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2021年6月29日 (火)

2021年上半期決算

恒例の決算です。

(1)世田谷パブリックシアター企画制作「子午線の祀り」世田谷パブリックシアター

(2)シス・カンパニー企画製作「ほんとうのハウンド警部」Bunkamuraシアターコクーン

(3)劇団☆新感線「月影花之丞大逆転」東京建物BrilliaHALL

(4)松竹製作「四月大歌舞伎 第一部」歌舞伎座

(5)松竹製作「四月大歌舞伎 第三部 桜姫東文章 上の巻」歌舞伎座

(6)野田地図「フェイクスピア」東京芸術劇場プレイハウス

(7)松竹製作「六月大歌舞伎 第二部 桜姫東文章 下の巻」歌舞伎座

(8)世田谷パブリックシアター企画制作「狂言劇場 『武悪』『法螺侍』」世田谷パブリックシアター

(9)新国立劇場主催「キネマの天地」新国立劇場小劇場

以上9本、隠し観劇はなし、すべて公式ルートで購入した結果、

  • チケット総額は107700円
  • 1本当たりの単価は11967円

となりました。高え。歌舞伎を一等席で3本観て、新感線に野田地図にあれやこれや。高くなるに決まっている。

言い訳をしますと、新型コロナウィルスの流行で観たい芝居を絞って、さらに感染推移をにらみながら行けそうな時期をぎりぎりまで見極めると席種を選ぶ余裕もなく、なんなら貴重な機会だから張り込んでもいいよねという気分にもなって、こうなりました。

芝居の絞り方ですが、(A)今のうちに観ておかないと今後観ることがかなわないかもしれない役者の出演作を中心に、(B)過去の経験で観たい芝居と、(C)何とか観ておきたい演出家とを並べたらこうなりました。

(A)は今回だと木野花、白鸚、仁左衛門、白石加代子、橋爪功、万作です。結果、ほとんどみんな元気でした。白鸚だけ、弁慶がきつすぎて危うかったですが、他の役なら多分大丈夫でしょう。(B)は(1)、(C)は野田秀樹と小川絵梨子です。本当は(B)にもう一本、薔薇を添えたかったのだけど、あそこだけ日程を合せられなかった。

これだけ厳選したら面白い芝居ばっかりに決まっています。さらに絞るなら、思いっきり笑わせてくれた(3)(9)、色気ってのはこういうものだと見せてくれた(5)(7)です。多少ひっかかることもありましたが、このご時世でストレートプレイでこれだけのコメディを見せてくれた総合力から、(9)を上半期の1本に選びたいと思います。個人賞だと孝玉のどっちだとなりますが、それは通年勝負で。

この新型コロナウィルス感染のさなか、わざわざ東京に出かけてまで芝居を観るに至った心境は「1年経つとさすがに厳しい」と「新型コロナウィルスの最中に芝居を観るにいたった雑感」に書きました。

新型コロナウィルスの話題は追いきれないのと疲れていたのとで、減らしていきました。それ以外でこのブログらしいエントリーは「昔も今もわからないものは面白くない」です。元Twitterに半分以上寄りかかったエントリーですが、この話題はもう少しまとめられるようになりたいです。

あとは久しぶりにマンガに手を出したら面白くて、それで思わず芝居を思い出した「芝居を観てマンガを読んでパロディあるいは文化の関連性と炭鉱のカナリアに関する雑感」を書きました。今読み返すと誰にもわかりませんねこれ。完全に自分用のエントリーです。書いたときは疲れていたことを思い出しました。

全体に、疲れていた半年でした。本を中心に、芝居と、音楽少々で生き延びたような気がします。だから文化は必要だ、とは言いません。「不要不急で無駄だからこそ芝居は文化たりうる」の立場は変わりません。不要不急だから役立つんです。必要ぶった文化はいりません。「西洋は芸術、東洋は芸能」というタイトルも思いついたのですが、タイトル止まりで書けませんでした。まとめられたらそのうち書きます。

新型コロナウィルスのワクチンが、年初だといつになるかと気をもんでいたのに、接種が加速して、このまま突っ走るかとおもったら供給不足がアナウンスされて、浮き沈みが激しいです。そしてワクチン接種が中途半端な状況でオリンピックパラリンピックは開催されそうで、ここに海外から大勢来たら感染拡大ついでにもっとすごい変異株が産まれるんじゃないのかなんて冗談がまんざら冗談でもないかもとなって、大変です。私は早くワクチンを打って気を楽にしたいので、待っています。そしてもっと気軽に出かけたい。

こんな状況なので、いろいろな立場で観に行きたくとも芝居見物を控えている人も大勢いるかと思います。ワクチン接種がほぼ全員に行きわたるまで、あと少し、と言えないのがつらいところですが、お互い気を長く持ちましょう。

引続き細く長くのお付合いをよろしくお願いします。

2021年6月28日 (月)

