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2018年7月30日 (月)

DULL-COLORED POP「1961年:夜に昇る太陽」こまばアゴラ劇場(ネタばれあり)

<2018年7月23日(月)夜>

1961年の福島県双葉町。農家の長男は東大生だが家業を継がずに物理学を生かした仕事に就きたいと実家に頼むために帰郷する。次男は理解するも祖父とは喧嘩になる。その長男が帰りの汽車で一緒になった「先生」は町長の家に用事があるという。そのころ町では山高帽をかぶった怪しい男が目撃されるが、農家の三男たちは少年探偵団気分で正体を突き止めようとする。

福島三部作と銘打った連作の一本目。家族の対立を描く場面や、三文芝居的なラブコメや、人形を使った少年達など思いっきり素っ頓狂な場面を前振りに、双葉町に原発が誘致されるまでを描く。三部作で時間に余裕があることもあって、そのころの東京にいる人間からみた未来と科学技術がどのくらいまぶしかったかと、住んでいる本人達が認めるくらい双葉町がいかに貧しかったかとを、あの手この手で描く。

その後にくる、誘致のための土地の買収交渉の場面の思惑の交差。科学を信じつつ営利企業としても行動する者、この機会を逃さずに発展につなげたい町長たち、長男から実家を継がないと言われて言い分は分かっていても絶望していたところに転がり込んだ機会に悩む祖父の、三者三様の立場。調査と取材をした結果とのことだけど、これが本当なら、誘致をした側も受けた側もこうやって行動するよな、自分がその時その中の一人だったら同じ決断をするよな、という気にさせられる展開。前回公演の「演劇」でもあったように、この山場の場面の関係者もとても演劇的な立場に置かれて、ある人は自分から、ある人はやむを得ず、演劇的に振舞うように追込まれていく。

この場面が、何と言うか、いかにもありそうなやり取りで世の中は演劇的な場面にあふれているのだなという感想と、演劇で演劇的な場面を上演しているのにこれは事実に基づいて構成されたのだという事情と、その後に事故が起こるということを知っていることとが混ざって、観ていて胸焼けするような場面だった。

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2018年7月27日 (金)

新国立劇場主催「消えていくなら朝」新国立劇場小劇場

<2018年7月23日(月)昼>

東京に出て以来、初めて実家に帰った劇作家はバツイチ。一緒に連れてきた結婚するつもりの彼女は売れない女優。母は劇作家が子供の頃から宗教にのめり込んで父との仲は冷えて久しい。サラリーマンでこれもバツイチの兄や、父の会社で働く独身の妹もやってきて、十数年ぶりに家族が揃う。互いの立場への思いやりの欠如、仕事への無理解、母の宗教活動への遠慮が及ぼすよそよそしさなどが積もって罵りあいになる一晩の出来事。

これで芸術監督最後となる宮田慶子の演出作品は蓬莱竜太の家族体験に基づいたという新作。やりたいことをやっていていいよなという兄からの言葉や、売れていることがいいことではないのかという父からの言葉に返答が詰まったり、自分が言った言葉を否定する形で相手を貶めたり、いい意味で歯切れの悪さが出ている。反面、主人公以外の登場人物の日常や仕事についてはあまり描かれず。劇中の主人公に他の登場人物への想像力や理解が足りないのはよいけど、芝居を観ているこちら側にはもう少し想像する種を渡してほしい。家族の話だからと脚本の配慮で省いたのではなく、本当に知らなくて描けなかったのではないかと疑われる。

どこまでが実体験なのかはわからないけど、以前観た蓬莱竜太芝居に出演していたこともあり、宗教にはまりつつ恋愛もする母の造形は定期的に世間を騒がせる斉藤由貴がモデルなのかもと想像。この母の台詞の「誰もかまってくれなかったじゃない」が山場。互いの無関心の行き着いた果てのひとつを描いた芝居とも受取れる。演出がかなりフラットというか、よけいな脚色抜きで脚本を立上げるようにした結果、終わってみるととてもちっぽけな家族の話に着地したのが不満。ただその分、身近な問題をきっちり描いた感触も残って、良し悪し半々。平日で客席の年齢層が高かったためか、客席はしっかり受取っていた印象が強い。

主人公を演じた鈴木浩介の絶妙な上から目線加減と、そこまで多くない台詞で父親の微妙な立場を表した高橋長英が好印象。

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2018年7月19日 (木)

2018年上半期決算

恒例の決算、上半期分です。

(1)あうるすぽっと主催「あうるすぽっとでお正月」あうるすぽっと

(2)シス・カンパニ―企画製作「近松心中物語」新国立劇場中劇場

(3)パルコプロデュース「アンチゴーヌ」新国立劇場小劇場

(4)東京芸術劇場主催「秘密の花園」東京芸術劇場シアターイースト

(5)パルコ/兵庫県立芸術文化センター共同製作「テロ」紀伊國屋サザンシアターTAKASHIMAYA

(6)オフィスコットーネプロデュース「夜、ナク、鳥」吉祥寺シアター

(7)ハイバイ「ヒッキー・ソトニデテミターノ」東京芸術劇場シアターイースト

(8)ホリプロ企画制作「ムサシ」Bunkamuraシアターコクーン

(9)カオルノグチ現代演技「演劇部のキャリー」OFF・OFFシアター

(10)世田谷パブリックシアター企画制作「」シアタートラム

(11)カオルノグチ現代演技「演劇部のキャリー」OFF・OFFシアター(2回目)

