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2026年9月28日 (月)

演劇集団円「冬物語」吉祥寺シアター

<2026年9月27日(日)昼>

シチリア王は、ボヘミア王を歓待しているある日、自分の王妃がボヘミア王と不貞を働いているのではないかという妄執に囚われる。腹心の家来にボヘミア王の暗殺を命ずるも、この家来がボヘミア王と一緒に逃げることを選び、ために王妃を一層疑う。諫める家臣たちの言葉に耳を貸さず王妃を牢に入れ、そこで産まれた娘を荒地に捨ててくるように命じ、王妃を裁くために神殿の神託を待っていたのだが・・・。

千秋楽。元の脚本がはっきりしているためか、口調や衣装で役者の区別を付きやすく工夫しているためか、初見シェイクスピア演目にも関わらず非常に見やすい。振付というかステージングで大勢動かして場面を表したり次の場面の雰囲気を暗示したりするのが上手。当日パンフでこれはないと書く関係者多数の脚本だが、同じく当日パンフでスタッフが書いている通りわかりやすくする工夫の賜物はシンプルなのに飽きないスタッフワーク。演出の意図もおそらく浸透していたと思われて終わりまで集中できた。全体には見られてよかった1本。

良くも悪くも劇団芝居。良かったところを挙げると、先に挙げたステージングで若手含めて人数を掛けられるところと、良さそうな役者がちらほら見かけられたこと。二人だけ挙げておくと、王の秘書官みたいな役は多分フレイニオンで大橋繭子だと思うけど、脚本が求めることと演出が求めることと自分が求めることとを鼎立させている雰囲気で、兼任した筆頭羊(?)も等価で手抜きなしで演じて、引けぎりぎりまで気を抜かないところは素晴らしい。腹心の家来カミロの瑞木健太郎も、メリハリがあっていい感じ。悪いところは、舞台上で気を抜いていた場面が見受けられた若手コロス組。あと、ほとんど主人公のシチリア王を演じた吉見一豊が、滑舌悪すぎ背中丸くなるオープニングダンスで息上がるでいかにも年寄り臭くて、台詞や設定から想像されるもっと若いであろう年齢像に合っていない。リア王だったら味になったかもしれないけどこの演目では駄目で、だけどキャスティングされてしまうのが劇団都合なのかと想像。仕上がりに多少難はあってもトータルでは加点したい主要役者陣の中で、これだけは不満だった。

2026年9月27日 (日)

PARCO PRODUCE「ショーガール」PARCO劇場

<2026年9月26日(土)夜>

歴史上のカップルを描いた寸劇5本の前半と、歌って歌って踊って歌う後半からなるショー。

前半、割としょうもない寸劇と泣かせる寸劇を混ぜるあたりは三谷幸喜っぽいが、5本とも役を創りこんだ気配を見せる。一方後半は、3人だけなのに厚く聞こえる演奏をバックに洋楽邦楽をちゃんぽんに混ぜてたっぷり聴かせる。「Time After Time」はよかった。もともと演技の上手い2人だとは知っていたが、歌と踊りにサービス精神をここまで兼ね備えていたとは知らず。リラックスして観ている途中で、あれこれひょっとしてすごい役者をすごい贅沢に使っている舞台を観ているんじゃないか、と気が付く。

このくらいの舞台がいつも気軽に観られるといいなと思いつつ、一般観客の「このくらい」を実現するには演者には「かなり」のものが求められるなと、芸能芸術全般の常識を再確認。

ナイロン100℃「管理人ご夫妻」本多劇場

<2026年9月26日(土)昼>

昭和のころでもかなりぼろいアパート。所有者の夫とその妻が管理人をしているが、妻と住人との不貞に端を発するいざこざで夫は逮捕、妻は住人と一緒になり、新たな管理人夫妻として生活が始まる。実は町の平和を守る平和仮面も兼ねている管理人業務だったが、住人からはさしたる不満も出ずに新しいようなこれまで通りのような生活が続く。

