2013年7月 7日 (日)

2013年上半期決算

恒例の半期決算です。

(1)PARCO PRESENTS「志の輔らくご in PARCO 2013」PARCO劇場

(2)パルコ企画制作「ホロヴィッツとの対話」PARCO劇場

(3)東京芸術劇場/東京都/東京文化発信プロジェクト室主催「マシーン日記」東京芸術劇場シアターイースト

(4)世田谷シルク「ブラック・サバンナ」アトリエ春風舎

(5)青年団「平田オリザ・演劇展vol.3 銀河鉄道の夜」こまばアゴラ劇場

(6)ハイバイ「」東京芸術劇場シアターイースト

(7)イキウメ「獣の柱 まとめ*図書館的人生(下)」シアタートラム

(8)(9)DULL-COLORED POP「プルーフ/証明(前半バージョン)(後半バージョン)」シアター風姿花伝

(10)シスカンパニー企画製作「ドレッサー」世田谷パブリックシアター

(11)ナイロン100℃「わが闇」下北沢本多劇場

以上11本、隠し観劇はなし、チケットはすべて公式ルートで購入した結果、

  • チケット総額は53400円
  • 1本あたりの単価は4855円

となりました。

この一覧を観て湧く微妙な思いを言葉にすると、ベテランか小規模芸術寄りかのどちらかで、「ちょうどいい劇団」というものが見当たらない。ちょうどいいと言われても困ると思うけど、公演規模とか年数とかチケット代とかがちょうど中堅な感じというだけでなく、たとえ裏にどれだけ毒が隠れていても、全体に華がある、仕上げはエンターテイメントが前面に出てくる劇団。自分が芝居を観始めた頃はそういう芝居のほうが多かった気がする。メッセージが前面に出るのは別に悪いことではないし、上手に出してもらえばむしろ好みなんだけど、そういう芝居ばかりになるのではなく、選択肢のある状態がいい。

昔も今も単に自分が観ていないだけだと言われればそうかもしれないけど、時代がメッセージを求めている気がする。それも道に迷った人が行先を求めるようなものではなく、助からない事態に直面した人の悲鳴に近いような。大震災と原発事故が起きたからかと思うと、そうではない。自分で自分のブログを読返した感じでは、すでに2010年の段階で兆候は出ていた。

1年前の決算
で「世の中の変化はもっと激しいはずで、あるいはその変化を早めて、あるいはその変化の影響を緩和して、あるいはその変化に立向かうための希望をみせるような、そんな動きを芸術が担えるのかどうかはやっぱり興味がある。」と書いた。これを改めて、人によって複数あるだろう芸術の定義の定義のひとつを「それを体験した人に、人生に立向かうための勇気を与える表現」としてみたい。そしてその具体例がイキウメの(7)だというのが個人的な感想。同じようなことは今まで感じたり本で読んだりしていたはずなのに、生身の人間の演技で観ることでここまで衝撃が強くなるとは思わなかった。

俺は私はそこまで感じなかったから(7)は芸術じゃないとか、他のものは芸術じゃないんだとか、そういうつっこみは無し。芸術というのはとても個人的なものなので、一定数の人が芸術と思えば、場合によっては表現者当人以外にたった一人でも芸術と思えば、芸術になりうる。じゃあ娯楽と芸術の違いは何だよと問われてこれまた定義を考えてみると、「大勢を一体化するものが娯楽、個人を独立させるのが芸術」と言ってみる。

ここまで書いて気がついた。そりゃあ芸術は儲からない。別の言い方をすると、芸術が面と向かって必要とされる世の中は幸せではない。幸せではないというか、幸せの意味が変わる過渡期というか(書いていてダメな日本のポップスの歌詞みたいに読める文章力のなさが嫌だ)。何だけど、社会の成熟と個人の独立には近い関係があるので、面と向かってではないにしても、世の中は少しずつ芸術が必要とされる方向に向かうものだと思う。商業面をいうなら、芸術が毒を隠して娯楽のふりをして悪いことはないし、昔からやっていたのだろう。現代なら、狭い地域の少ない人数に限らず、世界を目指せる。

書くだけなら気楽なもので、これだけ偉そうなことを書いたけれど、本日ただいまから心を入替えて芝居を観る本数を増やすとか、もっとためになるエントリーを書くとか、そんなことはできないし、するつもりもない。ただ、どれだけ観る本数が減っても、観ることを止めることはもったいないな、続く限りは観るべきだな、と考えたわけです。

