2021年4月
        1 2 3
4 5 6 7 8 9 10
11 12 13 14 15 16 17
18 19 20 21 22 23 24
25 26 27 28 29 30  

« 劇団☆新感線「月影花之丞大逆転」東京建物BrilliaHALL | トップページ | 松竹製作「四月大歌舞伎 第一部」歌舞伎座 »

2021年4月 6日 (火)

芝居を観てマンガを読んでパロディあるいは文化の関連性と炭鉱のカナリアに関する雑感

思うところがあって芝居を観始めていますけど、それは別途まとめるとして。

まずはこの前の劇団☆新感線「月影花之丞大逆転」の話から。パロディが多すぎて拾えた自信がありません。メインとなる劇中劇はアルプスの少女ハイジだし、月影花之丞はガラスの仮面が元だし(実は読んだことがない)、インターポールの刑事で伝わるのはルパン三世が広めたものだし。オープニングは座頭市かな、悪代官を倒すという時代劇のお約束あっての短時間劇中劇です。さらに宇宙人にUFOというテンプレートは出元がわからないくらい古いです。アイドル関係のネタは拾いきれません。

もともと新感線の路線のひとつですが、前提となる元ネタが共有されていてこそのパロディです。元ネタと書くとちょっと意味が狭くなってしまいますが、マンガやアニメや映画がこれだけ大勢に熱心に読まれて観られて聞かれて、共有されてきたからこそのパロディです。風刺というと現実の政治や社会が対象ですが、今回は徹底的にサブカルが対象です。それでパロディが成立するには、それだけサブカルの土壌が豊かであることが求められます。

その次の日に読んだのが「葬送のフリーレン」というマンガです。まだ連載中で4巻までしか出ていませんけど、マンガ大賞1位になったという記事を見かけて買いました。魔王を倒した勇者一行のうち、人間のメンバーが亡くなった後に一番長命なエルフが、メンバーの弟子を連れて、過去の闘いの跡をたどるという話です。少年マンガだと闘いメインに傾いてしまうのが常なのでその弊に陥らずに全うしてほしいと願っていますが、それはさておき。

そもそも勇者の一行が魔王を倒すという内容自体がロールプレイングゲームの定番で、テレビゲームだと元はウィザードリィくらいまでさかのぼりますが(ボードゲームは割愛)、このテンプレートが日本の人口に膾炙したのはやっぱりドラゴンクエストやファイナルファンタジーですよね。エルフとドワーフは、元は指輪物語あたりが出所だと思いますけど(実は読んだことがない)、耳のとがったエルフはロードス島戦記が広めたと言われています(ロードス島戦記の関係者がボードゲームに熱中していたという話は略)。そして中世ヨーロッパくらいの国と科学力の世界に魔物がいて魔法がある。こういう世界観が一定以上の人口に膾炙した結果、後日譚という物語を作る人がでてきて、しかも最初の1、2話で説明が済んで話が進んでしまう。パロディではありませんが、やっぱりサブカルの土壌が豊かであることが必要であり、豊かだったことの証明です。こちらは元ネタはヨーロッパの小説やゲームですが、それが日本で加工されてサブカルとして広まった、ゲームからマンガへの流れとなります。

浮世絵がヨーロッパの画家に影響を与えたという美術の話を持ちだすまでもなく、いわゆる文化と呼ばれているものは、それがメインカルチャーであれサブカルチャーであれ、互いに影響しあうものです。リアルタイムに影響を受ける者もあり、発掘された過去作に影響を受ける者もあり、蓄積された「常識」に影響を受けることもあり、それらに反発する形で影響を受けることもあり。他の分野だと思いつくところでは科学分野でニュートンの「巨人の肩の上(過去の先人の業績)に乗っていたから」という言葉もあります。影響は様々ですが、影響はあって当たり前です。マンガも今様になっている話を以前書きましたが、日本のサブカル分野は広くて深くて、今でも広がっています。

ここで話は新感線に戻ります。今回の芝居は新型コロナウィルス対策のためにいつもより少人数短時間という縛りがありました。結果、新型コロナウィルスのコの字もない内容でした。そもそもが無茶苦茶な設定の芝居なので新型コロナウィルスが出てこなくたっていいですし、新型コロナウィルスに触れるといろいろ面倒なので触れないというのは上演側からする当たり前の気遣いです。さらに言えば、ポリティカリーコレクトに触れそうな相手役いじりもありませんでしたし、貧乏苦労の話は劇団員(自分たち)の話に絡めることで、上手に回収していました。いろいろ縛りが多い中でお笑いを成立させるには、パロディしかなかったのかなと後から思います。

