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2018年4月29日 (日)

パラドックス定数「731」シアター風姿花伝

<2018年4月28日(土)夜>

戦後2年を経過した東京。銀行の行員と一般客に毒を飲ませて金を奪った帝銀事件が発生した。使われた毒の内容から731部隊の関係者が怪しいと、部隊に所属していた研究者たちの中には警察から聞き込みされた者もいる。同じ時期に、過去を隠して戦後を生きていた元731部隊の所属軍人たちへ中身のない封書が届く。差出人の名前はないが送信元は東京の研究拠点であった牛込のビルになっていた。焼け残ったビルに元731部隊の幹部達が集まって、帝銀事件の話、昔の部隊の話を相談する。果たして事件は731部隊の関係者が引起したものなのか。

実際の事件に想像を足して一本の芝居に仕立てる野木萌葱が得意とする分野。この分野で観たことがあるのは「東京裁判」と「怪人21面相」だけど、今回も狭い会場に充満する怪しい雰囲気で迫力十分。戦後の混乱期を背景に、過去に行なった行状との折合いをつけながら、あるいはつけられないで生きる男7人が、生きて行きたいという必死さと、学問への情熱と、保身を目指す身勝手さと、それぞれが一体となって出てくるヒリヒリした会話劇。

帝銀事件の当時の捜査では分からず仕舞いだった毒物を使った事件が元ではあるけど、元731部隊所属の面々がメイン。きれいごとを言っていた人間が黒い面を見せて、ひどいことを平気で口にしていた人間が結果としてよい行動を取ったり、登場人物誰もが悪いことに携わっていて、保身を計るのだけれども、にも関わらず人間は善悪で割切れないという面を描いて圧巻だった。「何でお前ら、自分を人間の外に置けるんだよ」という台詞があったけど、条件が揃えば置けるでしょう。生きのびたいんだという欲求、研究者として知りたいという欲求、これらの前に善悪が判断基準とならなかった登場人物たちだけど、これは人間誰しもそうなる可能性がある。ミルグラム実験とかグアンタナモ刑務所とかそれこそナチスとか日本人に限らないけど、日本人は特に条件が揃ったときに歯止めになる文化が少なくて個人にゆだねられている。同じ条件がそろって同じ立場になったら自分もやりかねないと自覚しながら観るのがまた迫力を倍増させる。

登場人物の名前と731舞台での役職関係を理解するまで時間がかかったけど、分かりやすすぎる芝居よりはこのくらい不親切なほうがむしろ理解する楽しみが味わえる。不親切かもしれないけどフェアでもあった。ついでにいうと野田地図の「エッグ」も731部隊を扱っていたけどこっちのほうが断然いい。

欠点は、登場人物が格好良すぎたこと。野田萌葱が演出するからには男は全員格好よくなるに決まっているけどこれは半分本気。扱っているテーマを考えると、もっと格好悪くてみっともなくしたほうがよかったのではないかと思う。あくまでも芝居だからどう演出したっていいのに、何に遠慮しているのか自分でもよくわかっていないけど。

<2018年5月3日(木)追記>

感想を清書。

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ホリプロ企画制作「酒と涙とジキルとハイド東京芸術劇場プレイハウス

<2018年4月28日(土)昼>

助手とともに研究に勤しむジキル博士。名門一族である学問の師の娘と婚約もすませている。かねてから研究している、人格の分離を実現する薬の発表を翌日に控えて、スピーチまで完成させている。が、肝心の研究は失敗して薬はできていない。何としてもこの発表をものにして名声と研究資金を集めたい博士は、脇役の役者をつれてきて、人格分離後の替玉を演じさせようとする。ようやく役者を納得させて練習していると、婚約者が忘れ物を取りに来る。ちょうどよい機会と婚約者に黙って替玉を試してみることにする。