2021年7月8月のメモ

ざっくり、オリンピック期間ですね。感染力の強い新型コロナウィルスが広まってきているので、じっとしている時期が増える見込みです。

・世田谷パブリックシアター企画制作「森」2021/07/06-2021/07/24@世田谷パブリックシアター:ワジディ・ムワワドシリーズの三作目

・東京夜光「奇跡を待つ人々」2021/07/24-08/04@こまばアゴラ劇場:前回公演が評判よかった記憶があるのでピックアップ

・劇団普通「病室」2021/07/30-08/08@三鷹市芸術文化センター星のホール:今年のMITAKA "Next" Selectionの2本中1本目

・さいたまネクスト・シアター「雨花のけもの」2021/08/05-08/15@さいたま芸術劇場小ホール:これで解散公演は細川洋平脚本の岩松了演出

・ティーファクトリー「4」2021/08/18-08/24@あうるすぽっと:観れば面白そうだとは思う男5人芝居

・東京芸術劇場企画制作「カノン」2021/08/19-09/05@シアターイースト:中止かと思ったら延期で救済

・ホリプロ企画制作「ムサシ」2021/08/25-08/29@さいたま芸術劇場大ホール、2021/09/02-09/26@Bumkamuarシアターコクーン:2回観たけど今のうちにもう1回観ておくかどうか

・シーエイティプロデュース企画製作「検察側の証人」2021/08/28-09/12@世田谷パブリックシアタ―:小川絵梨子演出でアガサ・クリスティなんて面白いに決まっているしキャストも期待できる

新型コロナウィルスとにらめっこしつつ、にらめっこしすぎるとチケットが買えなくて苦労するのですけど。

2021年6月27日 (日)

新国立劇場主催「キネマの天地」新国立劇場小劇場

<2021年6月26日(土)夜>

昭和初期。大作映画の打合せと称して監督から劇場に呼ばれた4人の映画スター女優。キャリアの長短はあれど売れっ子の4人はそれぞれ自分が一番であることを主張しあう。ところが劇場に着いた監督は、1年前に監督の妻が同じ劇場で亡くなたった演目の稽古を伝える。不審に思った女優たちを引きとめたのは、監督の妻を殺した犯人を探すという言葉だった。

面白かった。誰が観ても面白いし、芝居を観たことがないひとに最初の1本としても勧められます。でもそれ以上に、解像度の高い演出が隅ずみまで行き届いていることが伝わってくる1本でした。新型コロナウィルス下なのと、あと1日の千秋楽に感想が間に合わないのとで控えますけど、そうでなければ緊急口コミプッシュを出していました。こじらせた観客の感想もありますけど、それは後半で。

井上ひさしは構成に凝った脚本家だったけど、加えて時期によって作風が変わる脚本家でもあります。初期はぶっとんだ作風、中期は設定のうまさで笑わせる作風、後期は政治色強めに訴える作風で、これは中期の1本。上演するだけである程度伝えられるものがある初期や後期と違って、面白さをきっちり伝えられないといけない。そこを、実力十分、しかも小川絵梨子と仕事をしたことがあって実力保証付きの役者を集められたことで、脚本に求められるハードルをクリアして芝居に臨めたのは、まず勝因のひとつです。

今回の設定は女優の嫌らしい面をコメディで描くことが一番に求められますが、稽古という劇中劇でそれぞれの立場を劇中劇でも表現していくことも必要とされます。さらに劇中劇にかこつけた演技論や役者論や芸術論が展開されますし、相手の演技のへたくそさを詰る場面もあります。本当にへたくそな役者を当てると笑うに笑えなく脚本上の設定ですが、今回起用された高橋惠子、那須佐代子、鈴木杏、趣里の4人が文句なしにいい出来です。

それは監督、助監督、助っ人役者の3人の役にも及んでいて、女優を相手に、一同を集めた理由を隠しながら話を進める立場です。やはりへたくそはキャスティングできない。千葉哲也、章平、佐藤誓の3人は適役で、特に助っ人役者は複数役を器用にこなすことができる設定で役中役(?)まで求められますが、佐藤誓が大活躍でした。

そして演出。脚本構成の読解ならまかせておけの小川絵梨子ですけど、この脚本は中学生の時に演劇部で上演して自分も出たことがあるというアドバンテージがあります。コメディだからわかりやすいと言われればそうかもしれませんが、だとしても場面のひとつひとつ、役それぞれの立場、役と役との関係性、本当にどれひとつとっても迷いのない演出がされています。

スタッフワークも芝居に集中できる仕上がりです。ただ、特に今回は、最初に劇場に入って、具体的で場面転換不要に作りこまれた美術を観てびっくりしました。最近観ていた芝居が、抽象的だったりひとつの場面を複数に使ったりする美術が多かったので。ストレートプレイらしいストレートプレイは1年以上観ていなかったかもしれません。女優陣の衣装も時代がかっていて見目がよかったです。

