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2017年8月30日 (水)

4年越しの野次馬は思えなかったづくし

そういえば昔これでエントリーを書いたなと思って読返したら、無駄にテンションの高いエントリーだった。あのころはやばかったな。それが4年をかけて復帰して、ユニットも組むことになったそうです。ステージナタリー経由。

世の中には、謝ることすら許されない、100%自分が悪い、という出来事が存在すると思います。
僕が起こしたことは、2度とリセットすることの出来ない、一生背負い続ける過ちだと思っております。
しかし僕は、1秒として、「演劇をやめる」という選択肢を持つことができませんでした。なんとしてでもしがみつきたかった。
そのひとつの答えが、この「serial number」という場所です。

一度不祥事を起こした僕には、いつだってお客様から見放されるリスクが常にあるのだと、
重々承知の上、自分の人生と誠実に向き合って行こうと思います。
演劇とは、僕の想像をはるかに越えた、対等なものであり、美しいものであり、残酷なものであると思っています。

これからも、僕なりの形で、演劇と向き合っていきたいと思っています。
これから、何卒宜しくお願い申し上げます。

小劇場とはいえ、あそこからまさか復帰できるとは思えなかったし、4年も粘るとはもっと思えなかった。

思えなかったといえば風琴工房もここまで存続するとは思えなかった。自分が観たのはすでに中堅キャリアのころで、短編一挙上演とかの企画をやっていて、でもあの作風でそれ以上長続きするとも思えなかった。昔過ぎて手元の資料が見つからないうえに公式サイトリニューアルで昔の記録が飛んでいると思ったらまさか早稲田演劇博物館が残してくれていた記録が見つかったのでそれによると2002年だ。タイトルだけ覚えているのは「寄生植物園」で、あとなんだっけなあの写真家とカメラの話のタイトル、シャッターを押した瞬間にスポットライトになった場面は今でも覚えている。「箱庭の地図」で合っているかな。それが今から団体名を変更してまでユニットを組むという。

年内一杯は風琴工房名義で活動するようで、その次の公演はちょっと惹かれる「アンネの日」なのだけど、このキャリアで三鷹星のホールのMITAKA "Next" Selectionに出てくるというのだから、よほど波に乗っているのでしょう。ちなみにこれは女優だけの芝居なので4年越しの彼は出ません。

野次馬の唾なんぞ気にせずに、続ける人たちというのは続けるのだなというお話。それと思えなかったことなんて案外ひっくり返るんだというお話。

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2017年8月21日 (月)

日生劇場は実は贅沢な劇場という話

日生劇場はたぶん1回だけしか行ったことがないはずで、そのときはうねった劇場内のデザインのインパクトが強かった。Wiredでエッセイに合せた断面パースが掲載されていたのだけど、天井が本当にアコヤ貝とは知らなかった。その中に

「最初から子ども向けの劇場として設計された」という事実はあまり紹介されていないように思う。

と書かれていて、確かにニッセイ名作シリーズを上演しているけど、そんなことはないだろうと調べたら、Wikipedia

『すぐれた舞台芸術を提供するとともにその向上をはかり、わが国の芸術文化の振興に寄与する』ことを事業目的とし、日生劇場を拠点として運営者の「公益財団法人ニッセイ文化振興財団」が様々な活動を行っている。

・1964年より、日本生命保険と共催で、劇団四季出演によるミュージカルに都内の小学生を学校単位で無料で招待する、「ニッセイ名作劇場」を毎年実施している。
・1979年より、中学・高校生を対象に本格的なオペラを鑑賞できる機会を安価で提供する「日生劇場オペラ教室」 を開催し、学校単位でこれを行っている。
・1993年より、親子で本格的な舞台芸術に安価で触れられるようにと「日生劇場国際ファミリーフェスティヴァル」を毎年夏休み期間に行っている。

なんて載っていて、筋金入りだった。恐れ入った。

これを調べている最中に劇場サイトに設計した村野藤吾本人による設計経緯の文章が載っていた。なんであんなにうねった設計なのかというと、音響効果を考えてのことらしい。

劇場を単一の目的に設計すること、例えば、コンサートホールとか、演劇専門に設計するとか、ともかく一定の目的にふさわしいように設計することは、劇場建築という建築的には困難な設計でも、いくらかやりやすいのであるが、わが国では多くの場合多目的に使用されるようである。これは、劇場経営の点からやむおえないところもあると思うが、建築的には、殊に音響的には非常に困難で、成功する場合は少ないようである。そこでこの劇場の設計に当たっては、まず使用目的をはっきり してもらうことにした。オペラおよび演劇(歌舞伎を除く)に使用するというのであったが実はオペラと演劇ということだけで既に非常な建築的な性格の相違である。音響の点は石井聖光先生の指導によったもので、はじめ、音の拡散だけを考えて客席の天井も壁も曲面の多いものにし、これをそのまま建築的な表現にしたいと考えたのである。