そこからさらに一段上がって、いのうえ歌舞伎ではなくネタ芝居のお笑い一辺倒に走ったところが、上演側の制作レベルでの勘なのかなと思いました。よくできていましたし、私も楽しみましたけど、それでもあんなに客席が盛上がるとは思いませんでした。あのスタンディングオベーションは、面倒なことを言わずに笑いたい客からの、面倒なしに笑わせてくれた上演側に対する賛辞だったと、強引ですが言えなくもありません。炭鉱のカナリアとはやや違いますが、今の客席から求められているものを実現した点で、的確な嗅覚だったと思います。

そして「葬送のフリーレン」の話。このマンガが面白いのは、勇者の偉業があちこちで忘れ去られていることを当事者が目の当たりにすることです。しかも同属のエルフが出てきて、自分たちも過去の別の勇者の偉業を知らないことが匂わされています。そういう展開に対して、「身の上を話してくれれば褒めてあげますよ」という場面が出てくる。この、過去の闘いの跡をたどる、しかも結構忘れ去られている、だから私が褒めてあげる、という設定と展開。これを読んだときに、これが今の日本人(主語が大きい)が求めているものだなと思いました。

ちょっと元本が思い出せませんのでうろ覚えですけど、一生懸命頑張るのがよいという考えが広まるのは、江戸初期くらいの仏教かなにかの信仰までさかのぼる、山本七平が書いていました。その時は極楽往生が目的だったはずですけど、極楽が信じられなくなって、無目的にあるいは不足な報酬で一生懸命頑張ることを強要されすぎて、現世で頭を撫でて褒めてもらわないともたないくらい世の中が疲れているのを、漫画家の無意識が拾ったのかなと考えます。こういう話が日本だと、巨大なサブカルの土壌に乗っかって産まれてくる。これも一種の炭鉱のカナリアです。

で、この褒めてほしいという場面と、頭を撫でる場面がマンガにあるのですが、芝居で「キレイ」を思い出しました。ひょっとしたらマンガの作者も観たんじゃないかというくらいしっくりくる。2019年版の戯曲本より。

ケガレ「ハリコナ」
ハリコナ・ハリコナB「何?」
ケガレ「いつでもこんな風にあたしに花を見せてくれる?」
ハリコナ「うん」
ケガレ「じゃあ、あんたと結婚したら、未来のあたしは好きなときに花が見れるんだ」
ハリコナ「う、うん、まあ。ちょっと疲れるけど、これ」
ケガレ「おばさんのケガレは幸せかな」
ハリコナ「きっと、きっと」
ケガレ「あたし、なんでかな・・・思うんだ。こんな世の中じゃ未来の私は大変だろうな、って。未来の、おばさんになった私はなんかもうグダグダになってへたりこんでんじゃないかなって。だから、この辺に未来のあたしがいるとするじゃない? (ミソギの所に行く)あたしはね、よしよし、って、してやるんだ(ミソギの頭を撫でる)」
ハリコナB「なんだい」
ミソギ「花を咲かせて」
ハリコナB「・・・無茶言っちゃいけない」
ミソギ「(涙ぐんで)花が見たいの」
ハリコナB「わかるだろ。・・・できないんだ」
ミソギ「そうね(へたりこむ)」
ケガレ「未来のあたし、よしよし、へたりこんでも、とりあえず。よしよしってしてやるよ、って。・・・この辺かな」
ハリコナ「へへ」
ケガレ「あ?」
ハリコナ「なんでもない」
ミソギ「・・・覚えてる? 昔ね、あたし、未来の自分の頭を撫でたの、あんたの横で」
ハリコナB「え?」
ミソギ「こんなふうにへたりこんだ私を、よしよしって、撫でたのよ」

まさか20年越しのロングパスがマンガとつながってこの場面が刺さるとは思ってもいませんでした。初演は少女監禁事件が東京公演中に起きて何の予告だと騒ぎになりましたが、いま炭鉱のカナリアと呼ぶなら、監禁よりこの場面のほうがふさわしい。初演を観に行った20年前の自分の頭を撫でてやりたいし、撫でてほしい。よしよし。

« 劇団☆新感線「月影花之丞大逆転」東京建物BrilliaHALL | トップページ | 松竹製作「四月大歌舞伎 第一部」歌舞伎座 »

コメント

コメントを書く

コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。

(ウェブ上には掲載しません)

« 劇団☆新感線「月影花之丞大逆転」東京建物BrilliaHALL | トップページ | 松竹製作「四月大歌舞伎 第一部」歌舞伎座 »