シス・カンパニー企画製作「桜の園」世田谷パブリックシアター
<2024年12月22日(日)昼>
帝政末期のロシア。先祖代々の資産を食潰しながら、なお贅沢な暮らしを続ける未亡人である伯爵夫人とその兄。地主ではあるが、借金の抵当となっている自宅の屋敷と、その周りの広大な桜の園。抵当の競売流れを防ぐために娘や領地の農奴の息子の成上り商人たちが頑張ってお膳立てして決断を促すも、当主の未亡人はなかなか思い切れずに時間ばかりが過ぎていく。
「かもめ」「三人姉妹」「ワーニャ伯父さん」と続いたKERAのチェーホフシリーズの最後。本当は2020年に上演のはずが新型コロナウィルスで直前で中止が決まって、そのときは大竹しのぶ主演だったけど、今回は天海祐希に交代しての再上演。笑いを混ぜていじっても、大本が崩れないのはさすがの見極めであり、古典の強度。圧倒的にわかりやすい。
役者の選び方はさすがで、一に天海祐希の伯爵夫人。初めに出てきたときに屋敷の中を見る体で客先に向いてポーズを決めるのだけど、その瞬間でもう貴族だった。あれは周りの人も強く出られない。その分だけ、情けない部分は兄の山崎一が多めに引受けていたけれど、崩れそうで崩れない役作りはさすが。
そして成上り商人ロパーヒンの荒川良々。代々農奴の出身で決して洗練されてはいないけど、頑丈な身体で惜しみなく働いて財を築き、そこには成金とはいえ軽蔑する要素を感じさせないこと、そして周りへの親切が金になってしまう、だけど伯爵夫人一家にだけはいまでも真摯に尽くして上下関係が乗り越えられない。あの感じは、日本人である自分にとって想像と親近感が届く役作りと設定だった。その役に真摯に臨んだ荒川良々の当たり役として記憶されていい出来。
この天海祐希の伯爵夫人と荒川良々の成上り商人、二人の関係が過去最高にしっくりきた。だからこそ他をどれだけいじっても全体が崩れない。さすがだった。他にメモとして、小間使いの池谷のぶえの娘々した演技、執事でネタ多目に見えてそればかりではない役どころをこなした浅野和之、長女をド安定で演じた峯村リエ、家庭教師なのに何気に本当に手品が上手かった緒川たまき、借金をせびる隣人なのにそこまで嫌さを感じさせずに通した藤田秀世を挙げておく。ちなみに亡き息子の家庭教師の井上芳雄は、この手練れ達の前に埋没した感あり。
演出としては多数ネタを入れても本筋はきっちりしてたけど、少し今まで観たものとは違う。没落を防ぐ手を伸ばされているのに手を取れない貴族の愚かさは押さえつつも、新しい時代と生活に胸を躍らせる娘と家庭教師も馬鹿にしている感あり。天涯孤独で次の仕事に食いつこうという娘の家庭教師とか、親を捨てて自分の暮らしたい暮らしを選ぶ従僕とか、そういう脇も全体に突き放した感がある。これはいまだに言葉にできないのだけど、安定した暮らしなんてないと言わんばかりのドライな雰囲気が漂っている。
だからなのか、観終わってから打ちのめされたような気分になって、続けて観ようと考えていた芝居を取りやめてしまった。この週末は疲れていたところにまとめて芝居を観すぎて、得るところも多かったけどここが限界だった。
スタッフワークは、プロジェクションマッピングがない代わりに、壁を組合せての場面転換、あるいは壁を外して庭を見せるのが見事。いろいろ工夫があるものだと発見を新たにした。
« 東宝製作「天保十二年のシェイクスピア」日生劇場 | トップページ | ハイバイ「て」本多劇場 »
コメント