これがWikipediaだと

しかしその卓越した音響効果は「良すぎて」クラシック音楽には向かないと言われており、実際近年では著名オーケストラによる公演は行われていない。

となるから難しい。

ところで、劇場経営の観点から多目的にするのはやむをえないと書かれている。断面図で見るとわかりやすいけど、1階には劇場部分がない。これについては同じ文章で説明されている。

そこで最後の案として採用されたことは、客席を上にあげて1階部分を開放するということに帰着したのである。いうまでもなく建物を商業的な採算一方の考えでいくなら、例外なしにこの部分の価値は、他の階に数倍するであろうことは、市街地建築を商業的に見た場合の通念である。このように非常なバリュウを有する部分を開放するということは、もとより一建築家の設計でなし得ることではない。
弘世社長の建物に対する愛情と理解によって決断されたということを、特に明記して おきたいと思う。
(中略)
現在のところ我国では、これだけ多くの部分を解放して、これを一般の用に提供するということは前例に乏しく、結果は都市景観としても、また都市計画的にいっても好ましい状態となったことは、なんだか生命保険会社という特別な使命を持っている会社の理想のようなものが志向されているように思う。そこで1階はただ社会というものだけを対照にして、二つの機能が単純に硝子のスクリーンでしきられているばかりである。この建物の設計に当たって、会社からは商業主義的な要求は何一つ与えられなかった。ただ天下の大保険会社として、建物にはいくらか記念的な性格のようなものが望まれた。記念的性格というのは、あまりに商業的な表現を避けて永久性のある表現の意味である。時代の建築的変遷とその影響をあまり敏感に受けないような建物のことである。

劇場の場所は改めて書くまでもなく日比谷の一等地。センスとそれをささえる有形無形の余裕があった時代ならではの決断。最近の新しい劇場はどの座席からも観やすいし、音響だっていいのだけど、あんなうねった設計はおそらく費用の点から許容されないはず。

子供向け事業といい、凝った設計といい、日生劇場は実は贅沢な劇場だという話です。

なお、新国立劇場を設計した柳澤孝彦のインタビュー記事はこちら

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2017年8月16日 (水)

日本総合悲劇協会「業音」東京芸術劇場シアターイースト

<2017年8月15日(火)夜>

母親の介護を理由に芸能界を引退していた歌手が、借金返済のため介護の美談を使って演歌歌手としての再デビューを目指す。が、自分が運転する車でマネージャーと移動の途中、歩道の女性をはねてしまう。その際に、実は亡くなった母親の死体を車に積んで再デビューまでは隠そうとしたことまでばれてしまう。マネージャーが身代わりで出頭するが、口止めと引換に歌手は女性の家庭に引き留められる。

荻野目慶子主演で2002年初演の芝居を大人計画メンバーで再演。松尾スズキが過激な時代の脚本で、新主演の平岩紙にいろいろ負担がかかるも物語の展開上は疑問が多く、初演時に荻野目慶子を追込みたかったという経緯を知らなければ強引に見える。いろいろ社会の暗いところを当時の基準で切取っていたけど、明るみに出たりそれ以上の問題が起きたりして時代遅れになった話題多く、「ふくすけ」同様脚本の古さは否めず。それよりこのサイズの劇場で役者の声にエネルギーを感じられなかったほうが問題。そもそも無茶な展開がある脚本なのだから丁寧に作る以前に熱量が必要。千秋楽までの改善を期待。観た回では皆川猿時が健闘、美術とプロジェクションマッピングよい。

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2017年8月13日 (日)

松竹製作「野田版 桜の森の満開の下」歌舞伎座

<2017年8月11日(金)夜>

古代ヒダの国の王が3人の彫刻職人を呼寄せる。昼しか起きない早寝姫と夜しか起きない夜長姫の2人の姫の成人に祝いに、3年の期限で仏像を彫ってほしいという。ところがそのうち一人は誤って師匠を手をかけた弟子が、もう一人は道中を襲った山賊の頭が成りすましている。互いに様子を見ながら過ごしていると、もう一人の職人は姫と近づきになり、ヒダの国の丑寅に封印されている鬼のことを調べている。

