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2020年12月30日 (水)

2020年下半期決算

恒例の下半期決算です。

(1)東京芸術劇場企画制作「赤鬼」東京芸術劇場シアターイースト

(2)新国立劇場主催「リチャード二世」新国立劇場中劇場

以上2本、隠し観劇はなし、すべて公式ルートで購入した結果、

  • チケット総額は14300円
  • 1本あたりの単価は7150円

となりました。上半期の7本と合せると

  • チケット総額は56800円
  • 1本あたりの単価は6311円

です。3年連続50本越え、しかも去年は過去最高の63本を記録したところから一転、一桁まで減りました。この本数で選評をするのも気が引けますが、通年の1本だけ、上半期の「天保十二年のシェイクスピア」を挙げておきます。東京公演終盤は上演中止、ツアーも中止となりましたが、祝祭感あふれる芝居を新型コロナウィルスが深刻化する前に観られてよかったです。

芝居以外の話はいつも長くなるので、年間を振返っての感想は「新型コロナウィルスで今年一年考えさせられた日本文化の中での芝居の位置づけについて」と「新型コロナウィルスで想像以上に真面目に上演対策と公演中止に対応していたけど当事者としての言葉を期待してはいけない日本の芝居関係者」に先行してまとめました。新型コロナウィルスに終始した1年でしたが、その中でも「日本文化はフィルタリングシステムという話」を見つけられたのが個人的には収穫で、いろいろ考えることが増えました。

あと書き忘れたのが配信について。いろいろな団体が無料で配信してくれていましたが、どうにも食指が動きませんでした。真面目に見たのは「12人の優しい日本人」だけです。他に数本、少しだけ観たものがありましたが、完走できずに止めました。パソコンの画面で観ると目が疲れるという体力的な理由もありますが、パソコンの画面で長時間動画のドラマを観ること自体に慣れていません。これだけ自宅で観られるコンテンツが充実している時代にもったいない話です。その分、本を読むことに時間を振ったら、思わぬ感想を持ったので「文芸性とエンタメ性とわかりやすさに心を砕くことについて」に書きました。

2021年の芝居展望は、微妙ですね。年末の新規感染者数と医療関係の逼迫(人によってはすでに崩壊しているとも呼ぶ)だけ見れば、1月の成人式ごろに緊急事態宣言が出てもおかしくないし出した方がよいと考えます。ただ、経済優先なのが今の政府なので、何とも言えません。

結局は上半期と同じく、こんな状況で芝居見物がどうなるかわかりませんが、もしこのブログが続くのであれば、引続き細く長くのお付合いをよろしくお願いします。

2020年12月29日 (火)

新型コロナウィルスで想像以上に真面目に上演対策と公演中止に対応していたけど当事者としての言葉を期待してはいけない日本の芝居関係者

来年からは直接関係ない人たちにかみつくようなエントリーを書かないように、年の瀬を前に禊を済ませて、穏やかで成熟した大人に生まれ変わるためのまとめです。知らんけど。

前編に続いて後編の禊は、見えた範囲の演劇関係者の対応です。先に誤っておきますが、リンクが多すぎるので張り間違いをしているかもしれません。ご容赦を。

以下で区切ります。実際には一部重なる時期もありますが、読んでいる皆さんも大方同意してくれるでしょう。
(1)新型コロナウィルス第1波が問題になって公演が中止になるまで(1月下旬から4月上旬まで)
(2)公演中止期間(4月中旬から6月下旬まで)
(3)客席数半減での公演再開期間(7月上旬から9月中旬まで)
(4)客席数復活後の公演期間(9月下旬以降)

上演関係者だと、公演中止期間を緊急事態宣言が解除されて稽古再開した5月下旬から6月上旬ごろで分けたいかもしれませんが、観客視点でこの4つに分けます。第1期から第4期です。


第1期(1月下旬から4月上旬まで)


私は1月30日に「新型コロナウィルスが流行して公演中止は起こるか」を書いたので1月下旬を開始とします。そこからたった半月後の2月16日には「あらためて新型コロナウィルスが流行して公演中止は起こるか」を書くような状態で、すでに大手企業で在宅勤務を開始、外出警戒を指示することが始まりました。2月21日には東京都が主催イベントを延期するよう案内を出したものの、ほぼ大半の芝居は上演続行の気配でした。

ただし2月26日に総理大臣からのイベント中止、延期、規模縮小の要請(いわゆる自粛要請)が出たところから国公立劇場主催公演と自前劇場で上演する商業演劇を中心に中止が始まり、3月末ごろから4月1週目にかけて国公立劇場の臨時閉館が決まり、4月7日の緊急事態宣言と同日に本多劇場グループが全館休館を決めたところを第1期の区切りとします。感染症対策にはスピードが勝負というのはありますが、2か月半あっという間でした。

私が観た芝居だと2月10日の「燦々」は特に影響はありませんでしたが、2月21日に「東京ノート」を観たときにはすでに空席が目立ち始めており、警戒して観に行かない観客が出ていました。補足として、ダイヤモンドプリンセス号以降、いろいろ対策が語られていましたが、「三密」に類する場所が危ないと言われ始めたのは3月1日、言葉が使われたのは3月18日です(Wikipediaより)。

この第1期に上演についてどのような行動が取られたか。「新型コロナウィルスを受けて歌舞伎座はマスクで接客中」を書いた2月から、接客に気を付ける上演団体が増えました。自粛要請が出た段階で、国公立劇場は主催公演の中止を決めましたが、貸館上演は団体に任せる形でした。劇場によってアナウンス内容には差がありましたが「新型コロナウィルス騒動での劇場の対応」で2月時点で東京芸術劇場と神奈川芸術劇場が詳しめの対応とアナウンスをしています。

他に商業演劇は、これは記録が多すぎて整理できないので個別リンクは載せませんが、上演を期待して延期したのがまた延期と続いて、4月上旬の緊急事態宣言に及んであきらめた、という形です。個人的には、本多劇場のウーマンリブを商業演劇に入れるのも微妙ですが知名度的にはこちらに準ずるとして、宮藤官九郎が4月2日に初日を控えた3月31日に感染を発表したのが駄目押しでした。

小劇場では、2月のいわゆる自粛要請以降、上演するか中止延期するか上演団体に任されて揺れていた中、劇場として主催していた演劇祭を中止する判断を王子小劇場は下しました。小劇場として、国公立劇場や自前劇場の商業芝居と並ぶタイミングの判断です。この年末から見た後だしジャンケンで言えば、もう少し引張って上演はやろうと思えばできました。ただし同じく年末から見た後出しジャンケンの後述する7月クラスター発生案件の叩かれ方を知っていたら、止める判断を支持する人もいるでしょう。まだ新型コロナウィルスがよくわかっていない段階で、自分たちの商売の種をこの段階で止める判断をできる人はそうそういません。上演したがる若手劇団だらけの上演を止めたのは、大人の見識のひとつだったと私は考えます。1年近くが過ぎた今、この判断について演劇関係者の意見を聞きたいです。

そんな中で他の劇場で上演予定、かつ3月の上演続行を決めた劇団は、対応策の検討を劇場と一緒に検討し始めました。あの時期によくここまでまとめて対策したなという記録の代表が「新型コロナウィルスを受けた小劇場の対応の様子」「新型コロナウィルスで上演側の対策の話メモ」の鵺的と、「新型コロナウィルス騒動の主要な国公立劇場の対応再更新」の玉田企画になります。3月上旬にキャンセル対応や当日券事前予約限定を含む対応策を打出した鵺的と、3月中旬で入場券セルフもぎりやチラシセルフピックアップやアンケートを使った連絡先記録などを打出した玉田企画が、この時期の2大良対策団体です。時期が後になったのと、劇場が人員潤沢な東京芸術劇場だったのとで、玉田企画のほうが対策はよいのですが、まだ対策が確立されていないあの時期に観客を慮る形で対策を取った鵺的も調べていて好感触だったのを覚えています。他に通り一遍の対策で上演をしていた団体も多かったことを考えるとなおさらです。

この「新型コロナウィルスを受けた小劇場の対応の様子」の中に、公演中止を決めた劇団であるりらっくすの主催者の言葉を記録してありますが、何で自分たちイベント関係だけが中止を求められるんだという無念がにじんでいます。この時期のおおかたの演劇関係者を代弁するコメントでしょう。後で再度取上げます。それとは別に、チケット発売を延期した前田司郎と上演した江本純子の「新型コロナウィルスに際した小劇場の脚本家兼演出家兼役者である主催者のコメント2つ」のような、延期するにしても上演するにしてもへこたれないコメントもありました。なお前田司郎はこの後で自分が発熱して公演中止を決断しています

最終的には、本多劇場グループが閉館を決める直前の「新型コロナウィルスを受けた小劇場の対応の様子続々編」で、その頃の本多劇場グループ30公演中、中止または延期が23公演、一部中止が4公演、アナウンスなしが3公演、という結果でした。はっきり無理と決まらない限りはなんとか上演しようとする団体がだいたい2割くらいいる、という記録です。


第2期(4月中旬から6月下旬まで)


5月には、イベントの再開に当たっては関係団体でガイドラインを作ってそれに自分たちで従え、という官邸指示に合せてガイドラインが作成された経緯は「劇場、音楽堂等における新型コロナウイルス感染拡大予防ガイドラインが出る」に書いた通りです。全然団結しない業界でも臨時ながら「緊急事態舞台芸術ネットワーク」を作っています。民間小劇場では「小劇場協議会が発足していた」もありました。その後「新型コロナウィルスに関する東京都のロードマップで劇場の位置づけが明確になる」で再開の可能性が示されました。

6月には「新国立劇場の『新型コロナウイルス感染拡大予防ガイドライン』が出ていた」でより対策を追加した国公立劇場も出てきました。7月からの再開に向けて上演予定も出てきました。各公演で第1期よりもはっきりした対策の準備が進んでいた時期です。これは記録を忘れましたが、少人数演目への変更やリーディング形式など、上演内容も新型コロナウィルスを見込んだ方式はこのころから検討されて始めていたと思います。


第3期(7月上旬から9月中旬まで)


大手どころではPARCO劇場の三谷幸喜「大地」が、7月1日初日で先陣を切って、新型コロナウィルスに対応して役者同士の距離を取るよう脚本を直したと宣伝していました(観ていないので具体的なところは不明)。知名度の高い三谷幸喜から始まったのは、世間一般への宣伝もありよい巡り合わせでした。

その矢先にもっと小規模な公演で観客を巻き込んだクラスターが発生したのは「6日間の公演で新型コロナウィルスのクラスターが発生した公演の事実経緯報告書」にまとめた通りです。芸能プロダクションが有名芸能人を起用していたこともあり、週刊誌ネタのレベルで叩かれました。この件は、劇場側の対応はきちんと行なわれていたことから、観客との握手とは別に、そもそも稽古場でクラスターがあった、と発表を追いかけていた私は結論づけましたが、主催者からそれが明示的に示されることはなくフェードアウトしました。後で取上げます。この件の芝居関係者の反応は、何で芝居(イベント)ばかり叩かれるんだという反感と、観客まで感染を出して芝居の評判を落としやがってと、割合は不明ですが両方あったと記憶しています。

ちなみにその裏で「抗体検査に意味はないと思ったら歌舞伎までやっているし文化庁の補助金対象にもなっていた」なんてこともありました。この時期の新型コロナウィルスに対する関係者の認識は五十歩百歩です。こちらは文化庁が叩かれたことで、結果的に周知に一役かって、この後の検査はPCR検査に集約されていきます。

そして8月に入って小劇場で、出演者41人とスタッフなど計56人の検査を行った結果23人の陽性が確認されたというクラスターが発生しました。こちらは初日直前に発覚して公演中止に踏みきったたためすぐに沈静化しましたが、発生時期から稽古場クラスターなのは確定です。

他に第3期で中止中断になった公演は目についた範囲で「宝塚のコロナ受難メモ」「新型コロナウィルスに関する公演中止のパターンいろいろ」にまとめました。ただし上演数自体はこの時期から戻り始めます。この中で注目は宝塚で、公演期間中の保健所認定のクラスターです。結果、定期的なPCR検査と、出演者の減員が宝塚の対策に追加されました。関係者にとっては上演中でも感染しうるという、穏やかならぬ実例になりました。

