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2015年1月25日 (日)

「人ひとりの一生を超えた大きな命のつながりに」

この前観た「リア王」は面白くて役者も興味を惹かれる人たちばかりだったのに、文学座はケチだから配役表を配っていない。と思ったら出口で文学座通信(2015.1 Vol.655)なるものを売っていて100円だという。面白かった芝居に100円の追銭をケチったらこっちがケチになるので買ったら、配役表が丁寧だったのに加えて、演出の鵜山仁のメッセージがあった。「リア王」の魅力を端的に抽象化して説明していて、なるほどあの大作をこのくらいコンパクトに説明できるだけの理解がないと演出はできないのだなというのがわかる。

その最後にあった文章がとても心惹かれたので紹介する。

芝居には必ず幕切れがあり、人生は必ず死で終わる。だからこそ、この短い生の時間に、できる限りの感情の振幅を知りそれを表現することが、つまりは人ひとりの一生を超えた大きな命のつながりに、何か善きものをもたらすはずだ、と。今度もまた、そんな夢の実現を目指したいと思っている。

何というか、最近は歳を取っておっさんになるほどに、生まれた時から半歩でいいから前に進んで死にたい、願わくはその半歩が誰かの半歩を楽にできるものであったらなおよい、と周回遅れの中学生のようなことを考えることがある。それをもっと格好よく表現したのがこれだと思っていたく響いたので紹介した。

実際、1回の公演で何百人から何万人を相手にできる芝居という職業を選んだ人なら、その中の5%くらいの観客の人生に影響を与えられる可能性はあるので、はったりではない。表現を仕事にしている人には同じく響くのではないか。

ところで、普段から大勢を相手にする仕事ならまだしも、そうでない仕事でこういう大きいことを考えたくなるのは、心身のどちらかまたは両方が弱っている可能性があるので注意。特に会社がー、とか、国がー、とか、人類がー、とか大きい主語に自分が取込まれているときは要注意。たっぷり睡眠をとってうまいものをたらふく食べましょう。主語は小さいのが一番。そしてその最小単位は自分個人。

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