いかにも怪しく重たい前半から一転、不穏続きなのに歌を大量に入れて何となくいい話っぽくなる後半。前半と、後半一部から察するに、もっと鬱屈した話になるはずだったところをKERAの不調でとりあえず最後まで形を付けたらこうなったかと。さらにこじれそうなのにあっさり終わってしまったであろうエピソードが散見されて惜しまれるものの、何となくそれっぽく終わった気分になったのは後半に歌を多用したからで、歌の力すごいと今さら驚いている。「だってだってだってだってだってだってだって」はKERA作詞だろうが、他は一部根本宗子作詞と言われた方が納得しそうな歌もあり。

客演陣は、妙に上手くて誰だこれと休憩時間に確かめた野間口徹が遅い出番ながらも昔ながらのKERA芝居らしい雰囲気をほのかに振りまいて絶賛。長谷川朝晴は役の危ない気配の出始めで、根本宗子と土田英生は後半にもっと予定されていたであろうに、不発で終わる。特に土田英生がいまいちなまま終わってしまったのが惜しまれる。力ある劇団員はいまさらながら、峯村リエのしっとりしたトーンと、珍しく力技を見せる三宅弘城の2人の対比を楽しみつつ、驚く振付のときに周りが驚く演技をする中で腕だけでさぼるみのすけにはやや不満。

2026年9月13日 (日)

劇団Papercraft「神のみぞ知る死」シアタートラム

<2026年9月12日(土)昼>

ある日、大学生が自分は神であると告白した動画をSNSに投稿する。子供のころに民の間に紛れて地に降りて、民と変わらぬ生活をして暮らすのだという。すると世界中で実は自分も神であると告白する人たちが出てきた。同棲していた男女のうち、男も神、しかも死神だと告白する。そんな男の会社の飲み会を女がこっそり覗いたところ、同僚も上司も死神で、そのバーは神だけが会員だという。そこで皆と仲良くなった女には、様々な神の悩みが集まり出す。

神と言えどもこの世では民(人)となんら変わりがない、という前半を経て、神と言えども民と同じような悩みからは逃れられない、という中盤で登場人物が捩れていくところからの展開が怪しさ一直線。人間が神を求めるに至るまでの経緯について、人は神であるという逆転設定を置いて描いた怪作。冒頭から終盤まで怪しい雰囲気を保つ作劇は、名前を知っている役者が出ていなければ危ない団体だと勘違いしかねないくらい100%「ケ」に充ちた仕上がり。その役者もきっちり演出家の趣味で集めたのがわかって、普段はもっといい人役が多い盛隆二や太田緑ロランス、久しぶりに観た村上航あたりの捩れ具合が新鮮。初見の他4人もいい感じ。場転の都合かアクティングエリアが上手か下手に寄りがちな美術だけが若干の難。席はがら空きだったので、後味の悪さも嫌な雰囲気も大歓迎、我こそは、と思う人は当日券で。

たまたまだが、前日に観た「ガリレイの生涯」の若い修道士の場面とシンクロするところがある。貧しい中で必死に畑を耕して育てる両親が、その作物を税として取上げられて苦しい生活を送る中で、神が天にいないのであれば、苦労も勤労と信じて生きてきた両親の行ないは無駄働きではないか云々(大意)と修道士がガリレイに訴える場面。あちらでは、教会や貴族が貧困を解決できないで税を無駄遣いする言い訳に教義と信仰を使っているとガリレイの台詞で非難していた。大道廃れて仁義すらなくなって善悪正邪倫理哲学の一切がぶん投げらつつある昨今、こういう人間と神との向合い方について考えるような芝居が求められるのかもしれない、とは余計な考察。

2026年9月12日 (土)

劇団俳優座「ガリレイの生涯」シアターΧ

<2026年9月11日(金)夜>

優れた数学者であり科学者としても知られていたが、稼ぎが足りずに苦労していたガリレオ・ガリレイ。ある時、存在を知った望遠鏡を使って天体観測を始めると、天動説を覆すような観察結果がいくつも見つかる。観察結果を研究成果としてまとめた本はガリレイの評判を高めるが、それは人と聖書と神を中心に据えていた当時のローマ教会の権威否定につながるものであり、目を付けられることになる。