一連の感染は感染として、「芝居の客席数の50%制限が9月19日から11月末まで暫定緩和される」と発表されるに及んで、商業演劇側が争ってチケットを売りはじめたのが「客席制限緩和で上演側の鼻息が荒すぎて緊急事態舞台芸術ネットワークの呼びかけの意味がわからなくなっている」です。ここで上演側の姿勢がおおむね、正規の制限には従うけどそれがなければ通常通りの公演を目指す、に決まりました。松竹や一部国公立劇場の例外はあるものの、民間営利業者としては正しい姿勢です。ただし私は今でも「緊急事態舞台芸術ネットワーク」とは何だったのかという疑問は消えません。

ちなみにその裏で「劇場の換気について劇場から説明が出る」という対応や「東京芸術劇場の新型コロナウィルス対応の舞台スタッフルール」の公開もあり、地味ながら大事な更新は継続して行なわれていたことは明記しておきます。


第4期(9月下旬以降)


上演数はだいぶ回復しましたが、新型コロナウィルスが収まりません。10月の「阿部サダヲが新型コロナウィルス検査で陽性」は稽古の早い段階で見つかったから初日に間に合いましたが、大阪公演の一部公演が、匿名の誰かが体調不良で中止になりました(結果は陰性)。直後に「ミュージカル劇団の稽古場で新型コロナウィルスのクラスター発生」で91人中62人という派出なクラスターが起きています。劇団四季は発熱した役者に加えて濃厚接触者29人のうち9人の合計10名が陽性でしたが「東京だとクラスター判定が追いつかない劇団四季の新型コロナウイルス2桁感染」という理由でクラスター認定はされていません。

11月には「神奈川芸術劇場の秋の新型コロナウィルス案件」「国立劇場の秋の新型コロナウィルス案件」「東宝の秋の新型コロナウィルス案件」が発生しています。小劇場でも「新型コロナウィルスに臨んで上演中止のテンプレートにしたくなる対応例の紹介」のような中止例もありました。12月には「すっぱり中止できないPARCO劇場の『チョコレートドーナツ』」で12月7日の初日が12月20日までずれる事態です。

上演側も、前売開始を2週間前に設定するシス・カンパニーや、劇場に抗菌作業を行なうシアタークリエなど、様々な対策は行なわれていますが、決定打にはなっていません。

そうこうしているうちに新型コロナウィルスが広がって、行政の対応が追いつかなくなって、「感染経路が追えないからクラスターではないと東京都が堂々のギブアップ宣言」が出てしまいました。

ここまでで第4期を終わりにします。

なんかもう、まとめるだけで疲れる1年です。ただこれをまとめていてわかったのは、第1期は嫌々だとしても、第3期と第4期はいろいろ正直に中止していると思いませんか。大問題になったのは観客も感染した7月の1件だけです。他は上演団体も劇場も、できる限りの対策と、体調不良から陽性反応者が出てしまった場合の正直な発表および中止を、心がけていました。11月の露と枕の件にいたっては、体調不良ではなかったにも関わらず、午後に保健所から連絡をもらって当日夜の公演を中止する手際です。

私は大規模な公演ではある程度正直な対応になると思っていました。費用面の体力で小規模公演より相対的に余裕があることに加えて、長期公演中に体調不良を隠して悪化したら結局公演日程に穴が開くし、感染させたらそちらから発覚するので、隠した分だけ印象が悪くなるからです。ただ、小規模な公演で、体調不良でも短期間の公演だから隠して強引に続行する団体がもっと多いのではないかと想像していました。もちろん内密にすることが成功したら気が付かないのですが、そういう話で人の口に戸は立てられません。本当にあったら噂くらいは目にすると思っていましたが、7月のクラスター以外、私の狭い観測範囲では見つかりませんでした。

今から振返ると、7月のクラスターが週刊誌事案になって世間の袋叩きにあったのは、他の演劇関係者の他山の石になったのではないでしょうか。隠して続行してばれたらこんな目にあうという実例として。この袋叩き公演でも、主催者は経過報告書を公開していますが、そんなものは一度火がついた炎上案件の前には無力ですし、広まった悪評だけが世間への印象として残ります。もちろん、感染力が強いから陽性者がいると関係者に感染しやすいとか、場合によっては動くのもつらいほどだるくなるとか、危ないときは一気に症状が進むといった、警戒せざるを得ない新型コロナウィルスの特性によるところも大きいです。

なので、検査はPCR、体調不良は一部公演中止しても様子見、その分の払戻しやむなし、陽性なら保健所に連絡、という興行上の慣習が定まった第3期中盤以降、大多数の関係者が内心はともかく真摯に取組んでいました。散々悪口を書いてきたこのブログとして、それは認めなくてはいけません。

ならばその関係者の対応は完璧だったかというと、泣き所があります。2021年の公演でも解消されないものと新たなものを、2021年のリスクとして挙げておきます。

解消されない泣き所は稽古場です。実際、第3期と第4期の上演中止のかなりの部分が稽古場クラスターです。「三密を回避する稽古場の最大人数と最低換気条件を試算してみた」で書きましたが、天井が十分高い空間で1人床面積5[m^2]、およそ3畳が必要です。しかも窓と入口が小さい場合、30分のうち24分は開けて換気する必要があります。それを避けるには劇場並みの換気能力のある稽古場でないといけませんが、劇場以外にそんな場所は珍しい。しかも劇場入りしてからも人が多すぎるとクラスターが発生しうる。換気設備の充実した稽古場を確保できない、劇場入り後のリスクもある、となれば、よほど出演者を絞った演目にするくらいしか対策がありません。

新たな泣き所は観客です。7月のクラスターで握手を求めてきたファンに感染した話が出てから、出演者に握手を求めるファン、それを許す出演者を含む関係者、さすがにどちらもいなくなったと思います。ただ8月の「赤鬼」と10月の「ヘンリー二世」で、マスクを外して話す客は見かけました。それだって1人ずつでしたし、そもそも知合い同士でなければ会話しないでしょう。小劇場で関係者同士の会話はしょっちゅう見かけますが、関係者ならさすがにこの時期はマスクをして話します。ところがファン同士の横のつながりというものがある。それを「愛が憎しみを生む新型コロナウィルス下の宝塚」で知りました。これは一般のファンが多く、ファン同士の連携が生まれるくら継続上演を続けている団体という特殊条件が揃ってのことなので、今のところ宝塚くらいしか思いつきません。ただ、油断した観客同士のクラスターなんて言われても上演側は困ります。上演前後や休憩時間のアナウンスと、ロビーでの貼紙による掲示を頑張って、実際に発生した時の言い訳を用意しておくのが精一杯の対応だと思います。仮に発生しても、1回発生すれば観客側の他山の石になるし、その後の上演側の対応もより強気に出られるでしょう。だとしても第1号を引きたくないものです。

さて、1年を振返って、新型コロナウィルス対応に真摯に取組んでいたのは認めます。ならば今の環境に対する意見はどうか。

芸術監督やフェスティバルディレクターを含む演出家、大規模プロダクションの社長たちの隙だらけの発言で大きく株を下げた芝居関係者ですが、第1期のころは情報も少なかったので狙い撃ちにされたと感じる関係者も多かったでしょう。それを代表するものとして、りらっくすの土井克馬が3月中旬に公演の無期限延期を発表した時のコメントを引きます。

エンターテイメントは辛い時にこそ、
明るい時間を提供するものでなくてはならないとこれまで作品を作って参りました。
このような決定をしなくてはならないことを大変悔しく思っております。
この決定を当然だと感じる方、どうしてだと感じる方、様々いらっしゃると思います。
感染の拡大を予防することに対しては、なんの異議はございません。
しかし、あまりにもエンターテイメントを提供する人間が
淘汰されているように感じてしまいます。
もちろん接客関係の業界等様々な場所に影響があることを知っております。
世界中でコロナウイルスについてニュースになっているご時世ですが、
東京では毎日満員電車が走り・渋谷や新宿には人々が溢れています。
人々の生活を止めることは出来ません。
しかし私にとっては、お芝居は人生であり、生業であり、生活必需品です。

お知らせの中に上記のような文言を書くか大変悩みましたが、
延期を決定している以上、感染の予防という観点においては
最大限協力しているためお許し下さい。

第1期のころならこのコメントもありえました。そこから年末になって、11月ごろには満員電車も復活していたと聞きます。GoToキャンペーンの効果もあって観光地はごった返し、11月の3連休の後に政府は勝負の3週間と言いましたが効果はなく、感染者数が1日1000人を突破する日も出てきて拡大傾向が続いています。そしてここまでまとめた通り、演劇関係者も一定数の陽性反応があります。

都内の小劇場が30くらいで週替わり、大劇場が15くらいで月替わりで上演するとして、都内では月間で130本前後の芝居が上演されています。その中で挙がったクラスターや公演中止は本数ベースで見れば2-3%でしょうか。デスク業務が中心の業界と比較して、あるいは近距離長時間会話が発生しやすい業種として、多いか少ないかを判断する情報を持合せていません。

それで芝居関係者が入院したという情報はほとんどありません。観客が感染したという情報も7月のクラスター以外はありません。ただし、ひとたび発生したら2桁人数が対象となります。最初に関係者が誰かが市中感染するところまでは一般にあり得ることだとして、そこから稽古を通じて関係者間で感染を広めるような行為になっています。被害者であり加害者です。両方ひっくるめてここでは当事者と呼びます。

たとえば今、各種消毒などが効果を上げた結果、飛沫感染が新型コロナウィルス拡大の主な原因とされています。新型コロナウィルスの感染症対策サイトを政府がまとめていますが、感染リスクが高まる5つの場面「飲酒を伴う懇親会等」「大人数や長時間におよぶ飲食」「マスクなしでの会話」「狭い空間での共同生活」「居場所の切り替わり」のうち、2つが飲食関係です。一般人は飲み会が、政治家は会食が、注意対象となっています。飲食業がやり玉に挙がっているのは、知合いと飲食してマスク外しているタイミングは黙っているのはほとんど無理だからです。結果感染を広めています。この状況にあって、例えば芝居関係者は飲食業関係者に、あるいはその利用者に、語れる言葉を持っているでしょうか。何か発言したとして、お前らこそマスクなしでの会話をしているじゃないか、自分たちでクラスターを出しているじゃないかと言い返されて、さらに語る言葉があるでしょうか。「あまりにも飲食を提供する人間が淘汰されているように感じてしまいます」と書かれて何か言えますか。飲食業が観光業でもなんでもいいです。

2月の時点で「演劇っぽくなってきた新型コロナウィルス騒動」に、

この分で行くと第三幕、第四幕もありそうで、クローズアップで見れば悲劇、ロングショットで見れば喜劇、を地で行く展開です。この展開を全力で喜劇にするなら三谷幸喜、諦観と裏表の笑いにするなら平田オリザ、騒動が一段落したらどちらかに書いてほしいです。

と書きました。でも、そう挙げた一方が悲劇喜劇の渦中の人になるとは想像できませんでした。そこから話は飛んで、たぶん、岸田國士もこんな状況だったのだろうなと思います。いろいろ社会を批判するような芝居も書いて、劇団も運営して、だけど大政翼賛会の文化部長就任を打診されて社会問題の当事者になったとき、自分で状況を打開するような言葉を持たなかった。

芝居関係者、特に制作でなく創作の側の人達は、ある現象を観察して問題点をはっきりさせたり、自分が過去に個人的に経験したことを昇華して創作に生かしたりすることは上手で、そのための言葉も持合せている。でも、自分がある現象の当事者となった渦中に、当事者として他の当事者たちに語る言葉は持合せていないのでしょう。誰にだって難しいことですが、それでもそのための言葉を探すならおそらく芸術の範囲でなく、政治や宗教や哲学の範囲から探したほうがいい。芸術は当事者としての悩みを振りきっています。少なくとも芝居関係者の芸術は。

芸術と呼んでも文化と呼んでもエンタメと呼んでもいいですが、それが観客にとって必要不可欠なよいものだとして、それはあくまで作品がよいものであり、その制作創作者の人格とは別物です。当事者の立場に置かれた場合の芝居関係者は、たまたま興行で生計を立てているだけで、一般人となんら変わりません。文化芸術を特別扱いする論に目をとられて、そこを私は誤解していました。"Don't take it personally."は観客の側にも求められるべき態度です。逆に、期待してはいけなかった。

