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2023年5月29日 (月)

国立劇場主催「菅原伝授手習鑑 初段/二段目」国立劇場小劇場

<2023年5月19日(金)朝、昼>

 右大臣の菅原道真が左大臣の藤原時平から失脚を狙われる時勢の最中、菅原道真の姪にして養女の苅屋姫が宮様と密会中に見つかりそうになって逃げ落ちて行方不明になる。名筆の筆法を弟子に伝授するように帝から命じられた菅原道真は、屋敷に籠って手習鑑の製作に没頭していたためこの事件を把握していなかった。菅原道真は、手習鑑をかつて屋敷から追放した家来にして弟子だった武部源蔵に伝授するが、藤原時平によって失脚を謀られてしまう(初段)。失脚して大宰府に護送される途中、船の風待ちの間に姉の覚寿の屋敷に滞在することを許された菅原道真と、逃げ落ちている最中にそれを知った苅屋姫。実母の覚寿と姉の立田前の情けで苅屋姫も屋敷に滞在することは許されたが、自分が原因で追放される菅原道真とは顔を合わせられない。この滞在中、立田前の婿とその父は、自分の出世のために藤原時平の味方について、菅原道真の殺害を目論む(二段目)。

 「三谷文楽 其礼成心中」以来の文楽。頭からフルで上演してくれるため、菅原道真と藤原時平の対立がはっきりしてわかりやすいです。「なにそれの段」と場面ごとに名前がついていますが、この段ごとに太夫と三味線が入替っていく上演形式を観られたのはよかったです。

 で、この前にミュージカルを観たばかりだったこともありますけど、やっぱり文楽は日本流ミュージカルなのかなと思いました。そして、人間が演じる物語だと時間の運びに肉体の制限があるところを、太夫の語りと三味線の音楽、それに人形を使うことで、登場人物の内心の体感時間で運ぶことができるのは文楽ならではと思いました。二段目の最後に目いっぱい引張るあたりは特にそれを感じました。

 人形の動き方も実に滑らかで、人形遣いが顔を出して動かしていもまったく気になりませんでした。役者ならひとりでできるものを3人がかりで人形を動かして、でもそれで芝居に集中できるまで動かすんだから、すごいですよね。ただあれをやるには、人形が着物でないといけません。もろ肌を脱いで人形が身体を拭く場面もあったのですが、あれをずっとやるのはつらい。洋装の現代劇には向いていません。

 あとやはり、8割うなられると厳しいかったです。字幕も出ていたのでわからないことはないのですが、どうしてもそちらに目がいってしまいます。おかげで元の脚本の、特に地の部分に、口で伝えるにはややこしい言葉が多用されているのがわかりました。歌舞伎だって能狂言だって節回しがあるから、古典はそういうものだと言われればその通りですが、ただでさえ耳で聞き取るのは難しい言葉をうなられるともっとわかりません。

 かといって無声映画の弁士みたいにくっきりはっきりできるかというと、それをやると文楽の最大の特徴である、登場人物の内心の体感時間で運ぶところがおそらく死にます。なんというか、言葉を言葉として諦めて音として扱うことで成立つものがあったので、筋立ては頭に入れたうえで臨むのが一番楽しめると思います。

 ただ、どれだけよくできた脚本でも初見で楽しめない上演形式が現代で受けないのは、これはもうしょうがないですね。文楽が古典になってしまったのは理由があってのことだと思います。客席には外国人もいましたが、いっそ物語はイヤホンで追って、太夫の語りは音として聞いたほうが楽しめたかもしれません。

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