風姿花伝プロデュース企画製作「おやすみ、お母さん」シアター風姿花伝(ネタばれあり)
<2023年1月21日(土)夜>
母と離婚して戻った娘が2人暮らしする家。母が娘に身の回りの世話を頼んでいるが、娘は亡くなった父の残した銃を探している。2時間後に自殺するために使いたいのだという。母は冗談だと思って取り合わないが、娘は自分が亡くなった後の身の回りの始末を進めていく。
今回の風姿花伝プロデュースは母と娘の2人芝居を、実の母娘である那須佐代子と那須凜が演じるという取り合わせ。しんどい会話劇は、客観的な感想だと脚本の読み違えがあったと言いたいけれど、個人的にはむしろそこに見応えがあったというややこしい感想です。2人ほぼ出ずっぱりの熱演なので観た人たちの感想が気になりますが、以下ネタばれで自分の感想を。
母が娘に家事をいいつけたり、自殺前に娘が家事のあれこれを片づけるところから、普段の生活で母がいろいろ娘に依存していることが伝えられます。この過程で、娘はてんかんの発作で子供のころからいろいろ上手くいかず、結婚して息子ももうけたものの夫とは離婚して息子は犯罪で逃亡中で人生になり、薬のおかげでここ1年ほど発作が収まったものの、それで頭が冴えた結果、人生に未練をなくして自殺に思い至ります。
脚本だけ追っていくと、よかれと思っていた母の振舞が娘から自信を奪うことになり、また母自身も自分の人生に我慢や諦めがあったことが明らかになります。ここを見ると、最近の言葉でいう毒親が、娘の行動からその事実を突きつけられて自覚する物語です。母役を演じた那須佐代子はおそらくこの線で役を作っていました。いい出来です。終盤にいろいろ気がついて食堂のテーブルで絶望した顔になる場面は絶品でした。
ただし今回、娘役を演じた那須凜が母役の引立て役に入らなかった。自分が亡くなった後の身の回りの始末をリスト化して積極的に進める様子だったり、ママのせいじゃないと伝える際の伝わらなさがわかっているニュアンスは、これだけきちんとした人でも、むしろきちんとした人だからこそ自殺を選んでもおかしくない世の中なのだと想像させてくれました。初演は1983年らしいですけど、この役作りの線が2023年にしっくり合っていました。
人によって意見はあれど、私は昔より今のほうが余裕のない世知辛い世の中になっていると思っています。特に先進国と呼ばれていた国は。世界が発展して国力が相対的に落込んでいるとか、社会が整う過程で無駄が省かれたとか、理由はいろいろあります。昔のほうがセクハラパワハラ上等でその点では今のほうが進歩しているでしょうし、やりたいことがあってそのパスを探せる人には最高の時代です。ただ、世間に求められるスキルが高くなり、それがこなせない人の就ける仕事や居場所はどんどん減っています。それが長く続いても耐えられる人と耐えられない人がいます。
母の説得に「それはここにいる理由にはならないの」と返すくだりの台詞回しは非常に胸に沁みました。理由なんてなくなってから人生本番なんだとおっさんになった今なら言えます。劇中の母も似たような台詞を言います。それでも自分は世の中に必要ないと考えるその真面目さは、今様の繊細な造形でした。
この線がもう少し掘れればよかったのですけど、残念だったことが2つあります。ひとつは那須凜が生き生きしすぎていて、人生への執着のなさが表現しきれていなかったこと。もうひとつは那須佐代子の役との調整不足で、脚本が求める以上にお互いのやり取りがチグハグに見えたこと。あと一歩で初演から40年後の日本にふさわしいところまで行けそうな手ごたえなのですけど、あと一歩が足りなかった。けど、見応え十分でした。
翻訳と演出は小川絵梨子ですけど、どういう方針で演出を進めていたのかは気になります。ちなみに翻訳だと、娘が母を普段はママと呼ぶところ、タイトルの台詞のところだけお母さんと呼ぶのが、娘の律儀さを最後まで表現していてよかったです。
最後にスタッフです。音響は効果音以外なしです。それで上演時間1時間45分を持たせた役者も凄いですけど、効果音以外要らないと決断できる音響も凄いです。衣装は母が身体にあった服装に対して娘には今どきのだぼっとした服装を当てて、年齢差以上に世代差を強調していました。あと美術は、この風姿花伝プロデュースでは毎回狭い空間に工夫しつつ安いわりに豪華に見える工夫がされています。今回だと家具を多く使って舞台の設営は奥の壁と台所だけ、屋根裏部屋は上手の劇場階段を奥に見せて利用、と毎度のことながら工夫された美術でした。
全部感想という名の妄想ですけど、妄想を誘ってくれるだけの熱演でした。
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