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2020年8月30日 (日)

今後は芝居を観に行く動機をいかに見つけるか

9月と10月のメモをまとめながら感じたことです。

今回、できるだけ今までと同じ目線でまとめました。以前なら「観られるものなら観たいけど金と時間と体力は有限なので縁がなかった」と考えられたラインナップです。ところが今回は本当に観たいか自問して、「いや実はそんなに観たくない」と自答していました。

観劇習慣が抜けてきたとか、「赤鬼」で今までと違うことが体験できていろいろ考えたとか、やっぱり感染が怖いとか、いろいろ理由はつけられます。ですが、何より「そこまで面白そうに思えない」のが一番です。何て表現するのがいいんでしょう、芝居の魔法が解けたというか。

新型コロナウィルス騒動でいろいろ日常の環境と行動が影響を受けて嗜好にも影響があったのと、一連の騒動で芝居業界に対する失望を覚えたのと、両方ありますが、多分それだけではありません。

これだけ世界中が影響を受けているところに、中止や延期などのスケジュール変更はあるにしても、なぜ今まで通り芝居が上演されるのか。消毒だマスクだ1席飛ばしだと製作の苦労はありますが、数年前から企画されていたというだけでそのまま上演するなら企画が現実に負けます。

別に演目を変えろとか、新型コロナウィルスに関連する演出を入れろとか言うのではありません。このご時世で芝居を上演するにあたって、新型コロナウィルスを一時でも忘れられるような娯楽を提供しますとか、新型コロナウィルスの世の中でも戦っていけるように背中を押す芝居を作りますとか、その上演団体の新型コロナウィルスに対する向きあいかたが見えないと、上演案内を見ても輝いてくれません。そこを飛ばして芸術です文化です、紅旗征戎と新型コロナウィルスは我が事ではありませんと無視されると、芸能の魔法が生まれなくなります。以前紹介した横内謙介の覚悟は今も有効であり、これに対する回答を出した団体は寡聞にしてまだ知りません。

そして横内謙介の覚悟は客側にも問われています。「なぜわざわざ劇場に芝居を観に行くのか」と自問して、名残惜しい演目をあと何本か観ておきたい以上の自答ができないのであれば、劇場からおのずと足は遠くなります。そして今のところ私はまだそれ以上の回答を持合せていません。

以前は「新型コロナウィルス後に芝居を上演するようになってもすぐには観に行けない」と書きましたが、今は「芝居を観に行く動機が見つけられなくなっている」状態です。

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