観ていてひとつだけひっかかたのは、照明機材を全員素手で触っていたところ。私の学生時代はまだ素手で触るのが危ないのが普通だったので、今はLEDだから熱くないのか、小道具として火傷しないように見た目だけの照明機材だったのか、いらぬ想像をしてしまいました。いちおう助手役は手袋を持っていたけどはめていませんでした、というのはまあ、荒探しですね。

面白い脚本を面白く立上げるのは難しいところ、大成功でした。劇中でも言及されていたアンサンブルを体現した仕上がりです。「井上ひさしを小川絵梨子が演出できるか気になる」なんて上から目線で書いてすいませんでした。

ここまでは、ですます調で一般的な感想。この後はこじらせた感想。ちょっとネタバレを含みます。

劇中に「優れた芸術は人間賛歌」という台詞があって、それはそうかもしれないけど、それを作り出す側の人間に、実に性格の曲がった役を取りそろえたところが井上ひさしの意地悪なところ。

新型コロナウィルスの騒動でいろいろ考えたことに、専門家は専門外の分野については素人だし、専門性は人間性を保証しないというのがある。芸術分野について具体的に言い換えると、人気や実力がすべてであり、人気や実力があれば人間性は目をつぶる。人間性がよくても人気も実力もない人の立場は低い。人間賛歌となるような優れた芸術があったとして、それを創り出した人間の人間性はまったく別の話。

その点、今回の脚本は実に良くできていた。監督の、亡くなった妻に対する想いがどれだけあったとしても、自分が監督する映画のために活用して疑問を抱かない態度。スター女優や監督の、無名の役者に対する無理解や、意地悪を超えた深刻な嫌がらせや態度の数々。大事と思った人への惜しまない説得と、大事と思わない人への残酷な仕打ちが共存している。「クローズアップで見れば悲劇、ロングショットで見れば喜劇という」言葉そのまま。

ラスト場面なんて、最後までコメディで通したけど、あれは内容だけ見たらひどい場面で、ちょっと演出を変えるだけで悲劇の幕切れになる。むしろ書いたときには井上ひさしはそれを狙っていたんじゃないかとさえ疑っている。

あれだけ解像度の高い演出をやってのけた小川絵梨子がそこに気が付いていなかったとは思えない。今回は新国立劇場の「人を思うちから」というテーマに沿って選ばれた脚本で、もちろん上演準備のために新型コロナウィルスより前から決まっていたはず。だけど演出方針は稽古前まで、何なら稽古中でも、変えられる。明るい芝居を提供するためにコメディに徹したのか、どうなのか。ひょっとしたら、「人を思わないと人はどこまでも残酷になれる」みたいな裏テーマをこっそり課して、この脚本を選んだのではないか。

なんでそんなことまで疑うかというと、解像度の高い演出をされた芝居だったのは間違いないけど、だからというか、何となく、観終わって違和感が残ったのですよね。「タージマハルの衛兵」も解像度が高い演出の芝居だったけど、あのときはこういう違和感はなかった。それと井上ひさしの芝居にしては、女優同士の嫌味なやり取りがふんだんにあるにもかかわらず、すっきりとしたコメディに見えてしまった。井上ひさしは、こう、人間の悪い面を「人間のたくましさ」「庶民のしたたかさ」みたいな扱いで丸めてしまうところがあるけど、悪いものは悪い。本当にいい面だけの登場人物が目立ってくるのは後期です。

芸達者な役者と解像度の高い演出で完璧なコメディを立上げた結果、脚本に含まれているけど掬いとれていない何かも一緒に立上った、と仮定して考えた妄想です。穿ちすぎかもしれませんが、こじらせた観客は、そんなことも妄想してしまいました。

そういう妄想まで含めて、観られてよかった1本です。

<2021年6月28日(月)追記>

新型コロナウィルスの対策を書くのを忘れていた。小劇場は入口を地下(初台駅の改札を出てから最初に見えるところ)に限定して、中劇場やオペラの客と混ざって建物内が混雑するのを防いでいた(正面入口を入って右側の階段は封鎖)。開場は開演45分前から。外から中に入った時点で検温とアルコール消毒。ここで一旦入場前ロビースペースになってクロークだった個所に来場者カード記載スペースがあるので記載。チケットは通常の階段横カウンターとは別に、いつもだともぎり横にある関係者向けの引取カウンターを階段正面に配置してもぎり周辺で人が滞留しないよう調整。入場は、もぎり手前で来場者カードを回収してからチケットを見せて自分でもぎり。チラシ束はロビーに置いてありほしい人が自分で手に取る。物販はパンフレットのみ。スタッフは会話禁止のボードで案内、マスクはしていたけどフェイスガードはしていなかったか(失念)。場内アナウンスは、接触確認アプリを使うなら音が鳴らないように、使っていないなら電源オフにするようにアナウンス。