半年で観たペースは予定通り。例年はだいたい年末に膨れるけれど、それで増えるとか減るとかは、あまり気にしないようにする。読者の皆様もその点はあまり気にせずに細く長くのお付合いをとこれも恒例の挨拶で。

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2013年6月30日 (日)

ナイロン100℃「わが闇」下北沢本多劇場

<2013年6月30日(日)昼>

叔母からの遺産相続に伴って田舎に移り住んだ一家。小説家である父は執筆に専念できる環境に喜ぶが、環境になじめない母は精神を病み、それが原因で夫婦は 別居する。その後も続く複雑な家庭環境で3姉妹が育っていろいろあって、移り住んでから30年後、映画の撮影スタッフが父親の取材に訪れる。

あらすじは初演の感想より。完成度は100%。KERAの「晩年第一作」だったけど、すでに代表作の感あり。初演を観ていなかったら間違いなく緊急口コミプッシュしていた。誰にでも勧められるし、時間と体力と金が許すならもう一度観たい。一幕の最後は泣きそうになった。これを半年の締めに観られてよかった。欠点は3時間半の上演時間だけ。

初演と同じキャスティングで再演できたのを観られたのは幸運で、よほど初演の手ごたえがよかったのか。たぶん再々演があっても同じキャスティングは無理。今回の公演でぜひ観ておいてほしい1本。15日まで東京、その後は大阪、横浜、北九州、名古屋。北九州が2日間3公演で、大阪が1日2公演って、大阪はこういうの受けないのか。

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シスカンパニー企画製作「ドレッサー」世田谷パブリックシアター

<2013年6月29日(土)夜>

巡業公演中のシェークスピア劇団。1時間後に開演を控えて、主役を演じる座長が医者にかかってしまう。ようやく劇場に戻ってきたが、心身ともに不安定な状態のまま。関係者が上演中止に傾く中、座長の付人だけが上演を主張し、奮闘を始める。

三谷幸喜がやるからコメディーだろうと思ったら、コメディーだけには収まらない重いイギリス脚本。垂涎のキャスティングで上演と思いきや、橋爪功と大泉洋の2人がメインで他は出番が少なく贅沢な状態。それなりに笑いは取れていたものの、自分にはどうもかみ合わせの悪い印象。1階最後列だったけどこの劇場なのに舞台が遠かった。

三谷幸喜が脚本負けしたのか、とか、大泉洋は頑張っていたもののこの役には少し軽すぎたせいか、とか、いろいろ考えたけど、何か橋爪功が演出に合っているようで合っていない気がする。銀粉蝶演じる舞台監督マッジ、じゃなくて舞台監督マッジを演じた銀粉蝶には拍手を送りたい。

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2013年6月 2日 (日)

DULL-COLORED POP「プルーフ/証明(後半バージョン)」シアター風姿花伝

<2013年6月1日(土)夜>

あらすじは前半バージョン参照。

チケット価格に対して大胆な挑戦のリピーター1000円割引もあって後半バージョン(Wキャストは中村梨那)も観る。以下比較が中心。

前半バージョンの抽象舞台に対して具象舞台で臨み、前半バージョンより20分くらい長い上演時間をかけて、登場人物の心情や脚本の構成などを丁寧に描いた演出。前半バージョンとの比較もできて、見落としていた関係や、間違っていた箇所も見つかった。主人公が内向的と書いたのは間違いで、かといって攻撃的や反抗的でもなくて、自分の怯えと決断から孤立無縁な立場に追いこまれていく人が自分の能力と歴史上の人物によすがを見出して殻を作って自分で自分のプレッシャーに対抗していくことは何ていう言葉で表現すればいいんだ。

ここは変わるかな、と事前に想像していた箇所の演出が両バージョンでも非常に似ていた。再演だから場面の理解が似ているのかもしれないけど、それだけでなく、脚本の内容以上に翻訳の単語選びで演出が強く付与されているせいもあるような気がする。見易さなら間違いなく後半バージョンだし、個人的には仕上がり好感度の高い主人公と父親ということもあるけど、やはり90点には届かず。面白い脚本を面白く立上げるのは至難の業という古田新太の言葉を思い出す。あと、音響のタイミングは悪い意味で近年まれに見るほどひっかかったけど、あれは狙ってやっていたのか、それとも舞台が見えない場所から操作していたのか。

