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2012年12月30日 (日)

2012年下半期決算

恒例の年末決算です。

(1)公益財団法人可児市文化芸術振興財団主催「高き彼物」吉祥寺シアター

(2)Bunkamura/大人計画主催「ふくすけ」Bunkamuraシアターコクーン

(3)パルコ企画製作「三谷文楽 其礼成心中」PARCO劇場

(4)劇団、本谷有希子「遭難、」東京芸術劇場シアターイースト

(5)野田地図「エッグ」東京芸術劇場プレイハウス

(6)DULL-COLORED POP「完全版・人間失格(女バージョン)」青山円形劇場

(7)PARCO/キューブPresents「こどもの一生」PARCO劇場

(8)大人計画「生きちゃってどうすんだ」ザ・スズナリ

以上8本、隠し観劇なし、チケットはすべて公式ルートで購入した結果、

  • チケット総額は39900円
  • 1本あたりの単価は4988円

となりました。上半期の10本とあわせると

  • チケット総額は93400円
  • 1本あたりの単価は5189円

です。年末最後に見納めしたかったのだけど、都合がつかなかった。本数的にはこのくらいが狙ったとおりなのでよいのだけど、その陰で見送られた芝居の数々には御縁がなかったとお祈りメールを送り続けるような日々。

今年は「東京原子核クラブ」も観られたけど、やっぱり「百年の秘密」かな、とか思いながら年末を迎えたら、最後の最後に「生きちゃってどうすんだ」が出てきて、これが今年のトップです。単純に面白いというのもあったけど、おっさんの年齢に足を踏入れた人間としては、あのおっさんの不安と肯定と諦めと意地と真面目と不真面目とあといろいろが混ざった微妙な感覚に引きこまれた。今思えば誰が観ても面白いから口コミプッシュを出してもよかったんだけど、観終わった直後は、個人で反芻して反芻して液体になってもまだ反芻しないといけないような気持ちになったので、口コミプッシュにまで考えが及ばなかった。

最近は劇団芝居が減っているので、演出家を劇団名代わりに利用している。つまり、よく知らない演出家の芝居を観ていない。小劇場出身の芝居はたくさん観ても、今の小劇場は全然観られていないのはそれもあって、観る本数を減らすと決めたのだから、それは如何ともし難い。KERA芝居だって見送っているくらい。

そう考えながら演目を見直したら、数え方にもよるけど、だいたい半分が再演モノだった。これは有り。むしろ世の中の劇場の半分くらいは再演モノ限定にして、脚本の段階から全体のレベルを引上げつつ、芝居を観る側に対してもある程度の品質保証ができるようになったほうが、出るほうも観るほうも幸せになれるんじゃないかと思う。そうすれば、新しいモノ限定の劇場なり企画なりも成立って、もうちょっと物事が経済的にも芸術的にも潤いが増すのではないかと夢想する。

個人的には、これも年末に突然気がついた声の話が、非常にポイントが高い。ただ全体では、2011年の反動がきたというか、2012年の不幸を払いのけるエネルギーが足りなかった。もう、そんなことにかかずらっているより、次に行け自分。去年の決算には「この11月、12月の更新頻度と長文とが異常で、今後はもっとそっけないブログに戻るかもしれませんが、むしろそれが本来のこのブログです」と書いていて、その通りになった。ブログはこれでいいのであって、ブログじゃないところで動きたい。

引続き細く長くのお付合いをよろしくお願いします。

2012年12月 9日 (日)

大人計画「生きちゃってどうすんだ」ザ・スズナリ

<2012年12月8日(土)夜>

ある共通点を持ったいろいろな人たちの、共通点とは関係あるようなないようなオムニバス6本。

大人計画だけど松尾スズキの一人芝居。ネタばれがもったいないのでそれ以上は書かないけど、笑えるのが前提で、芸あり、ブラックネタあり、時事問題あり、真面目なテーマありで、多彩な登場人物を演じ分けて、イッセー尾形の向こうを張れるんじゃないかという引出の多さ。映像による大人計画メンバー出演もまた楽しい。

この時代と、松尾スズキの年齢とが重なってこその芝居。他の人がやってもたぶん面白くならない。娯楽を追及して芸術に触りそうな勢い。インターネットで「なんだただの天才か」っていうコメントがあるけど、そんな感じだった。観られる人は観ておきたいところ。ところで最後の映像の人がわからなかったけど、誰だったのか。

2012年11月23日 (金)

