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2023年11月19日 (日)

阿佐ヶ谷スパイダース「ジャイアンツ」新宿シアタートップス

<2023年11月18日(土)昼>

息子の暮らしていた街を歩く男は長年会っていなかった息子と道端で会って自宅に招かれる。息子の妻に迎えられ、孫は友達の家に出かけていた。次の日はお返しに手土産でも持って行って、と思ったら邪魔くさい男女が付いてくる。目玉探偵とその秘書と名乗る二人を振切れずに息子の家を訪ねたが別人が住んでいた。隣の家で訪ねたらずっと昔に引っ越したという。ならば昨日会った息子夫婦はなんだったのかと混乱する男に、宙に浮かぶ目玉を指した目玉探偵が、これは「けいとう」なのだという。

久しぶりの阿佐ヶ谷スパイダースは父が息子を追いかける物語。けいとうは傾倒で合っているかな。違いそうな気がするけど。それはそれとして地味だけど悪くないけど地味です。ばーん、わー、きゃーとかそういう話ではない。これっぽっちもない。だけど悪くないのが困る。

今っぽいところで言えば終盤の息子の台詞。シチュエーションは違えどコスパタイパが流行る先を見せてくれた。ただし男がそこで止まっているところが20世紀の芝居です。普遍的といえば普遍的、古いといえば古い。

役者ですけど、男を演じた中山祐一朗が、こんな地味な役を熱演できたんだという好演でした。他にも村岡希美とか中村まこととか富岡晃一郎とか伊達暁とか長塚圭史本人とか、目につくのは一昔前の小劇場でのしていた人たちです。役を作り上げようふくらませようとしていますよね。他の人は脚本から役を掘り起こそう的確に演じようとしていますが、いまいち物足りません。そもそも脚本にそこまで書かれていませんから当然です。そこは劇団付合いの中で新作をがんがん作ってきて脚本に足りないところは稽古場で埋めてきた経験の多寡なのかなと思ったり思わなかったり。

スタッフもこの規模の劇場なのに上品かつ必要十分。奈落まで使っての舞台の場面転換はお見事でした。毎日バックステージツアーをやっていたのに気が付かなかった。入場時に早い者勝ちで申込む必要があります。興味のある人は早めに劇場に行きましょう。

そのほかにも開演前に村岡希美が会場内でパンフレットを売っていたり、終演後のあいさつだったり物販だったりと、芝居の出来の割に運営に手作り感が満載でした。劇団として初心忘るるべからず、なんでしょうか。

メタな話だと、セールスマンの死みたいな芝居を演出してきたから長塚圭史もこういう芝居を書きたくなったのかなと勝手に妄想します。「ジャイアンツ」というタイトルとチラシ写真から察するに父の長塚京三との関係を参考に、そうはいっても父にはなかなか届かない、あたりの話なのかな。ただ、いまの日本なら息子とのやり取りすら途中で、そもそも男は結婚できずにそんな息子もいなかったところまで遡るくらいまでやってほしかった。「ジャイアンツ2030」とかどうでしょうか。

2023年11月12日 (日)

世田谷パブリックシアター企画制作「無駄な抵抗」世田谷パブリックシアター

<2023年11月11日(土)夜>

とある町の駅前広場。なぜか半年前から電車が止まらなくなり、かつての賑わいが閑散としてしまった。そこにやってきた大道芸人は何も芸をしないで広場にやってきた人たちを眺めるばかり。ある日、その駅前広場でカウンセリングのために二人の女性が待合せた。患者は町で歯医者を開業しており、カウンセラーは一時期テレビでもてはやされた占い師で、二人は付きあいは薄くとも小学校の同級生だった。かつてカウンセラーの女性に言われた言葉が胸に刺さっている、だからあなたのカウンセリングを受けたいという歯科医の女性に、カウンセラーの女性はカウンセリングを引受ける。駅は動いているのに電車が止まらない駅前広場でカウンセリングが始まる。