なのに、芝居関係者に当事者としての素晴らしいコメントを勝手に期待して、そうでないコメントが出てきて裏切られた気分になり、その分恨みがましいエントリーを書きつらねたのが今年の私であり、このブログです。数えたら新型コロナウィルスのエントリーがほぼ100本です。コピペが多いとはいえこれだけ書くのは、メンヘラーの行動です。この長文をもって、禊とリハビリに代えます。

2020年12月27日 (日)

新型コロナウィルスで今年一年考えさせられた日本文化の中での芝居の位置づけについて

来年からは直接関係ない人たちにかみつくようなエントリーを書かないように、年の瀬を前に禊を済ませて、穏やかで成熟した大人に生まれ変わるためのまとめです。知らんけど。

禊は2つ考えていて、前編は文化とは何ぞやという話です。後編を書くかどうかは未定です。なんでこんな大それた話を書くかというと、「生命維持に必要不可欠」の言葉に端を発したもやもやをすっきりさせるためです。

『生命維持に必要不可欠』の出所探し」に書きましたが、見つけた範囲でオリジナルの記事だと必要不可欠なのは「アーティスト」でした。だから「ヨーロッパ全体にロックダウン傾向でもちろん劇場も対象に」に書きましたが、ドイツを含めてこれだけ疫病が蔓延したら、劇場閉鎖の方針に遠慮がないってことは確認しておきたいです。優先度が全然違う。

そしてアーティストへの対応は「新型コロナウィルスに対する海外の支援状況」と「新型コロナウィルスの補償問題で本当にドイツがよかったのか疑問になる記事から転じて文化芸術復興基金の話まで」の2本でまとめました。日本は金額も見劣りしない、ドイツがむしろ用途が決まっていて生活費に使えないので厳しい、という実態でした。文化芸術支援という名前が付いているかどうか、見た目の問題ですね。

これはどこかに書いたか、見かけて流してしまったのか、それすら忘れたので改めて書きますが、重要な考え方だったので書きます。補償政策を考えるときには、特定の法人や個人を対象にするのはものすごい難しい、原則日本全体を対象にする必要があるということです。特定の法人や個人を対象にしたらそれは例えば不正会計と同じになります。なぜあの法人(個人)を補償してこっちは補償しないんだ、という説明は非常に複雑な議論が必要になるからです。だからGoToキャンペーンも、観光業界や飲食業界向けですが、活用しようと思えば日本人全員が対象になるような建付けになっています。少なくとも私はそう理解しています。

ならば芸術分野も似たような仕組みを、と思ったら、そこで引っかかるのが芸術分野の団体がそもそもあるのかというとないんじゃね、という話です。「新型コロナウィルス騒動で日本の芸術団体は団結していないし演劇業界はぶっちぎりで団結していないことがわかったという話」に書きました。誰がどれだけ従事しているのかも定かではない、「業界」が存在しない混沌とした分野を支援する補償金は出しようがない。それなら個人を一律に対象にしたほうがいいでしょう。

ここまでが今年起きた「文化芸術」に対する出来事の、私に見えた大きいレベルでのまとめです。

ここでこのエントリーを書こうと思った気づきをひとつ。新型コロナウィルスとは無関係に、今あって普通に運営されている文化政策と補助金も、過去に誰かが理由付けから財源目途から何から、建付けを考えて成立にこぎつけた立役者がいるはずです。そんなに昔の話ではないはずなので、本気で探せば今なら関係者が存命で話を聞けるはずです。少なくとも行政の話なので公文書が残っている。その歴史を掘る元気まではありませんが、本来なら「業界」が感謝してしかるべき。

では補償の形はひとまずおいておいて、建付けとか難しいこともさておいて、芝居は補償金を求めて世間一般に認められる立場なのかどうか。私自身は今のところ認められないという考えです。それを「不要不急で無駄だからこそ芝居は文化たりうる」に書きました。そしてそのあとで見つけた「日本文化はフィルタリングシステムという話」で、その考え方自体が日本風なのだなと気が付かされました。

そこから発展させて、補償されるべき考える人たちは2種類います。ひとつは芸術はいいものだから保護されて当然という素朴派。この派についてはあまり言うことはありません。もうひとつは時の権力層は文化芸術を保護するべき派です。今回はこちらについてさらに考えます。

保護するべき派にもおそらく2種類あります。ひとつは日本発祥の流れです。秀吉が千利休を取りたてて茶の湯を盛んにしたとか、武家や皇族が能を教養にしたとか、アーティストと作品やパフォーマンスをひっくるめて保護した歴史は日本にもあります。ただ、日本発祥の文化を伝統文化や伝統芸能として保護する流れとは別に、舶来上等的に芸術を発展させるために保護しようという文化芸術振興策の流れもあり、新型コロナウィルスの騒動で目立った保護するべき派ではこちらが主流だと思います。単に対象をアーティストに限って保護してほしいならまだわかりやすかったのですが、文化政策面の話が入って、ややこしくなりました。

海外の文化や技術を輸入するのは日本の歴史で、古くは遣唐使遣隋使、もう少し近代ならお雇い外国人といえば通じるでしょう。遣唐使遣隋使は政治制度面での見聞も求められていたでしょうから、制度政策を輸入することに日本は慣れていて抵抗が少ない。

現代の文化芸術振興策には、伝統芸能の保護とは別に、例えば芝居の分野だと補助金を出す考え方もありますが、これはおそらく欧州由来の考え方です。そしておそらく、今の芝居の世界で保護するべき派の人たちは、欧州流の芸術の接し方に大なり小なり影響を受けている派、です。文化庁の派遣でイギリス留学する人が多かったことが影響しているのかもしれません。ここら辺は推測の推測なので、今あって普通に運営されている文化政策と補助金の歴史を本当は掘らないといけませんが、時間がないのでやめておきます。

ただ、ここで言いたいのは、輸入した政策を根付かせるのは難しいということです。ましてや趣味の世界をや。天皇や将軍のような権力者が自分の趣味に入れこむならまだしも、民主主義下の社会で政策として保護するという発想自体が、日本では歴史的に新しい。なんなら民主主義自体がまだ新しい。欧州の「アーツ・カウンシル」だって第二次世界大戦後の話です。文化政策を輸入して運用することはできても、その運用に国民が納得するかどうかは別の話です。

ここまでは文化政策の位置づけの話です。ここからはもっと芝居に寄った話をします。演劇分野に日本文化のフィルタリングシステムが歴史的にどう作用していたか。

そもそも日本の小劇場自体が、古い日本の芝居では駄目だと海外の芝居を輸入して始まった築地小劇場に端を発していますから、温故知新とは縁遠い、既存の文化を否定する土壌の上に成立ってきた分野です。それは今も続いていて、アングラを否定して夢の遊眠社をヒットさせた野田秀樹も、歌舞伎調でも築地小劇場以来の翻訳調でもない現代口語演劇を打ちたてた平田オリザも、この系譜の末裔です。ただしこれは、こういっちゃ何ですけど、エリートの系譜ですね。新しいものを突きつけるので、ハマるひとにはハマる半面、万人受けは難しい。観る人を選びます。

それを「日本では、社会のメインストリームと最も優秀なカルチャーはつねに一体化しない」「日本の文化を担う中心軸はサブカルチャー」から当然と考えるかどうか。野田秀樹や平田オリザの創る芝居は私にとって面白いですが、2020年現在で考えると、両者の芝居は中心軸のサブカルチャーとは思いません。野田秀樹も平田オリザも創作意欲の衰えない人たちですが、バブル時代の恩恵で生き延びられなかったらもっとローカルな存在にとどまっていた可能性があります。

新しいものを突き付ける系譜とは別に、もっと一般庶民が楽しんで残ってきたフィルタリングシステムの系譜があるはずで、それはおそらく軽演劇やお笑いからつながるはずです。生き残っている有名人だと伊東四朗くらいしか思いつきませんが、演劇分野だと、おそらく三谷幸喜や宮藤官九郎はこちらの系譜です。この系譜は舞台もさることながら海外映画の影響も大きいはずです。益田喜頓がバスター・キートンをもじった芸名をつけたのは一例ですが、今の演劇業界にもその系譜は確実にあります。古い良質な映画(コメディーに限らず、映画産業に勢いがあり資金も才能も集まっていた時代の映画)から大いに影響を受けて、エッセンスを吸収して、それを今の仕事に生かしているように思われます。こちらは、観客に楽しんでもらうのは大前提、楽しんでもらうための手練手管を熟知したうえで、創りたいものとの整合性を取っていくスタイルです。整合性が取れるようなリズムが映画その他で自然と養われている、と言ったほうが近いかもしれません。今は芝居ならこちらのほうが支持が大きいでしょう。でもこれも中心軸のサブカルチャーとは思いません。

そして第三極として、フィルタリングシステムで不支持の烙印を押されて、だけどコアなファンを支えに生き残っている系譜があります。ある日とつぜん化けるかもしれない可能性がありますけど、とりあえず世間一般からは不支持の括りです。

そのうえで、大半の演劇はどちらの系譜でもフィルタリングシステムの支持を受けていない、第三極に位置づけるのが正しい、と言います。一言で言えば、世間一般では今の芝居は文化とも芸術ともカルチャーともサブカルチャーとも認識されていません。観客数が少なすぎて、エリートにも一般庶民にも縁が薄すぎて、認識されるためのエントリーの資格が足りません。あえて呼び方を探すならマイナー芸能です。例外として能や歌舞伎は伝統芸能枠です。それが今回の新型コロナウィルス騒動で、はからずも見えました。もし三谷幸喜や宮藤官九郎がフィルタリングシステムの支持を受けているとしたら、芝居活動ではなく、テレビドラマ、映画、文章などの活動の総和です。

関係者は濃淡はあれど真摯に取組んでいる人たちが大半でしょうが、観客数(複数本を観るマニアやリピーターではなく、年に1-2本観る程度まで含めたユニーク数)が増えたとは寡聞にして知りません。まずは認識されるためのエントリーができるところまで観客を増やすのが最初です。

根本には、芝居に接する機会の多い東京で、生活に要する費用が高く、チケット代の高額な芝居まで回らないという問題があるでしょう。それは「東京で額面年収650万円の4人家族では芝居を観る余裕はない」に書きました。親の代から東京に住んで持ち家があるならいいですが、そうでない場合はいろいろ厳しい。それでも年に1回、8000円のチケットの芝居を4人で観に行くよりは、ディズニーランドに行くでしょう。家族向けで観られるような芝居も、小劇場だとぱっと思いつきません。劇団四季くらいですか、詳しくない人がたどり着いて観られるのは。

少しはフォローすると、おそらくどの国も芝居の位置づけは似たようなものだと思うのですよね。イギリスやアメリカは英語圏なのがアドバンテージで例外です。逆にそのアドバンテージを生かすために、世界から観客を集められるよう当たった芝居を継続上演するロングランシステムがあり、ロングランシステムに耐えられるような上演体制を組まないといけないという制約もあるはずです。でも過ぎたロングランというのは、日本の観客には向きません。フィルタリングシステムは新しいものを要求します。そういうフィルタリングシステムのある国で長年トップを張るディズニーランドは偉大です。

まとめます。
・伝統文化や伝統芸能の保護とは別に、文化芸術振興策という考え方があり、その是非を論ずる根拠を辿ればおそらく欧州由来の考え方に行き着く。ただしその政策は日本に根付いて支持を受けていない。少なくとも一般的に理解されていない。
・日本の文化は面白い個人の才能を発掘するフィルタリングシステムである。やりたいことをやる個人がいて、それを発掘して一攫千金を狙うプロデューサー(それが時の権力者だったりすることもある)がいて、面白ければ楽しむ観客との関係で、その時々で面白いものを楽しんできた。
・ただし、それが面白ければ面白いほど、位置づけがサブカルチャーに寄ってしまう。つまり、不要不急で無駄なものになってしまう。
・面白さが足りず、あるいは伝わらず、あるいは接する観客が少なすぎて、サブカルチャーに寄れなかったものがメインストリームになるかというと、そうはならない。観客からすれば、単なるつまらない人たちと認識される。
・文化芸術を保護する政策ですら明確な支持を受けていない状態で、サブカルチャーを保護することすら議論百出になって反対されるような現状、ましてそこから漏れたマイナー芸能を特別に補償するというのは、一般庶民からしたら理解できない。
・そんな芝居の世界への補償金の話を持ち出しても、世間一般から補償金の支持を受けられるはずがない。今回は説明が下手で炎上したけど、説明が上手でも拒否反応が大半を占めたに違いない。