PARCO/キューブPresents「こどもの一生」PARCO劇場

<2012年11月22日(木)夜>

現代人の精神的由来の病状を解消するため、国内の離島に設けられた特別医療施設。交通も通信も遮断された環境で、患者に子供時代に戻ってもらって治療する手法が売りとなっている。同時に入院した患者同士の喧嘩から、何とか相手を懲らしめようと一計を案じたいたずらが、思いも寄らぬ出来事を引起す。

テレビで観て脚本は知っていたけど、それでもやっぱり面白い脚本。今さらダンスのある舞台かよと最初は思ったけどよく観たらダンスよりも淡い振付でむしろ馴染んでいた。G2の演出でここまで素直に楽しめたのは初めてかも。ただ、ホラーに関する部分が、溜めがないというか、若干淡白でもったいない。リメイクは概ね成功しているけど、最後のオチもリメイク? 劇中の台詞と矛盾しないか。

台詞を話していないときもきっちり演技する上手な役者の中で吉田鋼太郎が頭ひとつ飛びぬけていたけど、中越典子と玉置玲央もなかなか。それと、えーと、どちらもよかったのですが、笹本玲奈が量販店販売員で鈴木砂羽が看護婦であっていますでしょうか誰か教えてください。

2012年11月 4日 (日)

DULL-COLORED POP「完全版・人間失格(女バージョン)」青山円形劇場

<2012年11月4日(日)昼>

ある男が自分の生涯を書いたノートを入手した作家。ノートに書かれた内容に拒否感を示しつつも、そこに出てくる人物を訪ねながら男の足跡をたどっていく。

太宰治は挑戦しようと思いつつ、いつも本を手に取ると合わない感じがして、未だに「走れメロス」以外は知らない。なので設定が現代になっている以上にどの程度改変しているかはわからないけど、たぶんほとんどそのままじゃないかと思う。

観終わった後はすっきりとか感動とかではなく、よくも悪くも嫌な感じ。役者で惹かれたのは学生時代の目立たない同級生と、薬屋の奥さんを演じた2人。逆にちやほやされる理由も暗いところも伝わってこなかった主人公には疑問。脚本とスタッフワークと劇場と相手役で勝って、主人公と演出で負けた。大胆な選曲は賛否あると思うけど個人的には裏目。10年後に同じ劇場、同じメンバーで観直したい。

2012年10月28日 (日)

野田地図「エッグ」東京芸術劇場プレイハウス

<2012年10月28日(日)昼>

新しく改装中の劇場から見つかった寺山修司の未発表生原稿は、卵を使った団体競技を取扱った「エッグ」。そのスポーツのオリンピック出場が賭かった一戦に出場する選手たちと、そのチームのキャプテンに恋する人気女性歌手、という話のはずだったが・・・。

こころならずも千秋楽になってしまった野田地図は、東京芸術劇場改装の杮落しとして芸術監督が脚本演出ついでに出演まで務める目玉の1本。千秋楽の熱演は良とするも、脚本には納得いかないという嫌な感想に。

終盤でエッグが実は日本のXXXに関係していた、というのは最近の野田秀樹の脚本の傾向で、政治的というかイデオロギーというか、自分がそういう芝居がもともと嫌いなのもあるんだけど。なんだろう、それを扱うならもっとストレートな脚本で攻めるか、「パンドラの鐘」程度の匂わせ方にとどめてほしい。野田秀樹得意の、煙に巻きながら観客を話に引張り込む手法であつかってはいかんテーマという気がする。いや今回の脚本はそのテーマを借景に、日本人の責任感とかそういうものを問うものだ、というなら、逆にそれこそ完全フィクション、あるいは「東京原子核クラブ」みたいに、設定は事実から拝借して膨らましていくような展開にしてほしい。今回の日本のXXXについては全然詳しくないのもあるんだけど、全体に、自分の主張を通すために都合のいいところだけを引張ってきた印象を受けた。あるいは、事実とかどうでもいいと言えるだけの魅力がこの脚本には足りなかった。それが一番の不満。

あと役者はみんな上手だったけど、野田地図に出る人は似かよることが多い。今回だと、妻夫木聡は堤真一だったし、秋山菜津子は銀粉蝶だった。ある程度定番で演じられる役者がいないと成立しないのか。そんなこともないと思うけど。串田和美が、なんで野田地図に出るとみんな走りだして早口になるのか、って松尾スズキとの対談で言っていたけど、それに近い。

カーテンコールが7回か8回かあって、最後は野田秀樹が土下座してようやく終わって、そういうのがあるから千秋楽は避けたかったけれど、2ヶ月公演してくれたおかげで結局都合がついたのも事実なので、そこは感謝したい。ただ、根拠はないけど、野田地図は公演序盤に観た方がいい気がする。

