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2016年8月 9日 (火)

葛河思潮社「浮標」神奈川芸術劇場大スタジオ

<2016年8月6日(土)夜>

日支事変の時代、結核の妻の療養のために千葉の海岸沿いの家で暮らす夫婦。絵の鬼とも呼ばれ今でもその能力が嘱望されている夫は、画壇への軽蔑と妻の看病に専念するためとから、わずかな仕事と借金で食いつなぐ。妻は祖父から託された不動産をつかって児童養護所を開設しているが、亡くなる前にその名義を弟に書換えておこうと妻の母からは迫られる。夫の数少ない友人からは出征が迫るなか残される妻の世話を託される。診断した医者からもはかばかしい返事がもらえないなか、夫は妻の望みで絵を再開し、万葉集を読み聞かせる。

身を寄せた哲学は崩壊し、打ちこんだ芸術は才能より政治が幅を利かせ、経済的には首が回らず金貸しに頭を下げ、親族はたかりに来て、友人はいなくなり、医学にも見放され、これでもかという八方ふさがりの中で何とかして生きてみせるというエネルギーの塊のような執念を描く。「炎の人」を遡ること11年、カットしてもまだ4時間の大作だけどそれだけのものが詰まっている脚本を、役者とスタッフが真っ向勝負で立上げた力作。ずいぶんと時代がかった台詞もあったけど、モノにしていた。三演目だとしても田中哲司の迫力と、小母さん役がはまっていた佐藤直子、出番は少なくても芝居背景に奥行を出した裏天役の深貝大輔は特に素晴らしかった。強いて言えば原田夏希が妻役よりは少し健康に見えるのと、長塚圭史の医者役はまだ練る余地があるのとが挙げられるけど、大勢にそこまで影響はない。歯ごたえのある芝居を観たい人はぜひ。脚本は青空文庫にあります。

開演前に、初演の主役を演じた丸山定夫は広島の原爆投下で亡くなったことを長塚圭史から簡単に説明。井上ひさしの「紙屋町さくらホテル」の人ですね。特に黙祷もないし、その後は固くなった客席をほぐすようなトークだったけど、そういう日にそういう縁のある芝居を観たのも何かの巡りあわせ。その初演より前に、丸山定夫自身も貧乏に追われて同棲中の女優が病気になったためにエノケンにお願いして一座でコメディを演じていた時期があったようです。当て書きだったのかどうなのか、そういう人にこの芝居の主演をやってもらったのだから、リアルタイムの時代と相まって初演の迫力もなかなかだったのではないかと推測します。

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パルコ企画製作「ラヴ・レターズ」@PARCO劇場

<2016年8月6日(土)昼>

小学生のころからの幼馴染であるアンディとメリッサ。その始めての手紙から最後の手紙までを通して2人の人生を追う。

文字通り何百回も上演されている朗読劇だけどこれまで未見。PARCO劇場最後のこのタイミングで観ておきたくて、個人的には千秋楽よりよさそうに見えた勝村政信とYOUの回で観劇。本当にひたすら手紙形式の脚本を読む朗読を休憩を挟んで2時間やって、しかも最後まで面白かった。少しずつ情報を小出しにしつつ想像の余地を残す脚本がいいのはもちろんだけど、手紙を読む形式にあわせて抑え気味にしているようで細かく調整している朗読は2人ともさすが役者だった。

現PARCO劇場最後の観劇に相応しい一本だったし、新PARCO劇場でもぜひシリーズを再開してもらいたい一本。

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2016年8月 1日 (月)

パルコ企画製作「母と惑星について、および自転する女たちの記録」@PARCO劇場

<2016年7月16日(土)夜>

気性激しく奔放に生きた母の死をきっかけに、母が行きたいと言っていたイスタンブールに散骨を兼ねて旅行に来た三姉妹。散骨に相応しい場所を探して旅しながら、貧しい母子家庭で育った三姉妹が母と過ごして喧嘩した日々の思い出と、三人それぞれの現在の悩みとが交差する。

PARCO劇場改築前の最後の新作。正直なところを言えば設定に難がある芝居。舞台設定がトルコだけど、途中にテロが発生する場面は旅行から帰らない理由を無理矢理補強した感じだし、ラマダン中の三女の飲食も後半の伏線には弱くて単なる無神経に思える。ちょうど本当にトルコのクーデター未遂が起きた日に観たのもあるけど、この物騒なご時勢で、物騒な地域を舞台にして、それが物語の骨格に絡んでいる感じがしない。架空のアジアの国で漫画っぽい設定をいじり倒した松尾スズキのほうがよほど必然がある。