入場後ロビースペースに、いつもならポスターや解説文章の拡大コピーが貼ってあったり舞台美術模型が置いてあったりするけど、今回はその手のものは全部外して人が集まらないようにしていた。飲食は最低限にするよう案内。椅子は、個別の椅子は一方向きになるように間を空けて配置、ベンチは1人置きの間隔になるように座面貼紙で調整。トイレは小便器は1個飛ばしになるよう貼紙。荷物を預けるスペースがない代わりに、座席下に荷物を置くための使い捨てカバー? のようなものをロビーで提供。休憩時間は正面ガラス口を開けて外に出られるけど一方通行で、再入場時は検温とアルコールの入口側からに回す。この公演のチラシと配役表はいつも通りパンフレット物販の横で提供されていたのが個人的には非常に喜ばしい。

これまで考え出された対策を、広いスペースと多めに配置できるスタッフを十二分に生かして実践していた。慣れてきたのもあるけど、新型コロナウィルスの(少なくともこれまでの)対策と観客の快適さの、変な表現だけど妥協点の頂点という印象。ただし「広いスペースと多めに配置できるスタッフ」があってこそだよな、とも思う。

世田谷パブリックシアター企画制作「狂言劇場 『武悪』『法螺侍』」世田谷パブリックシアター

<2021年6月26日(土)昼>

Aプログラム。病で出仕できぬ日が続いたため主人の勘気から武悪を討つように申し渡された太郎冠者、幼いころより苦労を共にした相手だけに討つに討てず、討ったことにして見逃したが、逃げる途中の武悪が主人と会ってしまい幽霊としてごまかそうとすると「武悪」。素行の悪さから浪人に落ちぶれ金もないが女遊びに目がない洞田助右衛門、商人の妻2人への恋文を太郎冠者と次郎冠者に届けさせるが主人の横暴に耐えかねた2人が届け先の妻たちにばらしてしまう「法螺侍」。

「武悪」。腕が立つ武悪をだまし討ちしようとするも討つに討てない前半から、幽霊扱いされている武悪が主人に適当なことを言い出す後半まで、「武悪」はいかにも狂言らしい狂言。台詞をちゃんと聞き取れたか微妙だけど、幼いころより2人で頑張ってきた趣旨の台詞があったはずで、そこは太郎冠者の野村太一郎と武悪の野村万作が歳が離れすぎて見た目が苦しかったのだけ難だけど、軽く楽しめる。

野村太一郎の太郎冠者が顔も体も堂々とした押出しの一方、石田幸雄も主人らしい主人で貫禄十分だけど、出ていた3人の中で一番動きが決まっていたのが武悪の野村万作という芸能の謎。長年の動きが身体に染みこんでいるいるのもあるだろうし、歌舞伎の踊りを観たときにも思った、昔からの型や振付は昔の人の体形でちょうどよくなるように作られているのも理由のひとつだろうけど、それにしたって90歳であそこまでできるとか人類すごくないか。

「法螺侍」。シェイクスピアの「ウィンザーの陽気な女房たち」を狂言に仕立てた一本。「まちがいの喜劇」を元にした「まちがいの狂言」よりもこちらのほうが1年早いらしい。鳴物でも遊べるところが新作狂言のいいところ。もとは野村万作が洞田助右衛門のところ、今回から野村萬斎にバトンタッチ。元がシェイクスピアなので筋に心配はなく楽しめる一本。

素行が悪いのではなく人生を楽しみ尽くしたいため結果周りにはそう見えてしまう主人公なのかなと台詞からは感じた。けど、いかにも素行が悪くて家来からもとっちめられそうな役作りに見えてしまうのは野村萬斎らしい。見えるというか粘りっ気の強い声がそう聞こえさせてしまう。この「人生を楽しみ尽くしたい」という考えからくるいい加減さは、今の世の中に減っている、非常に求められている心持なので、ここはもう少しおおらかさを優先するように工夫してほしかった。全体に、やや不慣れな印象があったけど、キャスティング変更の影響か。

この日はアフタートークありだったけど、万作と石田幸雄以外全員出ていたのかな。司会の萬斎のほかに6名出ていて、全員に話を振るので精一杯。演じているときとは違って野村裕基は声が萬斎そっくり。野村太一郎は「万作に師事して」という趣旨の発言があったので気になって調べたら、万作の兄である野村萬の孫だけど「本来なら襲名する立場にあった六世万之丞を従弟の虎之介(九世万蔵の長男)が襲名することになり、萬狂言を離れ父の従弟・野村萬斎に師事を替える」とWikipediaにあった。古典の世界は大変だ。

2021年6月13日 (日)

松竹製作「六月大歌舞伎 第二部 桜姫東文章 下の巻」歌舞伎座(ネタバレあり)

<2021年6月12日(土)昼>

追放されて行き場がない清玄と赤子は、同じく追放された残月と長浦の2人が暮らす地蔵堂の庵に身を寄せる。金のない2人に病みついた清玄の面倒を見るのは苦しいため、お参りに来た女に子供を預け、清玄を殺してしまう。仏の墓堀に呼んだ権助と穴を掘っていると、女衒が女を売り飛ばす相談のために女を連れてくるが、この女が桜姫だった。女衒が女郎屋と話をつけるために席を外したすきに、残月は言い寄り、権助は機会をうかがう。