不満だらけですけど、当日券を買うために2時間近く並んで、買ったら買ったで立見で2時間以上で、疲れたってのも理由の一つなので、その点は割引いて読んでもらえればと思います。

2012年10月 8日 (月)

劇団、本谷有希子「遭難、」東京芸術劇場シアターイースト

<2012年10月7日(日)夜>

生徒が自殺未遂を起こした、ある中学校。その生徒の学年の担任をしている4人だけが別職員室に隔離されている。自殺未遂を起こした生徒の母親は毎日やってきて担任の教師を責める。それをかばっていた同僚の教師たちだったが、ある日生徒から届いていた遺書を握りつぶしていたことを問いただすためにその中の2人だけで相談が行なわれる。握りつぶしていたのはもっとも評判のよい教師だった。

主演予定の女優が降板してからむしろ興味が増した、2006年初演の名作の再演。どうなることかと観てみたら、勢いでは初演に負けるものの、これはこれであり、むしろ初演より黒い感じの仕上がりに。

最初にケチをつけておくと、誇張とポップが求められる本谷有希子芝居の割りに、地味な役者が多かった。地味というと誤解を招くけど、真摯で丁寧な役に仕上げるというか。リズムをつけて引張れたのが片桐はいりだったんだけど、役どころの都合で出演場面が限られていたので、そうでない場面がやや地味。初演は松永玲子に吉本菜穂子も出ていたんだな。

地味なんだけど、笑える場面が何度も出てくる。これは脚本の力。本谷有希子があらん限りを尽くした意地悪と企みの数々に、つい笑ってしまう。これは菅原永二が起点になることが多く、その点で外すことはないので安心。

その菅原永二だけど、この代役をよく引受けたと思う。そして違和感があった。観ていて楽しかったけど、この主演は大役すぎるというか、男が演じられる役ではなかった。でもそこが本谷有希子のいう「男の人の体を通すことでしか、浮かび上がらせることのできない女の何かがある」なのではないかと考えた。それって何だと考えたけど、上手く言葉にできない。適当な言葉で申し訳ないけど、メモ代わりに「主観的(女)と客観的(男)」とか書いておく。どうせならもっともっと派手にころんでほしかった。

ちなみに他に誰かこの主演が務まる役者がいるかとも考えたけど、なかなか思いつかない。吉本菜穂子はいい線いくと思うけど、後が続かない。桑原裕子とかどうだろう。他に思いついた人がいたら教えてください。

初演の細部までは覚えていないのですけど、ラスト直前が、あれこんな酷い話だったっけ、という展開になっていた。片桐はいりが佐津川愛美にお願いしてからの展開、本谷有希子でこんな演出があるんだと、久しぶりに観たせいか衝撃だった。でもこれができるなら、これからの進化も期待できる。ただ、音響と相まって格好よかったラストの幕切れが、もっときれいな方向に変わっていたのが少し残念。

あと、観終わって気がついたんですけど、生徒が自殺未遂した学校で教師が酷い話、現実はもっと酷い事態が起きていましたけど、この芝居ではあまり現実との比較は気にならない。もともと主人公の内心がメインの話とはいえ、誇張とポップがこのくらいまでいくと、昇華されるんですね。こういう、華も笑いも毒もある芝居が劇場のオープニングラインナップに並ぶのはめでたいことで、東京「芸術」劇場の名に恥じない名作です。トラブルなしで準備万端の再々演も期待します。

これから観る人は、見切れがあるので、同じ列なら中心側を、同じ番号なら多少後ろでもできるだけ真ん中側で、見切れに備えましょう。

2012年8月13日 (月)

パルコ企画製作「三谷文楽 其礼成心中」PARCO劇場

<2012年8月12日(日)夜>

近松門左衛門の「曽根崎心中」がヒットした江戸時代の上方。舞台になった天神の森が心中の名所となってしまい、夜な夜な心中したいカップルがやってくる。森の近所で饅頭屋を営む夫婦だが、心中の影響でただでさえ芳しくない売上は激減。これ以上心中を増やさないように見回り中に見つけた心中志願のカップル。自分の饅頭屋に連れて行って説教するうちに、妙案を思いつく。