初演は見逃したけど、同じキャスティングでの再演。冒頭の「好きな人の前ほど上手く心を開けない」という台詞が、別人格になれないというメインの話に絡んで進行する脚本。扱っているテーマは取りようによっていくらでも深刻になるけど、そこは三谷幸喜、ちょっとしんみりするくらいであとは全部笑いに振る。初演時にの評判が少なかったのでこのくらいの笑いかと想像した通りの線だった。

最初にもっともらしい悩みから、だんだん強引な笑いに進めていくのは王道だけど、三谷幸喜にしては珍しく役者のフリに笑いを頼る場面が多い。ジキル博士役の片岡愛之助がいい人を演じないといけないので毒気を出せず、ハイド役の藤井隆がよく言えば健康的な悪く言えば毒が足りない笑いになって、キャスティング逆じゃないのかという印象。助手役の迫田孝也が腹黒な位置づけだったけど、進行としてあまり本人が絡まないのがもったいない。

一人気を吐いていたのが婚約者役の優香で、通常場面もそうでない場面も、脚本の要求から1ミリもずれない役を披露していた。ただあれは、役者が役を創って演技しているという感じではない。普段の仕事で要求されているのか自分に課しているのか、あらゆる欲求や不満を抑え込んでその場で求められる振舞を正確に続けているうちに、その結果として姿勢や顔の表情や声の調子まで寸分の狂いもなくコントロールできるようになった人が、その方法の延長で役者をやっているような演技だった。それは鉄の根性で身に着けたであろうすばらしい技術であり、求められる振舞を察して理解できる頭の良さも必要で、それが足りない勤め人である自分には非常にうらやましい能力。ではあるけど、表現としては一番大事なところが抜けていて、脚本の要求から自分の要求で1ミリでもずらすそのずらしかたに魅力は宿るのではないかと思う。1ミリずらすと言って悪ければ、1ミリでも高く盛ること。

ついでに書くと、それで実際に役をこなしていたから、三谷幸喜も別の芝居でああいう役(ネタバレなので書かないけど)に起用したのだな、というかこの芝居の優香の演技を観てあの芝居を思いついたんだろうな、と今になって合点がいった。勝手な想像だけど、たぶん間違っていない。

生演奏はいい感じで、2人でやっていたというのはカーテンコールで気が付いたのだけど、演奏場所から演技場所が見えないためか音の入りが演技と微妙にずれる場面多数。あれは美術企画の段階か、もっと音に沿ったきっかけを作るか、どちらにしても演出で調整してほしかった。

<2018年5月3日(木)追記>

感想追加。

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2018年4月26日 (木)

黒柳徹子の海外コメディーシリーズ最終回

この記事を読み始めて、さすがの黒柳徹子も諦めたのかと思った。日刊スポーツより。

 黒柳徹子(84)が1989年から続ける「海外コメディ・シリーズ」が、今秋の主演舞台「ライオンのあとで」(9月29日~10月15日=東京・EXシアター六本木、10月中旬=大阪・森ノ宮ピロティホール)でファイナルとなることが21日、分かった。黒柳が女優として続けてきた唯一の公演で、30年で32作品を上演して、歴史に幕を閉じる。

 黒柳は同シリーズをライフワークにしていた。89年に東京の銀座セゾン劇場(00年からル・テアトル銀座と改称)でスタートし、14年からはEXシアター六本木で上演してきた。「世の中はつらいことも多いけれど、お芝居を見た時だけは笑って、『面白かった』と楽しんでもらいたかった。お客様もたくさん入って、よく笑ってくださった。感謝の気持ちでいっぱいです」。

ところが最後がこれですよ。

 昨年は8月末に大腿(だいたい)骨を骨折しながら、9月末からの舞台を車いすで演じきった。日本に海外の喜劇作品を根付かせたシリーズはファイナルとなるが、黒柳に舞台をやめる気持ちはない。「舞台のお話があって、やってみたいものであれば」。生涯女優の心意気は健在だ。