比較してようやくわかったけど、演出方針が全然違う。変な例えだけど、後半バージョンがコースを最短時間で攻められるF1カーを作ろうとしていたのだとしたら、前半バージョンはアウトバーンを時速500キロで走れる車を作ろうとしていたような。主人公が、観客的に心理を追いやすい王道のストレートプレイを進んだ後半バージョンに対して、ハサミと雑誌と切りくずの扱いで端的に心理状態を表した前半バージョンはルールからして違い、良くも悪くも野蛮な演出。両方見比べた今となっては、雰囲気が全然違うのでどちらが上下ということはないのだけど、翻訳者本人による再演出として無視できるルールは全部無視してルールを再構築した前半バージョンに対して、当日パンフに「やるからには、勝ちます」と書いて勝手にルールの枠に閉じこもった後半バージョンはその言葉遣いの点ですで負けている。芝居の勝ち負けは観ている側が勝手にあっちだこっちだと決めて、それは観る側の単なる好き嫌いであってその芝居の価値とは無関係なのだから、相手より上を目指すんじゃなくて、今自分が行ける最高峰を目指してほしい。

あと、前半バージョンと後半バージョンの順番が反対で、先に具象舞台、後から抽象舞台だったほうが、自分は両バージョンに対してもう少し好印象だったと思う。半年前に決まったらしいので、その時点で演出プランを確定させてスケジュールを決めるのは無理だったと思うけど、惜しい。

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2013年5月27日 (月)

DULL-COLORED POP「プルーフ/証明(前半バージョン)」シアター風姿花伝

<2013年5月26日(日)夜>

天才数学者にして大学教授だが、晩年は精神を病んでしまった父の面倒を見ていた次女。父が亡くなり、元教え子が遺稿を整理する中、葬式のために長女が帰ってくる。その翌日、ある数学の定理の証明を書いたノートが見つかり、教授の遺稿だと驚く元教え子に、それは自分が照明したものだと次女が言い出す。

2演出家3キャストの、前半公演。映画化までされただけのことはあって、非常によく出来た四人芝居。その代わり、四役とも互いにとても微妙な好悪のやり取りとさじ加減が必要で、普通の芝居なら60点で及第点のところを最低でも90点が要求される難しい脚本。その中でも主人公に負うところ大。ただ今回のバージョンでは、主人公のテンションに周りが追いついていないし、そのテンションも制御されていない点で、90点には届かず。

テンションが低いよりは高いほうがいいのだけど、あれだけ高いなら誰か刺さないと不自然だし、あのラスト場面でいきなりトーンダウンしすぎだし、長女から不安定な性格と心配されつつも父の面倒を5年間診てきたある種の強さや、その期間の父に対するよい感情が切落とされていると思う。造形のひとつではあると思うけど、脚本の要求する主人公はもっと面倒にも思える。

<2013年5月27日追記>

一つ気がついた。何かこの芝居に違和感があると思っていたら、姉が美人でちやほやされるのに対して、主人公の次女はもっと地味で内向的で自分に自信がない女性なはずなんだ。「お姉ちゃんならそうしてもらえるかもしれないけどさ」みたいな台詞があった。そこにきれいでエネルギーあふれる女優をそのまま出すからいけない。

<2013年6月1日追記>

いろいろ気がついたり間違っていたりしたので後半バージョンの感想も合せてご覧ください。

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イキウメ「獣の柱 まとめ*図書館的人生(下)」シアタートラム

<2013年5月26日(日)昼>

2096年の日本のとある町。御柱様と呼ばれる大きな柱が、周囲を覆われて敬われている。それを見ると幸福感を得られる効果があるが、見た人間は他の人から触ってもらうまで動けなくなる「副作用」もある。が、ある少年に限っては効果も副作用もない。それが周囲に知られ、町長と室長に呼出を受け、柱の由来を聞かされることになる。それは2008年に落下した隕石の話から始まる。

元々は短編だったものを長編にしての2時間15分。隕石や柱に関わった人たちの様々なやり取りが描く日本の思想と不毛と希望。個人的に大ヒットの脚本。2012年のラストと2096年のラストとに、感動、とは違う、何かよくわからない力強さをもらう。

以前観た時よりも全体にレベルアップして、池田成志と共演しても見劣りしなくなったメンバーの中で、脚本のメッセージを背負った安井順平が硬軟おりまぜてエースの風格も漂う抜群の演技。スタッフワークも含めて、全体が一丸となった感のある、はまる人にははまる一本。