親切にも冒頭で上の巻のあらすじを語ってくれた後に始まる(明瞭な口跡でよかったけど誰だか名前がわからない・・・)。上の巻は終盤数日が中止になったから、救済の意味もあるか。上の巻は仁左衛門メインに見えたけど、下の巻は玉三郎オンステージ。出だしの色っぽい雰囲気と、女郎を経た後半の蓮っ葉な雰囲気、前半は子供と会いたいと言っていたのに後半は子供がほしけりゃ産んでやるという落差がすごい。仁左衛門権助の格好いい場面も玉三郎桜姫の引立てになる。

ただ話はいろいろかっ飛ばしている。終盤、父が亡くなり家も潰れたきっかけである都鳥の巻物を盗んだのが権助であることを知った桜姫が、仇として権助を殺すのはわかるけど、権助が父親とはいえ自分の産んだ赤子まで殺すのはもはやホラー。そこから最後、殺害の下手人として追われた桜姫が、取返した巻物で一転、御家再興がかなって大団円の急転直下。

権助と桜姫との間に産まれた赤子が、人手に渡しても結局戻ってきたり、いろいろ言われている割にさして大切にされていなかったり。扱いが雑かというとそうでもなく、あえて書くなら呪いの象徴のように見える。清玄の幽霊も、雷で生き返った清玄がうっかり穴に落ちたのは暴れた本人かもしれないけどそのまま放置したのは桜姫。なのに出てきた幽霊に桜姫が怖がるのでもなく話しかけるという地続き感。冷静に考えれば芝居のご都合主義だけど、観ているとそうとばかりも言えず、いろいろ強引な展開が不気味さで束ねられているようなところがある。これが鶴屋南北の怪奇趣味か。

物語の理解はやっぱり、タイトルロール通り桜姫を追うのがいい。不運な亡くなり方をした白菊丸の生まれ変わりである桜姫が、(清玄と二役である)権助にひどい目に合わされた上に取りこまれたところ、まずは清玄に(結果として)復讐しつつ、清玄(の幽霊)に埋合せをしてもらって権助にも復讐し、最後は御家復興で幸せになるまでの一部始終を、輪廻転生や因果応報の形で描いた、と考えるのがすっきりくる。清玄と権助の二役が有名な芝居で見せ場が多いし、仁左衛門が色気があって格好よくて興行的には売物にするのが欠かせないとしても、芝居を背負うのは桜姫。その点、下の巻が玉三郎オンステージになったのは必然だったし、玉三郎もそれに応えていた。

なんか近代に毒されたような感想だけど、雰囲気勝負と割りきるにはいろいろややこしい芝居だった。にもかかわらず、描きたい雰囲気を重視するから筋立てなんて多少強引でもいいんだよ、木戸銭払った客を楽しませて興行が成功すればやったもん勝ちだよ、と訴えかける何かがあった。現代劇ではなかなかお目にかかれない、生き残った古典劇の力強さは、シェイクスピアを思わせる。それは逆に、芝居を立上げるためには役者に大きさ、強さが求められるということでもあって、玉三郎仁左衛門が活躍したからこそ成立した芝居だったのかな、他にここまでできる人たちが今だれかいるかな、というのもおまけの感想。

2021年6月 6日 (日)

劇団、劇場系の研修所カリキュラムを眺めてみた

大学や短大以外だとどんなもんなんだろうかと、なんか思いつきで調べました。心当たりで見つかったのは4つです。

文学座附属演劇研修所

本科1年、研修科2年の3年制です。ただし本科から研修科の間で選考があります。役者としてまずは必要な演技と、和事の知識を本科で詰めこんで、いけそうな人間だけを研修科で鍛える、というスタイルでしょうか。演出家を常に複数抱える文学座なだけに、演出部や制作部もあるみたいですが、そちらの詳細は載っていません。

月曜日から土曜日まで週6日ですが、10時30分から14時までの昼間部、18時から21時30分までの夜間部に分かれます。応募資格は18歳以上で経験不問。費用は入所金7万円、授業料年間24万円(1期6万円x4期)、実習費年間22万円(ただし演出部と制作部は免除)です。

新国立劇場演劇研修所

役者特化の3年制です。2年次までは研修、3年次で発表です。いろいろな授業が用意されていますが、今の目で見ると、演技を学ぶ感じではありませんね。脚本が求める声を出せるような身体の使い方を学ぶために、カリキュラムが組まれているように読めます。それが演技だろと言われたらその通りなのですが。

月曜日から金曜日まで週5日、10時から18時です。応募資格は満18才以上、満30才以下。費用は授業料が年間237,600円、ただし3年次は年額118,800円です。特筆は2年次以降に奨学金月額60,000円支給があり得ることですが、条件不明です(全員だったような気もしますが、失念)。