初日。イキウメの面々にゲストを迎えてのプロデュース公演は、駅前広場をギリシャの円形劇場に見立てて、あの有名なギリシャ悲劇の構成を上手く用いて、笑いは少な目ながらも実に完成度の高い仕上がり。そしてこの時期に上演するからには一般論以上に当然あの事件を連想しますよねという物語。

キャスティングで患者に池谷のぶえ、カウンセラーに松雪泰子というのが良く考えられていて、逆にしなかったところがいい。終盤のやや急な展開のところを個人技で押しきったところは池谷のぶえの面目躍如。そのほかの面々も持味発揮。スタッフワークもばっちり。この舞台美術はいろいろな芝居に再利用できるんじゃないか。

この仕上がりに一切文句はない素晴らしいものだし、駅は動いているのに止まらない電車と何もしない大道芸人を使った比喩が寓話らしさを出しつつさらに射程を広げていた。

だからこそもっともっとそれ以前のところで、観客という立場である私個人との見解の違いにすれ違いも感じた。その点で「無駄な抵抗」というタイトルの正確さには深く同意する。この話を話すと長いので感想後日。というか思った感想を書ける自信がない。

まあみなさん観てください。世間の感想が知りたい。

2023年11月 5日 (日)

チケットの多様化についてメモ

その1。歌舞伎の一幕見席。新型コロナウィルス前は全席自由で座席+立見位置の枚数だけ当日に発券、番号順に並んで早い者勝ちで席を取って、あぶれたら立見になっていました。

いまあらためて思い出そうとすると細かいところはあやふやなのですが、たしか売出しもその部が始まる本番何十分前とかじゃありませんでしたっけ。だから人気の演目のときは午後の三時ごろに歌舞伎座の当日券売場にずらっと並んでいたような覚えがあります。

が、いまはまず立見が廃止。座席も中央の席が前日からオンライン指定席予約出来るようになっています。両端は当日用に残してある完全自由席ですが、なるべく並ばせないようにという意図でしょう。人気者の公演で土日祝日に重なるときは事前に買っておくのがよさそうです。

その2。この秋の芝居を調べていたら、東宝が平日と土日祝日千秋楽とで値段に差をつけるチケット価格を導入していました。いつからだろう。たぶん本当に最近だと思うのですが。

参考までに載せておくと、帝国劇場で11月上演の「LUPIN」と日生劇場で12月上演の「ベートーヴェン」は、1000円差です。なお「LUPIN」は楽日に昼夜2公演ありますが、両方とも高い方の料金です。

平日
S席 16000円
A席 10000円
B席 5000円

土日祝日・千穐楽
S席 17000円
A席 11000円
B席 6000円

シアタークリエで11月上演の「ビロクシー・ブルース」は全席11000円で差はありません。

劇場は東急が運営している東急シアターオーブですが、11月上演の「天使にラブ・ソングを」は東宝製作で、これは値段に差をつけていますが、500円差です。

平日
S席 15000円
A席 10000円
B席 5000円

土日祝・千穐楽
S席 15500円
A席 10500円
B席 5500円

これ、チケットセンターが対応していないと思っていたんですけど、できていますね。

ちなみに劇団四季は上演回によってピーク、レギュラー、バリューの三段階に分けていて、これに一般向けと会員価格もあるのでややこしいのですけど、一般同士、会員同士で比べるとピーク10000円以下の席は500円差、ピーク10000円超の席は1000円差でやっています。ピークが土日祝日の昼、レギュラーが平日昼と土曜夜(日曜祝日は夜公演をやらない)、バリューが平日夜(実際は火曜の夜だけ)となっています。劇場ごとに値段が違って面倒なので料金は省略します。

こうやって料金に差をつけるのは小劇場のほうが早くて、特に公演初期を割引いて集客して口コミで以降の動員につなげるのが始まりだったはずです。

あとは劇場が主催に絡む公演を中心に、学生向けのチケットが安いですよね。半額とか、もっと安いところもあります。これは誰が始めたんだっけな。野田秀樹が東京芸術劇場の芸術監督になったときに若い人が観られなくなると先細りするとどこかで話していたのを読んだ記憶があります。