実際には補助金の執行継続とか、行政もいろいろサポートする方向で振舞ってくれたはずです。ただ、日本の小劇場は世間一般には支持されておらず、それは日本の文化芸術の流れを考えれば不思議でないという話です。異論反論はあるかと思いますが、そういう結論になりました。

ここまで書いて実感したのは、文化だ芸術だと大上段に構えて論ずると、反論の材料が歴史も範囲も広くなりすぎることです。そこまで根拠を追うこともできない。つまり大変で面倒くさい。せめて日本の歴史に基づいた話に絞りこめるようになりたいです。

2021年1月2月のメモ

数は少ないながらもぜひ観たい芝居があるのですが、あきらめムードです。

・パルコ企画制作「志の輔らくご」2021/01/05-01/31@PARCO劇場:「大河への道」を確定演目に、他も上演

・神奈川芸術劇場企画製作「セールスマンの死」2021/01/08-01/12@神奈川芸術劇場ホール:ヘビーで本格派の1本を再演

・ホリプロ企画制作「スルース」2021/01/08-01/24@新国立劇場小劇場:吉田鋼太郎が自分で演出する柿澤勇人との2人芝居

・テレビ朝日、産経新聞社、サンライズプロモーション東京製作「フェードル」2021/01/08-01-26@Bunkamuraシアターコクーン:ギリシャ悲劇を元にしたフランス芝居は義理の息子に恋する大竹しのぶの配役を栗山民也演出で

・アイオーン、ぴあ、オフィス・マキノ主催「東京原子核クラブ」2021/01/10-01/17:超大好きな1本をマキノノゾミ本人の演出で

・タカハ劇団「美談殺人」2021/01/13-01/17@駅前劇場:面白そうなあらすじに、脚本演出家本人を含めて目を引く4人の芝居

・青年団「眠れない夜なんてない」2021/01/15-02/01@吉祥寺シアター:これで志賀廣太郎をもう一度観たかったですね

・松竹製作「二月大歌舞伎」2021/02/02-02/27@歌舞伎座:三部制に戻って第二部が仁左衛門玉三郎に2人の神田祭あり、第三部が勘九郎七之助に勘九郎親子の連獅子あり

・パルコ企画制作「藪原検校」2021/02/10-03/07@PARCO劇場:杉原邦生演出に市川猿之助主演で脇も固めた、井上ひさしの初期作に挑戦

・さいたまゴールド・シアター「聖地2030」2021/02/11-02/21@さいたま芸術劇場小ホール:「さいたまゴールド・シアターは複数のグループに分かれて日替わりで出演予定です」って言われてもこの時期に大丈夫かよとこちらが心配になる

・世田谷パブリックシアター企画制作「子午線の祀り」2021/02/21-02/27@神奈川芸術劇場ホール、03/19-03/30@世田谷パブリックシアター:詩的な語りをもう一度聞きたい

・オルテ企画、アタリ・パフォーマンス「みんながらくた」2021/02/26-03/14:伊東四朗生誕?!80+3周年記念

・劇団☆新感線「月影花之丞大逆転」2021/02/26-04/04@東京建物BrilliaHALL:久しぶりのおポンチ芝居とは別に、ネタを頑張る木野花をそろそろ見逃さないようにしておかないといけない予感がある

これを書いている現状の感染者数を元に想像すると、政府は1月の早い段階で緊急事態宣言を出すんじゃないかと予想します。

新型コロナウィルスに臨んで上演中止のテンプレートにしたくなる対応例の紹介

話が決着してからたまたま見かけたのですが、あまりに見事な中止対応報告なので記録しておきます。露と枕「ビトウィーン・ザ・シーツ」という芝居が新型コロナウィルスに関連して一部中止になりました。ホームページのトップ(に経過が載っている)と、Twitterの該当スレッドと、両方リンクを載せておきます。

・11月18日から11月22日まで、シアター風姿花伝で、初日以外昼夜の全9ステージを予定
・11月21日16時10分ごろ、出演者(1名)の知合いから、コロナウィルス陽性判定を受けたとの連絡が入る
・同日17時25分付で、19時30分開演の夜の回の上演中止を決定、公表する
・同日22時00分付で、その後、保健所から該当の出演者が濃厚接触者と連絡があり、翌日千秋楽の2公演も中止を決定し、払戻し予告(詳細後日)も公表する
・同日で時刻は不明だが、舞台から見た客席の写真をTwitterに載せて、2m41㎝の距離を確保していることを掲載
・11月23日21時00分付で、当該出演者との濃厚接触者扱いが出演者だけで、観客とスタッフは濃厚接触者に当たらないという保健所の途中見解を図付きで説明、合せてこれまで観に来た観客で体調不良や陽性判定を受けた人はいないことも報告
・同日で時刻は不明だが、払戻し手続きを公開、なおこれを書いている時点ではホームページ上部のメニュー欄に「返金対応」の項目があり、辿りやすくなっている
・11月27日22時00分付で、該当出演者が陽性だったこと、保健所による濃厚接触者の見解が確定したことを報告
・12月6日22時00分付で、当該出演者の濃厚接触者扱いとなっていた他の出演者の観察期間が終わったこと、うち1名が30日に陽性判定を受けたがほぼ無症状で公演終了後日が空いていたため公演に関わる濃厚接触者なしで保健所手続きを済ませたことを報告、これで報告を終わることも掲載
・12月13日付で時刻は不明だが、払戻し対応がその日で終わるため確認するようTwitterに呼掛けの掲載

中止と払戻しの決断の速さ、観客(とスタッフ)が濃厚接触者に含まれないことの図を使った説明、事後報告、払戻しへのフォロー、役者の匿名性への配慮と、Twitterとホームページと両方での情報提供と、後からまとめて読んだせいもありますが、こんなに的確で整った情報提供と対応は珍しいです。

ホームページ情報によれば、露と枕という劇団は早大劇研出身で2018年4月に旗揚げ。旗揚げの試演会を含めたら今回の公演が5回目の若手劇団です。よほど事前に対応を決めておいたのか、こんな出来事で褒められてもうれしくないかもしれませんが、今回の制作陣の対応は素晴らしいの一言です。最近の若手劇団はすごい。

今回のホームページの発表とTwitterの該当スレッドと、どこかで公開されているテンプレートを参考にしたのでしょうか。もし独自のものであれば、小劇場の新型コロナウィルス対応の対応と発表情報のテンプレートにするべきです。小劇場の関係者は、該当の記載が残っているうちに熟読して、自分たちが当事者になった時の対応と発表の参考にしてください。

2020年12月26日 (土)

新型コロナウィルスに対応した彩の国さいたま芸術劇場のインタビュー

ステージナタリーがシリーズ化してくれるのか前回の東京芸術劇場のインタビューに続いてさいたま芸術劇場にインタビューしています。今回のインタビュー相手は業務執行理事兼事業部長の渡辺弘。「ワレワレのモロモロ」でアフタートークに出ていた人ですね。肩書を2020年の組織図で調べると、事業部長は館長と並列で、しかも業務執行理事は芸術監督と一緒に理事にぶら下がる人だから、やっぱり偉い人です。

ただまあ、すごい淡々としたインタビューです。先が見えないといいつつ企画が動き始めたから過去を振返らないのか、長いキャリアの中で動じないのが習い性になっているのか、そこはわかりません。それでも、4月の時点でワクチンができるまでと見据えていたのはさすがです。

全文は読んでもらうとして、そのころの雰囲気の個所を記録しておきます。

──自粛期間中、劇場は表向き、休館していたと思いますが、スタッフの方々はどんな動きをされていましたか?

基本的にはリモートワークでしたが、週に1・2回は劇場に来て、先の公演を中止するのか延期するのか、チケットの発売日を延期するのかとか、そういう会議ばかりしていました。また公演が中止・延期になるのは仕方ないのですが、中止・延期する場合のスタッフ・キャストの保証をどうするかという問題は、経営に大きくのしかかってきて。そこでほかの劇場と連絡を取り、どう対処していったらいいかという話をしました。そうした動きがやがて緊急事態舞台芸術ネットワークにつながっていきます。「公演中止・延期」と言っても、チケットの払い戻しにも1枚数百円の手数料がかかりますし、保証などの経費が出てきます。また劇場の収入源である貸館も次々に中止や延期となり、返金が急増していって。クリエーティブな仕事をしているはずなのに、事態を収拾する仕事ばかりしていました。東日本大震災のときにも公演が中止になりましたが、あのときは復興という希望があった。でも今回は希望が見えないのが一番つらいです。どこに向かって何をすればいいのかがわからない。そこから「それでも何かやっていこう」と思うまでには、少し時間がかかりました。

──渡辺さんご自身としては、具体的にはいつ頃から公演再開を考えていたのでしょうか。

4月の時点では、ワクチンができるまでは無理だろうなと思っていました。僕らはライブの仕事なので、ワクチンができるまではこれまで通りにはできないだろうと思ったんです。むしろ1・2年でこの状況が終わればいいなと思いました。

愛が憎しみを生む新型コロナウィルス下の宝塚

正確には宝塚への愛が宝塚観客への憎しみを生む、ですね。「『東京宝塚劇場に行かない』という選択」というブログを見かけました。

まず私が指してる「劇場でぴーちくぱーちくお喋りしてる人」というのは、すれ違った時にぶつかって「あっすいません」と一言添えた人とかではないよ。

「あらーーー!!!〇〇さん!!!久しぶりーーー!!!!えっ今日2階席!???私も私も!!!!……下手側なんだ~~!!!私上手のほうだから幕間にそっち行くね!!!!!あ、はいこれお菓子!!!いいのいいの食べて~~~~~!!!!!!」

とかロビーで喋ってる人のことね。これ大前提だから。
(中略)
他所の話をするとミュージカル新テニスの王子様、初日はざわざわしてたみたいだけどそれ以降はきっちり対策してて、こないだ観劇した時は「逆にこの空気で誰がお喋りできます??」ってくらいしーーーーーーんとしてたんですよね。幕間のお手洗いも密にならないようにブロック毎に席を立てるシステムになってて。

「少なくとも客のせいで公演が中止になることはないだろう」「この場で私がコロナにかかることはないだろう」と2つの意味ですごく安心して観劇できて、今のご時世に必要なのはこれよ……!!と大変感動しました。
あの静けさと安心感を味わってしまうと、宝塚の客……!!!ほんと宝塚の客………!!!!!とぐぎぎぎぎモードになってしまう。
(中略)
だから大好きな舞台を観劇してるのに客層のせいでこんなに辛いんだったら、もうしばらくお休みするか………………という考えに至り、タイトルの「東京宝塚劇場に行かない」という選択に戻ってくるわけです。はい。
(中略)
Q.てか別にマスクしてるからお喋りしてるから大丈夫じゃん?

A.なんでか知らんけどマスク付けずにお喋りしてる人も劇場で見かけるの???!!!知らんけど????!!!!あと水分補給したり公演デザート食べたりしてる時に隣にぺちゃくちゃお喋りしてる人が来ると単純に不安なの????!!!!マスクしてれば絶対大丈夫とは言えないんだから一律全員静かにして????!!!!!

