するようになった。これは日常の再現、リアリズム志向のため。
  • それにあわせて女性の役を女性が演じるようになった。最初は芸者が女優になった。それで有名なのが川上貞奴。川上音二郎の妻。そのうち日本の風習と大きく異なる外国の脚本を上演できるように文芸協会が素人を玄人に養成することを始めた。それで有名な最初の女優が松井須磨子。ちなみにその脚本はイプセンの「人形の家」。
  • 美術の学校は設立された(今の東京芸大、当初は2つ)のに演劇の学校は設立されなかった。これは芝居を一段下に見ていたから。当時は遊郭と劇場は「悪所」と呼ばれていた。それが明治になって公的に法律で認められる際に、劇場を大劇場、小劇場と当時の法律で区分された。小劇場は小芝居を上演していた箇所で、実際に建物も大劇場より小さかった。また、小劇場は一段低いものと見られていた。
  • このころヨーロッパでリアリズムを重視した芝居が増えてきた。それに刺激されて明治の後期になって、日本でもそういう芝居を上演する劇団である自由劇場が創立された。これが新劇の開始。これは芝居の内容から、小規模な空間での上演を好んだため、新劇イコール小劇場となり、小劇場の「一段低い」という認識が薄れてきた。
  • 当時の役者は鑑札制だった。鑑札の発行は警視庁。プロとアマの境目ははっきりしていた。鑑札をもっているかどうか。上演台本は検閲されており、風俗を乱す役者は鑑札を取り上げられて舞台に出演できなくなった。これに反発した人たちが新劇に参加したが、その経緯から左翼がかっている人たちが多かったので「新劇」という言葉自体が嫌われるようになった。そのため「小劇場」という言葉が引っ張り出されて若者の演劇全般に使われているが、歴史的経緯からはこの使い方は間違っている。

この内容の、特に前半に書いた内容が、最近アーツカウンシル問題を眺めていた自分には非常にツボでした。曲がりなりにも民間で成立っていた、外国でだって成立っている国があるところに、なぜ国がサポートをするか。結局ここが私にはよくわかっていないんですよね。

あと、プロセニアムアーチの話は2日目に詳しく出てきます。これを2日目の講義と合せると、3時間で西洋と日本の演劇の歴史のアウトラインが勉強できて、ものすごいお得です。

<3限目「声と演技」池内美奈子>

  • 研修所で3年かけて教えている内容を、4日間でどこまで深く掘り下げられるかはチャレンジ。だまされたと思って、言われた内容をやってみてほしい。そこで疑問に思ったり客観的になったりすると効果が出ない。
  • 歩く(スピード5段階)、走る、周りと速度をあわせる、空間を埋める。
  • 腰、肩のきもちいい箇所、姿勢を探す。床に寝て、いろいろ身体を動かしてみる。おおまかに、体の上半分と下半分、腰周りと肩周りが筋肉が集まっていて自覚しやすい。顔の筋肉などでは行なわない。
  • できるだけいろんな筋肉を動員してゆっくり立上がる。まっすぐ立つのはつまらない。スパイラルを描くようにするのがお勧め。
  • 歩きながら、見たもの、触っているもの、聞こえたものを(心の中で)捨てる。
  • 歩きながらほかの人と目が合ったら、止まって顔のマスクをはずす。実際に手を使って念入りにはずす(はがす)動作を行なう。それでまた歩く。
  • 走っているところから、合図で止まって、体の気持ちいい動きをとる。

これは4日間通して実施しましたが、私なりの理解で最初に補足しておくと、
・よい声というのは役者が納得できる声で
・役者が納得できる声というのは身体が納得しているかどうかで
・身体が納得しているかを知るためには自分の身体の感覚をできるだけ細かく繊細に把握する必要があって(あるいは納得できる声を出せるように身体を扱える必要があって)
・そのためにいろいろ身体を動かしたり、探ったりする必要がある
そのためのトレーニングです。4日間で目指すところのイメージはわかって、面白い体験もいろいろしましたが、とても4日で会得できるものではありませんでした。簡単なものは自宅で継続的に試したいと思います。4日間やった割にメモの内容が短いのはご容赦。

