« 大人計画「生きちゃってどうすんだ」ザ・スズナリ | トップページ | 「正直な声」について »

2012年12月19日 (水)

棺を覆って勘三郎

検索してみたけど、このブログに載っているのは「夏祭浪花鑑」「愛蛇姫」「桜姫」「鼠小僧」で、全部演出家付きのものばかり。鼠小僧は初演も観たはず。歌舞伎で華やかな役をやらせると非常に引立つけど現代劇は今ひとつ、というのが印象。

ワイドショーその他にはたくさん出ていた。息子の結婚式で酔っぱらっただけでネタになっていた。脱税の話が問題になったときは、最初反抗してその後で「昔から家にいる人に任せて云々」と謝罪会見をして、ああ歌舞伎の家というのは普通の家とはまったく違うのだなという思いを新たにした。宮沢りえの騒動はびっくりした。他にもいろいろ噂はあったけど、他の役者と違って隠し子は出てこなかったみたい。よろしくやっていたのか、無事に隠し仰せたのかはわからない。スキャンダルがあっても見栄えがするというか、良いことも悪いことも一般人が歌舞伎役者に期待するようなことをすべて体現していたという点では当代一の役者だったと思う。

平成中村座は見逃したし、歌舞伎座の普通の歌舞伎も観ていない。観たかもしれないけど忘れた。でも海外で公演したり、コクーン歌舞伎を開始したり、野田秀樹や宮藤官九郎に歌舞伎座上演させたり、歌舞伎見物の新規開拓や新風取込みについては文句のつけようがない。周囲の反対があっても新しいことを始めて、しかもきっちり興行的に結果を伴わせる人気と実力と行動力は、素晴らしいの一言。

だったら生前からほめておけよと言われるかもしれないけど、それはまた別の話。木戸銭を払う見物としてはまずなによりも芝居の良し悪しが第一。役者に対して企画制作をほめるのもなんだし、生きていれば一代で潰したかもしれない。見つけて褒めるのは難しいことで、それを継続して贔屓にして褒め続けるのはもっと難しい。あれだけの人気役者だから贔屓も大勢いて、引倒しがあっても、引倒しにされてもおかしくなかっただろうに、そうならずに突っ走ったのだから、普通の人の10倍なんてもんじゃないだけのエネルギーにあふれていたんでしょう。自分がまず楽しみ、それ以上に相手を楽しませるような人だったのではないか。劇中劇どころか、劇外劇を創って主演を張ったような人生で、贔屓筋はそのスケールの大きさにも魅了されたのではないかと想像する。

松尾スズキとの対談が載った本が手元にあるけど、これを読むと本人の意地だけでなく、それを応援した人もいたんだということがわかる。歌舞伎役者というのは応援のしかたまで格好いい。

芸術委員会なんて、歌舞伎役者が役員だからね。その人によく思われないと選ばれないわけだ。そうすると、どんどんゴマすりになっていって。しかも、そういう人も言うらしいのよ、「違うことがやりたい」って。でも、やってないんだもん。言うだけなら誰だってできるよ。やっぱり胡座だけはかいちゃいけないよね、どんなところでも。ただ一方で、若い頃に「歌舞伎、あんたが変えなきゃダメだよ。生意気だって言われたって、負けちゃいけない。意気の上にナマがついているんだよ、生意気っていうのは。がんばれ」なんて言ってくれた人もいてさ。そんな人たちがいたから、俺がいるんだろうな。(後略)

少なくとも自分が歌舞伎座で歌舞伎を楽しめたのはこの人のおかげで、この後を継げる人がすぐに出てくるとは思えない。けど、少しでも新しいことに挑戦する役者が増えて、少しでも歌舞伎が面白くなればと願う。合掌。

|

« 大人計画「生きちゃってどうすんだ」ザ・スズナリ | トップページ | 「正直な声」について »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



« 大人計画「生きちゃってどうすんだ」ザ・スズナリ | トップページ | 「正直な声」について »