宝塚がコロナで休演した話は最近だと夏にありました。「宝塚のコロナ受難メモ」にまとめてあります。思いついて今調べたら宝塚のニュース欄からそのころの発表が消えていますね。やっぱり記録しておかないといけない。そしてファンの頭の中からも消えたのでしょう。

このブログの人は全文読むと何度も観に行っているようなので、ハズレの回を引いたわけではないようです。まだ一度も観られていない宝塚ですが、客層の自主規制が芝居の世界で一番進んでいると思っていたら、どうやらそうでもないという、別のミュージカルと合わせた現場のレポートでした。なお同じブログの4月の「コロナvs私 ~チケット消滅備忘録~」も、宝塚以外も含まれますが、当時の貴重な記録です。

ところで観に行かないのは明日からか年明けからかいつまでか、と思ったら

幸いにも私は月組のオタクなので、次の宝塚大劇場公演は2021年の5月から。その時にはさすがに劇場の治安が改善されているorぴーちくぱーちく喋っても問題ないくらい世の中が改善されているでしょうと。
もし何も変わってなかったとしたら、まぁその時はその時ですね。さすがにうちのトップの退団公演だから我慢してでも行くと思いますが。

今確保してるチケットがなんやかんやで2月頭まであるので、それを見終わったら会場には行かず配信のみで宝塚を応援する人間になろうと思います。月組別箱……行きたかった……でも胃痛にキリキリしながら観劇するのもう嫌なんだ………………

今までの体感だと宝塚友の会貸切公演だと比較的客席が静かな印象なので、そこが取れたら観劇しようかなとは思ってますがまぁどうなるかわからないですね……

ファンは大変です。そしてファンにここまでさせる宝塚、ますます気になります。

2020年12月22日 (火)

「生命維持に必要不可欠」の出所探し

今のうちに「生命維持に必要不可欠」の出所もメモしておこうと調べていました。日本語の出所はおそらくNewsweekの3月30日付「ドイツ政府『アーティストは必要不可欠であるだけでなく、生命維持に必要なのだ』大規模支援」だと思われます。

「非常に多くの人が今や文化の重要性を理解している」とするグリュッタースは「私たちの民主主義社会は、少し前までは想像も及ばなかったこの歴史的な状況の中で、独特で多様な文化的およびメディア媒体を必要としている。クリエイティブな人々のクリエイティブな勇気は危機を克服するのに役立つ。私たちは未来のために良いものを創造するあらゆる機会をつかむべきだ。そのため、次のことが言える。アーティストは必要不可欠であるだけでなく、生命維持に必要なのだ。特に今は」と述べ、文化機関や文化施設を維持し、芸術や文化から生計を立てる人々の存在を確保することは、現在ドイツ政府の文化的政治的最優先事項であるとした。

この記事自体は翻訳でなく日本語版オリジナルです。元になる発言がどこかにないかと思ったのですが、検索しながらGoogle翻訳でも確認して、テキストで一番近いと思ったのはドイツのこのサイトですが、Google翻訳を読む限り言っている内容はNewsweekの発言と同趣旨ですがそれらしい単語は見当たりませんでした。3月11日付です。Google翻訳ですが全文貼っておきます。

文化イベントのキャンセルとコロナウイルスによる訪問者の著しい減少を考慮して、モニカ・グリュッターズ文化大臣は文化機関と芸術家の後ろに立ちました。
「この状況は文化的および創造的産業、特に小規模で自由な機関にとって大きな負担であることを認識しています。アーティストをかなりの苦痛にさらす可能性があります」とGrutters氏は述べています。

連邦政府文化メディア委員会は、連邦政府が資金提供する文化機関に対し、ロバートコッホ研究所の指示に従うことを推奨しています。その後、特に限られた部屋で行われるイベントはキャンセルする必要があります。小規模なイベントの場合、個々のケースの状況を考慮して、それを実行することが正当であるかどうかを自問する必要があります。

「この状況では、文化はあなたが良い時期にふける贅沢ではないことも認識していますが、一定期間それなしでやらなければならないときに、どれだけそれを見逃しているのかがわかります」とGruttersは言いました。「それでもこの状況でイベントをキャンセルすることをお勧めする場合は、現在、異常な緊急事態に対処しているため、キャンセルします。」

グリュッターズは続けます。「アーティストや文化機関は、特に文化、クリエイティブ、メディア業界の生活状況や生産条件を考慮して、これに頼ることができます。私は彼らを失望させません!私たちは彼らの懸念に目を光らせ、支援措置と流動性支援に関して、文化部門と創造的な人々の特別な懸念が含まれるように努めます。」したがって、彼女は連邦政府が援助措置に関する今後の議論に代表者も含めるべきであると提案した。文化とメディアの代表者を招待します。「私たちは自分の過失なしに困難や緊急事態に対応し、それらを補償しなければなりません。それは私たちにとって経済的な価値があるだけでなく、キャンセルによってひどく揺さぶられた私たちの文化的景観にも価値があるはずです」とGruttersは言いました。

Newsweekの記載はこれとは別の、記者会見か何かの発表なのでしょうか。ひょっとしたらそのころ映像も出回っていたかもしれませんので、知っている人がいたら教えていただきたいです。

原文がわからないのでNewsweekの記事に戻ると、私は「文化」が生命維持に必要不可欠と勘違いして覚えていましたが、「アーティスト」でしたね必要不可欠なのは。となると関係者を含むアーティストの生計を確保しておけば、劇場は閉鎖しても構わないですね。それなら積極的に劇場を閉鎖する理由もわかります。

2020年12月20日 (日)

東京で額面年収650万円の4人家族では芝居を観る余裕はない

東京地方労働組合評議会を略して東京地評と呼ぶそうですが、そこが興味深い試算をしていました。東京で練馬に夫婦と子供2人の4人家族で済む場合、最低でも額面650万円が必要という試算です。同じ試算に八王子に済む場合も載っていますが、ほぼ家賃の差額なので、練馬の金額で書きます。

個別の項目の妥当性は「30代東京の子育て世帯は年収650万円必要という労働組合調査が妙に納得感高い」という説明をしているサイトを見つけました。タイトルの通り、そんなに荒唐無稽な試算でもない、という内容です。ざっと読んだ感じ、私もそんなに無茶な計算はしていないと判断します。

注意しないといけないのは、教養娯楽費のカテゴリーはテレビやパソコンが入っていて、全額そちらに回るものではないことです。それらしい項目だと映画その他で1人1か月2000円、本は家族全体で1か月1000円、テレビゲームがソフト込みで家族全体で1か月に直すと約700円です。本とテレビゲームを1人当たりに直すと425円です。映画と足して切りのいいところ2500円にしましょう。

そしてその他のカテゴリーに小遣いが入っています。子供は世代によって幅がありますが、夫婦の小遣いは1人1か月6000円です。

これらを足すと、1か月で何とかなる金額は8500円です。これで芝居を観られるか。観られませんね。子供の年齢によっては出かけるときにどこかに預ける必要もありますが、そこはとりあえず置くとしても、金銭的につらい。

子供がいなければ大幅に変わりますが、でもそれは、子育てが難しいほど収入が低い可能性もあるわけです。余裕があるとは限りません。ならば稼ぎが多ければよいかというと、中途半端に多ければ出費も増えるでしょうし、もっと多ければそれはそれで娯楽の選択肢が広まって芝居が選ばれる可能性が少なくなります。旅行の回数が増えるとか、何なら海外で芝居を観てしまうとか。

とにかく、1本8000円の芝居なんてこのモデルの人たちには論外です。かといって、それより安いラインで玉石混合に挑むのは慣れていないと見極められない。つまり、芝居はファミリー層にまったく向いていない娯楽ということです。

そこを無理やり芝居に向けるにはどうするか。わかりにくいとか上演時間が告知されないとか、そういう内容に関する話は一切無視して、芝居をほとんど、あるいは全く観たことがなくて金銭的に娯楽費が厳しい人たちにどうするか。

とりあえず思いついたのは、毎月芝居100円の日を作ることです。1000円ではありません。ワンコインで500円でもありません。宣伝費込みで100円です。そもそも交通費や前後で外食することも考えたら負担はもっと増えますので。100円渡り鳥を作らないように、その地域のその日のその時間帯の芝居を一斉に100円にする。文化庁の補助金を細かく割りふらないで全部突っ込む。チケット販売も第一希望から第五希望まで設けて一本化して、転売屋の懸念を減らす。一般客が参戦するのは我慢を呼掛けるけど最悪あきらめる。それを12か月続けて、とにかく年に1本は観た人の数を増やす。その日にあたるか当たらないかでもめると困るので、対象は1か月以上のロングランをしている公演とする。大規模公演が得するじゃないかというなら、一度も芝居を観たことのない素人が最初に観る一本として公演期間1か月未満の芝居はふさわしくないと却下する。東京贔屓と言われたら他の大都市圏でも検討するけど最初は集中投下しないと効果がわからないので中規模都市以下は却下する。

補助金の扱いの難しさとは別に、その地域の芝居全部で足並みを揃えないといけない難しさもあります。どちらかというと足並みを揃えるほうが難しいかもしれません。1本観たからと言って継続的な観客になるとも限りません。

ただ、冒頭の試算がマジョリティとは言いませんが、東京に核家族で住むための家計の厳しさは非常に伝わりました。それなら100円デーくらいやらないと、家計の厳しい人たちには一度も観てもらえないだろうな、他の施策でどれだけがんばっても接点が作れないなら観客を増やせないだろうな、というのが、冒頭の試算を読んだ私の感想です。

文芸性とエンタメ性とわかりやすさに心を砕くことについて

今年は芝居が観られない分、小説を読むことが多かったのですけど、最近文庫で出たばっかりの『か「」く「」し「」ご「」と「』という小説を読みました。本屋で平積みになっていた表紙の絵と、横に見える新潮社の背表紙の違和感で手に取ってめくって、一応読めるだろうという予感で買いました。読んでびっくり、文章も展開も、えらいさらさらした小説でした。

それが気になったので検索したら、出版社の公式サイトに作者の対談が載っていました。興味のある人は全文読んでもらうとして、以下の個所が気になったので引用します。

住野 あと、文芸性とエンタメ性、どちらもあるのがすごいです。僕はデビュー前から勝手に、エンタメ路線の作家さんと、文芸路線の作家さんとは、完全に二分されていると思っていて……作品の中身が違うというよりは、目指しているものが違うのではと思っていたんです。でも、彩瀬さんの作品は、その両方がある。僕の考えるエンタメ性は、端的に言うと、普段本を読まない子達が楽しめるかどうか、ということなんですけど、あの作品にはすごくそれを感じましたし、それでいて本好きというか、普段から文芸に触れている方たちもねじ伏せるパワーがある。すごい作品だと思いました。

彩瀬 自分ではそう思ったことはないので、ちょっと不思議なのですが、まさに今、そうした普段あまり本を手にとらない方に対して最も発信力がある住野さんにそう言ってもらえると、将来に希望が持てそうな気がします。そういう方たちに作品を届けるために、大事にされていることってあるんですか。

住野 僕なりにいくつか思っていることがあるんですが、一つは、多くの人が想像しやすいテーマであることですかね。

彩瀬 ははあ。なるほど!

住野 あとは、あくまで個人的な考えですけど、決め台詞というか、決定的な力を持つ一文があるかどうかが、面白さにつながる気がします。彩瀬さんの御本は、読んでいてぐっとくる一文がちりばめられていますよね。昨夜、新刊(『眠れない夜は体を脱いで』)を読ませていただいたんですが、「あざが薄れるころ」という短編の「わたしを変な子のままでいさせてくれてありがとう」という一文で号泣しそうになって、一旦本を閉じて部屋の中を一人でウロウロしました(笑)。

彩瀬 ありがとうございます。私はこれまで結構、自分が書きたいものに振り回されて書いてきたので、そこまで気を配れている自覚はなくて。だから、ちゃんと届くと言っていただけて嬉しいです。住野さんの作品は、今回の『か「」く「」し「」ご「」と「』もそうですが、わかりやすさにすごく心を砕かれていますよね。書くときに、他の作家さんが見てないものを見ているんじゃないかと思って、その仕組みがすごく気になります。

住野 うーん、仕組み……。いや、なんでしょう。前提として、本は娯楽以外の何物でもないと思っています。別に読みたくなければ読まなくてもいいし、娯楽作品なんだから、競争相手はスマホやゲームや漫画だと思っています。
 だからかどうか、書くときに、テーマが出発点だったことが僕はたぶんないです。こういうキャラがいたら面白いなとか、こういう設定だったら面白いかな、とか……。『君の膵臓をたべたい』は、タイトルからです。すごいドヤ顔な感じで、「みんな、絶対ビビるだろう」と思って(笑)。もし何かあるとしたら、そういう部分かもしれないです。

彩瀬 書くことへの冷静さがありますよね。私は逆に、テーマから作ることが多いです。そうすると、それに合う形で人物を配置していくことになる。ただ、その配置の仕方を誤ると、はじめに設定した結論を是とするためだけに書いたような、すごく怪しげな小説になってしまうんです。だから、テーマを決めたら、作品の中でそのテーマや問題提起を戦わせていくようにしています。『やがて~』だったら、真奈と遠野くんという、全く違う思想のふたりを設定して、あとは作中で意見を交わさせていく。そうすることで、なるべく私がはじめに想定したものではない結論までいってほしいと思っています。それで最終的に良い結果が出ることももちろんあるんですけど、書いている間はなかなか制御ができなくて、独りよがりになっていないか、あまり目配りがきかない。住野さんはおそらく、テーマから出発されていないから、安定して目配りができているんですね。

住野 「わかりやすさ」という点では、デビュー担当さんの影響も大きいと思います。僕のデビュー担当さんは普段、漫画とラノベの担当をしている方で、いわゆる文芸の単行本は僕しか担当していないんです。だからエンタメに対するハードルが高くて、読みやすさとか、いかに人に届けるかという部分は、すごく言われます。原稿をお渡ししたときに、「ここがわかりにくい」とか。

彩瀬 この部分の感情がうまく伝わらない、みたいなご指摘ですか?