ヴェネツィア在住ですでに娘が15歳のときから、異端審問に至ってその後日談までを描く。ガリレイの有名な話だし、冒頭で結論は出ているので、その行跡を追う形。力作なのは認めるものの3点がどうにも納得いかず。1点目は学問と心理の探求に熱心なガリレオ自身の描写。序盤で大学の俸給の値上げ交渉や弟子入りの謝礼を吹っかけつつ近所の子供には自身の研究成果を基に教えるところや、前半終盤のペストの場面でガリレイがあっさりしすぎ。これが弱いから後半が生きない。2点目は時に近づき時に脅すカトリック教会の恐ろしさが薄い。全体に薄いが、特に終盤の異端審問の結論を待つ弟子たちの楽観度や、逃がそうとする職人や、見張りが付いている軟禁中のガリレイから未発表の草稿をもらって大声で褒めたり隠し場所の地球儀をほったらかしにしたりする元弟子の様子などは不満足。怖さは周りからも伝わるようにしてほしい。

3点目、一番気になったのは、コの字の変形舞台で舞台両脇にも席が設けられているのに舞台正面をメインに据えた絵作り。自分は正面席だったものの、せっかく回転舞台を作ったのに両脇は同じ料金で置いてきぼり。変形舞台は正面向き中央ではなく回転軸の中央が絵作りの中心、役者配置の重心であるべきで、囲みのある舞台なら役者の配置は斜めの対角線が基本。劇場のレギュラー座席で見切れができるならまだしも、わざわざ変形舞台を作ってこれは駄目。昔一度ひどい目にあって以来気になってしょうがない。稽古場の演出家席がわかるように絵を作るな、記録撮影のカメラを1台だけしか置けないとしたらどこに置いてもいいと思えるか考えろ、成り立たないならどれだけ至近距離のかぶりつきでも見切れ席扱いで安く売れ、が自分の意見。

真理もたらす行く末や民衆の苦しみに重きを置きすぎて、本来欠かすべからず劇中の雰囲気や観客への配慮をなおざりにした演出の力不足、が結論。スタッフワークで言えば衣装と選曲はよかった。ブレヒトを演じていた森一は、それで芝居全体がどうこうというのではないが、あの無邪気とも見える素直さは一服の清涼剤の感があった。

2026年9月 8日 (火)

東宝とチケットぴあの座席ごとのダイナミックプライシング実験

「ミス・サイゴン」のチケット売行きがどんなものか、下調べのつもりで覗いてみたのですが、キャストの出ている日はほとんど売切れていました。ミュージカルに疎い自分としては、人気の演目に人気者を呼んでいるのだなと感心していたところ、面白い発売を見つけました。ダイナミックプライシングです。結構気合が入っています。どのくらい気合が入っているかというとこのくらいです。

・2026年で11月7日(土)13時と11月13日(金)13時の2日分を充てている。これは期末期初および年末のノイズを避けて、近い日程で週末と平日の差を調べようとしている模様。ちなみにどちらも昼公演で揃えているところもその一環のはず。あとはキャストとスタッフが安定してきた公演半ばということもあるかもしれない。

・両公演ともぴあ貸切公演。協力しているチケットぴあに恩恵を渡しつつ、チケット販売経路が複数になることによるノイズを減らしている。

・何度も上演して定評ある演目を選んでいる。そもそも満席の見込めない公演では値下げはあっても値上げはできないし、初公演か再演かで客足も変わるので、それを避けている。

・メインキャストがまったく同じになっている。ここは主催側が調整した何よりの証拠で、一番気合の見えるところ。

で、これだけ揃えて何を実験しているのかと言えば、座席の人気です。以前ハリー・ポッター公演について「座席と上演時間帯によるチケット代の値段差の実例」というエントリーを書きましたが、この時で7区分でした。それが今回は3倍以上、驚きの25区分です。通常日程だとS席、A席、B席の3区分だけで、かつS席は1階と2階すべて、3階の正面後ろ2列がB席、3階の残りがサイド含めてA席という大雑把な分け方なので、それと比べたらものすごく細かいです。