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ハイバイ「て」東京芸術劇場シアターイースト

<2013年5月25日(土)夜>

同居する両親とその長男が世話していた認知症の祖母が亡くなる直前、長女の発案で次男長女次女たちが実家に集まって起きた出来事について。

再演とはまたキャスティングが結構変わっての三演目。そのせいか記憶している前回よりももう少しストレートプレイに近い印象。長男の声の圧力がいい感じ。誰が観ても一定以上の満足は得られる仕上がり。家族に問題がある人にはなおお勧め、かも。

アフタートークは観客へのアンケートに答える形で進行。実際の葬儀での牧師はもっと酷かったが信じてもらえないと思って省いたとの説明もあり、事実と事実らしさとの違いについて考える。再演時に気になった座席の場所の問題が、ものすごい簡単な手段で解決されていたのには感心しきり。

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2013年4月15日 (月)

青年団「平田オリザ・演劇展vol.3 銀河鉄道の夜」こまばアゴラ劇場

<2013年4月14日(日)夜>

学校でいじめられっ子のジョバンニが、町の夏祭の夜に、唯一の親友カムパネルラと銀河鉄道に乗って銀河を旅する。

実は宮沢賢治は、タイトルは知っていても本家を読んだことがない。けど、この芝居は非常に美しい仕上がり。よい原作を舞台化するのはそれなりに大変だろうに、しっかりできてしまう平田オリザの腕前。Wikipediaを見た限りではほぼ原作通りのようなので、原作好きな舞台が観たい人はぜひ。1時間きっちりに収まる上演時間もうれしいところ。

5人で演じていたけど、ジョバンニが1時間出ずっぱりで、映像はあっても音響なしで演じ通したテンションと集中力はすごい。青年団は層が厚すぎる。平田オリザが毎月演出毎月上演するくらいでないと宝の持ち腐れだろう。

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世田谷シルク「ブラック・サバンナ」アトリエ春風舎

<2013年4月14日(日)昼>

隕石が地球に衝突して宇宙人が侵略してくるという話が世界を覆う中、その日が来て人類が壊滅的な打撃を受けたが、とある条件を満たしていた日本人がアフリカのサバンナで一命を取りとめる。合流した彼らは生活のためにコミュニティを構えながら、やがて来るという宇宙人との対面の準備を始める。

初見。書けば書くほど概要が実際の舞台から遠くなるというか、いまいち概要が把握できていないのは、そもそも設定が適当だから。実際には衝突の詳細を職業柄知っている姉と、衝突後に助かった弟の話がメイン。これ自体は小品としてなかなか観られる話。あと、野蛮な感触の残ったダンスが個人的にものすごい気に入った。これは会場の広さが足りないので、シアタートラムの四面舞台(円形劇場ではないな)とかで観てみたい。

ただ、言いたい事を言うために設定が荒唐無稽になったり、つじつまが合わなくなったりするのは有りでも、その設定に比してメインの筋をものすごい小さいところに集約させたので、さすがに違和感あり。「散歩する侵略者」のような、「でもいい」、という感想までは届かず。オチの投げっぷりは個人的にはあれでいいと思うが、それなりに物語を持っていると思われる周辺人物の出番が不足して、弟のいる場所に人物が集まって弟向けの会話が進む不自然な仕上がりはもったいない。神は細部に宿り給うので、脚本を加筆再構成して再演に挑戦してほしい。そしてどうでもいいけど、劇団名が無駄に格好いい。劇団名というよりはダンスカンパニー名っぽい。

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2013年3月24日 (日)

東京芸術劇場/東京都/東京文化発信プロジェクト室主催「マシーン日記」東京芸術劇場シアターイースト

<2013年3月24日(日)昼>

ある町工場。工員に暴行を働いた弟を、敷地内のプレハブ小屋に鎖でつないで監禁する兄。暴行を受けた工員は兄と結婚して働いている。ある日、新しいパートがやってきたが、これは工員の中学時代の担任教師だった。

片桐はいり向けに用意された役を峯村リエがものにしてまちがいなく舞台を引張っている。鈴木杏はありていに言うと下手だけど、その下手なりに一生懸命なところが役にはまってよい。あんな格好させられるくらいなら裸のほうがまだましだろうに。オクイシュージ、少路勇介も好演。

珍しい設定をいくつも積重ねて、下手をするとコントになりそうなところを踏みとどまって芝居として成立している。成立させているものは何なのか、おそらく脚本を書いた当時の松尾スズキのある種の実感というかリアリティではないかと愚考。ひょっとして私が主役、のくだりの痛さがしみる。

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