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2019年8月17日 (土)

DULL-COLORED POP「第三部:2011年 語られたがる言葉たち」東京芸術劇場シアターイースト

<2019年8月16日(金)夜>

大津波と原発事故が起きた2011年の年末。地元テレビ局の報道スタッフは仮設住宅に避難している住人に取材を試みるが上手くいかない。報道局長は双葉町の町長の弟だが、町長は神経を病んで入院しており、取材できる状態ではない。取材が進まない中、年末の特番を控えて、復興を後押しする報道をしたいスタッフと、視聴率がほしいスタッフとで意見が割れる。

福島三部作の第三部は第一部とも第二部とも打って変わって、原発よりも住人に焦点を当てたドキュメンタリー調。原発を取上げるよりも復興をテーマに据えた未来志向とも言える。仮設住宅の住人のエピソードも、テレビ局のいろいろも、何か取材元があるんだろうなということが観ながら想像できて、重かった。

トークディスカッションの回にまた当たって、そこで話された内容によれば、やっぱりこの第三部はいろいろ取材で聞きこんだ情報を盛込んだとのこと。力作ではあるけど、事実が重すぎて観る側の想像力の入る余地が少ない。ここが前2作と大きく違うところ。

トークディスカッションのメモを覚えている限りで。客席の質問に答えるQ&Aのスタイル。はてなまでが質問、そのあとが回答。間違っていたら文責はこのブログにあり。

・津波の被害と原発の被害は分けて描くべきだったのでは? 自分が東北3県を取材した限りでは津波に対する意見もそれなりに多かったので、自分の中で消化した結果、津波に関する話もそれなりに多くなった。

・劇中で福島放送を実名でネガティブな要素も含めて描いており、しかもロゴに本物を使っていたが、タイアップしているのか(私は気がつかなかったが、カメラに貼ったステッカーや封筒などに記載されていた模様)? 劇中でのロゴの使用を申請したが断られた、脚本を提示したわけではない(ので検閲ではなく単に許可がもらえなかった)、制作と相談して実物を使うことにした、福島放送のエピソードは多少脚色しているが取材した内容に基づいており表現の自由の範囲と信じている、先方の法務部門から訴えられたら対応する。

・この話題を演劇で描くことについてと、この話題に対する距離の取り方についてどう気をつけたか? ギリシャ悲劇の昔から演劇は違う意見の対立を描くものだというのが自分が演劇の脚本を勉強した理解、なので今回の内容はむしろ演劇向き、距離の取り方は難しく特に第三部はエピソードを聞いた人の顔が思い浮かんで自分で演出しながら泣きそうになった、演出家の仕事は冷静に距離を取ることなので将来改めて振り返りたい。

・ネットでの評判だと第二部だけ毛色が違うと言われているが、三部作を執筆した順序や時期に違いがあるか? 書いたのは順番通り、前の作品を書き終わってから次の作品を書いた、第二部は町長に興味があって描きたかったが、三部中でもっとも資料の入手しづらい箇所でもあったので、数少ないインタビューと書籍を参考に脚本家の想像で補った部分が最も多い作品となった、そのためそういう評判になったのではないか。

自分が三部を全部観た感想だと、第二部が一番考えさせられたのだけど、事実より想像が多い作品の方が観ていて想像力をかきたてられたというのは、貴重な経験だった。

あとロゴの話は微妙。むしろ悪行を告発するような芝居で実物を使うのならまだわかるけど、今回はそうとは限っていない。取材に基づいたエピソードを実名で描くのは表現の自由だけど、ロゴの使用は商標権の話(気が付かなかったけどこれこれか)。表現の自由で商標権に挑戦しない方がいいというのが個人的な意見。この芝居の価値はそこではない。せっかくの力作にそういう細かいところでケチをつけられないように、自作のロゴに改めるのが吉。

<2019年8月17日(土)追記>

書くのを忘れていた。報道局長の「資本主義と真面目な報道は相性が悪い、民主主義と真面目な報道は相性が悪い」というインパクトの強い台詞があったけど、これは間違っている。テレビ業界は時間の制約が絶対なので、その分お金をかけるか報道内容を絞るかしないと品質を保てない、さらに大規模な報道内容に挑むならお金をかけないといけないけど、そこまでできない、というのが正しい。もっと身近な例なら、取材に3年かけたというこの三部作自体が報道に近い内容を含むけど、それを1か月でやれと言われてできたか、と考えればよい。

プロジェクトで品質を維持するための時間と費用と範囲のトレードオフ」は報道を含むあらゆる分野に通用する内容で、資本主義でなくても民主主義でなくても事情は同じ。そういう自覚を業界で、少なくともその局で持っていないから無茶な要求がまかり通って報道が荒れていく、というなら話は分かる。あるいは最終的な品質の評価を視聴率でしか行なわないから時間と費用と範囲のトレードオフが正しく判断されないというのでも話は分かる(視聴率に関する台詞は少しあった)。台詞の強さ、発するまでの展開とシチュエーション、役者の演技力、すべて揃って説得させられそうになるけど、そこは違う視点でも考えられるべき。

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