引退する気なんてこれっぽっちもない。それでこそ黒柳徹子。そのくらいの意気込みであってこそ、この年齢になっても第一線で活躍できるんでしょう。演出のクレジットに高橋昌也を入れ続けるのもなんだから、シリーズとしては一度閉じましょうかってくらいなもんですよね。

すでに来年の劇場ブッキングまで済んでいるに100ペリカ。

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2018年4月25日 (水)

岸田國士戯曲賞の選評が面白い

岸田國士戯曲賞の選評がまとまって公開されているとは実は知らなかった。とりあえず今年の分を読んでみたけど、面白い。あまり飛びぬけた候補作がなかったようだけど、だからこそなのか、選考委員の言葉が鋭い。

いくつか引用してみると、これは岩松了。

登場人物の言葉を「信じて、信じて」と言われてるような窮屈さを感じ続けた候補作の果てに読んだこの作品は、言葉など「信じなくていい」と言われているような安堵感を感じさせてくれた。実際そうなのだ、言葉など信じなくていい。信じたくなった時に信じるだけのこと。そのことがわかっているから人物の体の状態にドラマを見ようとする。石王の満洲からの引き揚げの話は語るべくして語られているから、つまり体がそれを要求しているから、信じたくなる言葉として機能するのであって、しかもそれは人が語る言葉は全て嘘、という前提を覆すことはない。嘘を信じる、という演劇の可能性に関わる問題だ。そこに挑戦するからこそ、構造に神経を使う。劇作家のやるべきことだ。

KERA。選考会は体調不良で欠席したらしい。

「面白けりゃいいのか」と言う人もいるけれど、面白くなきゃダメだ。

野田秀樹。

そういった「身の丈」から逃れられないのが、作家というものであり、作家はなにも「身の丈」にあったものだけを書けばいいというものではないが、常日頃、自分の「身の丈」を知るべきである。つまり、自分が書くことのできるもの、書いていいものを「自問自答」し続けるべきである。

平田オリザ。

岸田賞を受賞することによって得られる最大の果報は、もう岸田賞について考えずに済むことだ。

第43回から選評があるので、いずれ読まないと。

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演劇は恐ろしい

どこまでいっても個人の感想なのだけど。

観た芝居についていろいろ考えた末に「これは描かれるべき何かを隠している」という結論になった先日の芝居。単にお話を書いてそれを上演しただけなのに、そんな印象まで伝わってしまうという生舞台の不思議。

あるいは主役の仕上がりが追いつかなかったと書いた先月の芝居。今さらもっと細かく感想を書くと、引出がまったく足りなくて逆さに振ってもこの役者はこれ以上何も出せないんだろうなというのが伝わる生舞台の不思議。ただこの場合は、空っぽになるまで出し切った役者の思い切りと、そこまで出させた演出家の手腕は凄かったともいえる。

伝えたくないことまで伝わってしまって、でもそのくらい出し切れないと客席まで届かない世界。演劇ってのは恐ろしい表現形態だ。

だからこそ、「演劇は、素晴らしいです」という台詞が成立つのだな。

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2018年5月6月のメモ

あーみんなこの時期に集めてきたか、という大量の芝居。こんなにあったら観たいものも観られない。

・松竹/Bunkamura製作「切られの与三」2018/05/09-05/31@Bunkamuraシアターコクーン:今回は七之助が男役で主役を演じるコクーン歌舞伎

・さいたまゴールド・シアター「ワレワレのモロモロ」2018/05/10-05/20@さいたま芸術劇場NINAGAWA STUDIO:ハイバイで上演された、役者に持寄ってもらったエピソードを岩井秀人がまとめるスタイルを、人生経験が倍以上長いゴールドシアターのメンバーで試す

・こまばアゴラ劇場主催「こまばアゴラ演出家コンクール」2018/05/11-05/13@こまばアゴラ劇場:いろいろ企画を考える平田オリザによる演出家の能力を見るコンクール、一次審査金曜日、二次審査日曜日の変則スケジュールで、かつ一次審査は4時間強を見込むので時間注意