これまでは舞台を江戸に寄せて上演してきたのを、常連スタッフともども遊眠社通りの設定で歌舞伎座に。1等席で見物したところ周辺客席からは「シュール」「難しい」の声しきりで、他の劇場と歌舞伎座との客層の違いを思い知る。衣装は豪華になったものの、言葉遊びから想像を飛ばして客席を巻きこむ野田秀樹の脚本には必ずしもプラスにならず、むしろ鬼の面など具象的な要素が入りこむことで想像の邪魔に。それなりに台詞をこなす役者はさすがも歌舞伎のフォーマットで芝居のテンポが損なわれる点も散見。残念ながらこれなら2割安く東京芸術劇場で上演してもらったほうがよい。

勘九郎はさすがにノリを理解して馴染んでいたが、顔も声も父親そっくりで、これが歌舞伎を見ることかと得心。それ以上に七之助の夜長姫の狂いっぷりが見事。市川猿弥のマナコ思い切りよし。奴隷女の中村芝のぶは少ない出番だけど確実に目を引いて、これだけの役者にこれだけしか役を与えないのだから日本の伝統芸能は残酷。野田秀樹が現代演劇側に引張るべき才能。

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Bunkamura企画製作「プレイヤー」Bunkamuraシアターコクーン(若干ネタばれあり)

<2017年8月11日(金)昼>

某地方の公共ホール。町おこしの一環で地元の人間と東京から来た役者とで芝居の共同制作を行なうその稽古場。刑事の失踪した友人である女性が死体で発見されたため、女性が生前に力を入れていた瞑想セミナーに刑事が赴くという脚本。それを稽古している出演者たちの演技が、脚本の内容とがだんだん混ざっていく。

オカルト要素をふんだんにちりばめた前川友大のホラー脚本を、茶化す要素ほぼ皆無で長塚圭史が演出。前川友大が脚本演出を行なうと脚本のホラー要素は慎重に演出され、長塚圭史が脚本演出すると脚本が振り切れすぎているのでシリアスに演出してもフィクション感が残るところ、今回の組合せだとオカルトホラーとシリアスが必要以上の相乗効果。お盆の時期とはいえ、今時はとことんやらないと驚かれないとはいえ、劇場ライブとしては個人的には演出やり過ぎの判断。芝居はのめり込んで観たいといつも思っているのに、引きながら観ないといけないと思ったのは初。

峯村りえ演じる劇場制作者がこの脚本を選んだ理由からオチはある程度予想できたけど、劇場制作者と真飛聖演じる演出家との間に裏設定がありそうで、そこが観ていて嫌だった。刑事役を演じる有名俳優役の藤原竜也の熱演も裏目。演出助手の安井順平だけが最後まで稽古場の人間の立場で、客席ののめり込みを防ぐ役だったけど、これだけでは足りない。

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2017年8月 7日 (月)

シス・カンパニー企画製作「子供の事情」新国立劇場中劇場

<2017年8月5日(土)夜>

三谷幸喜の小学校4年生時代。クラス替えがなく3年生から同じメンバーだったクラスに、転校生がやってくる。放課後に残っていて遊んでいたメンバーに参加するが、悪知恵の働く転校生はみんなを次々に陥れていく。

シチュエーションを思いついた瞬間にガッツポーズが出たであろう企画。いろいろ強引で無理な展開を大人が小学生を演じるという無茶な設定で成立させ、その無茶な設定を無駄に贅沢なキャスティングで納得させ、その無駄なキャスティングは無理な展開をこなさせるために必要となる。今の舞台界のトップを占めている立場を存分に活用。「こんばんは、三谷幸喜です」でいきなり笑いを取ってくるオープニングから、たっぷり笑わせてきっちり郷愁をさそって、劇中歌が転じてカーテンコールの歌になるところまで見事の一言。

華も実もある主役級の役者陣に目移りするも、舞台中央で決めポーズを取っただけで拍手が起きる天海祐希、素直でない悪ガキを演じて魅力たっぷりの小池栄子、陥れていく様がときに爆笑になる転校生の大泉洋の3人が存分に活躍し喧嘩せずに成立するのはシチュエーションのよさ。広い舞台を見切れないように割切って狭く取ったのかと思いきや、奥行きを活用した中劇場ならではのラストは以前のシアターコクーン(「死の舞踏」「令嬢ジュリー」)にも増して美術の松井るみを絶賛したい。これより面白い芝居も質の高い芝居も観たことはあるけど、誰が観ても満足度高いだろうというくらいここまで満足度の高い芝居はなかなかお目にかかれない。