ちなみに席種は、ブロックA、B、C、D、E、F上手、F下手、G上手、G下手、H上手、H下手、I上手、I下手、J、K、L上手、L下手、M上手、M下手、N、O、P上手、P下手、Q上手、Q下手です。ややこしい。

どのブロックがどの座席かというのが書かれたサイトが見つからないのですが、大雑把にAからIまでが1階、JからMまでが2階、N以降が3階みたいです。アルファベットの早い方が舞台寄りです。上手下手表記のないAからEとJ、K、N、Oが中央で、これがセンターブロックを含むのはたしかなのですが、両サイドの中央寄りの席も含んでいる模様です。あと、1階中央通路は無視されています。それで部隊最前列中央を中心に同心円とまでは言いませんが、上手下手境界はやや斜めに境目が設けられているらしく、同じアルファベットの上手下手ならおそらく左右対称です。

会場の東急シアターオーブで数回観劇経験のある観客として、わかる範囲でざっと確かめた印象では、1階後方や2、3階サイドの区分にやや雑なところが見受けられるものの、おおよそ納得のいく境界線が引かれている気配です。通路を挟んで安くなるならそっちがお得、みたいな席はなさそうです。お前らやっぱり主催者なだけあって詳しいよなと突っ込みたくなります。それでも実験するのは何故かというと、繰返しになりますが、価格ですね。

舞台との距離なり、見え方なりについて、どの席がどのくらい良席なのかは主催者側も把握している。人気の公演に人気者を起用した場合、熱烈なファンは非正規の経路で定価以上の大枚を払ってでも観ようとすることも、転売撲滅に力を入れる主催者として知っている。物価の値上がりの著しい昨今、それならいっそ初めから公式で値上げして販売したい。だけど全席をやみくもに値上げしてしまうと今現在のファンだけを相手にした商売になってしまい、将来の観客が育たない。だから座席を細かく区切って、座席ごとの「価値」を探り、今の大雑把な座席区分をもっと精緻に組めるようにしたい。固定価格にすると値段を外したときに売れないし、実際にはいくらなら売れたのかまでわからないからダイナミックプライシングで探りたい。言葉にすればこんな狙いではないかと推察します。

あとはチケットぴあ側も、おそらく今後増えていくであろうダイナミックプライシングの運用経験を積めるでしょう。それと、少なくとも今はチケットの値段に関わらず固定手数料なので、売れ残って戻すよりは値下げしてでも売れてくれる方がありがたいはずです。そういう運用ができれば、主催者側から販売先として選んでもらうための武器にもなるでしょうし。

なおどの座席がいくらかまでは面倒なので書きません。ただし、S席、A席、B席が、通常公演平日だと18000円、12000円、6000円、土日祝日千秋楽が1000円上乗せであるのに対し、2か月前の現在だとほとんどの座席がそれよりも高い、安くても数百円で設定されているとはメモしておきます。

他に若干のメモを残すと、残席で現在一番高い席が土曜昼のブロックBで58000円、通常日程の定価の3倍です。ブロックAがこれよりも安い31400円で売切れているので、出だしの値段設定を間違えて値上げする間もなく売切れて、慌てて残ったブロックBを値上げしたのかもしれません。金曜昼の公演はブロックAが32200円で売切れて、ブロックBは27700円で二重丸に対して、ブロックCが31200円で三角です。あと両日とも(他の日程もそうですが)3階席は売行き好調です。

ここまでの結果だけなら、高い金を払ってでもかぶり付きのブロックAで観たい観客は曜日を問わず一定数いる、その手の観客は土日祝日の方が多い、ただし若干引いて全景を見られるブロックCの方を好む客も確実にいてそれは平日の方が多い、あと安い料金を真っ先に選ぶ客も確実にいる、そんな感じでしょうか。