・PARCO企画製作「ハングマン」2018/05/12-05/13@さいたま芸術劇場大ホール、05/16-05/27@世田谷パブリックシアター:マーティン・マクドナーをえげつない演出で上演する長塚圭史が、先日自分でも翻訳演出を担当した小川絵梨子を翻訳に迎えて、最新作に挑戦

・イキウメ「図書館的人生Vol.4 襲ってくるもの」2018/05/15-06/03@東京芸術劇場シアターイースト:久しぶりの新作短編集、「関数ドミノ」で抜群の安定感を見せた千葉雅子がゲストなのも嬉しいポイント

・iaku「iaku演劇作品集」2018/05/16-05/28@こまばアゴラ劇場:面白かった「粛々と運針」に加えて「人の気も知らないで」「『あたしら葉桜』+『葉桜』」「梨の礫の梨」の一挙4本を短い期間に上演するので日程注意

・新国立劇場主催「ヘンリー五世」2018/05/17-06/03@新国立劇場中劇場:「ヘンリー六世」「ヘンリー四世」と来てようやくここまで到着

・M&O playsプロデュース「市ヶ尾の坂」2018/05/17-06/03@下北沢本多劇場:竹中直人の会で上演された芝居を改めて岩松了の手で再演

・赤坂ACTシアタープロデュース「志の輔らくご」2018/05/24-05/27@赤坂ACTシアター:忠臣蔵と中村仲蔵を組合せた定番落語

・FUKAIPRODUCE羽衣「春母夏母秋母冬母」2018/05/24-05/28@吉祥寺シアター:クロムモリブデンの森下亮を招いての2人芝居

・田上パル「Q学」2018/05/25-06/03@アトリエ春風舎:「走れメロス」を高校の演劇の授業で演じることになる話、チラシで面白そうな印象を受けてピックアップだけど場所が遠い

・五反田団「うん、さようなら」2018/05/26-06/04@アトリエヘリコプター:休演日が変則的だけど上演日は昼夜2回公演するアグレッシブな日程

・スタジオライフ「アンナ・カレーニナ」2018/05/26-06/10@あうるすぽっと:一度くらい観たい劇団と一度くらい観たい有名な話の組合せ

・劇団フルタ丸「寂しい時だけでいいから」2018/05/30-06/03:サイトの写真とあらすじを見てピックアップ、1度も観たことがないのに選んだというプロデューサーの言葉もいい感じ

・MTP企画製作「百物語 牡丹灯籠」2018/06/04-06/05@紀伊国屋ホール:白石加代子の百物語アンコールだけど前売はすでに完売

・日本のラジオ「ツヤマジケン」2018/06/05-06/10@こまばアゴラ劇場:前回が気になった日本のラジオ、タイトルからしてきつい内容が予想される今回は実際に起きた猟奇事件を女子高生の話に読替えた再演

・こまつ座「父と暮せば」2018/06/05-06/17@俳優座劇場:まだ観られていない、定番に定着した2人芝居を、山崎一と伊勢佳世にキャスティングを一新して上演、演出は鵜山仁

・Bunkamura企画製作「ニンゲン御破算」2018/06/07-07/01@Bunkamuraシアターコクーン:勘三郎の初演は微妙な仕上がりだった記憶があるけど、今回は如何に

・青年団「日本文学盛衰史」2018/06/07-07/09@吉祥寺シアター:2年ぶりの新作は珍しく音響スタッフも迎えて高橋源一郎の小説の舞台化、試験的にか11時15時の日が混ざっているので開演時刻注意

・シス・カンパニー企画製作「お蘭、登場」2018/06/16-07/16@シアタートラム:江戸川乱歩を元に北村想が脚本担当だけど「お勢登場」というわけでもないらしい、小泉今日子に高橋克実と堤真一を合せてシス・カンパニーらしいキャスティングに演出は寺十吾

