2020年11月
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30          

« 新型コロナウィルスの補償問題で本当にドイツがよかったのか疑問になる記事から転じて文化芸術復興基金の話まで | トップページ | 新国立劇場の「新型コロナウイルス感染拡大予防ガイドライン」が出ていた »

2020年6月14日 (日)

新型コロナウィルスでなぜ揉めるような発言を平田オリザがしたのかをろくに発言を読まないで偏見で想像する

新型コロナウィルスでの補償を求める発言がいろいろ叩かれていましたが、なんであんなに叩かれたのか。新型コロナウィルスも炎上騒動も小康状態で、そろそろ芝居の上演が再開される動きが出てきたけどまだ上演されていない、今のうちに書いておきます。

私自身は「社会における芸術の役割について」を読んで関心したくちで、あの時期にここまでまとまった文章を書いていたのはすごいし、今読んでもそんなに間違っているとは思いません。叩かれたのはそれより後のNHKの「文化を守るために寛容さを」と、それを受けてブログに書いた「NHKにおける私の発言に関して」だと理解しています。

それが叩かれ理由はfringeの「物事を本質だけで比較してはいけないときがある」がまとまっています。ただ、それを「本質で語ったからだ」とくくるのはいささか苦しいです。私は単純に、他業界を貶めて自分たちの業界だけが補償を勝ちとろうとした、その発言だけを聞いたらそうみなされてもしょうがない不適切な発言をしたからだと考えています。付け加えれば、それより前にも他の(平田オリザよりは知名度の低い)演劇人から似たような発言があってくすぶっていたのでダメ押しになったとは言えます。

演劇業界関係者が他の業界に対して関心が低いこと、およびそもそもの補償の是非については、ここまで何度か書いたのでその視点は外します。叩いた側に言い分もあれば非もあるでしょうが、叩いた側の分析はできないのでやはり外します。ここで考えたいのは、コミュニケーションで売っていた人が「他業界を貶めて自分たちの業界だけが補償を勝ちとろうとした」と取られるようなコミュニケーションミスを起こした理由は何かあるだろうかと想像することです。fringeで書かれているように、農業の例で進めればもう少し展開は違っていたはずです。そこでミスをしたのはどのような理由が考えられるかを順不同で書いてみます。

(1)経歴的に戦うことが多かったのでそのスタイルで臨んでしまった

20代で父親が建てたこまばアゴラ劇場と億の借金を一緒に相続した経歴は有名です。以来結局40年近くたってあと1、2年での返済の目途が立ったのですが、銀行との返済交渉も平田オリザがやっていたはずで、戦うメンタリティがないととっくにつぶれています。そして今も続く青年団はそれと並行してこのころから主宰していましたが、集団を率いること自体、調整だけでは済まず、ある種の戦いや決断を避けて通れません。

10代で自転車で世界一周をしたように、もともと本人に挑戦的な面はあるのでしょうが、それだけでなく、戦うことを求められる環境にいることが多かったのでしょう。その場合、戦う相手が明確だったら、たとえば借金に対する銀行や、劇団運営に対する劇団員の仕切り方や、助成金獲得のためのプレゼンなどだったら、相手を仮想敵として戦って勝ちとるスタイルもはまると思います。ただ新型コロナウィルスが相手だとこのスタイルは向きません。そこに助成金のように一部の応募者だけが採択されるような間違った場面設定をして、戦うスタイルを持ちこんだのかもしれません。そうなったら、本来敵ではない人たちも敵に回ります。

(2)物事を相対的に考える癖がついていたのでそのように発言した

fringeで書かれた内容と一部重なります。よく「自分を知るためには他者が必要である」と言われます。他者との違いや関係を通してこそ、自分とは何かをよりはっきり定義していくことができるというものです。自分の意見を中心に据えて物事をとらえることを主観的な考え方と言い、自分の立場を他者と並列に置いて違いや共通点をとらえることで自分の輪郭を明確にしていく方法を相対的な考え方と言います。

