世田谷シルク「野火」サンモールスタジオ
<2026年7月11日(土)夜>
太平洋戦争末期のレイテ島、肺病が再発した主人公は野戦病院に送られる。食糧不足の折、なんとか病院に止まろうとするものの、アメリカ軍の空襲で病院がやられて辛くも逃れる。畑を見つけて一休みしたものの、現地の村に忍び込んだところで教会にやって来た住人を殺してしまい、また逃げる。山奥で日本兵と合流し、港に日本軍の船が迎えに来て別の場所で合流する指令を聞かされた主人公は皆と一緒に港を目指すが、アメリカ軍に阻まれて1人また山奥に逃げる。食糧のないまま彷徨う主人公が生延びるために残された手段は亡くなった日本兵の肉を喰らうことだが・・・。
大岡昇平の同名原作を1人芝居化も原作未見。脚本も演出も役者も真摯にやっていたことは疑いもないが、だからこそ原作が持つ深いところにまったく届いていないことが伝わる。固いものに跳ね返されるのではなく、霧の中で手足を動かしても何にも当たらないような掴めていないような印象。兵士として出かけた人もほぼ亡くなったであろう太平洋戦争、人肉食が最後の選択肢となるほどの飢え、そして日本人には馴染みの薄いキリスト教、いずれも今の日本では遠い。未見と言えど原作そのまますぎる印象だったので、観る側を巻き込んでいく工夫、ひいては創る側が原作を引き寄せる工夫がほしかった。
「人間らしい」の反対語が、現代だと「機械みたい」だが、一昔前は「動物みたい」だった、という文章を見かけたことがある。そういう「獣性」と、神の「神性」との対話を描くのは、野蛮な何かがないと届かないのだろうと考えさせてくれた1本。