住野 どちらかというと全体の指摘ですね。例えば『よるのばけもの』は当初、明かさないで終わる部分がもっと多かったんです。そうしたら「住野さんに今ついてくれている、初めて自分で本を買ったと言ってくれているような読者さんたちに、これではたぶん伝わらない」と言われて、直しました。そういう読者の方にいかに届けるかを、もっと考えたほうがいいんじゃないかって。

彩瀬 『よるのばけもの』の情報の開示の仕方はすごく適切なように感じたんですけど、もっと伏された状態だと、たしかに今までの作品との段差を感じるかもしれないですね。

そもそも想像しやすいテーマ選びから始まって、「初めて自分で本を買ったと言ってくれているような読者」を想定して、競争相手はスマホやゲームや漫画だと思っていると、あのくらいさらさらした内容になるのかと目から鱗でした。読んで確かにライトノベルよりはずっと一般小説に近いし、章別に出した情報(異なる5人の主要人物で章ごとに視点が変わる)をつなげて考える要素も多数あるし、登場人物の心情説明を適宜間引いて興覚めを減らす工夫もされているし、いろいろ気を回しすぎるような人にとっては深刻なテーマを扱っているのですが、それは気にせずとも読めるし最後まで読めばそれはそれでゴールできる。お堅いと思っていた新潮社の文芸の範疇であれが出てくるとなると、今まで文芸と思っていた線を引きなおさないといけません。よく考えたらそもそも「新潮」ですから、本来は先取の風があるはずですね。

で、何でも芝居にひきつけて書くこのブログとしては、芝居ってわかりづらさを売りにしているなと思いました。いや慣れてくるとある程度隠されている情報を自分でつなげることができて、そのときの感動は目の前で直接説明されることよりもっと大きい感動につながることは知っています。それは芝居でも小説でも変わりません。

でもそれは他にもっとわかりやすいものがたくさんある中に混ざってこそ輝くというか、わかりにくいものがメインになって間口が狭く敷居が高くなるのは業界にとって不幸だと思うのですよ。本当なら三谷幸喜5いのうえひでのり3に野田秀樹1平田オリザ1くらいが健全だと思うのですが、今は野田秀樹1平田オリザ5岩松了3に三谷幸喜1いのうえひでのり1くらいなので、そりゃ三谷幸喜が売れるよねと思ってしまうわけです。

もうひとつ、ここで困るのは、単なるバカ騒ぎを求めているのではないということです。そこを伝えられるような表現がないかというのはたまに考えるのですが、なかなか思いつきません。理想は、誰が観ても面白く、わかる人がみるとニヤニヤできるものです。さすがにそういう芝居を量産するのは難しいとはわかっていますが、目指す人が増えてほしい。

以前「小劇場のポスターを見てもまったく訳分からん人の意見」を書きました。けどそれでは不十分で、この小説家くらい気を配らないと小劇場の観劇人口は増えないのかと、おもわず小説から考えてしまいました。

最後に小説の感想ですけど、さらさらだけでは終わらせない工夫が真ん中の3章で、対談にもありました。

彩瀬 でも、私はパラちゃんの章が読んでいて一番グッと来ましたよ。パーソナリティというか、個々人の見ている世界がこれだけ違うということが作品の一つのテーマだと思うんですけど、だからこそ持っていけた視点人物だなと思います。

この章が他の4章と比べて一番面倒くさい。だけど面白い。この面倒くさい面白さが他の章の読みやすさとバランスして全体が成立しているなと思います。私もこの章が一番グッと来ました。

<2020年12月20日(日)追記>

誤字を直すついでに読み返しましたが、相手の「私はこれまで結構、自分が書きたいものに振り回されて書いてきたので、そこまで気を配れている自覚はなくて」という個所も注目ですね。書いたものでできているかどうかはともかく、こういう問いや疑問を発せられる人の将来は今後も大丈夫に決まっている。

ヨーロッパ全体にロックダウン傾向でもちろん劇場も対象に

2か月前にも「新型コロナウイルスでイタリアは劇場再閉鎖」や「ブロードウェイが延期の延期の延期の延期になっている」というエントリーを書きましたが、その最近版です。なんでこんなことを繰返しメモしているかというと、「生命維持に必要不可欠」という言葉に欣喜雀躍していた人たちに、当のドイツを含めてこれだけ疫病が蔓延したら劇場閉鎖の方針に遠慮がないってことを改めてむし返して記録しておきたいわけです。

ドイツはBBC「ドイツ、クリスマス期間に厳格なロックダウン 感染拡大で」より。12月14日付です。

ドイツのアンゲラ・メルケル首相は13日、同国で新型コロナウイルスの死者と感染者が記録的な人数に達していることから、クリスマス期間に厳しいロックダウン(都市封鎖)を実施すると発表した。

新たなロックダウンは16日から1月10日まで実施する。メルケル氏は16州の首相らとの会合後、「早急に行動を取る必要」があると述べた。また、クリスマスの買い物によって社会的な接触が「著しく」増えているとの見方を示した。

生活に不可欠ではない商店は、16日から全国的に営業を停止する。学校も閉鎖され、子どもたちは各家庭が可能な限り面倒を見る。

1つの家での集まりは、最大2家庭の計5人までに制限される。クリスマス時期の今月24~26日だけは、各家庭が親族を4人まで、複数の家庭から招くことができる。

レストランやバー、レジャー施設はすでに先月から閉鎖されている。国内の一部地域では、独自のロックダウンが実施されている。

国内で2番目に人口が多いバイエルン州は、感染者が多い一部地域で実施してきた夜間外出禁止令を州全域に拡大する。

イギリスはBBC「ロンドンなどで警戒レベル最高に 飲食店は持ち帰りのみ、劇場も閉鎖へ」より。12月15日です。

イギリスのマット・ハンコック保健相は14日、イングランド南部のロンドンとエセックス州の大部分、ハートフォードシャー州の一部地域で、新型コロナウイルスの警戒レベルをティア3(最も高い)に引き上げると発表した。

これらの地域は16日午前0時1分からティア3となり、最も厳しい制限が敷かれることになる。

ハンコック保健相は、このほど発見された新型ウイルスの新種が、イングランド南部での急速な感染拡大に「関与しているかもしれない」と話した。

ティア3では、パブやレストランは配達やテイクアウト営業のみとなる。また、劇場やボーリング場など屋内の娯楽施設は営業停止となるほか、スタジアムなどでのスポーツ観戦もできなくなる。
(中略)
ウエスト・エンドでミュージカル「レ・ミゼラブル」を興行しているプロデューサーのサー・キャメロン・マッキントッシュは、今回の政府の発表は「大きな打撃」だと語り、劇場が安全な興行のために行ってきた努力が「無価値になってしまったようだ」と述べた。

ロンドンのサディク・カーン市長も、政府発表は企業にとって「非常に残念な」ものだと話した。その上で、新型ウイルスが「間違った方向に」加速していることは明白なため、ロンドン市民は新たな規制に従うべきだと訴えた。

その後ロンドン周辺はティア4になりました。外出禁止令です。BBC日本語版の記事が見当たらないので英語版をGoogle翻訳で引用します。12月20日付「Covid-19: Christmas rules tightened for England, Scotland and Wales」より。12月20日から2週間です。ウィルスが変異して感染力が強まっているという話はこの記事の後半に載っています。

ボリス・ジョンソン首相は、科学者が新しいコロナウイルス変異体がより急速に広がっていると述べた後、ダウニング街のブリーフィングでイングランドの変更を発表しました。

イングランドの2回目の全国封鎖と同様に、ティア4の制限は、ケント、バッキンガムシャー、バークシャー、サリー(ウェイバリーを除く)、ゴスポート、ハバント、ポーツマス、ロザー、ヘイスティングスを含む、現在ティア3にある南東部のすべての地域に適用されます。

また、ロンドン(32のすべての区とロンドン市)およびイングランド東部(ベッドフォード、セントラルベッドフォード、ミルトンケインズ、ルートン、ピーターバラ、ハートフォードシャー、エセックス(コルチェスター、アトルズフォード、テンドリングを除く)にも適用されます。

スコットランドでは、Covidの制限はクリスマスの日にのみ緩和され、スコットランド本土はボクシングデーからの最も厳しい制限の下に置かれます。

スコットランド首相のニコラ・スタージョンは、変更の概要を説明し、2月にウイルスを抑制するためにもっと早く行動したかったと述べ、「ここに立って、これは実際に泣きたい」と付け加えた。

英国の他の地域への旅行の禁止は、祝祭期間中にも適用されます。

ウェールズでは、マーク・ドレイクフォード首相が深夜から封鎖されると発表した。

現在、北アイルランドの現在のクリスマス制限を変更する計画はありません、とBBC NewsNIは理解しています。国は12月26日から6週間の封鎖に入る予定です。

イギリスのTier4地域では、外出禁止令が出されており、仕事や教育のために旅行しなければならない人は免除されています。

社会的混合は、オープンな公共スペースで一人に会うことにカットされます。

美容院、ネイルバー、屋内ジム、レジャー施設とともに、必須ではない小売店はすべて閉鎖する必要があります。

他の場所の人々は、Tier4エリアに旅行しないようにアドバイスされます。

制限は2週間続き、最初のレビューは12月30日に予定されています。

フランスとオランダもBBC「欧州で新型ウイルス対策強化 ドイツはロックダウン強化、フランスは夜間外出禁止」より。12月16日付です。

フランスでは2度目のロックダウンが終了し、代わりに夜間外出禁止令が発表された。

これまでは日中でも外出理由を書いた書類が必要だったが、今後は午後8時から翌午前6時までの間に短縮される。
(中略)
オランダは5週間のロックダウン期間に入り、これまでで最も厳しい制限が敷かれている。

日用品以外の小売店や映画館、美容院、ジムなどが全て営業できなくなったほか、16日からは学校も閉鎖される。また、3月半ばまでは不要不急の旅行を予約しないよう推奨されている。

しかしクリスマス前後の3日間には若干緩和され、各世帯は3人まで人を招いて良いことになっている。

イタリアはNewsweek「イタリア、クリスマスと年末年始に全土ロックダウン コロナ抑止へ規制強化」より。12月19日付です。

イタリアのコンテ首相は18日、クリスマスと新年の休暇の大半に全国でロックダウン(都市封鎖)を導入すると発表した。新型コロナウイルスの感染再拡大を食い止める狙い。

新しなルールでは、生活に必須でない店舗は24─27日、31─1月3日、同5─6日に閉鎖される。これらの日は仕事のほか、通院や緊急の場合のみ外出が許される。

ちなみにスウェーデンの話をAFPBB「スウェーデンで第2波猛威、コロナ対策『失敗した』と国王」より。12月18日付です。

強制力を伴わない独自の新型コロナウイルス対策で物議を醸してきたスウェーデンが、予想外に大きな感染第2波の猛威に苦しんでいる。カール16世グスタフ国王(King Carl XVI Gustaf)は、国内で多くの死者が出ている点に触れ、「われわれは失敗したと思う」と述べた。
(中略)
 新型コロナ対策でスウェーデンは、強制力のある措置をほとんど取らず、マスク着用も義務化しないなど独自路線を貫いてきた。市民の「責任感」に頼る方針で、感染対策の勧告を無視しても罰則はない。

