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2018年4月29日 (日)

ホリプロ企画制作「酒と涙とジキルとハイド東京芸術劇場プレイハウス

<2018年4月28日(土)昼>

助手とともに研究に勤しむジキル博士。名門一族である学問の師の娘と婚約もすませている。かねてから研究している、人格の分離を実現する薬の発表を翌日に控えて、スピーチまで完成させている。が、肝心の研究は失敗して薬はできていない。何としてもこの発表をものにして名声と研究資金を集めたい博士は、脇役の役者をつれてきて、人格分離後の替玉を演じさせようとする。ようやく役者を納得させて練習していると、婚約者が忘れ物を取りに来る。ちょうどよい機会と婚約者に黙って替玉を試してみることにする。

初演は見逃したけど、同じキャスティングでの再演。冒頭の「好きな人の前ほど上手く心を開けない」という台詞が、別人格になれないというメインの話に絡んで進行する脚本。扱っているテーマは取りようによっていくらでも深刻になるけど、そこは三谷幸喜、ちょっとしんみりするくらいであとは全部笑いに振る。初演時にの評判が少なかったのでこのくらいの笑いかと想像した通りの線だった。

最初にもっともらしい悩みから、だんだん強引な笑いに進めていくのは王道だけど、三谷幸喜にしては珍しく役者のフリに笑いを頼る場面が多い。ジキル博士役の片岡愛之助がいい人を演じないといけないので毒気を出せず、ハイド役の藤井隆がよく言えば健康的な悪く言えば毒が足りない笑いになって、キャスティング逆じゃないのかという印象。助手役の迫田孝也が腹黒な位置づけだったけど、進行としてあまり本人が絡まないのがもったいない。

一人気を吐いていたのが婚約者役の優香で、通常場面もそうでない場面も、脚本の要求から1ミリもずれない役を披露していた。ただあれは、役者が役を創って演技しているという感じではない。普段の仕事で要求されているのか自分に課しているのか、あらゆる欲求や不満を抑え込んでその場で求められる振舞を正確に続けているうちに、その結果として姿勢や顔の表情や声の調子まで寸分の狂いもなくコントロールできるようになった人が、その方法の延長で役者をやっているような演技だった。それは鉄の根性で身に着けたであろうすばらしい技術であり、求められる振舞を察して理解できる頭の良さも必要で、それが足りない勤め人である自分には非常にうらやましい能力。ではあるけど、表現としては一番大事なところが抜けていて、脚本の要求から自分の要求で1ミリでもずらすそのずらしかたに魅力は宿るのではないかと思う。1ミリずらすと言って悪ければ、1ミリでも高く盛ること。

ついでに書くと、それで実際に役をこなしていたから、三谷幸喜も別の芝居でああいう役(ネタバレなので書かないけど)に起用したのだな、というかこの芝居の優香の演技を観てあの芝居を思いついたんだろうな、と今になって合点がいった。勝手な想像だけど、たぶん間違っていない。

生演奏はいい感じで、2人でやっていたというのはカーテンコールで気が付いたのだけど、演奏場所から演技場所が見えないためか音の入りが演技と微妙にずれる場面多数。あれは美術企画の段階か、もっと音に沿ったきっかけを作るか、どちらにしても演出で調整してほしかった。

<2018年5月3日(木)追記>

感想追加。

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