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2012年9月 9日 (日)

お国自慢が必要なのかも

前提からして妄想なのであんまり真面目に取られると困る、という前書きでメモです。

文化とか芸術とかいって芝居や劇場を持上げようとして、それが日本のある地域で求められているか、というと、ちょっと違うかもしれない。

東京を敵視する東京以外の人たち、誤解を恐れずに言えば田舎の人たちが一定数いる、という前提を置く(繰返すがこれは妄想の前提だぞ)。そういう人たちがなんで東京を敵視するのかというと、勝てる要素が皆無だからではないか。

賑わいでも勝てない、経済でも勝てない、おしゃれでも勝てない、食べ物でも勝てない、自然でも勝てない、多様性でも勝てない、知名度でも勝てない、珍しさでも勝てない。

そういう状況で、東京一人勝ち(京都とか他にも勝ち扱いに入れてもいいけどさ)の状態になって、東京の住民が人生を謳歌しているとして(あるいは田舎より気楽というその一点だけでもうらやましいとして)、それだけならまだしも、その東京に周りの若者が出て行く状態が長年続いたら、田舎に残っている人間の心中は穏やかではない。経済規模の差による仕事の有無は如何ともしがたいとしても、地元と東京とを比べてまったく勝てる要素がないのはよろしくない。

この状況を芸術でひっくりかえせるか。たぶん無理。芸術も東京が勝っているから。東京相当の芸術を全国で展開すればいいか。たぶん無駄。東京と同じものを観られることは勝ちにつながらない。

これを国内比較で戦おうとしたら、東京にないもの、東京とは違う価値観を見つけないといけない。その場合、その地域の文化がよりどころになる。歴史や伝統や風習や名物を掘りなおすことが必要になる。

あるいは、国外との連携やネットワークで、東京とかどうでもいい、世界の中のわが町という位置づけの価値観で日々の思考と活動を律する。ある日、その地域の人が東京にかかわりを持ったときに、「遅れていますね」と思わず口走ってしまうような感じ。

それを一言で表すとなんだろうと考えたら、お国自慢、という単語が浮かんだ。求められているのは誰に言っても「ああ、それいいよね」と言ってもらえる地元の象徴なんじゃないのか。

それを芝居でどこまで実現できるかというと、たぶん無茶。せいぜい、そこに至るまでの手助け、という位置づけになりそう。仮にできたとしても、全国で1箇所くらい。芸術自体は、国レベルでのお国自慢には向いていても、地域レベルでのお国自慢には向いていないんじゃないか。ただ、個人レベルまで小さく見た場合の影響となるとまた違ってきそう。

本当にメモ書きなので誤解されると困るので書きますけど、別に「田舎」を差別する意図はないです。ただ、芝居や芸術の振興で何が実現できるのかと考えて、少なくとも「国内のある地域が東京に勝てる要素を見出すために芝居(や芸術)に突っ込む」のはあまり有意を見出せないシナリオではないかと思いました。

芝居で(芸術で)何ができるかというのは引続き考える。

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