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2021年1月 8日 (金)

新型コロナウィルスに対応した神奈川芸術劇場のインタビュー

ステージナタリーがシリーズ化してくれています。年末に出ていたのを見逃していました。東京芸術劇場さいたま芸術劇場に続いて、神奈川芸術劇場のインタビューです。もともと台風で公演中止するときなど非常時のアナウンスのタイミングと丁寧さは首都圏随一です。今回の新型コロナウィルス騒動でも、2月21日の時点で換気と消毒を含めたアナウンスを出しています。あの当時ではかなり先んじた対応で、個人的に絶賛していました。

それで今回のインタビューに登場したのが、館長の眞野純、企画調整課の河崎巴見、広報営業課の安田江の3名ですが、主に前者2人が回答しています。組織図を見ると、館長は劇場トップだとして、企画調整課は貸館、後方営業課は主催事業と担当が分かれているので、それぞれから代表して登場してもらったのでしょう。インタビューを読むとさすが詳しい、あのアナウンスにこの館長あり、という内容でした。

まずは中止の判断から。2月に入ってすぐに調整を始めた初動の早さと、結果8月まで中止で動いたという思い切りの良さが際立ちます。実際には6月稽古開始で7月から少しずつ再開する芝居が出てきたわけですが、緊急事態宣言前の判断なら1か月は誤差です。

──1月半ばにコロナのことが聞こえて来たとき、KAATでは「アルトゥロ・ウイの興隆」が公演中でした。この段階で、コロナ対策については何か行われていましたか?

眞野純 いえ、まだですね。ただ「アルトゥロ・ウイの興隆」は1月22・23日と出演者がインフルエンザにかかって休演したので、「こういう事態になると公演はもろいな、気を付けなければいけないな」と強く意識するようになりました。その後、1月末に中国で非常に感染力が強いウイルスが発生していて、大きな都市がロックダウンされるような事態になっているということを聞き、また問題となったクルーズ船ダイヤモンド・プリンセス号が劇場から見えるところに停まっているので、そのさまを見ながら、「これは尋常ただならぬことになるな」と思いました。なので2月の頭には、「今後、公演をしばらく止めることになるかもしれない」と白井晃芸術監督に話していました。

──2月26日に自粛要請が出たとき、KAATでは3月に予定されていた「避難体験 in KAAT<寄席>」「芝居の大学」など複数の公演の中止・延期を発表しました。2月上旬からその準備をしていたのでしょうか?

眞野 そうですね。KAATを管理しているのは神奈川芸術文化財団なので、中止・延期を決めるにもいろいろな手続きが必要なんですが、その手続きに関する協議が2月に入ってすぐに始まりました。だから自粛要請が出る前に、これからどういう判断・対応をしていくかという大まかなあらすじのようなものは、自分たちで立てていましたね。ただ3月開幕の「マンマ・ミーア!」をどうするかは、劇団四季さんの判断に委ねようと考えていました。結局「マンマ・ミーア!」は7月まで初日が延期になったのですが。
(中略)
眞野 白井さんがKAAT以外での演出の仕事があり(編集注:3月に東京公演のみ実施された「ホイッスル・ダウン・ザ・ウィンド ~汚れなき瞳~」、6・7月上演予定で中止となった「ある馬の物語」)、その情報が私たちにも届いていたので、「これは普通の判断ではダメだな、お客様も私たち自身も守れないな」と思ったんです。もちろん当然ながら、わざわざ公演中止にすることは、私たちとしてもやりたくはなかったです。でも新聞の論調などを見ても6カ月くらいは事態の収束に時間がかかると思ったので、たぶんほかの劇場よりずいぶん早く、中止・延期を決めたんじゃないかなと思います。

河崎巴見 4月上旬に緊急事態宣言の発令を見越して、神奈川県の「8月末までの県主催事業の中止」という発表があったので、先のものについてもプログラムの見直しを早い段階でやったんですよね。

──4月の時点で8月末まで休館となると、かなり先のことという感じがしますが……。

眞野 今年はかなり丁寧にプログラムが作られていたのと、芸術監督の交代を挟んでどうするかということを見据えて話し合っていたので、春から夏のプログラムがボコッと抜けてしまってもなんとかなるだろうと思っていました。

河崎 館長は一番早く危機感を持って、「8月まで公演はやめるべきだ」っておっしゃってましたね。でもただ中止にするのではなく、方向性としては全部延期にできないかということから考えて、どうしても調整がつかなった公演以外は救えたのではないかと思います。

換気についても説明があります。換気能力を高めたというのは法律の基準より高めた、ということでしょう。ここのメインホールは普段芝居を観るときにはゆったりすぎて客席の空気密度が薄いと思っていたのですが、あれも意図したものでした。普段はともかく、この環境下ではプラスにはたらいています。そのうえで今も客席稼働率50%を守っているとは知りませんでした。

眞野 そもそもこの劇場を建てるときに目指したのは、“快適な三密”を生み出すことでした。そのために換気能力を高めたり、客席同士の距離も、メインホールだと大きさ的には1400席くらい作れるところを1100席にするなど、劇場空間としてかなり自信のあるものになっているんです。それでも今は、“三密”を避けることが重視されていますし、私も現在の体制のまま客席稼働率50%を守っていれば安心だと思っているので、当面は50%のままの予定です。それでももしコロナ陽性者が出てしまったら、所定の期間劇場を閉め、またすぐ公演再開できるようにと、劇場再開まではそのガイドライン作りに注力していました。