なお当日券は最初早い者勝ちだったのが徹夜組が出たため途中から抽選に変更。初期の早い者勝ちの段階で劇場に行ってみて2回断念、抽選でも2回目でようやく引き当てる。最初から抽選にしておけよの文句くらいは言わせてほしい。参加した抽選2回とも倍率10倍以上、15枚に160人とか21枚に250人とか並んで抽選を引くまでも一苦労。キャンセル待ちは加えて各回5人だけだが入れたかどうかは不明。一応記録。あれなら見切れ上等でサイド席も1-2列解放すればよかったのではないか。

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東京芸術劇場企画制作「気づかいルーシー」東京芸術劇場シアターイースト

<2017年7月28日(金)夜>

おじいさんと馬と暮らす少女ルーシー。ある日おじいさんは馬に乗って出かけたが、馬から落ちて気絶してしまう。それを死んだと勘違いした馬は、ルーシーが悲しまないように、おじいさんの皮を剥いでかぶり、おじいさんに成りすます。バレバレだが、馬の気遣いがわかるルーシーは、気付かないフリをして馬に気遣いながら暮らしを続ける。

松尾スズキらしい無茶な展開と思って観ているうちに何となくこれはとてもいいものじゃないかという気分にさせられる不思議な芝居。岸井ゆきののルーシーと栗原類の馬鹿王子があまりにはまっていて、帰りに物販で原作の絵本を買ったらそのまんまだったので二度びっくり。他の役者もそれぞれよかったけど、この芝居の成功の半分は岸井ルーシーにある。ジェンガを模したシンプルな舞台がいろいろ展開していくところや丸見えの生演奏が、生々しさを中和してちょうどよい。再演した理由がわかる芝居だし、メンバーが集まるうちに再々演もやっておくべき。

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Bunkamuraその他主催「ウェスト・サイド・ストーリー」東急シアターオーブ

<2017年7月28日(金)昼>

ニューヨークのダウンタウンで縄張争いの小競合いを繰返す、ポーランド系白人不良グループ「ジェッツ」とプエルトリコ系黒人不良グループ「シャークス」。ジェッツのリーダーは決着をつけるためにシャークスに決闘を申込み、グループを抜けたトニーに助太刀を頼む。決闘の方法を決める場に出かけたトニーは、シャークスのリーダーの妹であるマリアに出会い、互いに恋に落ちる。だが決闘の場所と日取りは決まり、両グループは準備を進めていく。

有名なミュージカルをようやく生で見物。あれだけ踊っても息を切らさないダンサーも凄いが、その中でもやはり主役級になるほど踊りが決まっている印象。刑事と酒場のマスターは踊らずに台詞のみだが、それでも思わず目を留めてしまうのは声の確かさのため。流れて散漫な印象の場面も何箇所かあり、値段に見合っているかと言われると正直疑問だが、観終わったあと歩きながら指を鳴らしたくなるのはさすがの名作。

<2017年8月8日(火)追記>

ちなみに製作カンパニー名がサイトに見つからず、主催はBunkamura/TBS/VIS A VISION/ローソンチケット/ぴあ/TBSサービスが正式。あまりにも長すぎたのでタイトルでは省いた。大掛かりなのはわかるのだけど、もう少し何とかならないか。

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ホリプロ企画制作「NINAGAWA・マクベス」さいたま芸術劇場大ホール

<2017年7月14日(金)昼>

戦功で地域の領主に取立てられたマクベス。だが魔女の予言に唆されて、労いに行幸した王を妻と共謀して殺害して王位をのっとってしまう。それに気がついた心ある臣下は去って捲土重来を期す。

有名な蜷川演出。衣装を日本の戦国時代にしたことで洋の東西を越え、仏壇のプロセニアムアーチの前に座る老婆が声を出さずに嘆きおののく姿で惨劇を歴史に乗せ、恒久的な悲劇であることを証明した演出はやっぱり凄いの一言。殺陣が若干もたつくものの、マクベスの悲劇を、日本人にも理解しやすい形で十分に味わえる。マクベスの友人でやがて敵となるバンクォーの辻萬長とくによし。

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