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2020年7月24日 (金)

あえて余白を残すという話

カルピスウォーターのパッケージが評判のようです。それを解説するまとめができていました。

公式SNSも運用してる身として個人的な予想となりますが、カルピスさんは、「あえてボトルの透かし画像はどこにも出さず企画の"余白"を残し、UGCが出るのをガマンして待っていた」と思います。

「ちゃんと待てる」って意外と難しいのにそれが出来る。

最初から全部ネタバラシするんじゃなく市場からのタネで完成する仕組み最高だな。
こーゆー仕掛けをしていきたいものです。

この事例を見ると"余白"づくりの重要性をとても感じますよね。
普通に打ち出してもある程度の反響は見込める素晴らしい企画だなと思いましたけど、ユーザーが参加して一緒に盛り上げる事でより大きな波が生まれている印象。

公式が最初に取りあげるのは、野暮というか、なんか違う。

他の例も載っていますが、企画を芝居に、ユーザーを観客に、余白を想像の余地に置換えると、演劇の世界にも通用する話になります。よくできた芝居は、観客の想像力を当てにして、必要な情報は全部出すけどあえて不親切にバラバラにして、情報をつなげるところは観客にまかせる傾向が多いと思います。

その応用として、描きたいことを別の世界の別の物語に置換えることもあります。見立てとか風刺とか言われるものはそうですね。あるいは複数の別の物語を並行に進めてそれらが実は関係のあるものだったとつながる手法もあります。そこで大事なのは、とにかく、直接言っては駄目なんですよね。観客側が自分で「ああああそうだったんだ」と気が付くことで満足度が大きくなる。

テレビはほとんど見ませんけど、たまに見ると、情報過多ですよね。わからなくもないんですよ。話がどんどん進む中で細かい情報を拾って、関連する情報が出てきたときにリアルタイムで思い出すのはある種の能力で、「余白」のあるコンテンツに一定量以上のめり込んだ人でないと身につかない。私も小説や芝居ならある程度はできますけど全部拾えるわけではないし、音楽ではそのような楽しみ方ができる自信はありません。ある規模を超えるとそういう能力がない人の割合が無視できないくらい増えて、そこを補うための過ぎた親切が全体をスポイルする。その極端な例がバラエティ番組で、もう字幕をずっと表示して「ここで笑え」の指示を出してばかりです。別の表現をするなら、野暮です。

何も岩松了みたいに必要な情報すら隠せというわけではありません。でも情報の種類と順番を工夫することで、本筋は必要最小限の情報で構成できたら、それは洗練の一種です。洗練にもいろいろな形がありますが、観客の想像力を信じることはコンテンツの質を上げることにつながる、王道の手法のひとつだと考えます。

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