最近は補助金削減で話題になった文楽にようやくデビュー。王道のコメディーが文楽を通して、誰でも楽しめる2時間でした。

太夫が3人、三味線が4人、人形遣いが13人かな、他にお囃子もあって、そのくらい大勢でやるんだからずいぶん大掛かりです。もっと狭い範囲でやると思ったら、ほぼ舞台全般を使って普通の芝居の役者と同じように人形を動かしていた(できるだけ人形が横に並ぶようにして、出入り以外は奥行きをあまり使わない)。想像以上に人形がスムーズに動いて(これが技術なんだと思うけど、他に観たことがないからわからない)、むしろ人形のほうが大げさに動かすこともできて、その点で笑いを取れるだけ人間よりも有利かも。で、太夫は一人で何役もやりつつ、途中で交代したりして、でもそれで人形の人格が分裂することもなく、感心してました。

カタカナ言葉を言わせたり、舞台装置を積極的に使ったりするのは三谷幸喜の工夫だと思いますけど、いい意味で適当でした。話の展開は落語かイギリスコメディあたりにありそうですけど、オチまできっちりつけていました。冒頭の補助金削減の話もあって、ここで外したら目も当てられないところ、確実に当ててくれる三谷幸喜は頼りになります。

で、文楽賛成かというと、それはこれからもう少しいろいろ観てからの話です。節をつけた謡?語り?が多いのですが、言葉が聞き取りづらくて、個人的には嫌いなのです(歌舞伎もそう)。なぜあんなに節だらけなんだろうと考えて思いついた理由が2つ。ひとつは、これは日本流ミュージカルであるということ。なので、ミュージカルで歌が挟まるのと同じ頻度で節が付くと考えるとまあ理解できる。もうひとつは、人形が後付けで、節や三味線を楽しむところがメインなんじゃないかということ。むしろそういうのを習っていた人たちがプロの技を聴きに行っていたんじゃないか。だとすれば物語は従で、音楽が主で、それなら節回しを外すわけにはいかない。いや単なる推測ですから外れていたら申し訳ない。

ただ、物語があって、それを体現する役者がいて、それを正しく体現させる演出家がいるという芝居の構造を期待している身としては、先に音楽があって、それを引立たせるために物語があって、それを上演するために役者(人形)があるような構造だとつらい。ここ一番でうなってくれるのはいいんですが、8割うなられると個人的にはつらい(ついでにいうと私はミュージカルも苦手)。

なので、貴重だから残しておこうという話は理解するのですが、今回の面白さは三谷幸喜の脚本演出に依存する点が大なので、面白いから残しておこうかという話に対する評価は保留です。もう少し観てから。ただ、古典脚本にこだわる必要がなければ新作の可能性は一気に広がるし、江戸時代にこだわる必要がなければ可能性は無限大です。ネタですけど、人形だったらなでしこジャパンのサッカー試合とか再現できるんじゃないでしょうか。人間の役者にはできない要素を盛込むことで、他の種類の舞台よりも有利になれそうな気がしますので、引続きの健闘を願っております。

Bunkamura/大人計画主催「ふくすけ」Bunkamuraシアターコクーン(ネタばれあり)

<2012年8月12日(日)昼>

14年前に失踪した妻を探して上京してきた工場経営者。アル中の風俗ライターとつきあう風俗嬢。目の見えない妻を持ちながら、勤務先の病院の看護婦と不倫する警備員。奇形児を監禁して偏愛する薬剤会社の御曹司。ある日、御曹司の監禁が発覚し、奇形児はそれぞれ別の病院に預けられる。その中のひとりが警備員の勤務先の病院に預けられる。警備員は彼を「ふくすけ」と呼ぶ。

初演は1991年の悪人会議で20年以上前のもので、日本総合悲劇協会で再演して、今回が三演目(であってます?)。それを今ごろ上演して成立させるんだから、元の脚本も、演出も、すごいもんです。

話題も登場人物も、放送コードとしてはやばいものがてんこ盛り。そして台詞の強さが他の芝居とは全然違う。インターネット的に言えば名言連発。連発しすぎて覚えていないくらい連発。若いころの松尾スズキってすごい。そして救いがない。まったくない。救いがどこにもない芝居って久しぶりに観た。

阿部サダヲが奇形児を演じていて、こういう役を含みなくできる貴重な役者だということを再認識した。かと思いきや、古田新太がすごい地味な役でネタほとんどなしで、もったいないと思いきやプレーンな古田新太もやっぱり貴重で、たまに観ると新鮮でこれはこれでいい。もう、ハズレはないから好きな人に注目してください。で、今回一番目を引いたのが平岩紙。出番とか役とかいろいろ理由はあるけど、個人的には大竹しのぶより多部未華子より圧倒的に引力を持っていた。