座・公演時劇場創造アカデミー

基礎課程1年、専門課程1年の2年制です(講義聴講に特化したコールもあり)。1年目は共通で、2年目は必修科目以外に、役者と演出と劇場環境とで一部がわかれるスタイルです。役者以外に劇場環境というコースが目新しいです。

月曜日から金曜日まで週5日、10時から15時です。応募資格は見つけられませんでした。費用は入学金5万円、受講料年間30万円です。杉並区民だと1年目の受講料20%免除もあります。

宝塚音楽学校

未だにわかっていませんが、宝塚歌劇団のための育成学校が宝塚音楽学校、でいいのかな。さすがにしっかり組まれています。予科1年、本科1年の2年制です。発声はボイストレーニングがありますが、他に声楽と合唱があります。他では必須の日本古典も、日本舞踊はやっても能狂言はなくて、その分をバレエとモダンダンスに充てています。ピアノや譜読みまで入っています。唄って踊れる基礎を2年でがっちり仕込む、演技は最低限だけやって後は歌劇団で、という強い意志を感じるカリキュラムです。女性ばかりの劇団で花の盛りに技術を間に合わせるという都合もあるのでしょう。高卒資格取得のための授業があるのも、若年から入学する生徒向けの特徴です。

月曜日から土曜日まで、9時から、日によって16時20分または18時05分まであります。応募資格は16歳から20歳まで。費用は入学費用48万円、授業料月額5万円の2年間120万円、他に修学旅行積立金や教材購入費など。さらに通学できない生徒は入寮必須で寮費が月額1万5千円です。

とりあえず4つの紹介ここまで。

こうやって並べてみると、歌劇団という出口がはっきりしているとはいえ、宝塚は異色です。他は何もない人間に一から教える想定ですが、宝塚のカリキュラムを何もない人間が2年でこなして身に付けられるとは思えません。バレエでもピアノでも、何かしらはやってきた家庭の子女が対象のように読めます。実際そうでないとインプットが追いつかないのでしょう。費用もなんだかんだで2年で200万円を超えますが、2年で最低限、ものになってもらうための環境と関係者の費用という現実面、冷やかし防止面、両面で設けたハードルかと思います。

なら他のカリキュラムなら身に着くのかよと言われたら言葉に詰まります。が、他は出口がはっきりしていない代わりに、人生の長期戦として戦うための基礎を身に付けさせようとしているように読めます。そこは関係者のキャリアも関わっているのでしょう。いろいろ苦労して生き延びてきた経験が、これを早期に身に付けさせたいというカリキュラムになったのかなと想像します。人生経験も影響する職業ですし。

ところで、とりあえず役者に絞ってどこがいいのかと聞かれても、困りますね。今は活躍する有名人と同じ場所で学んで同じことが身に着くかといったらそんなこともなく、しかも活躍どころか生活が保証されているわけでもないのが役者です。さらに合う合わないの相性の問題もあります。趣味の習い事でも講師との相性が出てくるのに、表現系の職業だったらなおさらです。これはもう、本人が自分で調べてどうにかするしかありません。最後は運です。

ただ、かれこれ見比べると、初心者が演技に結びつけるための発声と身体の基礎を習得するだけで、だいたい丸2年は必要という目安は共通認識だと読取れます。そこをセンスで最初からできる人がいて、凡人には困ります。そのセンスある人は例外とすれば、熟練の講師陣が長年の経験に基づくカリキュラムを試行錯誤した結果、だいたいそのくらいは必要なのでしょう。

2021年6月 5日 (土)

団体ごとに上演劇場の流れが別れてきてやいないか

こういう話題を書くと劇場すごろくガーって騒ぐ人が来ますけど、そういう人は置いておきます。単に流れが出来て、しかも別れていやしないか、という話です。もともと大手の松竹東宝阪急は外します。

・下北沢小規模系

どこかの小さい劇場から、駅前劇場、ザ・スズナリあたりで上演する層です。ただ、ここから本多劇場まで行く団体が最近は少ない。

・老舗劇団系

本多劇場でたまに上演しつつ、演出家がシアターコクーンに呼ばれる層を想定しています。が、最近はあまりいませんね。ナイロン100℃、大人計画(ウーマンリブ含む)に、M&O Playの上演で岩松了や倉持裕が絡むくらいでしょうか。

・民間ストレートプレイプロデュース系

シアターコクーン、世田谷パブリックシアター、東京芸術劇場プレイハウス、新国立劇場中劇場、が射程で上演する層です。シス・カンパニーやホリプロ、あとはTBS以外のテレビ局関係のプロデュースなどです。PARCOが外の劇場でプロデュースする場合もここですね。

