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2017年4月21日 (金)

観客あるある

あるあるは大げさだけど、長く芝居を観続けているとそういう気分になる

転居を伴う異動があって、3月はなんだかもうやること、のタスクが多すぎて芝居の感想もまったく書けず、それも書きたいけど時間がない、というような感じじゃなくて、自分がパソコンに向かってテキストを打つ、ってことがもはや遠い世界に感じられる、みたいな心境になってしまっていて、これはちょっとやばいんじゃないかなんて気が、こっそりしていた。4月になって、環境が変わって、時間は前よりたくさんあるのに「エンターテイメントを楽しむ」みたいな方向に気持ちがいかない。いかないというよりも、前はどうやって楽しんでいたのかがわからなくなってる感じがしていた。

最近ブログを書くのがきつくなってきた。でももっと以前は、なんかもう芝居を観るの止めてもいいんじゃないかという気持ちになりました。

でも、「クレシダ」の映像を観て、平さんの芝居を観ていたら、なんというかへんな表現だけど、死んでいた情緒がみるみる甦ってくるような感覚になった。シャンクの語る「役者の仕事」の台詞に涙しながら、自分がどうやって芝居を、娯楽を、楽しんでいたかをもりもりと取り戻すような感覚があった。ためこんで放置していた芝居と映画の感想を、3日間で一気にぜんぶ書いた。ソロモンよ、わたしはもどってきた、なんて言いたくなってしまうぐらい、きぶんがいい。

私の場合はそれが「」だった。たとえ3年に1回でもこういう芝居が観られるなら芝居を観続けないといけない、と思わせてくれた。なのに今年の再演を観られなかったのは都合がつかなかったから。芝居を観に行ける機会は減っていて、そうするとできるだけ当たりの予感がする芝居を選びがちになってしまう。それでよし行けるというときに限って観たい芝居が休演日だったり、昼夜のどちらかしか上演していなくて合わなかったりする。

ならばその機会に新しい劇団でも試しに観るかというと、それより別のことに時間を使おうかとなる。劇団に限らず、海のものとも山のものとも知れないものを試すのには時間と体力と金が必要で、それが欠けるとつらい。

欠けた時期が続くと、観るのを止めてもいいんじゃないかという気持ちにまたなってしまう。そういうときに思い出す作品がひとつでもあるなら、ひと休みしたあとでもう一度立上がって劇場まで足を運べる。

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