その野田秀樹は、野田地図「兎、波を走る」では高校生1000円とかやっていました。

S席 12000円
A席 8500円
サイドシート 5700円(25歳以下は、サイドシート3000円)
高校生割引 1000円(全席指定・税込/事前申込制/要学生証)

劇団☆新感線の「天號星」はヤングチケット2200円とかやっていました。

S席 14000円
A席 11000円
ヤングチケット 2,200円(来場時に22歳以下のみ購入可。当日引換券。開演30分前から整理番号順に「当日券受付」にて、年齢明記の身分証提示の上、座席指定券と交換。1人1枚まで)

話は戻って、平日と土日祝日で差をつける話がどのくらい広まるか、注目です。

松竹主催「吉例顔見世大歌舞伎 夜の部」歌舞伎座

<2023年11月4日(土)夜>

赤穂浪人大高源吾の不忠が気に入らぬと出入禁止にした殿様松浦鎮信を宥める俳人其角が会ったばかりの大高源吾の俳句を伝えると「松浦の太鼓」。源頼家に仕える三浦之助は、北條時政の娘である時姫を許嫁に持つが、源頼家と北條時政が戦になり、頼家劣勢のなかを抜出して病床の母へ見舞と別れにやってきたところ時姫が母の看病に来てくれていたが時姫の忠義が時政にあるのではないかと信じ切れない「鎌倉三代記」。春調娘七種、三社祭、教草吉原雀の踊り3本を並べる「顔見世季花姿繪」。

一幕見席を取損ねて夜の部を通して観劇。「松浦の太鼓」は前に観たことがあって、そのときは殿様が歌六で女中のお縫が米吉、今回は殿様が仁左衛門、其角に歌六が回って、お縫は米吉が引続き、大高源吾が松緑。この辺りは全員いい感じでした。仁左衛門の殿様が台詞から思わされる武張った感じよりは忠義の道に憧れる殿様のように見えてややくだけすぎと思わないでもないけど、これはこれでありでしょう。仁左衛門らしい華やかさも出していたので許す。

「鎌倉三代記」は太夫が語るこういう上演形式は何て言うんでしょう。駄目でした。語りの言葉が分からない。粗筋は公式サイトを見ながら書きました。文楽みたいに字幕がほしい。その前提で、よさげに見えたのは時姫の梅枝。藤三郎実は、の芝翫は勢いはよくても台詞がわからない。字幕がほしい。

踊りを3本並べた「顔見世季花姿繪」。これも唄がわかると踊りの意味が見えてくるのは文楽で経験済みなので、字幕がほしい。その前提で、目を引いたのは2本目の「三社祭」の善玉を踊った尾上右近。丸い動きの踊りに色気があるし、飛ぶときも少し長くて動きに余裕がある。

2023年11月 2日 (木)

2023年11月12月のメモ

11月に入ってから劇場スケジュールを調べましたけどそれでもまだ12月の公演情報を出していないのはさすがにあんまりだなといつも通りのことを思いました。

・松竹主催「松浦の太鼓」2023/11/02-11/25@歌舞伎座:仁左衛門がやるので幕間が取れるといいな、くらいの構えで

・世田谷パブリックシアター企画制作「無駄な抵抗」2023/11/11-11/26@世田谷パブリックシアター:イキウメみたいなもんです

・阿佐ヶ谷スパイダース「ジャイアンツ」2023/11/16-11/30@新宿シアタートップス:地味芝居の気配がありますがそれはそれとして

・名取事務所「慈善家-フィランスロピスト」「屠殺人 ブッチャー」2023/11/17-12/03@下北沢「劇」小劇場:どちらもわりとよさげな人を配置しているけど手が回るかどうか

・iaku「モモンバのくくり罠」2023/11/24-12/03@シアタートラム:もう一度くらい観ておきたい

・松竹主催「十二月大歌舞伎」2023/12/03-12/26@歌舞伎座:第一部に獅童が初音ミクの「今昔饗宴千本桜」を引っ提げて歌舞伎座凱旋、第三部は玉三郎演出の七之助で「天守物語」