脚本演出家として面白い芝居を作ること、劇団という大勢の人間を引張っていくこと、演劇を含めた芸術全般を世間に売出すこと、自分の借金や劇団の公演のために資金を調達すること。これらの行為全般で、自分(たち)は何者か、何がやりたいのか、それはどのような背景があり、他の芝居(劇団、業界、申込者)と何が違うのか、を明確に説明していく作業が必要だったであろうことは想像にかたくありません。そのために、物事を考えるときに他者との違いで相対的に自分たちを位置づけることが習い性になっていたのは、これは多分そんなに間違っていないと思います。

そこで相対的に捉えた位置づけを、主観的というか、比較を使わない表現、少なくとも相手をけなしているように聞こえない表現に変換して説明できればよかったのですが、その変換の時間が足りなかったのではないかと推測します。

(こんなことを書いていてなんですが、実は「相対的」という単語の使い方がいまいちわかっていないので、一般的な使われ方と違っていたらすいません。これを書いている私自身が、ここで書いたような「相対的な考え方」という概念自体を認識したのが近年のことなので(見かけてはいたけど意味がわからなかった)、いまだに苦手であり、主観的な考え方をすることが多いです。このブログのタイトルに「偏見」と入れているのは、平田オリザの本件に関する発言を全部把握していないというだけでなく、自分の書く文章はどうしても主観的になるという自覚も最近出てきたからです。)

(3)劇場を立てたばかりのところに公演不入りが重なって金銭の余裕がなく焦っていた

新しい拠点として江原河畔劇場を建てて(既存の建物を改修して)、オープニングの直前でした。もともと支援はされていて、だけどそれでも足りないのでクラウドファンディングで募集していました。こちらはほぼ満額に近い形まで持っていけました。5000万円の目標に対して4908万円調達なら、大成功と言えます。それにしても、物入りであることには変わりません。劇場に関してはほぼ完成していたからその分の出費が、そしてオープニングに向けて公演準備がされていたのでその出費が、それぞれ確定していたはずです。

それに加えて、青年団公演も打撃を受けていました。直前に上演していた青年団の「東京ノート」が、通常なら満席のところ、新型コロナウィルスの影響でしょうが空席が目立って、私が観た会はたしか40席近く削られた状態。4000円のチケットで追加公演入れて全18ステージがならしてこんな調子だったら300万円近く当てが外れたことになる。公演自体は劇場がこの公演が終了してからの閉館だったので(その後でごたついていましたけど)全ステージ上演できましたし、いつも通りゲスト出演のない劇団公演なのでとびぬけた出費はなかったと思いますが、厳しいことに変わりはありません。そこで焦ってあのような発言になったのであれば、わからないでもありません。

(4)売れっ子なので興味を持ってくれる人だけとの偏ったコンテキストが続いてそうでないコンテキストを忘れていた

平田オリザが語られるときのキーワードとして「コミュニケーション」や「対話」が挙げられますが、「コンテキスト」も忘れてはいけません。むしろ本を読むとコンテキストのほうが重要です。直訳すれば文脈ですが、芝居の登場人物ひとりひとり、あるいは現実の個々人が、何をどのように認識しているか、といったほどの使われ方だと理解しています。持っている情報の差や置かれた立場の違いなども含まれます。登場人物同士の間や、舞台と客席の間や、現実の個々人の間で、コンテキストがずれていることを自覚すること、そしてそのずれているコンテキストを摺り合わせることが、平田オリザの演出の技術論、ひいてはコミュニケーションの技術論のひとつです。

ただ平田オリザはここ数年以上、売れっ子の状態が続いていました。演劇は青年団の海外公演もありましたし、自分が海外に呼ばれて仕事をすることもありました。演劇の技術を応用したワークショップや教育も盛況です。コミュニケーション分野でも本を出しています。推測するに、平田オリザについて一定以上の知識を持つ人、あるいは平田オリザが得意とする分野について共通の興味を持つ人たちと接する状態が長く続いたのではないでしょうか。あるいは借金の返済や助成金の獲得など、最初から共通のテーマが存在する場面で接することが多かったのではないでしょうか。