 メディアが「集団免疫」戦略だと報じる一方、スウェーデン政府が公式に集団免疫獲得を目指していると表明したことはない。ただ、保健当局者らは、春に感染者が多かったことで第2波は弱まるだろうとの見解を示していた。

 ステファン・ロベーン(Stefan Lofven)首相は17日、記者会見で国王の発言について問われ、政府がすでに認めたことを繰り返しただけとの認識を表明。「もちろん、これほど多くの国民が亡くなったという事実は、失敗としか考えられない」と述べた上で、戦略全体の「真の結論が導き出されるのは、パンデミックを乗り越えた後になる」と付け加えた。

 政府は、来年3月の施行をめどに1年間限定の「パンデミック法」の制定を目指している。施行されれば、公共の場に集まってもよい人数の制限や、事業者の営業時間・サービス提供時間の短縮や休業の命令が閣僚レベルで可能になる。

とりあえずここまで。

2020年12月14日 (月)

松竹と東宝の売上の話から歌舞伎の観客層の話から戻ってギャラの話

興味深い記事を見つけました。現代ビジネス「消えた120億円…コロナ禍で歌舞伎界がうけた大ダメージ」より。

それにしても、客が少ない。関係者だけの総稽古を見学しているみたいな日もあった。

松竹の、2021年決算の第2四半期の累計で見ると、3月から8月の6か月の演劇部門の売り上げは20億7200万円で、前年同期の142億6500万円の14.5%でしかない。

前年の約85%以上、120億円近くの売り上げが消えたことになる。

映像部門では、3月から8月で114億2300万円の売り上げで、前年同期は291億7800万円だったので、69%は確保できている。

演劇の落ち込みの激しさがわかる。

ライバル東宝も見てみると、3月から8月の演劇部門の売り上げは20億6900万円で、前年同期の87億3000万円に対して23.7%。映像部門は379億2400万円の売り上げで、前年同期は986億8800万円だったので、その38.4%。

演劇では松竹のほうが落ち込みが激しく、映画では東宝のほうが落ち込んでいる。だが、この後、東宝は『鬼滅の刃』が大ヒットしたので、映像部門の数字はよくなるだろう。

ここまで落込んではかなわない、という数字です。この数字の後に東宝は「鬼滅の刃」1本で同額近くをたたき出すのだから、芸能界は水物と言われる所以です。

ただこの記事は最後にもうひとつ重要な指摘があります。

松竹の数字の落ち込みは、歌舞伎興行の厳しい現実を見せつける。

前述したチケットの割高感と、演目が何度も見たものなのも、客足が鈍る一因だろう。

しかし、もともと歌舞伎興行は、熱心なファンが支えていたのではなく、一生に一度は見てみたいという人や、東京への観光客(海外からも含む)、そして何よりも団体客で成り立っていた。

コロナ禍で、団体客と観光客が消えてしまったのだから、客席が埋まらないのは当然だ。

個人の客も高齢者の比率が高かった。高齢者は行きたくても、家族が外出を止めるだろうから、行けない。

団体客と観光客が戻ってくるのは、来年も後半、五輪が無事に開催できてからだろう。

確かに幕間で観ていると外国人観光客は多かったです。ただ、熱心なファンが支えていたのではないというなら、歌舞伎は実は死に体なのでしょうか。あるいは勘三郎のころなら役者にファンがついて成立していたのでしょうか。ここはとても気になるところです。

関連記事というわけでもありませんが、同じ現代ビジネスの「知ってましたか? 歌舞伎界・梨園の『格付けと格差』」に役者のギャラの話が載っていたので、メモしておきます。これは2017年の記事なので、芸名が一部違う人たちもいます。

400年の歴史を誇る歌舞伎は、約300人の歌舞伎役者によって支えられている。彼らは30ほどの家(一門)に分かれており、家柄と役者には明確な格付けがある。
(中略)
「近代はやはり稼ぎ頭が偉いんです。お客さんが呼べる家は栄えていきます。つまり一門のなかにスターが誕生するかどうか。それがいまは海老蔵であり、猿之助であるわけです」(喜熨斗氏)
(中略)
最後の発表となった'04年の長者番付で歌舞伎界でトップだったのは海老蔵で、推定年収1億4100万円(納税額4970万円)。次いで幸四郎が推定年収1億1800万円、玉三郎が推定年収8400万円だった。

まさに人気と実力を兼ね備えた3人であり、この順位は現在も大きくは揺るがないだろう。だが、歌舞伎公演以外の収入が大きい3人でもある。本業だけではそれほど儲からない。副業に精を出さなければ、千両役者(年収1億円)にはなれないのかもしれない。

歌舞伎座公演1ヵ月のギャラは主役級で500万前後~800万円程度と推測されるが、それは格によって決まるという。

「やっぱり実力がある人、切符が売れる人に松竹が出演料を高く払うのは当然だと思いますが、海老蔵さんがいくらお客さんを呼べるといっても、菊五郎さんや吉右衛門さん、仁左衛門さんのほうが高いと思います」(歌舞伎エッセイスト・関容子氏)
(中略)
いまも歌舞伎役者300人のうち、大半は月給10万~30万円以下でもがき苦しんでいるという。

千両役者が1億円という換算は納得です。で、主役級のそのまた格上の一部の役者は、年間の大半を出演してくれるなら1億円、というのが契約の目安なのでしょう。ロングラン体制の劇団四季や、育成の宝塚音楽学校からトップになっても数年でトータル在籍期間が短い宝塚で、それ以上のギャラを払っているとは思えません。舞台メインだと千両役者が今でも超一流の基準なのでしょう。やはり厳しい業界です。

何の話か分からなくなりましたけど、気にしないでください。

シアター風姿花伝の換気説明動画

劇場として換気の説明映像を作っていました。Twitterのリンクと、YouTubeのリンクと、両方貼っておきます。

換気扇は最初に少し触れただけだったのでもっと説明がほしかったですが、劇場としてこういう映像を配布するのはとてもよいことです。映像作成の敷居はだいぶ下がってきたので、いろんな劇場が同様の映像を作って説明すればよいと思うのですが、他に同様の説明を行なっていたら観たいです。

シアタークリエにお願いしたいのはこういう一般対策も詳しく説明してほしいということです。東宝だったら映像はお手のものでしょうに。

感染経路が追えないからクラスターではないと東京都が堂々のギブアップ宣言

ちょっと前に「東京だとクラスター判定が追いつかない劇団四季の新型コロナウイルス2桁感染」というエントリーを書きました。

これを見たら、過去1週間分はすべて調査中です。毎日200人前後の感染者が発生している東京では感染経路の調査が追いついていないのでしょう。ぱっと見はクラスターが疑われますが、クラスターかどうか調べきれない、東京だと市中感染で無症状だったのがたまたま今回検査して陽性になった可能性もなくはない、なんならそれも大いにあり得る、だからクラスターとは言われていないのだと理解しました。

この時の陽性者は10人です。劇団四季の規模を考えたら、10人ならまあ半分以上は市中感染で拾った可能性もなくはないと考えて、こんなことを言っていました。

そして2か月後の今は第3波と呼ばれている真っ最中のニュースです。NHK「豊洲市場 コロナ 160人感染確認 東京都『クラスターではない』」より。

東京 江東区の豊洲市場で水産仲卸業者を中心に新型コロナウイルスの感染の確認が160人になりました。

東京都は「感染経路が追えないケースが多いため、クラスターではない」と説明しています。
東京・豊洲市場ではことし8月以降、水産仲卸業者の従業員を中心に感染の確認が相次ぎ、481の事業者で自主的な検査を進めた結果、3111人中、71人の感染が確認されました。

このほか、散発的に感染が確認された人や濃厚接触者として検査を受けて確認された89人を合わせると、市場全体では7日までに160人になりました。市場の業務に影響は、ないということです。

都によりますと、160人のうち感染経路が分かっている人は16人で、中には同じ水産仲卸業者の従業員もいるということです。

都は「同じ事業者でも短期間で一気に5人以上が確認されたことはなく、別の人の感染が分かるまで2週間以上、空いたケースもあり、保健所からは濃厚接触者にあたらないと説明された。感染経路が追えないケースが多いため、クラスターではない。ただ、対策が甘かったのではないかという声は真摯(しんし)に受け止めている」と話しています。

いやまあ3111人中160人なら5%ちょっとです。それでも160人が陽性で、一部は同じ水産仲卸業者だというなら、細かい追跡は抜きにしてクラスターとみなす、と言ってしまってもいいじゃないですか。

このケース、東京の大半を占める水産物の流通を、これまた忙しい年末にクラスター認定して止めるわけにはいかない、という「政治的な」理由もあるんじゃないかと邪推します。ただその理由にはっきり「感染経路が追えないケースが多いため、クラスターではない」と言われてしまっては、潮目が変わったと言わざるを得ません。

話は変わって関西へ。大阪は医療状況が逼迫して自衛隊の医療部隊から応援を呼んでいますが、その前からハイスキルな医療関係者を応援に出している和歌山県知事が表向き平静を装った非難を述べています。大人の非難として実によくできた文書ですが、その中の記述です。

 図のように、今回の問題を考える時の構造は次のようになっています。すなわち、国民の誰かがコロナにかかったとしますと、その人と病院との間に保健所や、それを統括している都道府県の保健医療行政チームがいるわけです。この人達が陽性者を隔離し、その陽性者から行動履歴を聞いて、他に感染している人がいないかを発見して、PCR検査をし、隔離し、行動履歴を調査して、という地道な努力をずっと続けているのです。

 この人達は、陽性者又は患者を適当な病院へ入院させるアレンジも(和歌山や他の感染を比較的抑え込んでいる県は全員入院です。)するわけで、この人達がコロナの感染を局地的に抑え込めていれば、コロナの爆発は防げて、病院の崩壊などは起こりようがないのです。

 和歌山県のこのチームは本当によく仕事をしてくれていまして、そのトップたる私は、ただただ彼らを慰めたり、励ましたり、スタッフを増やして援軍を送ったり、メインの仕事に専念できるように周りの雑務は他の部隊で処理するように取り計らったり、そんなことを一生懸命しています。仕事の様子も詳細に聞いていますので、現場でどんな活動がされているか分かってきますし、他県がその点でどうなっているのかも如実に分かります。東京・大阪のように爆発してしまうとその収拾にはとても時間がかかるのですが、そこをまじめにしっかりとやっておかないと、感染爆発が起こるぞということもよく分かります。

規模が違うから一概にはいえませんが、保健所や保険医療行政チームが要なのはどの都道府県でも一緒でしょう。ということは、東京は感染経路が追えないとコメントを出した時点で、もう危険水準を突破しているということです。

そして先ほど、GoToトラベルキャンペーン一時中止のニュースが出ました。NHKより。

12月14日 18時44分

「Go Toトラベル」をめぐって、菅総理大臣は、政府の対策本部で、今月28日から来年1月11日までの間、全国一斉に一時停止する考えを表明しました。

新型コロナウイルス対策をめぐり、政府の分科会が先週、感染状況が高止まりしている地域は「Go Toトラベル」の対象から除外することなどを提言したことを受けて、政府は14日夜、総理大臣官邸で、対策本部を開きました。
この中で、菅総理大臣は、現在の感染の状況について「全国の感染者数は高止まりの傾向が続き、さまざまな指標から見て、感染拡大地域が広がりつつある。とりわけ、医療機関をはじめとして、最前線で対処する方々の負担が増している」と述べました。
その上で、菅総理大臣は、「Go Toトラベル」をめぐって、札幌市と大阪市に加えて、東京都と名古屋市を目的地とする旅行を今月27日まで対象から外し、出発地とする旅行も利用を控えるよう呼びかける考えを示しました。
そして、菅総理大臣は、今月28日から来年1月11日までの間、全国一斉に一時停止する考えを表明しました。
菅総理大臣は飲食店などへの営業時間の短縮要請について「専門家から感染リスクの高い場面として飲食が指摘されており、さらに延長をお願いせざるを得ない状況だ」と指摘しました。