・新国立劇場主催「東京ローズ」2023/12/07-12/24@新国立劇場小劇場:演出家に信頼はあってもフルオーディションと聞くと身構えてしまう近年翻訳物

・株式会社パルコ企画製作「海をゆく者」2023/12/07-12/27@PARCO劇場:もう一度くらい「シャーキー」を聴いてみるのもいいかなと

・城山羊の会「萎れた花の弁明」2023/12/08-12/17@三鷹市芸術文化センター星のホール:近ごろ観に行けていない

・劇団俳優座「閻魔の王宮」2023/12/20-12/27@俳優座劇場:中国のHIV集団感染事件を描いたイギリス芝居の翻訳ものという観る前から重たいのがわかる芝居

・座・高円寺企画製作「アメリカン・ラプソディ」2021/12/20-12/22@座・高円寺1:年末の歌とピアノでガーシュイン、今年は島田歌穂と福井晶一

・座・高円寺企画製作「ジョルジュ」2021/12/23-12/25@座・高円寺1:年末のピアノと芝居でこちらはショパン、今年は竹下景子と塚原大助

・新国立劇場主催「くるみ割り人形」2023/12/22-2024/01/08@新国立劇場オペラパレス:有名なバレエを一度くらい観ておきたい

・劇団四季「ひばり」2023/12/24-2024/01/20@自由劇場:劇団四季が気になりだしましたがロングランはさておいてこれはかなり初期から上演されていた演目なのでピックアップ

劇団四季の芝居とかハリーポッターとかロングラン芝居を観に行きたい気分はあるのですが、どうしたものか。

神奈川芸術劇場の芸術監督で長塚圭史が再任

公式サイト「2023/11/1 KAAT神奈川芸術劇場芸術監督の再任について」より。

10月24日に開催いたしました、公益財団法人神奈川芸術文化財団理事会において、長塚圭史KAAT神奈川芸術劇場芸術監督の再任が決議されました。

KAAT神奈川芸術劇場 芸術監督(再任)
長塚圭史(ながつか けいし)【劇作家・演出家・俳優】

現任期 令和3(2021)年4月1日~令和8(2026)年3月31日(5年間)
再任任期 令和8(2026)年4月1日~令和13(2031)年3月31日(5年間)

ここまで務まっているし、ようやく自分の立てた企画が前に出てくるころだし、まだ若いし、昨今のスキャンダルでも変なところで名前が出てこないし、早く決めないと本人の三年後の仕事の予定が決められないし、ちょっと早いけどまあええやろ、くらいな感じでしょうか。

実際、これで長塚圭史を放出するようなら次の芸術監督は誰も来てくれなくなると思うので、いい判断だと思います。本人は2年間の参与を経て現職に就いているので、5年後か6年後に参与が就任したら交代の合図、誰も来なかったらもう1期だと思います。それはこれから5年の成果を見て決めることになるのでしょう。

上からすればホールの活用を何とかしたいところだと思いますが、そちらは貸劇場に振って、劇場の色はスタジオと謎企画で出していくことになると予想します。

新国立劇場主催「終わりよければすべてよし」新国立劇場中劇場

<2023年10月21日(土)夜>

未亡人である伯爵夫人の一人息子バートラムと、医者の父がなくなり伯爵夫人が引取って侍女としているヘレナ。ヘレナはバートラムに恋しているが、バートラムにはまったくその気がない。バートラムはフランス王に召しだされて王の元に向かうが、王は病が重く医者も匙を投げたところだった。バートラムを追いかけたいヘレナは亡き父の薬で王を治すといい伯爵夫人も後押しをする。無事に王は病が治り、ヘレナはその褒美としてバートラムとの結婚を認めてもらうが、そもそもバートラムはまったくヘレナを愛していなかった。王と母の命令を断れないため、バートラムは策を弄して戦地へ赴くと称して初夜のないまま逃げてしまう。

2本立てのその2(もう1本はこちら)。こちらのほうがもう1本と比べて素直な演出で楽しめるところも多かったですが、そうしたらダークコメディじゃなくてホラーじゃないのかという出来になりました。私の感想ですが。

