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2014年6月 4日 (水)

大勢を一体化するものが娯楽、個人を独立させるのが芸術

インターネットをだらだらやるのはよろしくないですが、そのおかげでこんな引用をしているブログを見つけました。

芸術について。人を楽しませる作品は、私たちを作品世界に「引き込む」。だが、よい作品は、逆に、作品が私たちの中に「入ってくる」。映画で言うと『ジュ ラシックパーク』は典型的に前者。大島渚の『少年』は私にとって後者。よい作品が私たちの中に入ってくると、自分のものの見方が少し変わる。—
tetsujin (@chikurin_8th) May 31, 2014

芸術について。コピーライターの言葉は「引き込む」。詩人の言葉は「入ってくる」。コピーライターは、私たちのものの見方をそのままにしておいて、私たちを作り手の意図した場所に運んでいく。詩人は、受け手(私たち)のものの見方を変えて、私たちの意図を作り直す。—
tetsujin (@chikurin_8th) May 31, 2014

芸術について。作品の表現が、私たちの中に「入ってくる」と、世界に対する見方が少し変わる。変わり方は、私たちひとりひとりで、少しずつ違う。よい芸術作品は、だから、私たちをそれぞれ他人と違う「個人」にする効果をもつのではないかしら。—
tetsujin (@chikurin_8th) May 31, 2014

芸術について。政治の言葉は、私たちの中に入って来ないし、私たちを個人にしない。政治の言葉は、基本的にコピーライターの言葉と同じ働き方をする。私たちをどこかに連れて行くだけ。政治運動が歌舞音曲をしばしば伴っている理由が分かる。—
tetsujin (@chikurin_8th) May 31, 2014

芸術について。人を楽しませる芸術は、だから案外怖いものだ。ヒト以外の動物は象徴の体系をもたない。象徴芸術に「皆で乗り込む」ことで、ヒトは集団を作 り、暴走する。逆に、私たちを個人にする効果をもつ芸術作品が、どういう仕組みで生まれてくるのか、それは分からない。—
tetsujin (@chikurin_8th) May 31, 2014

自分が以前書いたタイトルの言葉と同じようなことを書いている人がいたのが嬉しくて引用してみました。ところがこの引用者は続きがあって、

芸術という娯楽の恐ろしさは哲人さんの述べるとおりだが、ひとつだけ哲人さんに思い出してほしいことをつけたしておくと、ヨーロッパを深刻な地獄に変えたナチはワグナーとニーチェという「私たちを個人にする効果をもつ芸術作品」群によって個人を圧殺したのだった。

という但し書きが付く。それがメインではないのですが、難しい話です。

でも、「私たちを個人にする効果をもつ芸術作品が、どういう仕組みで生まれてくるのか、それは分からない。」というのは、とても重要な問いであります。うっすら答えの想像はできるけど、それが正しいかどうかを確かめられない。

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