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2019年7月17日 (水)

「期待値からの振れ幅」を満足感と定義する

この話はまとめたいとずっと思っているのですが、まとまりませんので一度蔵出しします。仮説をまとめるとこうなります。

・人間は知っていることを基準として、その基準との比較で満足感を感じる。知らないことに対しては比較する基準がないから満足も不満足も感じることができない。知らないことばかりだとそもそも受付けない。
・期待値から上に振れ幅が大きいほど満足感が大きい。ただし、同じ幅でも期待値が高いほど満足感は大きい。
・知っていることは内容に関係ないことでもよい。有名人が出演している、というのはもっとも手軽な「知っていること」のひとつ。
・エンターテイメントに限らず、前提知識のないライブを観ながらリアルタイムで中身を追えるのは、その分野自体に対して何らかの前提知識を持っているか、わからないこと自体を楽しんだ経験があるかのどちらか。どちらにしても客側のある種の特殊技能のひとつ。
・なおリアルタイムで気をそらさずに引張り続けるのは創作側と制作側の技術のひとつ。
・ライブで一般客に満足感を与えること自体が本来はまず無理な相談。

客として長年芝居を観てきましたが、どうも自分の芝居の見方がずれてきているように思えたのが数年前です。私が観て面白かった芝居が、評判がよければ結構なのですが、そういうことばかりではない。逆に私がそれほど面白いと思えない芝居の評判がよいと、それはそれで気になる。いろいろ考えて、見方というか、満足するポイントが違いそうだとは気がついたのですが、長年観ていればマニアックになってもおかしくないと一旦は片付けました。

一方で私は音楽関係がわからなくて、こちらは滅多にライブには行きませんが、それは楽しめなさそうな予感があるからです。別にクラシック音楽が眠くなるというだけでなく、今時の音楽でも変わらない。ところが「映画は初めての作品でも楽しめるのに音楽だと楽しめないのはなぜだろう」という文章を見かけました(リンク失念)。これがきっかけで、芝居と音楽とで何か違いがあるんだろうかと考えるようになりました。

それでとりあえず考えたのが冒頭の箇条書きになります。「リアルタイムで気をそらさずに引張り続けるのは創作側と制作側の技術のひとつ」と書きましたが、そのひとつが芝居だと「物語」というフォーマットの力です。もう少し言えば、物語の力を借りて、適切な順番と分量で情報を出すことで、リアルタイムで理解するハードルを下げる技術です。

他に、芝居では目の前で本物の人間がパフォーマンスしているから、それで観客を惹き付けておきやすいという事情もあります。映像だと撮影されただけの人間の力はそこまで強くなくて、たぶん映像全体の美しさを作りこむ必要があります。

おそらく音楽では、「物語」に該当するのが音楽理論、「映像の美しさ」に該当するのが音色の美しさではないかと思いますが、そこは自信がありません。少なくとも初見で楽しむ場合、メロディラインや詞の美しさはそれらより後にくるはずです。

とりあえずここまでをメモとして書いておきます。

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