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2013年2月11日 (月)

演劇は交流せざるをえない

あまりにも何も書いていないので、ほとんど引用で。たまたま見かけたこのブログで書かれていた内容が気になったので。

たぶん鈴木には、年長者から見れば「そんな他愛もない」「あと10年年を取ればわかるよ」と言いたくなるような青臭い(幼い)内容を、何とか「普遍的」といっていいような言葉に翻訳して、無関係の人にも流通させようという意志がある。それぞれの分野における「問題」を、その分野の固有性(内輪性)から解き放って、他の分野にも潜まれているだろうより大きな・広範な「問題」→時代の空気へと変換し流通させたいという意志があるはずだ。各分野がそれぞれ専門的になりすぎ、総合的な視野に立つことが出来なくなっているという、いわゆる「タコツボ化」の問題について、鈴木は相当意識的なんじゃないのか、と思う。

それは多分、彼が他者と言葉を交わし、交流せざるをえない「演劇」をやっていたからじゃないかと、わたしは思っている。

よく話すネタなのだけど(元々は鈴木忠志か蜷川幸雄が言っていた言葉だと思う)演劇には、絵画や音楽などのように「狂人の天才」は存在しない。それは演劇が、他者との交流の中で生まれる芸術だからである。

たぶん鈴木謙介も演劇との関わりの中で、そういう交流の必要性を(自らが上手くフィット出来なくても)知ったのではないか、というのがわたしの読みだ。会話の通じなさそうな相手に対しても会話を試みること、そこで個々の問題を共通の問題へ翻訳していくこと。そういうことが今は大切なのじゃないか、と鈴木はきっと思っているし、わたしなんかも思うのだが、どうだろう。褒めすぎかしらん。

これが引っかかったのは平田オリザの本とか読んでいたからか。というわけ同じように気になった人は「わかりあえないことから」とかお勧めしてみます。いろんなところで書いていた話のまとめといえばまとめだけど、これが一番新しくてまとまっているように思えた。

別に自分が何かやっているわけでもないんですけど、日本に限って言えば今は高度経済成長時代よりも時代が動いている感じがするんですよ。価値観の転換、社会の常識の見直しを求められているという点で。なんでそういう時代になったかというと、個人が情報を世界に発信できる、最悪海外に逃げられることが技術の進歩とインフラの整備で可能になったから。「The world is flat」というヤツです。意地悪とか、いじめとか、理不尽とかって、相手に逃道がないときにだけ機能するので、逃げられるならそれで終わりなので。だから逃げるという選択肢はつねに用意されないといけないし、確保しておかないといけない。それは置いておいて。

そういう時代を演劇で描いてもいいし、演劇の技術で乗りきってもいいし、なんでもいいんですが、知らない価値観を触れるというのに、平田オリザも書いていたけど、演劇はいいみたいですよ。とりあえず価値観の違う人が出会うとお話が始まります。うん。適当なことを書いてまとめた気分になってみる。

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