一観客である自分の立場を述べるならば、ダイナミックプライシングが導入されると、前売でチケットが買いづらくなります。定価スタートで値下がり限定で導入されるならまだしも、値上がりもあるのがダイナミックプライシングなので、迷いに迷うことは確実です。

ただし売る側の悩みもわからないわけではなく、つい最近、売行きの悪さにおまけ付きなのに大割引したチケットを売出した事例を見かけたばかりです。自分は買っていない公演だったので無傷で済みましたが、あそこまで初期前売購入客を馬鹿にするような値引きをばらまくくらいなら、ダイナミックプライシングで売られていたほうがまだ納得いったとも思います。

そういう悩みはダイナミックプライシングが主流になった時点でまた考えますが、この実験の結果は今後の公演でも参考にされるはずなので、商業芝居をよく観る人は将来影響あるかもしれませんね。

<2026年10月18日(日)追記>

座席の話とダイナミックプライシングの説明が載っているページを見つけました。演目の公式サイトでなく、ぴあの専用ページでした。座席表も載っています。ぴあで直接演目を検索しても表示されず、公式サイトに載っている専用ページから飛ぶと表示されるので見落していました。

<東急シアターオーブ/ぴあ貸切公演 ダイナミックプライシング適用販売のお知らせ>
■販売開始日:7月7日(火) 11:00~

東急シアターオーブ
・11月7日(土)13:00開演公演
・11月13日(金)13:00開演公演 はぴあ貸切公演となります。
ダイナミックプライシング導入に際して

本公演では、主催者の意向により、チケット価格が購入するタイミングによって変動する「ダイナミックプライシング(価格変動制)」を導入いたします。
本販売は、過去の実績や席種・席位置などのデータをもとに需要予測を行い、ダイナミックプラス株式会社の独自価格算出技術およびチケットぴあのシステムを東宝が活用して実施するものです。
なお、価格の変動に伴うチケット代金の増減分は、販売システムを提供する「チケットぴあ」の利益になるものではなく、すべて主催者に帰属いたします。

価格は、販売状況などの要因をAI(人工知能)が分析し、主催者の設定基準に基づき不定期に変更されます(※1日に2回以上の変更は行いません。また、販売期間中に変更が行われない場合もございます)。

【注意事項】
ご購入後に価格が変動した場合でも、差額の請求や返金は一切ございません。
販売状況などの要因を分析し設定するため、初期価格より低い価格設定となる場合もあれば、初期価格より高い価格設定となる場合もございます。必ず購入画面に表示される現在の価格をご確認のうえ、お手続きください。

1日に2回以上の変更は行なわない、というのはたしかにその方がありがたいですね。座席表を眺めた感じでは、F席の中央通路後ろ中央寄り、H席の前方中央寄りが数少ないラッキーチケットっぽいです。L席とP席の2階3階サイドは演目に見切れの多寡と、観客の好み次第でラッキーチケットになる可能性あり。1階と2階の後方はもう少し細かく区切ってもよさそう。個人的にはD席が一番です。

ラッキーチケットなる言葉は今思いついたもので、安い割に高い席と対して見え方が変わらない席の意味で使いましたが、総じてまだ通路に囚われた席種割をしているように見えるので、チケットシステムの設定上許されるのであれば5割増しくらいに席種を区切ってようやくラッキーチケットがなくなるくらいと見受けられました。

2026年9月 5日 (土)

PARCO PRODUCE「アメリカン・ドリーム」PARCO劇場

<2026年9月5日(土)夜>

アメリカで反共産主義が猛威を振るった「赤狩り」の時代。ホテルの一室では映画関係者の取調べが行なわれている。この日はなかなか売れない女優、人気監督、ヨーロッパから亡命してきた脚本家、そして当代一番の売れっ子脚本家の4人が呼ばれた。2人の委員が1人ずつ取調べをする中で、4人はどのように対応するのか。