・世田谷パブリックシアター企画制作「能『鷹姫』・狂言『楢山節考』」2018/06/22-07/01@世田谷パブリックシアター:まだ気力があるうちに一度楢山節考を観たいけど、他のプログラムも組合せた変則日程なので注意

・さいたまネクスト・シアターO「ジハード」2018/06/23-07/01@さいたま芸術劇場NINAGAWA STUDIO:ISISに行ってしまった友人を描くベルギーの芝居に、闘う演出家の瀬戸山美咲を迎えて

・ウォーキング・スタッフ プロデュース「D51-651」2018/06/23-07/01@シアター711:こちらは脚本だけ野木萌葱が書いた新作で下山事件を扱う

・パラドックス定数「ブロウクン・コンクリート」2018/06/26-07/01@シアター風姿花伝:劇場提携1年7本公演のうち、絶好調だった1本目に続いての2本目は脚本提供の新作と並行して上演

・二兎社「ザ・空気 ver.2」2018/06/23-07/16@東京芸術劇場シアターイースト:前回はテレビ局で、今回は国会記者会館が舞台とのことだけど、永井愛の政治モノに何か苦手意識がある

他に月刊「根本宗子」「紛れもなく、私が真ん中の日」2018/04/30-05/13@浅草九劇が持越し。

<2018年4月28日(土)追記>

持越し1本削除。

<2018年5月7日(月)追記>

2本追加。

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リアリティーより説得力

自分の言葉ではなく、本谷有希子の言葉です。たまたま見つけました

「リアリティーには興味はなくて、説得力さえあればいいんです」

あの面白さ、それでいて漫画のような二次元感を表現するのにこれほど適切な言葉はありません。

以前「立体感のある芝居」というエントリーを書いて、読返してもよくわからない文章だけど、以下の箇所、

けど、何か伝えたいこと訴えたいこと表現したいことがあって、それを2時間なりで観客に伝えたいと思った場合、方法は複数あってよくて。それが例えば人生いつも脇役な女性の悲哀を描きたいと思ったときに、悲惨な現実を積重ねてもいいんだけど、「マシーン日記」みたいに一見ありえない(あるいはとても珍しい)設定を積重ねて描いても、観客に伝わる悲哀は等量なんではないか、むしろ後者のほうが深く伝わるなんてこともあるんではないか、と。(中略)野田秀樹なら省略と誇張というところというべきか。

これをもっと上手に一般化して短くすると、説得力の出し方はリアリティーだけとは限らない、と言えそうです。言えました。作り話だからこそ伝わる、伝えられることもある、と言い換えてもいいです。

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1000人規模の入場列管理実務

こんな記事を見つけました。元記事はパチンコ屋の整列とのことですが、抽選で入場順番を決めるところは最近の劇団☆新感線の当日券抽選と、入場で100番を超えたら10番単位にするあたりは青年団(こまばアゴラ劇場自由席)の入場管理と、それぞれほぼ同じです。メイン箇所を引用すると以下です(改行だけ変えました)。

尚、徹夜が禁止になってしまったため、整理券の配布は抽選で行なっています。

・まずは列の先頭に一人が待機します。
・行列ができはじめると同時に、ナンバリングがされた抽選引換券を配布しながら列の最後尾へと移動し続けます。
・抽選開始時間になった時点で、列への参加を禁止します。
・その時点での抽選引換券のナンバリングを確認し、抽選マシンに母数を入力。
・参加者から抽選引換券を回収しつつ、抽選を行います。
・抽選開始時間に間に合わなかった参加者には、特例として配布した番号以降の整理券を配布しています。

この方法を取ることによって、行列に対する割り込み管理を行う必要がなくなります。
そして大事なことは、こうした抽選方法だということをルールとして明確に提示しておくことです。

・抽選には引換券が必要です。
・引換券は行列最後尾で配布します。
・抽選開始時間までに来店できなかった場合は、それ以降の整理券を配布します。(ただし、これも5分程度で打ち切ります)