で、散々書いてきて何が言いたいかというと、年内はもう芝居断念を覚悟したということです。いくら劇場は安全と言われても、こんな状況になっては劇場どころか東京に行くのもためらわれます。

すっぱり中止できないPARCO劇場の「チョコレートドーナツ」

12月7日から12月30日までPARCO劇場で上演予定だった「チョコレートドーナツ」ですが、新型コロナウィルス直撃です。

公式サイトよりまずは12月4日分。初日3日前にして発熱から陽性者発覚です。

PARCO劇場オープニング・シリーズ「チョコレートドーナツ」につきまして、12月7日(月)の初日に向け、稽古中より感染対策を徹底し、11月27日(金)に実施したPCR検査では全員陰性を確認しておりましたが、12月4日(金)未明、出演者の一人が発熱し、PCR検査を行いましたところ、新型コロナウイルス陽性を確認いたしましたため、改めてキャスト・スタッフ全員のPCR検査を行ったところ、5日(土)夜、さらに2名の陽性者が確認されました。

つきましては、本公演の開幕を延期させていただきます。中止公演の日程につきましては改めまして発表させていただきます。
お客様にはご迷惑をお掛けいたしまして大変恐縮ではございますが、明日以降のご案内をお待ちくださいますよう、何卒お願い申し上げます。

12月6日分。ここで半分中止決定です。

PARCO劇場オープニング・シリーズ「チョコレートドーナツ」につきまして、12月7日(月)の開幕に向け、キャスト・スタッフ一同準備を進めて参りました。

稽古中より感染対策を徹底し、11月27日(金)に実施したPCR検査では全員陰性を確認しておりましたが、12月4日(金)未明、出演者の一人が発熱し、PCR検査を行いましたところ、新型コロナウイルス陽性を確認いたしましたため、改めてキャスト・スタッフ全員のPCR検査を行ったところ、5日(土)夜、さらに2名の陽性者が確認されました。

したがいまして、12月7日(月)の開幕は延期、12月7日(月)~16日(水)の公演は中止とさせていただきます。18日(金)以降の開催につきましては、改めまして発表させていただきます。

12月7日(月)~16日(水)のチケットをお持ちのお客様には払い戻しを承ります。詳細は改めてご案内させていただきますので、お手元のチケットは無くさずにお持ちくださいませ。
この度は舞台をお待ちのお客様にはご迷惑をお掛けいたしまして大変恐縮ではございますが、今後のご案内をお待ちくださいますよう、何卒お願い申し上げます。

そして本日12月14日分。中止日程を追加です。まだ決着が付きません。

PARCO劇場オープニング・シリーズ「チョコレートドーナツ」につきまして、12月4日(金)及び5日(土)に判明した公演関係者3名の新型コロナウィルス感染を受け、7日(月)~16日(水)までの公演を中止しておりましたが、この度18日(金)・19日(土)の3公演につきましても公演中止とすることを決定いたしました。

12月18日(金)~19日(土)のチケットをお持ちのお客様には払い戻しを承ります。詳細はこちらの記事をご覧くださいませ。

20日(日)以降の開催につきましては、改めまして発表させていただきます。

この度は舞台をお待ちのお客様にはご迷惑をお掛けいたしまして大変恐縮ではございますが、今後のご案内をお待ちくださいますよう、何卒お願い申し上げます。

最初が12月4日に発覚だから、そこから潜伏期間12日半で12月16日まで中止を決めたけど(12月17日はもともと休演日)、小屋入り後の場当たりが間に合っていないか、体調が万全でないか、どちらかと推測します。

これがPARCO劇場だけの公演だったらすっぱり中止する選択肢もあったかもしれませんが、年明けの1月に上田、仙台、大阪、名古屋とツアーが予定されています。うっかり休めません。関係者には胃が痛い日々がしばらく続きそうです。

<2020年12月26日(土)追記>

役者交代して12月20日より開幕していました。12月17日付「『チョコレートドーナツ』12月20日開幕のお知らせ」より。

PARCO劇場オープニング・シリーズ「チョコレートドーナツ」につきまして、12月4日(金)及び5日(土)に判明した公演関係者3名の新型コロナウイルス感染を受け、7日(月)~16日(水)までの公演を中止しておりましたが、渋谷区保健所の調査を受け、その他の公演関係者は濃厚接触者にあたらないとの判断をいただきました。
しかしながら、その後13日(日)さらに1名の関係者が発熱したため、18日(金)・19日(土)の公演について中止を発表させていただきました。この関係者につきましては15日(火)新型コロナウイルス陽性が確認されましたが、最後に稽古を行った12月3日(木)からは日数が経過しているため、渋谷区保健所より本公演との関連性は低いとのご判断を頂いております。

上演にあたり、この度改めて公演関係者の健康チェックと PCR検査を実施し、全員の陰性を確認いたしました。
つきましては、本公演を12月20日(日)に開幕いたしますことをお知らせいたします。

なお、新型コロナウイルスに感染し療養中である出演者、堀部圭亮さん、佐々木崇さんに代わり渡部又吁さん、馬場巧さんが出演致します。出演者変更による払い戻しはいたしません。

当社では、引き続き今後の感染状況、政府及び関係諸機関の動向注視しながら、保健所をはじめ関係各所と連携し、お客様の安心・安全、また、キャスト・スタッフの安心・安全を最優先に、感染拡大防止に努めてまいります。
引き続き変わらぬご支援を賜りますよう、何卒宜しくお願い申し上げます。

PARCO劇場

こうやって見ると、日本型の芝居興行ってリスク高いですね。これが東山紀之だったらさすがに代役は立てられなかったはずで、役者の人気と体力への依存度の高さでいったら歌手と変わらない。でもやっぱり観客は人に付くものですし。

シアタークリエの抗菌作業

こんなことをやっているようです。ステージナタリーより。

抗菌作業に使用されたのは、酸化チタン、酸化銅を主成分とした光触媒材料で、1度の塗布によりウイルスが約2年にわたり不活化するとされるコーティング剤・ウイルス侍。本日は、客席や楽屋内において観客、スタッフ、出演者が接触する箇所に低圧ガンを用いてウイルス侍が塗布された。

シアタークリエの伊達学之支配人は「シアタークリエでは、新型コロナウイルスの影響を受けながらも、3つの密が重なる環境にならないよう、感染症対策に徹底して取り組んで参りました」と振り返ると共に、抗菌作業について「出演者・スタッフ、そしてお客様にとってまたひとつの安心材料となることを期待しています」と期待を寄せる。またウイルス侍の開発元であるW Labの田嶋康弘氏は「帝劇の客席で1カ月間検証した結果、効果の程が認められましたので、先日の帝劇での作業に続き、今日クリエで、人が触れる可能性の高い客席やロビーの手すり、楽屋周りに施工を行いました」と経緯を述べ、「少しでもお客様に安心して劇場に来られるようにリスクを減らせる取り組みとなればと思っています」とコメントした。

新型コロナウィルスに対して効果のほどはわかりませんが、やって損になることはなさそうです。それよりは支配人のコメントに突っ込みたいです。

シアタークリエでは、新型コロナウイルスの影響を受けながらも、3つの密が重なる環境にならないよう、感染症対策に徹底して取り組んで参りました。

特にシアタークリエは客席が地下にあるため、密閉感でご不安を抱かれるお客様も多くいらっしゃいます。

ご不安を少しでも和らげるために、開演前と休憩時間には通常よりも長く時間を取って外気取入れに努めるほか、上演中も高い性能を備えた空調設備で常に客席内の換気状況を監視しています。

これらの感染症対策に加え、この度、劇場初の試みとして「ウイルス侍」を導入することに致しました。

出演者・スタッフ、そしてお客様にとってまたひとつの安心材料となることを期待しています。

「これらの感染症対策」をもっと詳しく説明してくれるほうがいいと思うのですが、いかがでしょうか。それとも抗菌作業のほうが受けがいいのでしょうか。

劇団☆新感線がNetflixとAmazon Prime Videoに進出

これは明るい話題です。ステージナタリーより。

Netflixで配信されるのは「蛮幽鬼」「髑髏城の七人(2011)」の2作品。またAmazon Prime Videoの配信作には「五右衛門ロック」「蜉蝣峠」「薔薇とサムライ」「髑髏城の七人(2011)」「シレンとラギ」「ZIPANG PUNK~五右衛門ロックIII」「蒼の乱」の7作品がラインナップされた。

作品の配信形態は、Netflixが月額固定のサブスクリプション、Amazon Prime Videoが作品ごとの都度払いで、各タイトル500円となる。なおNetflixでは、来年初頭から北米やヨーロッパ諸国、中国本土以外のアジア諸国でも配信される予定だ。

昨今いろいろな団体が配信を試していますが、有料化でどのくらいの視聴者が付いたのはいまいちだと推測します。そのためにライブにするとかいろいろ工夫はしていましたが、映像化するからには何とかして長く観てもらって継続的な収入につなげたいところです。

もちろん映画館上演など、撮影も音響もとっておきの記録をしておいたからこそではありますが、なんといっても利用者が世界中にいて母数が桁違いに多いサービスでの挑戦。字幕もうまくはまって、化けてほしいです。

カレー販売にまで手を出した劇団四季

苦しい台所事情をお察しいたします。ステージナタリーより。

これは、劇団の本拠地で稽古場がある神奈川・四季芸術センターの食堂で一番人気のあるメニューを商品化したもの。同食堂ではメニューの値段が点数で表わされ、1点あたりの金額が在団歴や役職によって異なる。「100点カレー」という名称は、カレーの点数が100であることから付けられた。商品は劇団のウェブショップのほか、東京・JR東日本四季劇場[春]で「劇団四季 The Bridge ~歌の架け橋~」が上演される1月10日から2月11日まで、同劇場の売店でも購入することができる。価格は税込800円。

ただ注目したいのは、1点当たりの金額が、ってところです。なんかこう、歴史を感じますね。

2020年12月 5日 (土)

上演予定時間の事前告知が一般的になってほしい

上演中止で払戻しなんて面倒なことはやりたくないので、予定をギリギリまで引張っていたら第三波が来てしまいました。11月の連休を狙っていたのですが見送って、11月は坊主です。観ようとしていた芝居が上演中止になったわけではありませんが、一旦様子見です。

観るなら前売で買ってからと考えていましたが、ひとつ困ったのは上演予定時間が思った以上に事前にわからないことでした。これまで当日券派で、事前に上演予定時間が不明な芝居はありましたが、初日が開けた後なら調べればまあまあ見つかりました。が、事前に案内しているところは思ったよりも少なかったです。新作で上演予定時間が読めないならまだしも、再演である程度見通しが立つであろう芝居ですらわかりません。

新型コロナウィルスの昨今、同日上演しているならできるだけ1日2本掛け持ちして東京滞在時間を短くしたい、あるいは他の予定も同じ日にまとめたいと考えても、これではどうにもなりません。移動時間まで含めて開演までに間に合うか、あるいは終演後の次に予定間に合うかは、遠方からの客でなくとも重要です。長ければ長いで事前にわかれば、他の予定とにらめっこできるのに、当日の予定が狂ってチケットを無駄にしたら目も当てられません。

チケット前売開始時に見込みが公開されるのが理想ですが、芝居によっては稽古開始しているかどうかも怪しいのでそこまでは求めませんし、歌舞伎座ほど正確なタイムスケジュールも不要です。せめて初日2週間前くらいには「2時間前後」「2時間半から3時間」など公式ページやTwitterで一度告知してもらって、小屋入り前にもう一度更新、くらいは知りたいです。演劇関係者は自分が客になって不便を感じたことはないのでしょうか。

演出に凝れるだけ凝りたいとか、稽古を見ながら脚本の続きを書きたいとか、小屋入りしてから気が付いて構成をいじることがよくあるとか、創作に関する制限を極力設けたくなくて意図的に公開していません、というならそれもアリでしょうが、単に案内の必要に気が付いていないほうが多数派だと想像します。新型コロナウィルスとは関係なく、余計な費用や手間はほとんどかからず、観客のためにできることとして、それくらいは一般的な習慣として行なわれるようになってほしいです。

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