席が立見で見切れがひどくて、その分損した感があるので、できれば正面の席で観たかった。立見も含めて満員のシアターコクーンって久しぶりだ。でも、配役表を配っていたのはうれしい。折込チラシとは別にありますので、休憩時間にもらっておきましょう。

で、ここからネタばれ。本当に最後のネタばれまで書きますのでこれから観る人は読まないように。

それだけ褒めておいてなんだけど、脚本が全体に古い印象を受けた。盲目の妻が宗教に目覚めてヤクザに攻撃を仕掛けるという筋立ては、目の不自由な人間が教祖の宗教団体が国家中枢でサリンをまくというテロがあった。いじめっ子がいじめおよびその後の不倫に対して毒で仕返しをしていたけど、今では自殺に追込まれてそもそも大人になれない。風俗業界から都知事に立候補していたけど、社員を過労死に追込む会社の社長が普通に都知事に立候補している。監禁事件は「キレイ」初演時にちょうど実際の事件が発覚して騒ぎになっていた。先見の明は疑うべくもないし、1991年では凄いインパクトがあったと思うけど、2012年の時点では、事実は小説より奇なりだと思う。

あと、年寄りが登場しないですね。やくざの三姉妹が、たぶん50歳前。夫と、失踪した妻がやはり50歳前後の設定。個人的な印象ですが、今時の悪いやつというのは若者には似合わなくて、金も地位も持っていて体力もまだまだ残っていて退く気なんてさらさらない脂っこい70歳くらいの年寄りのほうがはまる気がする。その点で、若者が若者の興味のある範囲で書いた脚本といえなくもない。

立見で見切れがひどくて、舞台からのエネルギーがあまり受けられなかったので悪い印象になっている可能性がある。やっぱり正面席で観て確かめたかった。あ と、シアターコクーンだと上品過ぎた。ありえないけど、スズナリみたいに、劇場自体に怪しさがある劇場で観られたらよかった。

それを上演して成立させるのは、やっぱり脚本の力。失踪した妻側の家族の話と、盲目の妻の夫婦の話と、それぞれに力強さがあって、その両方の話がふくすけを介して上手に交差する。これがやっぱり基本線で、これがあるから名作と呼んでもよい。そういう脚本。悪いことも書きましたけど、観て損をするようなレベルではないのでご安心を。

2012年7月10日 (火)

公益財団法人可児市文化芸術振興財団主催「高き彼物」吉祥寺シアター

<2012年7月8日(日)昼>

オートバイ事故で友人を亡くした高校生と、その事故現場に居合わせて救出作業に当たった近所の元教師。受験を控えた1年後に事故現場に戻ってきた高校生を、諸事情あって元教師が家に泊めることになった。元教師と高校生、そして元教師の家族や知人が織成す昭和53年の夏休みの一週間。

マキノノゾミ脚本にして初の自分演出は、岐阜県可児市の再演発掘アーラコレクションによる制作。芝居の王道が楽しめる2時間40分。

設定からしていかにも秘密がありそうで、やっぱりその秘密が物語の核心になっていて、でも笑って泣かせてすっとぼけて、こういう王道の芝居ってあんまりないですよね。秘密の内容が若干微妙ですけど、基本的には誰と観に行っても楽しめる。高き彼物ってなんとなくこういうものか、という気分になれる。

役者はみんな安定感大。中心に石丸謙二郎を据えて、周りに緩急つけさせて。出番が少ない割に存在感の大きい品川徹がいいアクセントですけど、声フェチな自分は田中美里の微妙に甘やかすトーンの混じった説教声にやられました。話している役者もいいけど、それを聴いている役者のリアクションもいい感じ。ただし、あれで2ヶ月前までMRやってたのかよとか、あれで警察官かよとか、あれで(以下略)とかのつっこみはしてはいけません。そういうのはデフォルメの範疇。

スタッフだと、高さを隠しつつ奥行きを出した美術と、ジーパンの裾の短さで微妙さを演出していた衣装に注目。というかかなり贅沢な面子ですね。4000円の芝居でこれだけのスタッフは普通揃いません。

開演直前で携帯電話を鳴らした人がいて、それが舞台上の黒電話と同じ音になっていたからか、一瞬音響が止まっていたけど、ご愛嬌ということで。客席みんな開演と間違えていましたから、開演前でよかったですよ。

4000円でこれくらいのレベルの芝居が標準になって1ヶ月公演とかしてくれると芝居見物がもっと流行ると思うんですけど、再演利用可能な脚本はさておき、演出役者スタッフともかなり贅沢なので、なかなかむずかしいところです。