これに加えて、抽選開始時間を大きく記載します。
これらを抽選場所と列最後尾に並ぶ人間とにプラカードで持たせることで参加者に明確に伝えています。
当然、十分時間をもっての事前の通知も重要です。
この段階であれば、3人程度で捌くことが出来ます。
抽選に間に合わなかったユーザーは、先着順の列に誘導します。ただ、この列も経験上開店30分前で50人を超えるようなことはありませんでした。


つぎに実際の入場です。

配布した整理券には次のような情報が記載されています。

・大きめのフォントで印刷された整理番号
・整列開始時間(入場開始時間の10分前程度)
・入場開始時間
・整列のための列が100番刻みでできていること

そして店頭には、100番刻みで番号が書かれたプラカードと、そこから伸びる並ぶ場所を示したテープが歩道にはられています。
これによって列は100人までしか伸びず、また整列開始時間が記載されているために、店舗前に行列ができる時間を最低限に抑えることが出来ます。

次にその10分間に集まってくる整理券を持った人間を、該当する番号の列におおよそ誘導します。
この時、全員を綺麗に番号順に並べる必要はありません。前後10人程度なら入場の時に整理し直せるからです。
そうすれば4~5人で1000人を捌くこともそれほど大変ではありません。

最後に入場させる時にもうひとつのコツがあります。
人間の心理的にも順番をシビアに守りたいのは100番程度までということが経験でわかりました。
その為、はじめの100人は一人ずつ番号を呼び入場させますが、それ以降は「110番までの方」「120番までの方」とある程度の括りで入場させます。
この時、できるだけ大きな声で番号を叫ぶのがコツです。
面白いことに、そうなると自分たちの番号を参加者同士が確認し始めるのです。
その分、順番をしっかりと整列させる労力を割愛することができました。
それに多少前後してしまったとしても、そのことについてクレームを受けたことは一度もありません。どこかに確認できなかった自分の責任を感じているのかもしれません。

抽選が厳密に行われることがわかれば、徹夜をしようとする人間は居ません。
徹夜組に対する対応の答えにはならないかもしれませんが、SNSで話題が一挙に広がり参加者が大挙して訪れる可能性のある今の世の中では、徹夜禁止の上で先着順というのははっきりいって不可能だと思っています。

こういうノウハウは並ばされる側も含めて共有されたほうがよいと考えますのでご紹介です。

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2018年4月24日 (火)

青年団のチラシ配りがマニアすぎる

この前観た小田尚稔の演劇「凡人の言い訳」ですが、会場も狭ければ客席数も少ない、それでいて満員でもない。控えめに言っても今のところは人気も知名度もない無名劇団のひとつです。その前2回の折込チラシもごく少ない数でした。

が、この前はどういうわけか青年団関係の折込チラシが配られていました。青年団リンクを含めて常に複数の芝居を上演していますので、独自のチラシ束を作って配っているのはいつものことですが、あんな無名な芝居まで折込に来るとは思いませんでした。

そもそも青年団自身がどちらかといえばマニア向けな劇団であり、無名劇団を観に行く観客は身内でなければマニアしかいないので、チラシ効率がいいのかもしれません。それにしても劇場ではなく会場を利用した公演だったのに、そんな公演まで目配りするのもすごいことです。いったいどういう基準でチラシ束を配る先を決めているのか、青年団の担当者に教えてほしいです。

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小田尚稔の演劇「凡人の言い訳」新宿眼科画廊スペースO(若干ネタばれあり)

<2018年4月21日(土)夜>

大学から東京に出てきた女性。アルバイトをしながら仕事を探すため、オーバードクターとして大学に籍を置き、大学の寮に暮らしている。アルバイト先への通勤電車で痴漢を見つけても何も言えず、同じ寮に住む留学生の友人にはその気がないのに言い寄られる。そんなある日、全然帰っていない実家の母から、祖父が亡くなったと連絡があり、急ぎ実家に帰る。