ほぼ出ずっぱりの委員2人を演じる浅野雅博と中川大志が、紅一点の関谷春子と、三谷幸喜常連の浅野和之、山崎一、小日向文世を出迎えて1時間50分に中編4本を詰込んだ趣がある。「笑の大学」のバリエーションを想像させるシチュエーションながらも、あちらが笑いメインで構築していたのに対して、今作は笑いどころも多数用意しつつ真面目な話に正面から取組んだ意欲作。役者6人全員文句なしで、芸達者な常連組の芸を堪能しつつ、浅野雅博をあまり見かけない強面委員役で起用して成功させたのは慧眼。映像の使い方に映画監督もやる三谷幸喜の腕前発揮を見つつ、舞台美術や衣装の助けもあって、三谷幸喜らしからぬ渋くてお洒落な仕上がりは当時のハリウッド映画を目指したか。

この仕上がりにケチを付ける方が野暮なのは承知で、もう社会派要素抜きで笑いに笑える新作を三谷幸喜に求めるのは無理なのだろうなという諦めもあり。喜劇路線をこの規模で継げる人も今は思い浮かばない。喜劇路線というのもちょっと違って、いかなる真面目な話題であっても洒落のめして胸を張る気概というか。今の世の中、特にここ10年くらい、洒落を名乗って逃げようとする目に余る邪悪を叩き潰すために余裕がなくて、本物の洒落まで呼吸する余裕がなくなった。「笑の大学」は邪悪に、というのは業界的な邪悪というのが私の理解ですが、それに洒落以外徒手空拳で立向かうような芝居だった。

これは将来の売れっ子脚本家の登場に期待を残して。

2026年9月 4日 (金)

松竹製作「秀山祭九月大歌舞伎 夜の部」歌舞伎座

<2026年9月3日(木)夜>

華やかな儀式の舞「雛鶴三番叟」。場所は東海道の沼津、得意先との商談忘れで荷物持ちの手代を返した十兵衛は、貧しい荷物持ちの平作に荷担ぎを頼むものの力は足りない足を怪我すると散々なところ、道行で出会った平作の娘お米に一目ぼれして平作の家で一晩厄介になろうとするのだがこの親娘には秘密があった「沼津」。今も忘れない太夫を模して人形を彫った左甚五郎だが、完成祝いに酒を飲んでいたら人形が甚五郎の真似をするので試しに太夫の持物を持たせてみたら「京人形」。平家全盛の世、阿呆と噂の公家である一條大蔵卿の元に源義朝の妻だった常盤御前は嫁ぐが、源氏復興を目指す吉岡鬼次郎は妻お京の手引きで常盤御前の真意を質すため屋敷に忍び込む「一條大蔵譚」。

「雛鶴三番叟」は3人の誰がどの役かわからないものの華やかな舞台で華やかな踊り。ただ初めに紫の着物を着て出てきた人は膝が辛そうで上下の動きがやや乱れていた。和式は踊りでも何でも膝が大変だなと余計なことを考える。

「沼津」は仁左衛門はともかく平作の歌六とお米の孝太郎の台詞がいまいち聞き取れず、物語の筋を家に帰ってから確かめることに。唐突な仇討の話は「伊賀越道中双六」の一幕だからそうなのだと合点。こちらも疲れていた自覚はあったが、もう少し明瞭な発声を求む。

「京人形」は適度に説明芝居を含めての踊りとなる前半が、いかにも人形らしい動きと甚五郎の真似の動きと太夫の動きを踊り分けるところが愉快で、演じた時蔵が見事だし甚五郎の松緑との息もなかなか。後半、唐突に隠れていた姫を襲う捕手の体術を堪能しつつ彫刻道具で立向かう甚五郎という支離滅裂がいっそ楽しい。今回一番楽しんだ1本。

「一條大蔵譚」は動きよりも台詞で想いの丈をいかに伝えるかの1本。染五郎演じる一條大蔵卿の阿呆と真面目の切替えや心の大きさを表す様子には感心。ただしこれも台詞がいまいち聞き取れず。やはり疲れていたか。

良席で観られたが、そうすると正面から見た舞台の美しさが伝わる一方、良席でも台詞がいまいちわからない体調で臨んでしまったのが悔やまれる。

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