劇団普通「秘密」三鷹市芸術文化センター星のホール(若干ネタバレあり)
<2025年6月6日(金)夜>
コロナになって間もないころ、茨城のとある一軒家。年老いた両親が二人暮らししていたが、母が入院したため父の面倒を見るために子供のいない娘が戻ってくる。母のいない暮らしに慣れない父がいつもの調子で娘に頼むが、夫を置いて手伝いに来ている娘も疲れる。息子夫婦も様子を見に来るが、子供のこともあるためいつもは見に来られない。隣の家の夫婦も何かあったら手伝うと言ってはくれるものの両親と同じくらいの年齢のためしょっちゅうは頼れない。疎遠な従弟夫婦は妻の母の介護で妻が仕事を辞めている。そんな家族の物語。
年老いた両親の面倒を見る話と、今の高齢者の男性と女性の典型的な調子とを組合せて、それらの日常を茨城弁で淡々と娘を中心に描く1本。これを演劇用語で格好よく言えば現代口語演劇もここまで来たかとなりますが、緊張感の高い場面を淡々と描きすぎて、観ていていたたまれなくなる1本。
介護の話で最近観たものでは、ほろびての「音埜淳の凄まじくボンヤリした人生」がありましたが、こちらは認知症の始まった父の話とはいえ、その描き方にはまだ演劇らしい工夫があり、それがまたよく出来ていました。ところがこちらは演劇らしい組立にはしてあるものの、場面場面はまったくもって日常そのもの。コロナの時期を舞台にしてはいますが、それは手伝いや面会を遠慮する理由の1つとして機能しているくらいで、本編自体はとことんあり得る話を突詰めていました。笑えるような場面も少しはあって客席は笑っていましたが、それはこの話をロングショットで観られる人のための笑いで、クローズアップで観ざるを得ない自分にとっては本当に他人事ではない。
その淡々とした裏側で表に出てこない話があります。出てくる家族それぞれに秘密があって、そこに引っかかる人が観たらいたたまれなくなる妄想をいくらでもあてはめられます。
ネタバレというかなんというか、差支えない範囲で書くと、従弟夫婦は揉める場面を一番はっきりと描きますがその家族問題は曖昧に話されます。兄夫婦は共働きで子供がいるものの兄がそれ以上に非常に疲れて見えてその理由が描かれません。両親は互いの関係は後半で描かれるものの、父親の様子をあの年代の男性の典型で片づけていいのか実はXXXではないかという疑いが終わっても晴れません。そして娘は東京に暮らして夫がいて働いているものの、そちらがどうなっているかがさっぱり描かれません。にもかかわらず登場する家族が、当たり前から頼りにするところまで幅はありますが、娘が面倒を見れば両親の話は解決すると考えている。兄夫婦だけはいろいろ考えて妹と相談しますが、自分が引取って面倒を見られないのでいろいろ頼もうと考えることははっきりしている。
ちなみに現代勤め人だと兄夫婦の考えが正しいとなります。従弟の妻が母の面倒を見るために仕事を辞めていますが、それはなし。介護のセンターも地域ごとにだいぶ整備されてきており、そこに頼んで、買物なり掃除なりなんなり、いろいろな手伝いを頼めます。本当に体調や怪我がまずければ役所で認定してもらえれば補助金も出ます。そういう話は病院か役所で相談先を教えてもらえます。その手配のために会社の休日を取って休みます。自分は仕事を続けて、そのお金で手伝いを頼みつつ、会える範囲で休日に顔を出すことになります。そうしないと介護で潰れるから。一番貴重なのは人手で、そのためにお金を払うことになります。
みたいな話を少しでも書けるようになってしまった人間としては、本当に他人事ではない。この淡々とした話で役者の緊張感がまったく途切れない。本当に近頃の役者は上手で、今回も全員上手だったのですが、娘役を演じた安川まりを挙げておきます。脚本演出の石黒麻衣は近所の妻役で、小劇場界は脚本演出出演を普通にこなす人ばかりで恐れ入ります。しいて言えば両親以外の人たちの見た目がもう少し年上に見えるとよかった。引算の極みのような舞台と照明がこの淡々としたところと地続きで、そしてこの手の話らしく音楽なしなのはさすがです。
三鷹の公演ですが、金曜日の夜に観たにも関わらず満員御礼なのはさすがでした。あと二日間公演はありますし、出来だけなら緊急口コミプッシュを出せる出来ですが、よくできていてお勧めしたい気持ちと、よくできすぎていたたまれなくなる気持ちと、両方あるのでそれは止めておきます。日常は演劇並みの緊張感に満ちているのだという芝居だったので、ぼくのおもしろいしばいがうれないのはみんなのみるめがないからだ、みたいな人がいたらこの登場人物たちにお金を払って足を運んで楽しんでもらえるかどうかは基準のひとつにいいかもしれませんから観ておくといいです。今時はそんな人はもう淘汰されていなくなったかな。
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