女性主人公の一人芝居で約100分、ダブルキャストで観たのは宇都有里紗の回。東久留米の国際学生寮ということで検索したら東京学芸大学が背景か。平凡な日々に埋もれそうになる凡人が新たに前向きになるまでの話。誤解を恐れずに言えば前回前々回と同じ展開。それなら気に入ってもよさそうなものだけど今回はだいぶ様子が違う。

脚本に違和感があって、何だろうと考えていたのだけど、話の抜きだし方が合わなかった。主人公の日常からイベントがあってまた戻って最後まで約3ヶ月。それを100分でやるのだから省略は必要なのだけど、そこから最後、急転直下で前向きになってしまう主人公。大きい出来事よりは、小さい、細かい出来事を積上げてラストに向かっていた前回や前々回より、よく言えば省略がきいているけど、ちょっとこれは急すぎる。時間の感覚も納得いかなくて、広島行き最終ののぞみで着いたら葬式が終わるところ(通夜?)って日付が変わっているだろうにそんな遅くまでやっているのかとか、冬の話のはずなのにちょっと暖が足りなそうな衣装とか。

あと一人芝居にしては導線や位置関係の想定が雑。横に長く取った舞台なのであのくらい動かないと空間が埋まらないのかもしれないけど、そこでそんなに動けるかとか、それはさっき向こうにあったのではないかとか。最初からそこで説得力を出すつもりはなかったのか、ダブルキャストで稽古時間が足りなかったのか。でも細部重要。移動中の場面とか、祖父が亡くなったことを伝えて友人に抱きしめられる場面とか、いろいろよい場面もあったのだけど、それも違和感に押し流された。

公式サイトによれば2本目のオリジナル脚本ですでに四演目のようだけど、それにしては脚本演出ともブラッシュアップの余地が大きいのではないか。

<2018年4月24日(火)追記>

エントリーを書いてからさらに考えたのだけど、「話の抜きだし方が合わなかった」のではなくて「この脚本で本来描かれるべき何かを意識的にか無意識的にか隠していた」からではないかと考えを改めた。なまじ一人で100分持たせられる役者が上手に演じたことで、脚本の違和感が立上がってしまったしまったのではないか。

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2018年4月 9日 (月)

シス・カンパニー企画製作「ヘッダ・ガブラー」Bunkamuraシアターコクーン

<2018年4月7日(土)夜>

有名な将軍の娘として生まれ、社交界の華としてもてはやされたヘッダ・ガブラー。父が亡くなって結婚した相手は次期教授の有力候補だが、新婚旅行中も新妻よりも学業調査に熱心で、しかも母代わりに育ててくれた叔母にマザコンの気がある。新居の手配をしてくれた判事からは事あるごとに言い寄られる。今後の生活を考えて倦んでいる新居に、学校の後輩が夫を訪ねてくる。家庭教師として務めていた、夫の友人でありライバルである男性が町に出たまま戻らないため呼び戻すのに協力してほしいという。夫はその頼みを聞き入れるが、その男性はかつてのヘッダの恋人でもあった。

初日観劇。ものすごい悪女の話と聞いていたし、確かにやったことはひどいけど、ヘッダの悩みに寄り添った、ヘッダの置かれた立場に同情的な演出だった。展開を端折り気味なところもあるけど、130年前の脚本なのに設定だけ置換えれば現代でも通じるような話で、さすが「人形の家」を書いたイプセンの脚本。やることなすこと食い違っていく後半の展開などさすが。

夫役の小日向文世と後輩女性役の水野美紀が初日から快調な仕上がり。ヘッダ役の寺島しのぶがやや固かったけど、これからよくなっていく気配十分。時代物なので衣装が丁寧なのも嬉しいポイント。細かいところで、庭のスペースを造るために横に回転しているのに廊下はまっすぐという美術の力技もよい感じ。まだ観ていないならここで一度は観ておきたい芝居。