けど、斉藤由貴演じる母親と絡む三姉妹は生き生きしていて、特に1対1で丁々発止やりあう場面は魅力的。モノローグやスマホを駆使して独白させる三姉妹に対して、あくまで三姉妹から見た姿で奔放さや影や過去の重さを想像させて魅力十分な斉藤由貴の偉大さを再確認する。それに一番拮抗していたのが三女の志田未来というのがまた意外。後半はぐっと面白くなって最後の急展開は、改築になるPARCO劇場の行末を称えるような、むしろ最初にそれをイメージして脚本を書いたんじゃないかと思われるような祝祭感。重い展開をすっぱり切るいい後味だった。

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On7「ま○この話~あるいはヴァギナ・モノローグス~」@神奈川芸術劇場大スタジオ

<2016年7月15日(金)夜>

苦労の末にたどり着いた幸福から、それで一生癒えない傷を負った話まで、女性器にまつわるインタビューをもとにモノローグ形式10本で構成した短編集。

「しいて言うなら"まんこ"だけど、私にとっては呼び名がない」という台詞の通り、今ブログを書きながら確かにパブリックな呼び方に困る女性器の話を、それと付合わないといけなくてもっと切実な当の女性たちが演ずる。そこで演じられる内容は、笑えるものも眉をひそめるものも真剣なものばかり。世界中で上演されているだけのことはある。

10本のインタビューと書いたけど、うち1本は「おまんこ様はお怒りである」という、役者全員がぶっちゃける回。温度差はあったけど、すごかった。これも含めて全体に力強さのあふれる仕上がり。英語のオリジナルでもいろいろな呼名を使い分けているところ、それを日本全国のいろいろな呼名の置換えて、さらにそれに拘らず適宜英語も使っていた翻訳が大幅に寄与していた印象。日本語訳の単語選定はなぜか井上ひさしを想像した。

適切な広さにシンプルな舞台と効果的な照明音響も力強さに寄与。ただ、T字でランウェイ形式の舞台にサイド席を設けた三面客席、距離が近い場所から埋めたためかサイド席がほぼ満席だったけど、演技が場所も向きも正面に寄ることが多くて、あれはサイド席前方は不満が溜まっただろうと推察する。全二面の挟み舞台か、いっそ四面囲み舞台にしたほうが公平だった。以前自分が味わったから書くけど、稽古場の演出家席の場所がわかるような演出を変形客席の舞台でやってはいけない。

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Bunkamura企画製作「ゴーゴーボーイズ ゴーゴーヘブン」@Bunkamuraシアターコクーン

<2016年7月9日(土)昼>

中央アジアのあたりと思しき国。ベストセラー作家が、かつて世話になった先輩ジャーナリストが過激派に拉致されたことを知り、救助のため単身現地に赴く。女優である作家の妻は夫の活動を応援しつつ、かつてのマネージャーと浮気し、芸能界への復帰をもくろむ。不穏な現地で頼んだガイドたちとトラブルに巻込まれるなか、男娼として派遣された少年ダンサーと出会う。

ゲイとか怪しいガイドとか生れ変わったヤギとか、中央アジアあたりなのに邦楽で三味線や笛とか、着物で躍る腰の入った寺島しのぶと拮抗して踊る阿部サダヲとか、見終わってしばらく経つと何で納得して観ていられたのか思い出せない設定。少し前にドタキャンをやってしまった寺島しのぶにドタキャン女優を難じる台詞を言わせるような楽屋笑いもあったけど、その実は吹越満の台詞に始まって、最後に頭をぶんなぐるような寺島しのぶの台詞で締まる、結構荒々しい芝居。適当な敵を拵えて観客にストレス発散させるのではなく、散々笑わせて観客側を攻めてくるところがさすがの松尾スズキ風。

寺島しのぶや岡田将生は出番が多いうえにダンスも入ってしまいには脱がされるけど、それも含めて意外なほど馴染んでいた。一番馴染みそうだった割に異色だったのが吹越満で、もちろん上手いけど、はじけて笑いを取る役者だらけの中でひとり粘っこい演技で違う存在感を出していた。あと事前の予想をはるかに上回って漫画のような現地人を演じた岩井秀人は、松尾スズキの脚本をきっちりやるとどれだけ面白い役になるのかを体現していて、もう青年団に全員やってもらえばいいんじゃないかくらいの傑作だった。あれは大人計画の役者の存在意義が問われる。

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