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2011年8月19日 (金)

政治の歴史を掘るのは難しい

少し前に日本芸術文化振興会をけなした口で、演劇研修所のオープンスクールを絶賛しているのだから、まあ部外者とは気楽なもんです。

そのオープンスクールで新しく気がついた疑問として、芸術の位置づけというものがある。直接の疑問は「国が支援する必要があるのか」というもので、じゃあそれが妥当かどうかをどうやって判定するか。オープンスクールの座学でもあったけど、昔は芝居(劇場)は悪所通いの対象になっていた。

観るほうは木戸銭を払って楽しむのだけど、役者の地位はとてもじゃないが高いとは言えなかった。千両取っても役者はナントカなんて言葉もあるし、今でもその気風は日本人に残っている。実力があればよし、それに華もあればもっとよし、どちらもなければ鼻も引っかけない。オープンスクールに出かけていてなんだけど、自分もその影響は受けている。

それじゃあそのまま悪所扱いを続ければいいかというと、別にそうとは限らなくて、これからの扱いを改めて決めればよい。ただ、それをいきなりひっくり返しても説得力はないので、これまでの経緯を把握する必要がある。コアとは知識というのもまさにその通り。これは勉強しないといけない。悪所扱いされていた理由はいろいろあるだろうから今は突っ込まない。

気になっているのは、その悪所扱いから、今の支援状況に至るまでの経緯。どこから手をつけたものかと考えて、文化庁のサイトをのぞいてみる。最新のものは「我が国の文化政策(PDF注意)」としてこの前まとまったばかりの平成23年版がある。これを読むと「文化芸術の振興に関する基本的な方針」は書かれているけど、どこからこの方針が出てきたかがわからない。

余談になるけど、この資料の1ページ目にある組織図だと、美術館や博物館は入っていて、劇場は入っていない(日本芸術文化振興会までしか書かれていない)。なんかこれもいろいろ調べないといけなさそうだけど、とりあえず置いておく。

閑話休題。もう少し調べると、審議会・懇談会の議事録が残っていて、全然読めていないけど、初回を確認したら平成15(2002)年で、すでに支援前提の話になっている。国が支援を始めたのが1990年なら、もう少し遡らないといけない。ただ、これはこれで最近の事情が把握できるはずなので、後で読む。

そこでさらに検索すると、新国立劇場の沿革のページが引っかかって、昭和41年(1966年)の法律改正がきっかけだとわかる。支援は1990年でも、劇場はもっと昔になっている。

で、どんな議論だったのか読めるかと思って調べたら「国会会議録検索システム」が見つかったので、第51回のこれだろ、ってところまでたどり着いたのに、QuickTimeがおかしくて本文が読めない。これも後で何とかするけど、いまは挫折しておく。法律の本文だけなら衆議院で読めて、第1章の第1条に「国立劇場は、主としてわが国古来の伝統的な芸能(第十九条第一項において「伝統芸能」という。)の公開、伝承者の養成、調査研究等を行ない、その保存及び振興を図り、もつて文化の向上に寄与することを目的とする。」と書かれている。ただ付帯決議が見当たらない。

気を取り直して新国立劇場の沿革に戻って読むと「国立劇場法の一部を改正により、特殊法人国立劇場(現独立行政法人日本芸術文化振興会)が第二国立劇場(仮称)の設置者となる。」と記載されている。なんだこれと思って国立劇場のWikipediaを読んだら、国立劇場法って本当に国立劇場の組織のことで、今の日本芸術文化振興会の元は国立劇場だったことを今さら知る。国立劇場は伝統芸能向けの劇場で、この組織替えが1990年で、これが支援の開始年度となる。

Wikipediaも参照しながらの話だと、

  • 戦後に検討が始まって、昭和31年(1956年)に国立劇場の建築が決まって、竣工が昭和41年(1966年)の10月。
  • それで、竣工直前の同年4月に国立劇場法が可決されて、同年7月に運営母体として特殊法人国立劇場が設立される。この4月の可決の際に、「伝統芸能以外の芸能の振興を図るため、施設その他につき、必要な措置を講ずべきこと」となる。この施設が、当時の呼称で第二国立劇場、今の新国立劇場。この段階では文化庁が第二国立劇場設立準備協議会を持っていた。
  • その後、平成元年(1989年)の国立劇場法改正で、特殊法人国立劇場が新国立劇場の設置者に決まる。
  • さらに平成2年(1990年)に、その特殊法人国立劇場が日本芸術文化振興会になる。
  • で、新国立劇場の竣工は平成9年(1997年)。当初計画からざっと30年。

だから、すごい詳しく調べるなら、

  • 昭和31年の法律の際に伝統芸能だけが対象になったのはなぜか
  • それが昭和41年に現代芸能の支援対象に含めたのはなぜか
  • 設計が決まったのが昭和61年(1986年)だけど、このときにはオペラやバレエも含めることが決まっていたはずで、昭和41年からここまでの間に何を現代芸能扱いすることに決めたのか
  • 平成元年、平成2年のころに、伝統芸能中心の運営団体に現代劇もまかせることにしたのはなぜか
  • まかされた後の支援内容の移り変わりはどうなっているか

あたりを調べないといけない。さすがに数日で調べられるものではないので、改めて調べる。なんとなく、最初は有力者が仲のいい政治家にねじ込んだんじゃないかと想像しているのだけど。

一体自分は夜中まで何やっているんでしょうね。

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コメント

>非公開様

コメント御礼。ずいぶんとお久しぶりのコメントをありがとうございます。いただいた情報の方面からもいずれ調べられればと思います。

投稿: 六角形(管理人) | 2011年8月25日 (木) 01時06分

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