昔だとサンシャイン劇場も入ったと思いますが、今は2.5次元芝居が多いイメージがあります。

・こまばアゴラ劇場系

他に吉祥寺シアターとか、三鷹星のホールとか、東京芸術劇場のシアターイーストとウエストとか、神奈川芸術劇場の大スタジオとか、こまばアゴラ劇場以外は似た規模の公共劇場をぐるぐる廻る層です。こまばアゴラ劇場系と便宜上書きましたが、娯楽志向より表現志向が強い団体ですね。ここから規模を上げない団体が最近は目立ちます。

・公共劇場自前系

新国立劇場の小劇場、世田谷パブリックシアターのシアタートラム、神奈川芸術劇場の大スタジオ、あたりです。それぞれ中劇場、世田谷パブリックシアター、ホール、の大規模にはあまり手を出したがりません。こまばアゴラ劇場系か次の新劇系から演出家が起用されやすいイメージがあります。

・新劇系

自前の拠点で上演しつつ、たまに紀伊国屋ホールやサザンシアターで上演しています。あとはツアー。

・民間ミュージカルプロデュース系

スターを呼んで上演する層です。赤坂ACTシアター、東京建物BrilliaHall、IHIステージアラウンド東京が3大劇場です。ミュージカルが多く、劇団☆新感線もここに乗っています。

最後の民間ミュージカルプロデュース系は松竹東宝阪急に準ずるから外していいと思います。残りの系統を大雑把に、民間劇場系(下北沢小規模系、老舗劇団系、民間ストレートプレイプロデュース系)と公共劇場系(こまばアゴラ劇場系、公共劇場自前系、新劇系)に別れているように見える、というのがこのエントリーの趣旨です。娯楽系と表現系と分けてもいいかもしれません。公共劇場の興隆で後者が育ってきました。

昔はもう少し本多劇場と紀伊国屋ホールの上演団体が近いイメージがありましたけど、最近はあまりかすりませんね。いまいろいろな種類の団体が上演している劇場はどこだと聞かれたら、東京芸術劇場のシアターイーストとウエストではないかと答えます。手ごろな規模の劇場を持ちつつ、野田秀樹の影響でだいぶ変わりました。

そして紀伊国屋ホールや本多劇場で上演する団体が増えていない気がします。今もあるかわかりませんが、昔はどんなに人気があっても本多劇場初回の団体には4日しか貸さないルールがあって、それでキャラメルボックスは縁を切ったと読んだことがあります。

ただ、今は紀伊国屋ホールも本多劇場も、400人規模の劇場に手を出す団体自体が減って、両者とも上演団体の新陳代謝が出来ていない印象が強いです。本多劇場だと新規常連団体はヨーロッパ企画くらいでしょうか。その、昔なら400人規模の劇場に手を出した団体が今はどこにいるかというと、こまばアゴラ劇場系の規模、200人前後の劇場でたむろしています。

1公演の集客が1万人を超えたあたりが(収入と支出のバランスで)一番きつい、とはこれもキャラメルボックスの話で読みました。1か月4週末で25ステージを上演するとちょうど1万人です。団体の上演だけで食っていくことを目指すのでなければ、劇場の規模はそのままにロングランして、あとは他の上演なり映像の仕事なりに出演するのが安定するんだろうな、とは想像がつきます。

ところで今の芸術監督には下北沢系から老舗劇団系を辿った出身者が結構な割合を占めています。野田秀樹、松尾スズキ、長塚圭史ですね。新国立劇場は小川絵梨子という海外系の突然変異の芸術監督になったのが例外で、もともと新劇系です。串田和美や佐藤信の自由劇場出身者も俳優座出身だから新劇系と言えます。平田オリザはもちろんこまばアゴラ劇場系です。野村萬斎は古典畑の人、近藤良平はダンス畑の人ですね。

この多様性が保てているのがよいのですが、ここから下北沢系の出身者がいなくなった場合、どこから芸術監督を充てることになるのでしょう。新劇系は長年運営されている大所帯で演出することで、老舗集団ならではの経験が積めるのでしょう。それが下北沢系の場合、そこでとどまって老舗劇団系のキャリアを踏めていない場合、芸術監督が務まるのか微妙なところです。こまばアゴラ劇場系でとどまっている場合も同様です。

もともと劇場すごろくと呼ばれるくらい一本道しかなかったところに、別の選択肢が出てきたことは素晴らしいかもしれませんが、いいこともあれば悪いこともあるでしょう。以前なら民間劇場系の団体は、ある程度売れたら押し出される形で老舗系に進出せざるを得なかったところ、そのパスから外れられるようになった。個別の団体視点では喜ばしいことですが、「業界」の人材育成がどうなるか。私の趣味の範囲に偏った範囲ですが、要観察です。

さいたま芸術劇場の次期芸術監督は近藤良平、そしてネクスト・シアターの解散

これを取上げたつもりで取上げていませんでした。やや古いですがステージナタリーより。

近藤良平が、2021年4月から埼玉・彩の国さいたま芸術劇場の次期芸術監督を務めることが発表された。

これは、近藤がコンドルズやハンドルズとして、埼玉県の芸術文化に貢献してきたことから決定されたもの。近藤は2022年4月の芸術監督就任に先立ち、今年4月1日から次期芸術監督として、2022年度以降の主催事業の方向性や年間ラインナップの策定、劇場運営全般の助言・提案にあたる。なお、近藤は、蜷川幸雄前芸術監督の後を継いでの就任となる。

