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2011年10月23日 (日)

「通訳大事」

「通訳大事」というまとめを見つけたので引用しておきます。

だから、通訳というのは、異なる物語背景を持つふたつをつなげる、融合言語、融合物語を操れる人である、とも言い換えられると思います。とても、貴重な人です。

芸術というか表現一般というか、仮に芸術といっておくと、芸術は言語化しにくい、よくわからない価値を、その人なりの表現方法を通じて「あーなるほど」と鑑賞側に言ってもらうものという側面がある。側面ね。それがすべてじゃない。あと「なるほど」じゃなくても「それは違う」でもいい。違うと言ってもらえるのは伝えたいものがある程度は伝わったことだから。

で、批評とか評論というのは、その分野の物語なり背景なりを理解した上で、それを一般人にもわかる言葉で説明することなんじゃないかと。観客が「面白かった」「感動した」「あの役の人がよかった」という以上のものを提供するにはそこが重要。

そして、批評とか評論とかに説明してもらわないとわからない芸術っていうのは、芸術としては負けなんじゃないかと思う。そもそも芸術は、よくわからない価値を鑑賞者に伝える側面があるから。

だからもし「表現したい」よりも「伝えたい」が前面に出る場合で、かつ伝えたい内容の価値が(少なくとも創る側には)はっきりしている場合、表現の方法は媚びてもいいんじゃないかと思う。「媚びる」っていうと悪い印象になるのでもっといい言葉がないかと思うんだけど、「面白おかしくわかりやすく」っていうと大事な要素が抜けそうなので、あえて「媚びる」といっておく。自分がやりたい、やりやすい方法ではなく、伝わりやすい最適な方法を適宜選んで採用する、というような意味。

何がいいたいかというと、芸術は誰のためのものかという話。この話はいつか自分なりの着地点を見つけたいのだけどまだ見つからない。芝居についていえば、観客として「面白かった」「感動した」以上の適当な言葉を見つけるのが目標。探せば昔からいろんな人たちが議論しているのはわかるけど、まだ探したくない。だからとりあえず今はこんなもんで。

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