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2018年5月13日 (日)

さいたまゴールド・シアター「ワレワレのモロモロ」さいたま芸術劇場NINAGAWA STUDIO

<2018年5月12日(土)昼>

役者に持寄ってもらった不幸なエピソードを構成する岩井秀人の「ワレワレのモロモロ」シリーズ。壊れかけた冷蔵庫の代わりを探すが、ほしい冷蔵庫について妻と夫との微妙な意見の食い違い「わが家の三代目」、中学で出会い高校で亡くなったかつての友人の記憶がよみがえる「友よ」、ゴールドシアターに入団して初めて台詞をもらえたのがうれしくて「無言」、夫が亡くなってから家にやってきた猫を飼う「パミーとのはなし」、軍人一家の末っ子が予科練に入隊する「荒鷲」、長姉と長兄は出かけて母と次姉と家に残っていた日の話「その日、3才4か月」。

岩井秀人は上手い役者を発掘してきて超絶妙なタイミングと演技が求められる芝居を作る人という印象で、さいたまゴールドシアターとの組合せも以外だったけど、素晴らしい成功例だった。今回で完全に見直した。

年配の役者ばかりだから亡くなる話が多くなるのは想定内のところ、冷蔵庫の話から始まって、でもその後の高校生で亡くなった女子高生や、誰か来てくださいという台詞の練習や、どうしようもない軍隊の実態など、いろいろな話が原爆投下直後の一家の姿に重なって、さらにその戦後の貧しかったころに米軍の大量の物資を見た記憶が海外製の大きい冷蔵庫をほしがる理由にまでつなげて最初に戻る。どうでもいい話から始めてどうでもよくない理由に戻る展開は見事の一言。

もともと動きや台詞の危ういゴールドシアターのメンバーだけど、この日は風邪で声が出ない役者がいて、マイクを使ったり急遽他の役者で台詞を分担したりとさらにアクシデントが加わったのだけど、まったく問題なしだった(ちなみに出来のよい回だったとのこと、トークショー参照)。緊急事態で役者の集中力が高まったのかもしれないけど、上手いとか下手とかお約束とか風邪をひいて声がでないとかどうでもよくなると思わせるくらいよくできた構成とががっちりかみ合った成功作。その理由はやっぱり一にも二にも脚本で、多少の出来不出来ではびくともしない構成があってこそ。岩井秀人は構成が持味というよりは、場合によって構成の強度や役者への依存度を調整した脚本を書き分けられるという印象。場所が遠いけど時間があったらぜひお勧めしたい。

以下、当日のトークショーのメモ。岩井秀人と、徳永京子と、渡辺弘。ずいぶんぺらぺら話すのだと思ったけど、作り上げるまでの苦労がつい口を滑らせたように見えた。一番面白いところはカット。誰がどの話をしたか、どの順番で話したかはずれている可能性あり。メモなので間違っていたらその責任はこちらにあるので申し訳ない。アフタートークは当日の晩くらいまではたいてい覚えているのだけど、このときは面白い話が目白押しでそこまで覚えていられなかった。

徳:蜷川幸雄の三回忌としてトークショーを開催します。
渡:午前中に御遺族と三回忌の法要に出席してきました。本当は他の方を呼ぶ予定だったのですが都合が合わず・・・。
岩:言わなければわかりませんから(笑)。
徳:蜷川さんと一緒にずっとやってきた方です。今は事業部長でしたっけ? 本当に凄い人なんですよ。
渡:今回初めてゴールドシアターを観た人は挙手をお願いします。・・・お、半分くらい。
徳:じゃあ岩井さんの芝居を今回初めて観た人は。・・・これも半分くらい。
岩:ありがとうございます。
渡:ずいぶん初めての人が多いですね。
岩:もともとゴールドシアターは演劇の幅を広げてきたというか(笑)、いろいろな常識が通用しない(笑)。