もともとそういう脚本ですが、もう1本と合せて女性を主人公として応援する、今回だとヘレナを徹底的に応援する演出です。その分だけバートラムと、バートラムの部下のペーローレスが嘘つきな男として描かれます。バートラムは女性に対する嘘つき、ペーローレスは男性に対する嘘つきですがバートラムが策を弄するのにも協力します。

バートラムから見れば、怖いですよね。家で働いていた母の侍女にまったく何も興味がなかったし王の元に向かう前に何か言われたわけでもないのに、母を味方につけて、王の信頼を勝ち取って、王命で無理やり結婚を迫ってくるんですから。しかも戦場の帰りに口説いた女性がいつの間にか入替っているとか。素直にコメディとして上演すればバートラムは遊び人の年貢の納め時になるはずですが、ストレートプレイで上演したらヘレナが有能過ぎるストーカー女性に見えてしまって話が変わります。

バートラムを演じた浦井健治がもっと遊び人で応じるならよかったですが、おそらくわざと、感情をあまり表に出さない演技で応じるものだから、見た目が格好いいだけでろくに話もできなかった男性に執着するヘレナがますます怖く見える。このあたり、演出を好意的に解釈するならもう1本のアンジェラの岡本健一や公爵の木下浩之がやっていたことを女性が男性にやるとこう見えるんですよ、と訴えているのかもしれませんが、怖いものは怖い。芸能界だと思い込みの強いファンに結婚を迫られるようなこともあるのかなとか考えたり考えなかったり。

そういう場面とのバランスを、ペーローレスの亀田佳明の場面で取っていました。こちらは大げさにふざけて、戦場で自分の手柄にほらを吹くだけでなく味方の情報を敵に売るような役ですが、大げさにやってみせました。白状させる場面は全員ノリノリでしたよね。ああいう場面できっちり笑わせるからこそ真面目な場面も真面目に観ようと思うわけで、よかったです。

こちらはやや前方の席で観られたので芝居が小さいと感じることはありませんでした。初登場の場面では誰が演じているのかわからなかった王様の岡本健一もいい味だしていましたし、真面目な役でも安定の那須佐代子でした。やっぱり浦井健治の使い方がもったいないとは思いますが、こちらのほうがまだ納得いきます。

スタッフのコメントはもう1本と同じです。他のスタッフはよくてもやっぱり音響が中途半端でした。

最後に終わりよければすべてよし云々と王様が客席に台詞を言いますが、全然よくないですよねという芝居です。今回は2本とも意地悪な演出のシェイクスピアでした。

新国立劇場主催「尺には尺を」新国立劇場中劇場

<2023年10月21日(土)昼>

厳格な法律を定めているも運用が柔軟に行なわれているため法律が形骸化してきている中世ウィーン。これをどうするべきか悩んでいるウィーン公爵は、公用で旅に出ると称して融通がまったく利かない謹厳実直なアンジェロに後事を託し、自身は修道士に化けてウィーンに留まりアンジェロが法律を運用した成果を確かめようとする。アンジェロは法律を厳格に適用して逮捕者を増やすが、その中に婚約者と婚前交渉した男女がいた。制定されて以来一度も使われなかった婚前交渉を罰する姦淫罪を、アンジェロは周囲が止めるのも聞かずに適用して死刑にしようとする。それを止めようと逮捕された男の妹イザベラがアンジェロに兄の助命を願い出るが、妹の美しさに心捉われたアンジェロは自分に身を任せれば許すという。修道女の誓いを立てる寸前だったイザベラは、厳格なアンジェロがそのような取引を持掛けたなど誰も信じないぞと脅されて苦悩する。

2本立てのその1(もう1本はこちら)。日程の早いところで観たのでこれが本気だったかはわかりませんが、演出意図は良とするも出来はいまいちでした。

2本ともダークコメディと呼ばれているそうですが、上演の意図は本来コメディ仕立てのものを真面目に演じたら果たしてコメディになるのか、登場人物はそんなに幸せなのか、を追求してみた演出でした。もっと言えば主要な男性登場人物の身勝手がイザベラ一人に集中してひどいじゃないかという演出です。