それに続く話。現場スタッフは組織図を見ながら読み解くに舞台技術課のことだと思われます。

だから11月末に「knife」の出演者に陽性者が出たときも、早急にカンパニーに連絡して、初日を遅らせることを決め、なんとか延期できる日程はないかと調整しました。最初は3日間しか劇場の空きがなくて、なんとかならないかと調整した結果、その時期に会場を利用予定だった人たちが次々と申し出てくれて、結局8回予定していた公演を6回までは振替公演として復活させることができたんです。

河崎 劇場スタッフ全員が、公演を絶対にやりたいし、やめたくない、という思いが強いので、必死でした。

──その状況に、臨機応変に対応できるのがすごいですね。

眞野 KAATのプロダクションチームの存在が大きく、制作スタッフが決めたことを、実際に可能ならしめるのは現場スタッフですから、彼らが「こうすればできる」とスッと動けたのは、10年の蓄積だと思います。また、劇場の仕込み作業員であると同時に、KAATで公演を打つ若い劇団のデザインを普段から一緒にやっているので、どんな演出家やデザイナー、スタッフにも柔軟な対応ができる。そのような状態をKAATのオープンから望んでいましたが、ようやく功を奏したのかなと思います。

見通しと決断のよいリーダーに率いられた熟練のスタッフ陣、という印象です。何でこんなに詳しいのかと思って眞野純を検索したら、急な坂スタジオの2008年のページが引っかかりました。そうそうたる経歴です。

1948年生まれ。1987年文化庁芸術家在外研修生として、ロンドン・ロイヤルオペラハウスにて舞台美術・技術を学ぶ。舞台監督、技術監督として、蜷川幸雄、串田和美、野村萬斎など多くの日本を代表する演出家の作品に関わる。1997年~2007年、世田谷パブリックシアター技術監督。08年4月より神奈川芸術文化財団・神奈川芸術劇場開設準備室長。

写真では革ジャンを着てえらい若いおっちゃんだと思ったら舞台監督出身ということで、なんとなく納得しました。このファッションは制作者出身ではない。今回の素早い判断につながったのは、舞台監督や技術監督出身なので、他の部門のスタッフよりは公演全体を無事行なうこと、行なえない場合は中止にすることへの意識が強く養われていたのかもしれません。それと劇場の開設準備から室長として関わっていたので、換気など施設の設備に詳しいことにも、スタッフの把握にも納得です。危機に際して現場を掌握している開設以来のベテランが継続してトップを務めていたのは劇場の幸運です。引用していませんが、ロベール・ルパージュの作品の作り方を何度も経験しているとコメントがあったのは世田谷パブリックシアター時代ですね。アンデルセンプロジェクトとか。

ただ年齢が年齢で、こういうのはだいたい後任者選びに苦労するのがありがちなので、後任者の発掘育成が最後の大仕事です。

ところで見逃せない記述がありました。

眞野 予定していたプログラムで、年度内にできるものは全部やろうとなり、どうしてもできないものは翌年度にやっていいかと次期芸術監督の長塚圭史さんに相談したんですね。そうしたら長塚さんのOKが出たので、白井芸術監督と私で演出家や作家たちとリモート会議し、公演をどうするかという話をしました。またそれ以前からなんとなく嫌な予感がしていたので、先の公演については契約書を作ることにしました。というのも、公共劇場なので、公演が中止になった場合に契約書がないとスタッフやキャストにお金を払うことができないので。これについては東京芸術劇場や彩の国さいたま芸術劇場にも声をかけて、それぞれの事情で支払える金額の割合は違うかもしれないけども、基盤になるものを作ろう、ということにしました。かつて私たちは演劇をやるっていうことはお金が回らないものだと思っていましたが(笑)、公共劇場が一般化されて来たことで、今更ではありますが、そういった目線で考えることも必要だろうと思って。

河崎 そうですね。キャストもですが、スタッフの方たちにもちゃんと発注したという痕跡を残していないと、このあと彼らにとって不利なことになるのではないかということで、まずはきっちり契約書を作りましょうと。

眞野 十分とは言えないんですけど、そういったことをまず準備したうえで、中止や延期の相談を始めました。

東京芸術劇場に声を掛けたのは、副館長の高萩宏がその前に世田谷パブリックシアターの制作部長をやっていて職場が重なった時代があった縁からでしょう。さいたま芸術劇場も何か縁があったのかもしれません。そしてスタッフへの支払に目が行き届くのは、公共劇場として支払の心配がないから出来ることとも言えますが、自身がスタッフ出身なのも影響しているかもしれません。

ただ内容は、おい昭和でも平成でもなく20世紀でもなく令和で21世紀だぞ今更どころじゃないぞ、民間芝居の慣習ならまだしも公共劇場の芝居が契約書を交わしていなかったのか、笑ってこんなところにしゃべって平気か、とツッコミどころ満載です。当たり前のことを当たり前にやるのは難しいとも言いますが、いやいやいやいや、他のいい話が一瞬全部飛ぶようなコメントでした。

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