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2015年11月 9日 (月)

千田是也の芸名の由来

俳優座劇場で芝居を観たことはあっても本人の演出した芝居をみたことがあるわけではないですが、たまたま見かけた話なのでメモ。渡辺一夫の「狂気について」が引用の出典元のようです。

「19歳の演劇青年」、伊藤国夫は千駄ヶ谷駅前で自警団に取り囲まれていた。「畜生、白状しろ」「ふてえ野郎だ、国籍をいえ」「うそをぬかすと、叩き殺す ぞ」とこづきまわされた。日本人で早稲田の学生だと学生証を見せてもききいれられなかった。教育勅語を暗誦しろなどと言われこれらには及第したが、「歴代 の天皇の名をいえというのにはよわった」。自警団のなかにいた近所の人が気づき、伊藤は無事にすんだ。伊藤はこの出来事にちなみ、「千駄ヶ谷のコリアン」 という意味で、千田是也を芸名とする。

ここまでなら「へえ」というだけですが、この後。

千田の中にあったのは自分が被害者になったかもしれないという恐怖心や、実際に被害にあった人たちへの追悼でもあっ たのだろうが、それだけではなかったのだろう。実は千田は、「そもそも短刀や杖を武器に、倒すべき「不逞鮮人」を求めて走って」いて、この目に合ったの だった。ここには加害者としての記憶も響いている。

前に書いた「一日に二度も永井荷風を観たくない」とか「状況倫理と絶対倫理と説教芝居と芝居の強度について」のエントリーでいいたかったことの例が端的に説明されている。行為までは至らなかったとしても、内心は加害者側だったという感覚。これなしに、政治家や軍人は加害者で悪人、庶民は被害者で善人、と単純な二元化された芝居が自分は嫌い。状況倫理の自覚の無いところ、自分たちだって状況があえば加害者側に回っていただろうという感覚の欠如が説教芝居に感じられて。

ちょっと前に読んだ半藤一利が、これはどの本か忘れてしまいましたけど戦争についての対談で、天皇制を守ることが当時の人たちには自分の保身にもつながった人たちがいて、その中には保身が天皇制を守る目的にすり替わって無自覚だった人たちもいて、その点はもっと日本人は自覚的にならないといけないと話していた。状況倫理の話をしておきながらこれは自分には新鮮な視点だった。

政治的な話は嫌いですが、上はたまたま政治的な例が続いただけで実はそうではない。組織的な判断ミスとか、責任と権限の不一致とか、責任の取り方とか、今もってあちこちで見受けられるいろいろな振舞がなぜ行なわれるのかについての理由を、趣味の芝居から辿る話です。

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