不思議だったのは、休憩含めて2時間30分と劇場にも貼られていたのに、カーテンコール含めて終わってみたら2時間5分しか経っていなかったこと。何か理由があって直前で丸ごと飛ばした場面でもあったのかと疑われるけど、観た印象では展開は端折り気味でも特につながりに不自然さは感じられず。どうなんだろう。

<2018年4月10日(火)追記>

感想書いてから思いついたのは、イプセンは後輩女性のほうに新世代に「脱皮」した女性らしい行動力を描いて、ヘッダに旧世代の女性の絶望を体現する役割を振ったんだろうなということ。で、男性側は新世代が悲劇に見舞われて旧世代がなぜか居場所にはまって生延びるという皮肉な構造。いい芝居だった。

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2018年4月 3日 (火)

日曜日を捨てた公演スケジュールの理由が知りたい

青年座が3月23日金曜日から3月31日土曜日まで、ミナモザが3月21日水曜日から3月31日土曜日まで、という千秋楽日曜日を捨てた公演スケジュールをたまたま続けて見かけました。おかげで片方しか観られなかった、という恨み言はさておき、なんで日曜日を捨てるようなスケジュールを組んだのでしょう。ミナモザは後ろに木曜日金曜日で広島公演を控えていますが、青年座は東京公演のみ、しかも自前劇場の最終公演なので日曜日の上演には支障はなかったはずです。

似たような公演がないかと考えて、全公演を調べるのは無理なので、過去4年分の3月4月メモを見返してみました。2013年は3月31日が日曜日になるのでスキップします。

2014年:3月31日が月曜日
・パルコ・プロデュース「万獣こわい」2014/03/15-2014/04/08
・燐光群「初めてなのに知っていた」2014/03/16-03/31
・世田谷シルク「美しいヒポリタ」2014/03/27-03/31
・劇団☆新感線「蒼の乱」2014/03/27-04/26

2015年:3月31日が火曜日
・燐光群「クイズ・ショウ」2015/03/20-03/31
・俳優座劇場プロデュース「十二人の怒れる男たち」2015/03/25-03/31

2016年:3月31日が木曜日
・劇団☆新感線「乱鶯」2016/03/05-04/01
・ホリプロ企画製作「イニシュマン島のビリー」2016/03/25-04/10
・劇団東演「兄弟」2016/03/30-04/03

2017年:3月31日が金曜日
・シス・カンパニー企画製作「令嬢ジュリー」「死の舞踏」2017/03/10-04/01
・燐光群「くじらの墓標 2017」2017/03/18-03/31
・劇団☆新感線「髑髏城の七人」2017/03/30-06/12

燐光群が4年間で3回、3月31日千秋楽の公演を行なっています。俳優座と世田谷シルクも1回だけですけど似たスケジュールです。パルコは2月決算なのでここでは気にしません。また新感線は4年間で3回、3月をまたいで上演しているようですが、ヴィレッジの決算期が不明。劇団東演もまたいで上演しています。シス・カンパニーは何とかして4週間確保して黒字にすると書いていたのに日曜日を捨てていますが、これはシアターコクーンの上演だから次が詰まっていた可能性があるのと、毎日2本公演していたのでまた事情が変わりそうです。何となく、老舗の劇団に3月31日千秋楽スケジュールを組む傾向が多いような印象です。

ひとつだけ思いついた理由は、年度末を3月に設定していて、同一会場の上演で年度をまたぎたくなかった、という理由です。会計処理が面倒になるのを避けたかったのでしょうか。公演単位で予算を立てると、チケットや当日物販などの収入だけでなく、役者やスタッフへの支払、劇場費の扱いなど、専任の会計士がいないと面倒になるかもしれません。あとは公演で事故が起きた際の調整なども。

しかし証拠がない。たまたま2018年が何か特別だったんでしょうか。うーんわからない。

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