岩:今回はこれまでで一番感動的な回でした。
徳:風邪で声が出ない人はマイクを使っていました。
岩:本番45分前くらいに病院から戻ってきたら「先生、声が出ません」と蚊のような高い声で言われて(笑)。
徳:若者にだけ聞こえるというモスキート音のような(笑)。
岩:それで時間もなくてどうしようかと思いましたけど、ピンチのときは最初に思いついたことをやり遂げるしかなくて。演劇の幅を広げることにもなるしいいかなと(笑)。そうしたら周りの出演者が関係ない台詞を自主的に引取るようなサポートも本番中にしだして。ゴールドシアターは毎回仕上がりが変わるんですけど、今回は感動的な仕上がりになりました。

渡:以前から岩井さんとは一緒にやりたいと思っていたので、こういう形で実現しました。
徳:出演者に自分の不幸な出来事を書いてもらって、それを元に岩井さんが構成しています。岩井さんはこのフォーマットで公演もしているし全国でワークショップを何回も行なっています。最初にこのフォーマットを考え付いた経緯を。
岩:演劇ってまったく違う他人のことを上演するじゃないですか。それはやっぱり素人にはハードルが高いです。もともと自分の引きこもり体験を芝居にして上演していたので、素人が演劇を上演するなら、まずは自分の話を上演するのが一番いいと思っています。あと最近は、書いてもらった話の中で、できるだけ演劇らしくないものを選ぶようにしています。
徳:それはどういう理由で。
岩:演劇らしい話だと仕上がりが見えてしまってつまらないんですね。それよりは一見関係なさそうな話、それこそ今回のように壊れた冷蔵庫を買換えるような話のほうが、仕上がりが見えない分だけ可能性があると思って。それで不幸な話を書いて提出してもらったんですけど、みなさん手書きで、まずそこからか、と(笑)。それを劇場のスタッフがPCに入れてくれるのだけど「達筆で読めません」とか(笑)。それで面白かった人と話して詳しい話にする。
渡:横から見ていて、みなさんの話を引き出すのが非常に上手だったので感心しました。
岩:稽古に入っても一筋縄ではいかないことばかりで。最近のゴールドシアターの公演は、ネクストシアターの若手が入って手助けしながら公演していますけど、「せっかくだからゴールドシアターのメンバーだけでやります」と断ったんですね。そうしたら稽古初日から「ネクストシアター来てくれー」と何度も思いました(笑)。
渡:みなさん年を取って丸くなるかというとそんなことは全然なくて。
徳:初回公演(船上のピクニック)を岩松了さんに書いてもらったときに、本人に本読みをやってもらったら、岩松さんに「てにをは」の駄目出しをしていたとか(笑)。
渡:岩松さんが読んでいるときに、「そこは『が』じゃなくて『は』じゃないの」とか(笑)。あと、オーディションが終わった後に当代一流の講師を招いて1年間座学を設けたんですね。そうしたら「俺はそんなことやりたいんじゃない」と出席しない人もいて(笑)。
徳:私が聞いたエピソードは、公演の合間にだれるとかわいそうだからと、蜷川さんが伝手を頼ってピナ・バウシュ劇団にいる日本人ダンサーを呼んでムービングの講座を開催したんですね。そうしたら「俺はそんなことがやりたいんじゃない」と出席しない人がいたという(笑)。もぉっっったいない。
岩:ムービングの講座は受講者を一般公募して金を取りましょう(笑)。取れるくらい面白いでしょう。

渡:そういうメンバーばかりだから公演するごとに蜷川さんは病気をしていました。本当に、公演ごとに体調が悪くなって。
岩:聞いた話をまとめる段階でどうしても切らないといけない話が出てくるんですけど、切られた人は「あぁん?」(笑)。最後は「俺がそうまとまった話を観たいから、俺がそのほうが面白いと思うから切ります」と宣言してまとめました。
徳:すごいよく出来た話でした。

