新国立劇場主催「焼肉ドラゴン」新国立劇場小劇場
<2025年10月11日(土)夜>
高度成長期の末期、関西の地方都市の一角にある在日朝鮮街。そのまた一角にある常連客で賑わう焼肉屋は、店主の名前からいつしか「焼肉ドラゴン」と呼ばれるようになる。店主夫婦と3人の娘と1人の息子、そして常連客が織りなす賑やかで激しい日常と、社会の歪、押寄せる時代の波。
在日朝鮮人の家族を描いた力作は、粗筋だけ追えば悲劇の範疇で、差別と抑圧を真っ向から描いてもいる。それでも暗く陥らないところが素晴らしく、日常の騒動を小劇場的な笑いも多数混ぜることで、ホームドラマとしても高い仕上がり。
その暗く陥らないところをもう少し考えると、どれだけ激しく喧嘩をしても後を引かない。これがどうしてなのかと思い返すと、全方面に感情の振幅が大きく作られていて、この登場人物たちは喜怒哀楽すべてこの大きさで体現しているように作られているから。今の日本で全方面に慎重な感情表現が求められることと比べると、そこは少し羨ましいと感じないでもない。
それと、政治的な問題も大上段に振りかざさず、かならず登場人物の目線の問題として描いたこと。この芝居をメタな視点で牽強付会に見てみれば、在日朝鮮人から見た日本の悪い面の一方的な告発と取れなくもない。これが平田オリザならいわゆる日本人をもう何人か登場させて、さりげない態度や言葉で日本人の差別感情を表現したかもしれない。でもここではほぼすべての登場人物が在日朝鮮人で、その本人たちが受けて、感じたことを表現する手段を取っている。しかも在日朝鮮人の中にも、韓国で育ってから日本に来た人、小さいころに韓国で生まれたが小さいうちに日本に来たから韓国語がわからない人、日本で生まれ育った人、と在日韓国人の中でグラデーションを見せている。そして差別を真っ向から描いている。だから政治思想の対立に陥らない。
その上で一家の長が、生きて行かなくてはいけないと過去を忘れないながらも前を向くことも忘れない。それがあるからこそあの家族の今後を考えざるを得ないラスト、とラストのラストのリヤカーの場面の輝きがいっそう増す。
4演目だけあって作品の理解も演出も隅々まで行届いていた。日韓合同の役者陣も全員100点以上。名前を全員は挙げないけれど、出鼻から怒鳴り散らして振り切っていた村川絵梨、一家の長のイ・ヨンソク、その妻のコ・スヒの3人を挙げておく。千葉哲也が出ていて目立たないというのもなかなかない事で、各自ソロパートもありつつレベルの高いオーケストラのような仕上がり。ゼロ幕や休憩時間も飽きさせない音楽演奏。そして島次郎のものを継続利用だという美術が奥行きを感じさせて見事。
各種演劇賞受賞も、今回で4演目になるのも、観ればわかる納得の完成度だった。
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