(12)小田尚稔の演劇「是でいいのだ」三鷹SCOOL

(13)劇団青年座「砂塵のニケ」青年座劇場 2018.03.31

(14)シス・カンパニー企画製作「ヘッダ・ガブラー」Bunkamuraシアターコクーン

(15)小田尚稔の演劇「凡人の言い訳」新宿眼科画廊スペースO

(16)ホリプロ企画制作「酒と涙とジキルとハイド」東京芸術劇場プレイハウス

(17)パラドックス定数「731」シアター風姿花伝

(18)新国立劇場主催「1984」新国立劇場小劇場

(19)さいたまゴールド・シアター「ワレワレのモロモロ」さいたま芸術劇場NINAGAWA STUDIO

(20)赤坂ACTシアタープロデュース「志の輔らくご」赤坂ACTシアター

(21)M&O playsプロデュース「市ヶ尾の坂」下北沢本多劇場

(22)イキウメ「図書館的人生Vol.4 襲ってくるもの」東京芸術劇場シアターイースト

(23)新国立劇場主催「ヘンリー五世」新国立劇場中劇場

(24)こまつ座「父と暮せば」俳優座劇場

(25)世田谷パブリックシアター企画制作「狂言『楢山節考』」世田谷パブリックシアター

(26)青年団「日本文学盛衰史」吉祥寺シアター

以上重複1組を含む25公演26本、隠し観劇はなし、すべて公式ルートで購入した結果、

  • チケット総額は161520円
  • 1本当たりの単価は6212円

となりました。せめて単価6000円は切りたいのですが、高止まり傾向です。近年プロデュース公演が目立つ中ではだいぶ劇団公演に寄せた半期でしたが、その劇団がキャリアを重ねてチケット代が高くなる傾向なのに加えて、プロデュース公演はもともとチケット代が高値維持からさらに上をうかがう勢いです。何となくですが、制作者、それも小劇場出身者はミュージカルではない芝居でも一番高い席を10000円突破で売るのが夢のように見えます。それは構いませんが安い席も取揃えてもらえればというのが観客からの願いです。シス・カンパニーが(2)で、1階前方中央ブロックをSS席として売って、それ以外の1階席はS席で値段を抑えていましたが、あれが制作者と観客と双方の妥協点だと思います。

本数でいえば、こんなにたくさん観るつもりはなかったのに増えてしまい、なるほど金がなくなるわけだと思い当たりました。それでいて話題作目白押しの5月ゴールデンウィーク明けから6月上旬の1ヶ月間にほとんど観られなかったという偏りがもうひとつあります。その結果、玉石混合のシーズンとなりました。

エンターテイメントのPARCOが新年早々気合の入った海外新旧シリアス台詞劇で圧巻だった(1)(5)、劇団の再演と初顔あわせの劇団での新作で岩井秀人にはずれなしの実力を見せた(7)(19)、劇団公演はやはりこうでなくてはという(17)(22)(26)、少人数小劇場でも面白いものは面白いと再認識させてくれた(9)(11)(12)、数ある再演ものの中では頭ひとつ抜けていた(8)(21)を玉として記録しておきます。この中でも特に記憶に残るのが、台詞だけでここまで舞台は作れるのだと証明したうえに観客投票まで設ける新趣向で観客席をどよめかした(5)、引きこもりの本人と周囲と両方の視点で希望も苦味も1本の芝居に詰込んだ(7)、日本ドメスティックな話題をあそこまで小劇場的に消化した(26)の3本になります。なお大真面目に人間の信念を問う(1)(5)の2本は、PARCOへの偏見ですが、新年の舞台だから信念の話とかいいんじゃね、くらいのノリで始めた企画だという疑いが今でも消えません。それくらいインパクトの強い企画でした。

今シーズンは観たい芝居があるのに思うようにスケジュールが合わずに観に行けない時期に雑文をたくさん書いています。(13)(15)の芝居を後から思い返して、伝えたくないことまで伝わってしまう舞台の不思議を書いた「演劇は恐ろしい」は、これまで関係者のインタビューなどで断片的に見かけていた話を実体験として理解できた瞬間でした。またたまたま見つけた本谷有希子の言葉「リアリティーより説得力」は、仕上がりを計るための視点のひとつを言語化してくれた貴重な偶然でした。あとは自分のよく観に行く劇場の話から、ステップアップしたい劇団の上演先が無くなっている話に展開した「劇場とか劇団とか」も、自分が芝居を観始めたころからいろいろ環境が変わっていることを再認識する機会になりました。

後半は息切れして、感想を上手く書けず、楽しんだのに投げ気味になったエントリーもありました。でも記録しておくだけでもよいことだと考えて、続けられるだけ続けていくのが目標です。

引続き細く長くのお付合いをよろしくお願いします。

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