岩:蜷川さんが亡くなったあと、ゴールドシアターを解散するかという話はあったんですか。
渡:亡くなって1年くらいはどうしようかと本当に毎日悩んで。岩松さんと一緒にやることだけは決まっていたのでそれを頼りに続けて。今となってはそのタイミングがすぎたから解散できないです。ノゾエ征爾さんと「1万人のゴールドシアター」をやって、岩松さんと「薄い桃色のかたまり」をやって。いま活躍している中堅どころの人とも積極的に脚本演出をお願いしようと探して、岩井さんに依頼しました。
岩:自主的に退団した人はいるんですか。
渡:いません。亡くなった方と、病気でもう出られないから仕方なく退団された方だけです。
岩:うかがった話では、認知症で退団した方が、翌日うっかり稽古に来てしまったとか(笑)。
徳:オーディション時は55歳以上で募集していたましたけど、いま考えるとそれはずいぶん若くて。結成から12年経ったので平均年齢もだいぶ上昇しています。
渡:いまはネクストシアターがサポートしながら公演する形になって、それで「鴉よ、俺たちは弾丸を込める」と「リチャード二世」で世界まで行ってしまいました。蜷川さんが用意したものが10年経って花開いた成果です。
徳:「鴉よ、俺たちは弾丸を込める」は、裁判所で撃ち殺された老人が若くなって生まれ変わる話ですが、ネクストシアターの出演者はその場面まで待機しながらゴールドシアターのメンバーを助けていました。
岩:それ凄い話ですね、誰が書いたんだ(笑)。って、清水邦夫さんですね。
渡:ネクストシアターが作った映像がありますのでここで紹介を。劇場の25周年記念で、蜷川さんの舞台をいつも撮影していた写真家の写真に、ネクストシアターのバンド有志が歌をつけた、ゴールドシアターの紹介映像です。
(上映)
岩:これを自主的に作ったってすごいですね。
渡:客席の後ろにネクストシアターのメンバーが2人いますね。
徳:「いやいやそんなもんじゃない」って顔をしています(笑)。
岩:無理矢理作らされたとか(笑)。
渡:まあまあ(笑)。

岩:20代30代ってのし上がってやる、っていう気持ちが一番強い年代なのに、それがゴールドシアターのサポートをするって凄いですね。学校で蜷川さんに習っていたんですけど、周りはこの有名人を喰い物にしてやれって人たちばっかりでした。
渡:幅広い年代のメンバーが揃って、蜷川さんは晩年は「大家族ができた」と喜んでいました。
岩:最初にゴールドシアターを作ろうとよく考えましたね。
渡:最初は自分のお父さんとお母さんに、ハムレットとオフィーリアの格好をしてもらって写真を撮ろうとしたんです。そうしたら断られた(笑)。でもそこから、年をとった人でも何かできるんじゃないかと考えて、ゴールドシアターになりました。
岩:ネクストシアターのメンバーも、もっと有名になりたいとかあったんじゃないかな。でも蜷川さんはそういう欲望を肯定していて、もっと自分を踏台にして有名になってもらって構わないというスタンスだったんですよね。
渡:それで蜷川さんに怒られたと。
岩:いや、それは違って。品川幸雄っていう役を登場させた芝居を書いたんですけど(笑)、それを誰かが蜷川さんに伝えたんみたいなんですよ。それで後日蜷川さんに会ったら「お前、俺の悪口を書いて稼いでいるらしいじゃないか」って(笑)。話がだいぶねじ曲がっている(笑)。
徳:教え方も厳しかったんですか。
岩:いや、当時は人の襟首をつかんで「お前はっ!」って怒鳴るような講師が主流でしたから。それに比べれば蜷川さんのほうがずっとロジカルでわかりやすかったです。でもそのころは「大家族ができた」って喜ぶような人ではなかったですね。
渡:蜷川さんはこれまで劇団を作っては潰してしまってきた人だから、嬉しかったんじゃないでしょうか。