また人それぞれによって得られる感覚が違う性質のトレーニングであり、講師も個々人の感覚を非常に重視して誤ったリードをしないように発言に最新の注意を払っていたため、やった内容のメモは残せても、それが何にどういう風に効くのかをテキストに落とせないという、とても特殊なトレーニングでした。これを定期的に受講できる研修生は非常に贅沢ですね。

<サロン「翻訳劇の楽しみ方」松岡和子>

  • 翻訳劇の、主に製作側の楽しみ方。「ロミオとジュリエット」のバルコニーの場面、「マクベス」の王殺しの場面をテキストとして利用。最初に朗読。
  • ロミオとジュリエットは結構恥ずかしい台詞。日本人のメンタリティでは言えない。海外のメンタリティ。役者は違うメンタリティを橋渡しする仕事とも言える。
  • 恥ずかしい理由のひとつは比喩が多いから。「太陽の・・・」など。でも万葉集、古今和歌集の時代の日本人はやっていたのでまったく違うメンタリティというわけではない。今の役者は比喩が苦手。本気で相手を「太陽」と思わないと言えないが、そういう台詞が苦手。
  • 翻訳者はほかの人のテキストを写すだけだから恥ずかしくないかというとそんなことはない。どうやって恥ずかしくない言葉を見つけるかが仕事。
  • 翻訳者はすべての役を演じながら適切な言葉を探すが、ひとつの役を通して演じる役者に、テキストの読み込みではかなわない。自分は都合がつく限り稽古場に参加するが、役者に教えられることは多い。
  • 焦った例。「結婚を考えている」という台詞。ロミオ17歳、ジュリエット13歳で、最初は謙譲語を使ったが、佐藤藍子が演じたときに、ジュリエットが立派な一人前の女性に見えたので、謙譲語の間違いに気がついた。対等感を出すような台詞に変えた。
  • 苦労した例。「私の旦那様」という台詞は今回はじめて追加。原文のMy Lordがこれまで訳せなかった。蒼井優がオセロのデズデモーナを演じたときの「旦那様」からようやくひらめいた。これは対等感とは別に、大人の言葉を真似することで大人ぶりたい子供という感覚も込めた。
  • 報われた例。テンペストで「子鬼」と訳した単語を、蜷川幸雄にわからないから今すぐ直してほしいといわれた。思いつかなかったので、すごい普通の言葉だったが「小さい者たち」という仮訳をひねり出した。そうしたら平幹二郎の演技が地面に向くようになった。後年、シェークスピアの故郷に宿泊した際に、地面を見たら、小さいきのこがひとつずつ生えているのをみて、これが「小さい者たち」だとわかった。ひねり出した訳が正しかったことがわかってとても嬉しかった。普通の言葉を選ぶことを恐れてはいけない。普通の言葉のほうが遠くまで届くこともある。
  • 翻訳者の使命」という本の一節。「原作に埋まっている意味を解放するのが役目」(管理人注:他にも書いている人がいました)。
  • ・ある役者に言われた支えになっている言葉。「知っているけど言ったことがない言葉(言い回し)ってたくさんありますよね」。そういう言葉を使えるのは翻訳劇の魅力のひとつ。

もっとお婆さん然としていると想像していたのですが、想像よりも若かったですね。話している本人がものすごく楽しそうにしている中で、翻訳するという作業で、一語一語をどれだけ大切に選んでいるのか、その一語がどれだけの影響力を持っているのか、台詞の大切さがとてもよく伝わる話でした。

そしてメンタリティの箇所。本気で相手を太陽と思えば言えるのであれば、ひょっとしてどんなでたらめな台詞でも役者のエネルギー次第でなんとか通用するのか? という別の疑問が浮かんできましたが、これはまったく別の話。

ここまでで初日終了。

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