2020年9月
    1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30      

« 今後は芝居を観に行く動機をいかに見つけるか | トップページ | 緊急要望を出したのにニュースで公開しない演劇業界 »

2020年9月 2日 (水)

読み方が難しい「#コロナ下の音楽文化を前に進めるプロジェクト」報告書

クラシック音楽の業界団体が音頭を取って実験を行なうと発表していましたが、結果が報告書にまとまって公表されました。クリーンルームで測定して、どのくらい飛沫が飛ぶのかを調べ、今言われているソーシャルディスタンスが本当に必要なのかを検討するためです。丁寧に実験していて、これだけの実験を企画して実現できてしまう日本クラシック音楽事業協会という業界団体の実行力はすごいです。

ある程度の曲を演奏するには演奏する側も密が必要、客席も経済上の理由で密が必要、なのが背景なので、楽器の演奏だけでなく、歌唱と、客席についても測定しているのがポイントです。芝居の参考になる情報がないかと読んでみましたが、これがなかなか難しい。

先に載っているのが客席。クラシック音楽なので「発声したとき」「咳をしたとき」「ブラボーと声を出したとき」の実験が載っています。すべて1分間連続です。向きは前方が90㎝の間隔、横は48㎝の間隔で測定しています。新国立劇場の小劇場の座席スペースが「幅50cm、奥行91cm」、中劇場では「幅52.5cm、奥行95cm」なので、あの客席のサイズを想像してもらえばよいです。

マスクなしで咳をしたときの数値はやばいだろうというのは飛沫感染を警戒されていることからわかります。全般にマスクなしは論外です。ただ、マスクなしの発声と、マスクありの咳とが、倍くらいの差しかありません(マスクなしの発声のほうが大きい)。至近距離で15分間しゃべり続けても感染の可能性があるので、そこから半分になったとして、これが大丈夫か気になります。

というのも、1分間咳が続いたらちょっとロビーで水飲んで来いよと本人も思えますが、芝居だと「笑ったとき」があり得ます。1分間続けてとは言いませんが、短く笑いをつなげて爆笑に持っていったら、断続的に1分間というのはあり得なくはありません。これが「咳をしたとき」「ブラボーと声を出したとき」のどちらに近いか。笑い方にもよりますが、私の直感では咳をしたときに近いと思っています。これがどのくらい影響があるのかわからない。

それは「本実験の限界」として記載もされています。「新型コロナウイルスの感染をきたす微粒子の大きさや数についての明確な情報がなく、微粒子数が少ないことで感染リスクがないと言い切ることはできない」。その通りですが、その通りだからこそ微妙な実験結果が出てしまったなと思います。

そして歌唱についてです。口元が一番多いのは誰が考えても予想通り、マスクなしで咳をしたときと同等です。他の測定個所は、100㎝前方を含めて「少数」となっているので最大2桁ですが、口元の測定値が大きすぎて他の測定値が読めません。口元以外の測定値が、マスクありの咳の前方とどちらが大きいか気になります。

歌ったのは3曲ですが、日本の童謡が2曲、海外の曲は第九の1曲です。この第九が原語か訳詞かがわかりません。西洋言語は唾が飛びやすいから感染しやすいと言われていたので、それを確かめたかったのですが、記載が見つかりません。もし追加実験を行なうことがあったら、日本の歌と西洋の歌と別々に試験してほしいと願っています。

芝居では動いて発声することが多いので、それでどうなるかは今回の実験では不明です。考察にも「より長時間あるいは複数名での歌唱による変化や、体の動きを伴ったり移動したりしながら歌ったりしたときの影響、マスクの効果など、さまざまな実験パターンの検討、追加実験の実施が必要である」と書かれています。

思い出すと、芝居を観ているとき、照明の加減で唾の飛沫が見えることがありますが、目に見えるくらい大きい飛沫はたいてい放物線ですね。上は目の高さくらいから下はあごの先くらいまで広がって、あとは下に落ちる。だいたい手を伸ばしたくらいの距離かもう少し先くらいで落ちていました。それなら全部そうかというと、普通の発声で飛沫がもっと小さい目に見えないときがわからない。今回の実験にある客席の「発声したとき」を当てはめていいのか、役者の発声はまた違った特徴を持つのか。動いて発生したり、換気の流れに乗るような小さい軽い飛沫だとどうなるのか。

あるいは、複数の場合にどうなるか。三密の条件でクラスターが発生しやすいことはわかっているので、1人の測定値では大丈夫でも、それが複数人重なると危険な閾値になることは想像できます。それはどのような場合か。

それは本実験の限界に「今回の実験は無風のクリーンルーム内という特殊な条件で行ったものである。コンサート会場や演奏場面では、空調や換気、複数の演奏者の相互の影響など、さまざまな要因が加わることに留意し、総合的に感染対策を検討することが望ましい」と記載があります。上演条件や環境が違いすぎるので、すべてのパターンを測定できるものではありません。それは承知の上で、上演の前提として、何か線引きできるような実験方法や、実用的な上演条件を考えられればよいのですが、今のところ思いつきません。

なお客席実験の結果を受けて総論に「マスク着用下であれば『1席あけた着席』でも『連続する着席』でも、飛沫などを介する感染のリスクに大きな差はないことが示唆された」と載せています。これは少なくとも芝居の客席については、私は不賛成です。上演中は静かにしていることが普通のクラシック音楽のコンサートの客席と、笑うこともあり得る芝居の客席とはすんなり比べられません。

あと、連続する客席を認めることによる誤ったメッセージを観客に伝える可能性があります。GoToキャンペーンで旅行して陽性になった人のコメントで「旅行に行こうか迷ったがGoToトラベルが始まったので大丈夫かと思い」というのがありました。そういう0か1かの判断で行動する人は世の中に一定数います。私も芝居以外の分野ではそういう行動をきっとどこかでとっている。観客の判断力を当てにした結果、マスクなしの客やおしゃべりする客を誘発することを懸念します。

何でそんなに心配をするのかというと、「赤鬼」を観たときにいたんですよ、マスクを外してお連れの方と話す老婦人の観客が、客席に。芝居が始まる直前にマスクは着けてはいましたけど。暑い中来場して疲れていたのかもしれませんが、それならロビーで休むなり、マスクを外しても話さないなり、あの時期にわざわざ劇場までやって来る観客にはそういう行動を期待したいじゃないですか。でもいたんですよ。入場時にマスクをチェックされる、上演時にはマスクを着ける、でもその間はマスクを外して話しても構わないと考えてしまう観客が。あるいは新型コロナウィルスの前の「芝居は友達と出かけて、待機時間はおしゃべりするもの」という行動様式が抜けない観客が。連続した客席を認めるとこういう観客がもっと増えると予想します。

上演側は観客を選べませんし、100人を超える利害関係の一致しない人間に、強制力なしで同じ行動は期待できません。少なくとも期待できない前提で運営を考えるべきです。その場合、自由席なら今よりもう少し幅を詰めるのはありだと思いますが、物理的に客席の距離を離しておくのは、興行がつらいところを申し訳ありませんが、感染防止への協力を呼掛けるのに有効な手段になっていると考えます。

報告書を読んで参考になりそうな情報を探していたのですが、むしろ悩みが深くなりました。

« 今後は芝居を観に行く動機をいかに見つけるか | トップページ | 緊急要望を出したのにニュースで公開しない演劇業界 »

コメント

コメントを書く

コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。

(ウェブ上には掲載しません)

« 今後は芝居を観に行く動機をいかに見つけるか | トップページ | 緊急要望を出したのにニュースで公開しない演劇業界 »