渡:蜷川さんはシャイな人。だから自分が怖い演出家とか灰皿を投げるとか、そういう評判も含めて演じていました。それで打解けるともっと深い話をしたり。
徳:埼玉県の川口市の出身で、町工場がたくさんある町で。
渡:その人たちが日常的に「バカヤロゥ!」って使うから自分も同じように使って。そういう人たちの立場で、蜷川さんは徹底的に生活者目線で作っていました。昔は歌舞伎だったところに演劇が入って、それが西洋からの借り物なのに現代は無自覚で使っているという問題意識をもっていて。それで、生活者目線の、借り物でない演劇を作ろうと苦心していました。

渡:岩松さんにゴールドシアターの初回公演をお願いしたとき、時間がない中で引受けていただいたのですが、やっぱり何十人分の役を書くのは難しくて、10人くらい難民A、難民Bという役で、どこの言葉かわからない役の人が出来てしまったんですね。次にKERAさんにお願いした「アンドゥ家の一夜」のときは、3日おきくらいに稽古を撮影した映像をKERAさんに送っていて、それを観ながらKERAさんが全員分の役に役名と台詞を書いてくれたんですよ。そうしたらみなさんとても喜んで。それを聞いた岩松さんが、次の「ルート99」では全員に役名を書いてくれました。

岩:「アンドゥ家の一夜」ではプロンプターがいましたけど、プロンプターのせめぎあいも面白かったですね。「ん、台詞が遅い、けどもう少し待ったほうがいいか、もうプロンプ出したほうがいいか」みたいな(笑)。
渡:これは確実なんですけど、人間は演劇をやると活性化します。ゴールドシアターのメンバーで、歩けないのに歩けるようになった人もいます。
徳:今日出演していた方ですね。
渡:演劇をやると元気になるということをどうにかして証明したい、というのが私のライフワークになっています。
岩:ゴールドシアターのメンバーは舞台上で無防備になれるのが凄いですよね。みなさん、「舞台の奥まで走って」ってお願いするとそこまでは動けるんですよ。でも奥について次に何をやるかわからなくなったときの無防備な背中(笑)。ネクストシアターのメンバーだってどうやったらあんなに無防備になれるんだろうって、気になりますよね(笑)。
渡:年をとったら自然にそうなりますよ(笑)。
岩:でもあれを意識的にできるようになりたいじゃないですか。

岩:今後はどうするんですか。
渡:もともと蜷川さんという重石があって収まっていたのがいなくなって。いろいろな人に頼みたいですね。
岩:ノゾエ征爾さんは裸の役者を天井からつるしておしっこさせながら台詞を言わせるような滅茶苦茶な演出家なんですけど、最近は丸くなって(笑)。ゴールドシアターは大変ですけど、岩松さんに去年お願いして引受けてもらえたのなら、それだけの魅力が何かあるってことだから、いろいろな人にお願いできるのでは。
渡:岩松さんの演出は去年が最初です。
岩:でも初回公演の脚本も引受けてもらっていますし。
渡:そこにたどり着くまでにどれだけの人に断られたことか。初演のときにそれこそ何人も断られ、もう時間がないという状態で岩松さんに引受けてもらって、あそこからよく脚本を書いていただいたという。これは声を大にして言いたいのですけど、日本の脚本家はせまい世界の知合いの役者に当て書きだけしていて外に出てこない。あれが日本の演劇界の悪いところですよ。
岩:でも40人はさすがに多くないですか(笑)。
渡:まあ多いですが。

渡:じゃあ次は再来年くらいでどうでしょうか。
岩:よろしくお願いします。

なお渡辺弘がどんな人なのか検索してみたら本当にすごいキャリアの人だった。脚本家や演出家は騙して1回は連れてこられるかもしれないけど、スタッフ部門のこういう力量実績のある人の後任者のほうが問題になるんじゃないのか。

<2018年6月27日(水)追記>

全面更新。

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