松竹主催「義経千本桜 第三部(Bプロ)」歌舞伎座
<2025年10月12日(日)夜>
吉野にいるらしい義経の元へ静御前が向かう途中、義経より預かった初音の鼓を叩くと佐藤忠信実は源九郎狐が現れる。桜の中を進む二人を捉えようと追手がやって来るが「吉野山」。義経を匿っている川連法眼の郎党の元に、義経を差出すよう手紙が届くも川連法眼は匿う意向を見せる。そこに静御前がたどり着くが、一緒に来たはずの佐藤忠信がいつの間にかいなくなっているばかりか、間もなくやって来た佐藤忠信は静御前を助けたことなどないという。怪しむ義経が静御前に調べるように命じ、静御前が初音の鼓を叩くと、旅路を共にした佐藤忠信が現れる。実は自分は狐、その初音の鼓は両親の皮を張って作られたものだと正体を白状し「川連法眼館」。
踊りメインの「吉野山」は、お前この時代に一人旅でまた襲われてまた佐藤忠信実は源九郎狐に助けられているのかと静御前に突っ込みたくもなりますが、そこはまあ見逃します。ただ、ここで吉野の桜の場面だから、やっと千本桜かなと先入観がまた頭をもたげました。そこが罪作りな場面です。
「川連法眼館」ですが、オリジナルだとこの前に「蔵王堂の段」という場面があって、ここで鎌倉方から手紙が届いて匿っている義経をかばうか討つかと相談します。そこを省略して、川連法眼が妻の飛鳥に語る形で済ませるところ、ここも台詞が聞き取れずに難儀しました。
そしてこの第三部は義経でもなく、平家の誰かでもなく、源九郎狐が主役です。それはもちろん、ここまで静御前を助けてきたにしてもいかにも怪しいのだから正体を明かさないで終わるわけにはいかないのですが、舞台背景にも桜があるし、ようやく義経の最期かと思いきや源九郎狐の話ですから、うっちゃりもいいところです。オリジナルの五段目だと平教経が出てくるので平家滅亡物語として三部構成の辻褄が合うのですが、そこは切られているので描かれない。
そういう脚本構成の文句を除けば、身体能力を生かして存分に踊る忠信実は源九郎狐の尾上右近と、静御前の米吉の若姫ぶりはよい出来でした。ただ第一部から代わって義経を演じた梅玉は、さすがに義経には貫禄ありすぎではないかと思われます。
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