修道女になるところをアンジェラに迫られ、牢獄で兄に相談したらそれで自分が助かるなら身を任せてくれ頼むと泣きつかれ、最後に修道士に言われた通りに告発したらぎりぎりまで追詰められてから助けられるも公爵に勝手に嫁にされて修道女になれない。イザベラの立場から見たら悲劇です。

ただ、芝居に統一感がありませんでした。アンジェラの岡本健一が現代的リアリズムで、兄の浦井健治が小劇場的コメディで、公爵の木下浩之は新劇的リアリズム(まったくのリアルではない)です。イザベラのソニンもその相手をする手前、芝居がいったりきたりです。で、肝心のシェイクスピアの脚本ががっちりとした古典的コメディ(無茶な展開は承知のうえだしあるていどわざとらしい演技を期待する役もある)なので、喧嘩が激しい。

そして今回の演出だと、公爵が無能者に見えてしまいます。実態に即さないと思うなら自分で法律を改めろ、百歩譲って運用の成果を確かめたいなら酷い運用に出くわしたならさっさと名乗り出て止めろ、なに最後に良いことしたつもりでいるんだ、って感じです。公爵を認められないと、法律を運用した成果を隠れて確かめるという芝居の構成自体に疑義が出て入り込めません。素直にシェイクスピアを上演するなら公爵は木下浩之の新劇的リアリズムが正解だったかなと思いますけど、演出はそれを拒否するところから始まっていますから、木下浩之が上手だった分だけ芝居が疑わしくなるという悩ましい関係です。

それと、元の脚本だと法律の運用を茶化すところがあったはずです。厳格に運用したら娼婦たちが取締まられて、婚約者同士の婚前交渉まで取締まられて、そんなの人間の必要悪に逆らいすぎじゃないかというところです。遊び人のイーシオや女衒がその辺りをまくしたてるのが楽しみのひとつで、ここは演出として上手に処理したいところだったと思いますけど、別話で終わってしまいました。一応、最後にイーシオが捕まってオチにはなっていますけど、二人とも出番の多さの割りにイザベラの本筋に上手に絡んでいるとは思えませんでした。イーシオの宮津侑生は怪我人の代役を半月で仕上げて格好いい動きは見とれましたが、この役にはもう少しうさん臭さがほしかった。後半でどうなったか、観たかったです。

それと芝居が小さい。1階後方の席だったんですけど、新国立劇場の小劇場ならちょうどいいよねという規模の芝居でした。一番サイズ感がしっくりこなかったのが岡本健一ですが、ほかにもちらほら。あれは日が悪かったのか、これまでこの劇場で何度もシェイクスピアを上演してきた人たちとは思えない出来でした。

スタッフで言うと、広い劇場を上手に処理して中央に集めた美術と照明、それにいつも通り楽しみな衣装はいいのですが、音響が中途半端。チェンバロかな? 当時の小品の音楽を小さめの音で流していたのですが、もっとがっつりと演出を後押しするような選曲で芝居の方向性を出してほしかったです。

あとは浦井健治の出番が少なすぎて無駄遣いでした。正しく役不足です。もう一本で激しくやるからこちらは控えた、というわけでもありません。格と出番で言えば公爵を演じてほしかったです。本当に根拠のない推測ですが、そうすると「公爵に勝手に嫁にされるのがいいのか」という演出に「この公爵の嫁ならいいんじゃないの」というコメントが出てきてしまうのを避けたのかもしれません。だとしてももったいない。そうさせないための役作りの負担が大きくなっても浦井健治ならいけたと思いますし、いけなくても観たかった。岡本健一はどちらも割と主要な役ですし、中嶋朋子のマリアナは出番が少ないけどもう1本と役どころを揃える上にそちらは主役みたいなものですからわかるのですが。

演出意図はわかりますけど、ちょっとあちこち目配りが届いていなかった。とりあえず上演するところまで持ってきたけど、ここから揃えていきたいところで初日が来た。そんな印象でした。後半もっと変わったのかは気になります。

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