松竹制作「仮名手本忠臣蔵 昼の部(Aプロ)」歌舞伎座
<2025年3月7日(金)昼>
天下を平定した将軍足利直義は、鎌倉鶴ヶ岡八幡宮に新田義貞の兜を奉納する。その検分のため足利家の重臣である高師直は、塩冶判官の妻の顔世御前を呼ぶ。検分は無事に終わったものの、顔世御前に横恋慕している師直は恋文を渡して口説こうとする。それと察した桃井若狭之助が顔世御前を逃がすものの、邪魔された師直は若狭之助を侮辱する。腹を立てた若狭之助が切りかかりそうなところを塩冶判官が止める(大序)。若狭之助の家来の加古川本蔵が主人に将軍饗応の名誉を賜った礼、その実は揉めた主人との仲を再び取持つためにと主人に内緒で進物を持ってくる。これに目がくらんだ師直は受入れて加古川本蔵も見学していくようにと館に入れる。若狭之助は館で師直と会って腹を立てたものの、進物を受取った師直は先手を打って頭を下げたので若狭之助も機嫌を治める。だが若造に頭を下げた師直は塩冶判官に遅いのなんのと八当たりする。そこに顔世御前から師直に、先日口説かれたことについてお断りとの文が届く。この顛末の鬱憤を目の前の塩冶判官にぶつけた師直だが、あまりの悪口雑言に塩冶判官は腹を据えかねて刃傷に及ぶが、加古川本蔵に止められて不首尾に終わる(三段目)。謹慎していた塩冶判官の元に上使がやって来て切腹、領地没収、館明渡を命じる。覚悟していた塩冶判官は取乱さないが、せめて家老の大星由良之助が国許から戻るのを待ちたい。だが戻らないのでもはやこれまでと腹を切ったところで由良之助が戻る。無念を伝えて喉まで切って果てた主君を菩提寺に見送ることで切腹を見届ける上使の石堂右馬之丞は戻るが、館明渡の見届ける薬師寺次郎左衛門は師直と仲がよいため早く館を明渡せと迫る。これを一度奥に休ませて家臣一同で今後の相談をするが、由良之助ともう一人の家老の斧九太夫とは知行に合せて塩冶家の財産を家臣に分けるのがよいと話して分かれる。それでいいのかと詰寄る家臣に由良之助は仇討のためにいまは時期を待とうと諭して館を明渡す。館の中で嗤う薬師寺次郎左衛門一行の声が聞こえる中を館から去る由良之助だったが、館から離れて門が間もなく見えなくなる場所まで来たところで泣崩れる(四段目)。顔世御前の腰元おかると、塩冶家家臣の一人であった早野勘平。二人で逢瀬を交わしていたため閉門された館に戻れず、主君の一大事に駆けつけられなかった二人。それを恥じて京都のおかるの実家を目指して西に駆落ちする。そこにおかるに懸想していた師直の家来である鷺坂伴内が奴を連れて二人に追いついて、おかるを寄越せと言い張る。勘平は相手を散々にやっつけたところで、おかるがそのくらいでと止めて、その隙に鷺坂伴内が逃げる(道行旅路の花聟)。
仁左衛門勘九郎のAプロ。夜の部はこちら。今後のためにとあれこれ調べて粗筋をまとめてみましたが、これだけやってもまだ省略されていて、二段目丸ごとは桃井若狭之助と加古川本蔵の主従のやり取り、三段目の一部はおかる勘平の逢瀬と鷺坂伴内からおかるへの懸想の前振り、四段目の一部は塩冶判官の身を案じる顔世御前と肚の小さい斧九太夫を描いているそうです。だから今回の上演では、塩冶判官と大星由良之助にフォーカスして、それと後で重要になってくるおかる勘平を紹介するといった趣です。それは夜の部を通じても変わらない。
省略版でもよくできている話ですが、見どころはやはり四段目。ここは塩冶判官も大星由良之助もあまり台詞がなく、少ない台詞にどれだけ心を籠められるかと、台詞のない場面をどれだけ見せられるかの勝負。切腹姿の美しい勘九郎と、切腹の後で固く握りしめた手を開く仁左衛門、それと館を立去る仁左衛門、いいものを観られました。
この四段目、上演が始まったら客を入れない「通さん場」と言われているそうです。場内アナウンスがあったので気が付きましたが、案内板も立っていたし、公式サイトにも載っています。このご時世でもまだ本当に通さん場をやるところが、伝統芸能ですね。切腹の場に途中から入れないというのは理屈のようで理屈じゃない。そういう理屈じゃないところがないと続かない。それも含めての忠臣蔵なんでしょう。
館を立去るところで回転舞台を使って、大星由良之助が花道のセリのあたりで止まったまま、門を遠ざけることで離れていく様子を描くのが歌舞伎にしては珍しく、自分の観た席からだと非常に効果的に観えました。そういう美術の使い方ができるなら普段からもっとあれこれやってほしいです。
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