まったく無関係の人間に話しかけてコンテキストを摺り合わせるのは難しいです。演技の練習で「相席する際に相手に話しかける」ことが日常でできる人とできない人がいる、という例で平田オリザが本にも書いています。そしてただでさえ芝居業界は観客人口が少ない、同じ人たちが回っているだけだと言われている業界ですが、そのなかでも観客が増えすぎると伝わらないからと、少人数客席を貫いてきたのが青年団です。平田オリザの名前は知っていてもその芝居を観たこともないしどこで上演されているのかも知らない人たちのほうが世の中の圧倒的多数派です。そこに共通のコンテキストは存在しませんし期待できません。だからコンテキストの摺り合わせから入るべきで、世の中の全員とコンテキストの摺り合わせはできないから最初は平田オリザ側が相手のコンテキストに合せていくべきところです。そこで相手のコンテキストを想定したところ、最近の付合いから連想してしまい、世間大多数のコンテキストから読みからずれていた可能性はあります。

今になってもどのようなコンテキストを想像すればいいかは難しい話ですが、「自分や家族が新型コロナウィルスにかかって死ぬかもしれない」「自分の仕事がつぶれて借金だけが残って食い詰めるかもしれない」の2点を心配する人が多かったことは押さえておきたかったです。3月4月だと前者、2月5月だと後者のほうが多かったでしょうか。ただ平田オリザ自身が借金慣れしていて、後者の心配に重きを置いていなかったかもしれません(適切に交渉すればそんな簡単に食い詰めたりしないと知識でも経験でも知っていた)。

(5)なんだかんだいって芸術至上主義でほかの業界は割とどうでもよかった

平田オリザは芸術の公共性についていろいろ訴えてきたり、民主党時代のスピーチライターを務めたり、いろいろな仕事をしている人です。それをどう定義するか。私の見解では、本業は脚本演出家、それ以外の仕事は「自分が望む芝居を実現するための手段確保」で一貫している人であり、その一環で「芸術を世間に売込むための仕事」をやっていたところ、これが2本目の柱に育った人、です。

旗揚は学生時代で小劇場ブームの時代ですが、最初の数本を除き、そのころのにぎやかな芝居に早くから背を向けて会話劇に向かい、バブル時代の真っただ中に、やがて現代口語演劇と呼ばれるものを確立するに至った人です。学生芝居のノリではなく、最初から表現に強い志向があった。平たく言えば芸術家だった。そういう芸術家気質を持つ人が40年近く劇団を率いて演劇を続けてきて、しかも自分たちの成長が、日本の実業が崩れていく失われた何十年と呼ばれる時代と重なった。あるいは、国内で汲々としている人たちが大勢いる時代に、自分たちの芝居が海外で評判をとり、自分の方法論が海外でも通用し、芸術家として海外で遇される経験をした(「砂と兵隊」の上演時に、フランスで大評判だったのに日本で話題にならないのは日本の記者が英語以外を読めないからだとかみついていたのを書きながら思い出しました)。

その過程で、芸術とは職業になり、国内に限らず海外でも仕事があり、相応の敬意も期待できる素晴らしいものだと考えるのに至った。それだけでなく、斜陽が目立った実業界を一段低くみなす考えがついてしまった。元の芸術家気質がそれに拍車をかけて、芸術至上主義になってしまった。と書いたら偏見が過ぎるかもしれませんが、ありえないことではないと考えます。

思いつくままに5つ挙げてみました。想像というより妄想であり偏見です。芝居のサブテキストを考えるみたいなものですね。

一般に著作と著者は別物と言われるのは承知していますが、でもこんな文章を書けるくらいには青年団の芝居を観て著書も買った人間として、あんな炎上を起こしたことに軽く失望しましたので、一度は書かずにはいられませんでした。

« 新型コロナウィルスの補償問題で本当にドイツがよかったのか疑問になる記事から転じて文化芸術復興基金の話まで | トップページ | 新国立劇場の「新型コロナウイルス感染拡大予防ガイドライン」が出ていた »

コメント

コメントを書く

コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。

(ウェブ上には掲載しません)

« 新型コロナウィルスの補償問題で本当にドイツがよかったのか疑問になる記事から転じて文化芸術復興基金の話まで | トップページ | 新国立劇場の「新型コロナウイルス感染拡大予防ガイドライン」が出ていた »