臨時に後を務めていた吉田鋼太郎は、一部中断はあったものの、シェイクスピア上演が全シリーズ目途がついたことで退くようにもともと約束していたのでしょう。

そして近藤良平。芝居っ気のある人ですが、ダンサーでありダンスカンパニーの主催者なので、今後は芝居よりもダンスに舵を切っていくという劇場の意思表明だと理解しました。

そう考えると、4月に発表されたさいたまネクスト・シアターの解散も流れに沿っています。同じくステージナタリーより。

さいたまネクスト・シアターの最終公演が、8月5日から15日まで埼玉・彩の国さいたま芸術劇場 小ホールで行われる。

さいたまネクスト・シアターは、次代を担う若手俳優の育成を目的に、2009年に蜷川幸雄が立ち上げた若手演劇集団。平均年齢34歳、1期生から4期生までの14名が携わる本公演では、ほろびての細川洋平の書き下ろしを岩松了の演出で上演する。

さいたまゴールド・シアターは役者の年齢が年齢なので続けてもあと10年でしょうが、若い役者を抱えておくのは難しいからいっそ解散という流れです。というか、平均年齢34歳はもう若くないですね。

人気実力意思の3拍子が揃った蜷川幸雄がいたからこその体勢だったのだなと改めて思います。

2021年6月 1日 (火)

学生演劇の危機が起きているかどうか

大学オーケストラの危機」と題したブログを見つけました。ここでいう「運営」は演劇だと「制作」に当たると理解しています。

全てではないにせよ、多くの大学オーケストラにおいてこのような状況がある。このことを踏まえたうえで、1年ないしは2年にわたり活動および演奏会を封じられると何が起こるのか。簡潔に書けば、「1年間ストップすると次世代の運営が途端に難しくなる」「2年間ストップすると、長い歴史を持っている団ですら、ほぼ白紙に戻る。」ということ。
(中略)
まとめてみよう。2020年に演奏会ができなかった場合、2021年現在の団はどういう状態でスタートすることになっているかというと、「演奏会を運営した経験がある学生はほぼゼロ(あるいは4年生に僅かいるか?)」「定期演奏会のステージで演奏したことがあるのは3年生,4年生のみ」という状態なのだ。

次いで、もしも2021年の演奏会まで出来なくなったとすると、2022年の団はどうなるか。「演奏会を運営した経験がある学生はほぼゼロ」「定期演奏会のステージで演奏したことがあるのは4年生の代のみ(ただし演奏当時1年生)」「3年生:運営はおろか、3年間練習自体十分にできていない/2年生:2年間ほぼ練習できていない/1年生:入ったばかり」という布陣で回していくことになる。

つまり活動の蓄積がほとんど初期化されたに等しい!!!最初に掲げた前提条件の場合、長い伝統を持つ大学オーケストラであっても大体同様の現象が起こるのではないだろうか。2年連続で定期演奏会が開催できないということは、団の歴史をリセットしてしまうぐらい大きなインパクトがあることなのだ。そして、一度途切れたものを再興するのには膨大な時間がかかることは言うまでもない。

高校までと大学とでまた違うとは思いますが、とりあえず大学に絞って。大学の学生演劇の危機とかあるんでしょうか。個人的には制作については危機はないと想像します。学生演劇なら、授業をさぼって頑張れば何とかなる規模だろうという推測からです。

このブログに「<再掲載>芝居の費用を計算する」というエントリーがあります。コンスタントにアクセスされています。新型コロナウィルスで上演できなくなったらさすがにアクセスはなくなるかなと予想していたのですが、減りこそすれなくなりません。そもそも零細ブログなので全体のアクセス数が少ないのですが、その中でも相変わらず毎月のアクセス上位に登場します。

あとはそのエントリー先にもありますが、fringeが演劇制作ノウハウをたくさん書いています。たくさんありすぎて何から読めばいいのかわからないくらいです。いまそのトップページには「演劇に関わることをあきらめないで」という特集ページへのリンクが載っていますが、このブログのアクセス感触だと「この状況でもまだやりたいやつがいるよ」です。なので制作ノウハウは、途切れても復活すると思います。

個人的にはスタッフ業務が気になります。オーケストラ演奏はその点ほとんどホール任せでよいのではと想像します。演劇の場合はスタッフワークも演出のうちで、機材の扱いもあれば手配もあるし、安全性に関わるものもあります。ノウハウが途切れるとしたらこちらだと思います。

まあ途切れたとしても、客の前を役者が横切ればそれで演劇なので、そのうち復活するとは思います。しぶといですね演劇。

学生演劇の危機について誰か調べたりしていないかな、と思って調べずにこのエントリーは終わります。

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