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2020年3月 6日 (金)

新型コロナウィルスに関する自分の意見のまとめ

新型コロナウィルスに関するエントリーを何本も書いたので、一度まとめておきます。

新型コロナウィルスが流行して公演中止は起こるか
新型コロナウィルスを受けて歌舞伎座はマスクで接客中
あらためて新型コロナウィルスが流行して公演中止は起こるか
演劇っぽくなってきた新型コロナウィルス騒動
新型コロナウィルス騒動での劇場の対応
新型コロナウィルスでジャニーズが公演を一部休演
新型コロナウィルスで本格的に上演中止が出てくる
新型コロナウィルスで続々と上演中止が出てくる
新型コロナウィルスを受けた小劇場の対応の様子
新型コロナウィルスでイベントを中止しても保険支払の対象外になるかもしれない件
新型コロナウィルスに対する相反する劇場のステートメント2つ
新型コロナウィルス騒動について野田秀樹の意見書と専門家会議の提言と医者が説明する封じ込め可否の状況
新型コロナウィルスで上演側の対策の話メモ

そしてまだ騒動が続いている最中に、後だしと言われないように、自分の意見をまとめておきます。観客から上演側の人たちへのコメントですね。一観客が何様コメントなのですが、とにかくコメントしたい時があるのです。

・自分の立場

サラリーマンで、この新型コロナウィルス騒動の最中も会社に通勤して働いています。商売がー、というドタバタもあり、社内から感染者が出ないようにあれこれー、というお達しもありますが、給料をもらうためには働かないといけないので、働いています。なので、芝居の上演に中止だ、継続だ、と言える口ではありません。ただし新型コロナウィルスの詳細がわからない現状、感染したくないという感情は持っています。そんなの風邪に毛の生えたようなものだろ、と笑い飛ばすことはできません。

長年芝居を観ている観客で、興行中止になるような騒動があると野次馬根性がうずくので、いろいろ調べることが多いです。今回の新型コロナウィルスの騒動も、最初は野次馬気分で調べていたのですが、そのうち本格的な騒動になってきたので、全部は追えないから主要な劇場と興行元を辿って、上演の動向を追ってきました。その上で、3月2日21時時点で、上演については「金の都合がつく、あるいは諦めがつく金額の範囲なら止めるのが最善」という結論になりました。しばらく、が数日か数週間か数ヶ月かわかりませんが、しばらく芝居を観に行くのも控えます。

・上演中止(一部休演を含む)を決断した上演関係者について。

金銭的、非金銭的、両面の損を覚悟で中止したその決断に敬意を表します。また上演団体に中止を依頼しないといけない立場だった方には、誰も引受けたくないであろう職責を担当された責任にも敬意を表します。

・上演継続を計画している上演関係者について。

もし金銭的な都合で上演中止の選択肢を取れない場合、特にどこからの補償もない現状、継続という選択肢を取ることは致し方ないと思います。それを責めるつもりはありません。

もし金銭的な都合はないけど上演継続を計画している場合、単なる勢いではなく、情報収集の結果、相応の対策の目処がたったと判断したうえでの行動だと信じます。

どちらの場合も、最終的に観に行く、観に行かないは観客の判断なので、上演側が受入準備をしたとして、それを責めるつもりはありません。今まで見たところでは、上演継続する公演の大半で、キャンセルを受付けています。ドタキャンが上演団体にとって損失なのを承知でキャンセルを受付けるフェアな行動に賛辞を送ります。

ただしお願いはあります。上演継続したことを後日の美談や武勇談にしないことです。新型コロナウィルスの詳細がわかっておらず、特に閉鎖空間で感染しやすくなると言われている現状、上演中止は十分考慮に値する選択肢です。また他のイベントが中止になったため、相対的に感染が広がりにくくなった可能性もあります。上演継続を自慢せず、上演中止を馬鹿にせず、10年後、20年後に、その時点の立場で同じ判断ができるか振返ってみてください。

・芝居関係者へのお願い

今回の曖昧な「要請」で公演が中止になって、文字通り生活が死活問題になったら、それを訴えたいという気持ちはわかります。ただ、芝居に限らず芸術関係者全般ですが、普段から芸術に対する扱いとして特別なポジションを得ている、得ようと努力しているようにも関わらず、中止に対する補償までも声高に訴えるのは、外野からはいささかバランスが悪く見えます。飲食店が来客減で補償してほしいと同じことを訴えているのより、聞き苦しく聞こえるのが、我ながら不思議です。

補償を訴えるなというのではなく、この騒動が一段落したら、芸術の位置づけをもっと普通にする、やや特殊ではあるが通常の職業と変わりはない、特別ではなく身近で日常的なものである、と世の中に認知してもらう方針に切替えたほうがよいと個人的には考えます。実際はかなり特殊な面がありますし、短期でまとまった売上を上げる業種はどうしても癖がでてきてしまいますが、それを克服して、職業の一般化を目指してほしいです。

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