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2016年12月30日 (金)

2016年下半期決算

恒例の年末決算です。

(1)Bunkamura企画製作「ゴーゴーボーイズ ゴーゴーヘブン」@Bunkamuraシアターコクーン

(2)On7「ま○この話~あるいはヴァギナ・モノローグス~」@神奈川芸術劇場大スタジオ

(3)パルコ企画製作「母と惑星について、および自転する女たちの記録」@PARCO劇場

(4)パルコ企画製作「ラヴ・レターズ」@PARCO劇場

(5)葛河思潮社「浮標」神奈川芸術劇場大スタジオ

(6)世田谷パブリックシアター/エッチビイ企画制作「遠野物語」世田谷パブリックシアター

(7)劇団チョコレートケーキ「治天ノ君」シアタートラム

(8)新国立劇場演劇研修所「ロミオとジュリエット」新国立劇場小劇場

(9)KERA・MAP「キネマと恋人」シアタートラム

(10)(11)新国立劇場主催「ヘンリー四世(第一部、第二部)」新国立劇場中劇場

(12)シス・カンパニー企画製作「エノケソ一代記」世田谷パブリックシアター

以上12本(ヘンリー四世は別々でカウント)、隠し観劇はなし、チケットはすべて公式ルートで購入した結果

  • チケット総額は77040円
  • 1本当たりの単価は6420円

となりました。上半期の11本とあわせると

  • チケット総額は150040円
  • 1本あたりの単価は6523円

です。小劇場から始めてプロデュース公演になった人たちに偏ったラインアップなのは、新規開拓する余裕がなかったからです。そしてプロデュース公演は高い。けど他の予定を優先した時期もあれば都合で観られない時期もある。ならば空いた時間を金で叩くしかないと割切って、上半期よりさらに単価が上がるのはしょうがないと諦めました。意地になって芝居見物を続けているような面もあってこれだけ観ましたが、普通の人はこうなったら芝居の優先順位を下げてそのまま遠ざかっていくんだろうと実感しています。

そして偏ったラインナップの中でも上半期に比べると仕上りにばらつきが多く、こちらの体調不良もあいまって、後半失速気味でした。素直に満足した芝居Aと、不満はあっても最終的には満足した芝居Bと、面白かったけどどこか不満の残る芝居Cの3パターンあって、芝居Bと芝居Cが多かった。数少ない芝居Aは(2)(5)(6)、次点で(4)(10)(11)です。何度も上演された脚本の芝居が多いです。1本だけ選ぶなら(5)。(7)(9)の評判がいいのですけど、自分には芝居Cでした。こんなに自分の感想と世間の評判とがずれるとは思いませんでした。別にずれてもいいのですが、(7)はともかく(9)はこちらの体調以上の理由が突き止められないのが情けないです。

でも通年で一番は上半期の野田地図の「逆鱗」です。あの、雑魚が一番具体的に詳しくてトップは目標も具体的情報も持っていなくて、その情報格差を認められないばかりにトップが適当な判断を出して、その矛盾が下にくる話は今も普通に見かける光景で、私がいろいろ疑問に思っている内容のひとつ。日本社会のよくないところのひとつをあれだけ上手に描いたのは素晴らしい。

下半期のニュースはPARCO劇場が立替のため閉館したこと。思い返せば(3)はやっぱりPARCO PART1-3とセゾンまたは堤清二を模した芝居ですよね。あと、さいたま芸術劇場の蜷川幸雄の後任は予想を外して吉田鋼太郎に決まりましたが、後を追うように平幹二郎がなくなったこと。ある時代で育った世代が確実に亡くなっています。それに出演者インフルエンザによる公演期間中短期上演中止。(9)は当初観に行こうとした日がそれに当たって急遽予定変更しましたが、別のスケジュールにしわ寄せが来ました。他に神奈川芸術劇場の「ルーツ」も、ここなら観られたという日が上演中止に当たって、結局見送りになりました。両方とも公立劇場プロデュースだからできたのかもしれませんが、興行収入直撃を覚悟して上演中止にした制作側の判断は正しいので支持します。が、やはり役者は体が資本なので、公演期間中の体調はぜひとも万全に整えてほしいです。体力が落ちている私にとっては勝手なお願いになりますけど。

キーワードは体力です。2017年は体を鍛えて体力を取戻さないといけない。2016年から4-5年は、後で振返れば教科書に載るくらい時代が動いた年になります。そこを過ごすためにはまず体力。体力がないと芝居も観られない。芝居を楽しめないレベルではなく、そもそも劇場まで行けません。実際に体力切れで見送った芝居が何本かありました。体力が落ちると心も弱って、心が弱ると新しいものへの興味がなくなるどころか拒否反応が出たり、より弱いものへのはけ口を探すようになってしまいます。そこは自分で注意を払わないといけません。そうやって鍛えた体力で観た芝居から、どこまで多様性についての興味と寛容の心を養えるか。今の私に多少なりとも寛容の心があるとすれば、その一部には長年観てきた芝居から受けた影響が間違いなくあります。そんな説教臭い心構えで観たって芝居はつまらないので実際にはただ観に行くだけですが、それを途切れさせるのはもったいない。

そして芝居には、時代に負けない強さ厚さを備えることを期待します。事実は小説より奇なりを地で行くような時代に、繊細すぎる芝居やその場のノリでふざけるような芝居は、観なければよかった気分になります。別に繊細さやノリが悪いのではなくて、それがどれだけのいろいろな蓄積に裏打ちされているか、です。劇団全盛期だと劇団内の活動が一種それを裏打ちしたのでしょうし、蜷川幸雄くらい頻繁に仕事をしていれば少なくともスタックワークに隙はなかったでしょうけど、プロデュース公演ではどうしても脚本、演出、役者という基本構成要素に、その中でも直接客席と接する役者個人個人に求められる比重が高くなります。最近のテレビドラマは視聴率が悪い場合はすべてが出演者の責任にされるので主役を演じる役者のプレッシャーがきついという話をどこかで読みました。裏打ちを作るのに一番必要な「時間」が絶対的に足りない世界では、残念ながらそういう構造になってしまいます。舞台の場合、劇団が最適解なのかどうかは意見が分かれますが、何らかの工夫で乗りきってほしいです。

話がいろいろ飛びましたが今回はこのくらいで。気になる芝居を観るには30本でも足りないのはここ数年の経験で確定になりました。去年の見込み通り、今年は観劇頻度も更新頻度も低調になってしまい、来年もこの傾向は続く予想です。それでも毎年2桁本数は芝居を観続けるつもりなので、引続き細く長くのお付合いをよろしくお願いします。

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