2022年1月
            1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30 31          

« 世田谷パブリックシアター企画制作「愛するとき 死するとき」シアタートラム | トップページ | Bunkamura企画製作「泥人魚」Bunkamuraシアターコクーン »

2021年12月 3日 (金)

さらば吉右衛門

どこから訃報を引こうかと思ったら歌舞伎美人が「中村吉右衛門さんご逝去」を出していたのでそちらから。

 歌舞伎俳優の二代目中村吉右衛門<なかむら きちえもん、本名:波野 辰次郎=なみの たつじろう>さんが、11月28日(日)午後6時43分、東京都内の病院でご逝去されました。77歳。謹んでご冥福をお祈りいたします。

 八代目松本幸四郎(初代松本白鸚)の次男。のちに母方の祖父、初代中村吉右衛門の養子となる。昭和23(1948)年6月、東京劇場『御存俎板長兵衛』の長松ほかで中村萬之助を名のり初舞台。昭和41(1966)年10月帝国劇場『祇園祭礼信仰記 金閣寺』の此下東吉ほかで二代目中村吉右衛門を襲名。

 歌舞伎界を代表する立役の一人として深い人物造形と巧みなせりふ術で魅了し、『熊谷陣屋』熊谷直実、『仮名手本忠臣蔵』大星由良之助、『菅原伝授手習鑑』松王丸、『梶原平三誉石切』梶原平三、『一條大蔵譚』一條大蔵長成、『盛綱陣屋』佐々木盛綱、『俊寛』俊寛僧都、『籠釣瓶花街酔醒』佐野次郎左衛門、『天衣粉上野初花』河内山宗俊、『極付幡随院長兵衛』幡随院長兵衛、『勧進帳』武蔵坊弁慶など数々の当り役をもつ。初代中村吉右衛門の俳名、秀山にちなみ、生誕120年を記念して平成18(2006)年9月から始まった「秀山祭」では、初代以来の当り役に挑むほか、次世代を担う後進の指導も行う。また、先祖所縁の松貫四の筆名で数々の作品で脚本などを手がける。平成18年から24(2012)年まで文化庁の舞台芸術体験事業に参加し、全国各地の小学校をまわり、小学生に歌舞伎の楽しさを伝える活動も行う。映像作品ではドラマ「鬼平犯科帳」に平成元(1989)年から28(2016)年まで、実父の初代白鸚も演じた長谷川平蔵役で主演し、人気シリーズとなる。最後の舞台は令和3(2021)年3月歌舞伎座『楼門五三桐』石川五右衛門。

 昭和59(1984)年芸術祭賞優秀賞、日本芸術院賞、平成14(2002)年日本芸術院会員、平成14年度芸術祭演劇部門大賞、平成23(2011)年重要無形文化財保持者各個認定(人間国宝)、平成29(2017)年文化功労者。令和2(2020)年日本放送協会放送文化賞。平成25(2013)年より公益社団法人日本俳優協会専務理事。
2021/12/01

2年前に休演したころからまあ気配はあった。今年1月に長期休演したあたりが境目。3月に倒れたときはもう覚悟したから取上げなかった。そもそも鬼平のFINALと銘打った2016年時点で殺陣が緩かった。毎日上演の歌舞伎と違って映像であれだったから、体が資本の役者としては厳しかった。

歌舞伎を観始めたのがここ数年でしかも熱心ではないから、吉右衛門の舞台を観たのは数えるほど。勧進帳の弁慶は、NHKが映像に残していそうだけど、元気なうちに劇場で一度観てみたかった。本人は「俊寛」が一番好きだとどこかのインタビューで答えていたけど、あれは一人で入り込みすぎて好みではなかった。「河内山」みたいな、周囲とのやり取りがあったほうがよかった。

ただ、自分にとってはやっぱり鬼平の吉右衛門。初回がもう30年以上前、役者として乗っている時期に、周囲の役者、スタッフ、撮影ロケーションもまだ昔からのものが残っていた時代が重なった。かつバブルの勢いで予算をかけて映像に残せたのはやはり時の運が味方したもので、それで文句を言ったら罰があたる。

合掌。

« 世田谷パブリックシアター企画制作「愛するとき 死するとき」シアタートラム | トップページ | Bunkamura企画製作「泥人魚」Bunkamuraシアターコクーン »

コメント

コメントを書く

コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。

(ウェブ上には掲載しません)

« 世田谷パブリックシアター企画制作「愛するとき 死するとき」シアタートラム | トップページ | Bunkamura企画製作「泥人魚」Bunkamuraシアターコクーン »